上 下
7 / 59

7.理解不能は恋の始まり【前篇】

しおりを挟む
 コンラットは幼い頃から天才的な魔法の才能を開花させてきた。強大な魔法を発動させることができるとわかると、彼を妬み憎んでいた者たちも沈黙した。
 この国でも指折りの魔法使いとして魔法伯の称号を得たのは十四歳の時だった。
 その天才魔法使いはここ数年感じたことのない困惑で固まっていた。

 馬鹿王子のドラゴン征伐に付き合わされて、いざドラゴンと対決というところでいきなり空から降ってきた何かにドラゴンが一撃で地面に沈められた。
 さらによく見たらドラゴンの側に幼い少年がいる。
 何が起きた? 落ちて来たのはあの子なのか? さっぱりわからないんだが。
 けれどこのままドラゴンの側にいては危険だ。ドラゴンが気絶したのを見て馬鹿が今だ突撃だとギャンギャン背後で騒いでいる。戦闘に巻き込まれてしまう。
 そう思って跳躍魔法で倒れたドラゴンの背後に行くと、十歳かそこらに見える小柄な少年が謝りながらドラゴンの頭をせっせと撫でていた。
 それだけでもコンラットにとっては理解不能な事態だったというのに。
「ホントごめん、わざとじゃないんだよ。たんこぶできてない? 痛いの痛いの飛んでけ……って無理かなあ……」
 ドラゴンを撫でている少年の手が淡い光を帯びた。
 ……まさか、治癒魔法か? あんな子供が?
 治癒魔法は希有な能力でどこの国でも欲しがる代物だ。何故そんな能力者がこんな所に一人でうろついているんだ。
 というか、さっき空から落ちて来たように見えたんだが……。
 そして復活したドラゴンは駄犬よろしく吠え立てていた馬鹿王子を追いかけ回し始めた。どうやらドラゴンは馬鹿王子だけを標的にする知性はあるようで、背後の兵士たちには目もくれない。
 いや、これは好都合だ。これで王子がビビってくれれば撤退できるんじゃないか?
 コンラットはそれに気づくとこの幸運をもたらしてくれた不思議な少年の素性を確かめたい衝動に駆られた。
 それが更なる困惑を招くとは知らずに。

 彼はレネと名乗った。柔らかそうな栗色の髪と碧色の瞳の可愛らしい少年は突拍子もない身の上をコンラットに話してくれた。
 彼は異世界から神様に送り込まれたのだという。
 さっぱりわからない。異世界というのはともかく、神が彼を他所から攫って来て空から落としたのか? 酷すぎないか? そして何故無傷なんだ?
 やっていることと言ってることが突拍子もなさすぎて理解が追いつかなかった。
 いや、そう言えば確か古い文献に、「世界の理を知らず、希なる叡智を持つ者」という記述があった。
 神に送られた「まろうど」という存在。もしかして、この子は何か特殊な能力を持つのだろうか。いや空から落ちて無傷なだけでも十分特殊だが。
 この子がその「まろうど」だとしたら?
 好奇心が湧き上がった。魔法使いは古い文献に触れることも多く、根が研究者だ。未知の物事には強い興味を抱くのが性だ。
 ……この子のことをもっと知りたい。

 コンラットが拒まれる覚悟で彼の能力を見せて欲しいと言うと、あっさりと了承してきた。
 普通能力の届け出は申告制だ。全ての能力を明らかにしてしまう鑑定魔法は相手が同意しなければ見ることはできない。
 良いのか? というか、人にうかつに見せるものではないことを知らないのかもしれない。欺しているような気分になったけれど、確かめたい気持ちの方が強かった。
 そして、浮かび上がってきた鑑定結果は……さっぱり読めなかった。見たこともない文字だった。しかも記載が多い。こんな数のスキルは普通ありえない。
「……君はこれが読めるのか? 異世界の文字か? 角張った箱のようだな」
 一番上の文字を指差して問うと、彼は苦笑いを浮かべた。
「それは僕の名前です。レネ・ハヤシマと読みます」
「……ハウスマン? 隣国にある家名だな」
 隣国オルテガの東部にそういう名前の貴族がいたが、数代前に没落していたことを思い出す。その末裔だろうか。けれど、彼は他の世界から来たと言っていたから偶然の一致だろうか。
 ダメだ。一言ずつに過剰反応していたら、彼を萎縮させるだろう。
「全部を言う必要はない。私が指差したところだけ訳してくれないか」
 コンラットは適当な行に指で触れた。レネは一瞬戸惑った顔をしてから、諦めた様子で頷いた。
「はい。……絶対防御と治癒と鑑定と魔法と物理攻撃の無効と……あ、毒と呪いも無効です……それから……」
 彼は隠す気が無いのかつらつらと読み上げる。鑑定魔法は発動中相手が嘘をついているかどうかも判別できる。彼は嘘をついていない。ついていないのだが。
 待ってくれ。今何て言った? 絶対防御? そんなスキル聞いたことがない。
 最初の三つを聞いただけでもコンラットは寒気に襲われた。
「待った。もういい。そこまででいい」
 これ以上聞いてはならない気がした。彼が空から落ちても無傷だった理由がそれでわかった。
 物理攻撃も魔法も毒も呪いも効かない上に、治癒魔法持ち。そんな怖ろしいスキル持ちは聞いたことがない。あまりに防御に偏っている。
 これが事実なら、彼を寿命以外では絶対死なせないという意図を感じる。神様云々はおそらく本当のことなんだろう。
 けれど、これほど怖ろしくも魅力的なスキルはない。……今まで孤独な戦いを強いられていたコンラットにとって。

 なんということだ。この出会いは偶然ではない。運命だ。彼はまさしく神が使わした天使にちがいない。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

少年人形の調教録。

BL / 完結 24h.ポイント:1,185pt お気に入り:46

FBI連邦捜査官: Arizona vacation FBI連邦捜査官シリーズ Ⅵ

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:3

エリートアルファのできちゃった結婚

BL / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:2,180

ざまぁにはざまぁでお返し致します ~ヒロインたちと悪役令嬢と転生王子~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,786pt お気に入り:166

鉱石の国の黒白竜

SF
BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:26

センニチコウの花束

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:150

処理中です...