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8.理解不能は恋の始まり【後篇】
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「……君はこれからどうするんだ? 行く当てはあるのか?」
「わかりません。そもそもここがどこなのかもわかりませんし」
レネの表情はまだ地に足がついていなくて、現実かどうか迷っているように見えた。
コンラットはそれで心を決めた。
「だったら私と一緒に来ないか? 知らない場所に一人では困ることもあるだろう? それに私もここに君一人を置いて行くのは心苦しい」
なるべく自分の感情を顔に出さないように穏やかに問いかけてみる。
これは単なる義務感じゃない。この子に興味があるし、魅せられている。
ドラゴンの頭を撫でていた仕草、曇りのない綺麗な瞳。感情が手に取るようにわかる素直さ。見た目は稚いのに冷静で思慮深い。それらすべてが愛おしく思えてきた。
それに彼の持つ防御スキルも魅力的だ。彼を保護することでこれからも側にいられるのなら……。
……今まで誰かに自分からそう望んだことは無かった気がする。
レネは少し考える仕草をした。
「あなたの国はさっきの王子様がいるんでしょう? 僕、あの人とドラゴンとの対決を邪魔したから死刑になりませんか? あなたにも迷惑がかかりますよね?」
おや、とコンラットは意外に思った。
彼はちゃんと今までの話の内容を聞いて、自分なりに状況を理解している。たしかに、あの馬鹿王子なら言い出しそうだ。
「いや、物理攻撃も毒も効かない人間を死刑にできるわけがないだろう?」
「それは……今まで死刑になったことないからわかりませんけど……そうなの……かな?」
レネはしきりに首を傾げている。あれだけのスキルを持っていても自覚していないらしい。確かに死刑になるなんてそうそうできる体験ではない。
けど、ブラックドラゴンを落下の勢いで足蹴にして気絶させたんだから、彼のスキルは本物だろう。
「大丈夫。私はこれから身辺整理したら隣国に渡るつもりだ」
コンラットはもう王宮に戻るつもりはなかった。もうあの不快な国王や王子には会いたくもない。竜討伐のどさくさに紛れて身を隠すつもりだった。
あの馬鹿も、さすがにドラゴンに手を出そうとは思わないだろう。
討伐が立ち消えになれば、巻き添えになった兵士たちもヴィレムス将軍も家族の元に戻れるはずだ。
レネはじっとこちらに目を向けて不思議そうに問いかけてきた。
「……あなたはこの国の貴族なんでしょう? 勝手に他所の国行っちゃって叱られないんですか?」
コンラットのことを心配してくれているらしい。
彼の状況を考えたら普通なら自分の事で手一杯で狼狽えて大騒ぎしていてもよさそうなものなのに、出会ったばかりの人間のことを心配するなんて。
というより、どこか自分のことは二の次というか、ぞんざいに扱っているようにも見える。どこか自信なさげに見えるのもそのせいだろうか。
「大丈夫だよ。魔法伯なんて聞こえはいいけど、領地もないし単なる役職名みたいなものだから。それに、今まで国王に人質を取られて散々いいようにこき使われてきて、あげくに馬鹿王子の手柄のために死んでこいとばかりに今回のブラックドラゴン征伐を命じられたんだ。そろそろ私の方からこの国を見限っても良いとは思わないかい?」
さらっと説明すると、レネはしばらく頭の中で内容を反芻しているように間を置いてから、急に真顔になった。
「重過ぎることを滅茶苦茶軽く言うのやめてもらえますか」
思わず吹きだしてしまった。この子はちゃんと話の内容を理解している。その上で聞き流したり適当なことを言わないでくれた。
その反応にコンラットが笑っていると、彼は眉を寄せてさらに問いかけてきた。
「笑い事じゃないでしょう? 人質の人はこの国に置いていくんですか?」
それを聞いてコンラットは彼が話を真剣に聞いてくれていたと気づいて胸が熱くなった。
……この子ときたら。この場で抱きしめてしまいたいくらい可愛い。
自分の事情なんて他人にはどうでもいいことだろうと、ふざけた言い方をしてしまったことを後悔した。
「人質になっていた母はすでに亡くなっているんだ。もっとも、奴らは私にそれを隠してまだまだこき使う気満々だったようだけどね」
母はずっと病気で寝込んでいると聞かされていた。けれど、二ヶ月前にすでに亡くなっていた。コンラットは母の状況を確認する魔法具を置いていたのでとっくに気づいていた。
なのに、奴らはしれっとそれを隠してコンラットにブラックドラゴン討伐を命じたのだ。だったらもうこの国を見限ってやろうと決めていた。
「そんな酷い事……国王陛下が?」
「あの馬鹿王子の親だからな。似たようなものだよ」
「……あ、なるほど。把握。……ってそんなこと言ってたら不敬だとか言われるんじゃないんですか? 大丈夫なんですか?」
大きな碧色の瞳を瞠って、レネはコンラットの顔を見上げてきた。いちいちちゃんと反応してくれるのが可愛く思えて、コンラットは口元に笑みを浮かべた。
「君は本当に良い子だなあ……私とは大違いだ」
空から落ちて来たのがこんな可愛らしい少年だと気づいたとき、何もかもに倦んでいた心に小さな変化が起きたのかもしれない。
ドラゴンを一瞬で伸してしまうとか意味不明だし、異世界だとか絶対防御だとかもう訳がわからない。
長い間泥沼に浸かりすぎて心が大きく動くことなんてなかったのに、あまりの衝撃で泥沼ごと吹き飛ばされてしまったような気がする。
……ああ、うっかり惚れてしまったかもしれない。
どうしてくれよう、この子。
「わかりません。そもそもここがどこなのかもわかりませんし」
レネの表情はまだ地に足がついていなくて、現実かどうか迷っているように見えた。
コンラットはそれで心を決めた。
「だったら私と一緒に来ないか? 知らない場所に一人では困ることもあるだろう? それに私もここに君一人を置いて行くのは心苦しい」
なるべく自分の感情を顔に出さないように穏やかに問いかけてみる。
これは単なる義務感じゃない。この子に興味があるし、魅せられている。
ドラゴンの頭を撫でていた仕草、曇りのない綺麗な瞳。感情が手に取るようにわかる素直さ。見た目は稚いのに冷静で思慮深い。それらすべてが愛おしく思えてきた。
それに彼の持つ防御スキルも魅力的だ。彼を保護することでこれからも側にいられるのなら……。
……今まで誰かに自分からそう望んだことは無かった気がする。
レネは少し考える仕草をした。
「あなたの国はさっきの王子様がいるんでしょう? 僕、あの人とドラゴンとの対決を邪魔したから死刑になりませんか? あなたにも迷惑がかかりますよね?」
おや、とコンラットは意外に思った。
彼はちゃんと今までの話の内容を聞いて、自分なりに状況を理解している。たしかに、あの馬鹿王子なら言い出しそうだ。
「いや、物理攻撃も毒も効かない人間を死刑にできるわけがないだろう?」
「それは……今まで死刑になったことないからわかりませんけど……そうなの……かな?」
レネはしきりに首を傾げている。あれだけのスキルを持っていても自覚していないらしい。確かに死刑になるなんてそうそうできる体験ではない。
けど、ブラックドラゴンを落下の勢いで足蹴にして気絶させたんだから、彼のスキルは本物だろう。
「大丈夫。私はこれから身辺整理したら隣国に渡るつもりだ」
コンラットはもう王宮に戻るつもりはなかった。もうあの不快な国王や王子には会いたくもない。竜討伐のどさくさに紛れて身を隠すつもりだった。
あの馬鹿も、さすがにドラゴンに手を出そうとは思わないだろう。
討伐が立ち消えになれば、巻き添えになった兵士たちもヴィレムス将軍も家族の元に戻れるはずだ。
レネはじっとこちらに目を向けて不思議そうに問いかけてきた。
「……あなたはこの国の貴族なんでしょう? 勝手に他所の国行っちゃって叱られないんですか?」
コンラットのことを心配してくれているらしい。
彼の状況を考えたら普通なら自分の事で手一杯で狼狽えて大騒ぎしていてもよさそうなものなのに、出会ったばかりの人間のことを心配するなんて。
というより、どこか自分のことは二の次というか、ぞんざいに扱っているようにも見える。どこか自信なさげに見えるのもそのせいだろうか。
「大丈夫だよ。魔法伯なんて聞こえはいいけど、領地もないし単なる役職名みたいなものだから。それに、今まで国王に人質を取られて散々いいようにこき使われてきて、あげくに馬鹿王子の手柄のために死んでこいとばかりに今回のブラックドラゴン征伐を命じられたんだ。そろそろ私の方からこの国を見限っても良いとは思わないかい?」
さらっと説明すると、レネはしばらく頭の中で内容を反芻しているように間を置いてから、急に真顔になった。
「重過ぎることを滅茶苦茶軽く言うのやめてもらえますか」
思わず吹きだしてしまった。この子はちゃんと話の内容を理解している。その上で聞き流したり適当なことを言わないでくれた。
その反応にコンラットが笑っていると、彼は眉を寄せてさらに問いかけてきた。
「笑い事じゃないでしょう? 人質の人はこの国に置いていくんですか?」
それを聞いてコンラットは彼が話を真剣に聞いてくれていたと気づいて胸が熱くなった。
……この子ときたら。この場で抱きしめてしまいたいくらい可愛い。
自分の事情なんて他人にはどうでもいいことだろうと、ふざけた言い方をしてしまったことを後悔した。
「人質になっていた母はすでに亡くなっているんだ。もっとも、奴らは私にそれを隠してまだまだこき使う気満々だったようだけどね」
母はずっと病気で寝込んでいると聞かされていた。けれど、二ヶ月前にすでに亡くなっていた。コンラットは母の状況を確認する魔法具を置いていたのでとっくに気づいていた。
なのに、奴らはしれっとそれを隠してコンラットにブラックドラゴン討伐を命じたのだ。だったらもうこの国を見限ってやろうと決めていた。
「そんな酷い事……国王陛下が?」
「あの馬鹿王子の親だからな。似たようなものだよ」
「……あ、なるほど。把握。……ってそんなこと言ってたら不敬だとか言われるんじゃないんですか? 大丈夫なんですか?」
大きな碧色の瞳を瞠って、レネはコンラットの顔を見上げてきた。いちいちちゃんと反応してくれるのが可愛く思えて、コンラットは口元に笑みを浮かべた。
「君は本当に良い子だなあ……私とは大違いだ」
空から落ちて来たのがこんな可愛らしい少年だと気づいたとき、何もかもに倦んでいた心に小さな変化が起きたのかもしれない。
ドラゴンを一瞬で伸してしまうとか意味不明だし、異世界だとか絶対防御だとかもう訳がわからない。
長い間泥沼に浸かりすぎて心が大きく動くことなんてなかったのに、あまりの衝撃で泥沼ごと吹き飛ばされてしまったような気がする。
……ああ、うっかり惚れてしまったかもしれない。
どうしてくれよう、この子。
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