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番外編 境花音は逃げ出さない(Side妹)

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 私には二歳年上の兄貴がいた。
 兄貴は子供の頃から病気がちだったけど、勉強はできる方だった。
 友達からは兄貴が横暴とか面倒くさいとかよく愚痴を聞かされるけど、うちの兄貴は私が何を頼んでも最終的には言うことをきいてくれた。
 学校での愚痴や、好きなゲームの話を振ってもちゃんと聞いてくれる。冗談でBLの話をしても、そんな世界があるのか、って感じで眉をひそめたりとかはしなかった。

 そんな兄貴がある日突然、この世からいなくなってしまった。

 リビングのソファの上に横になっているのを見て、眠っているのかと思った。けれど違っていた。私は大学のテニス部で練習があったから、兄貴は一人で留守番していた。
 そして、ご丁寧に私が頼んだBLゲームのイベントスチルをコンプしてセーブして、そのあと倒れてしまったらしい。自分のレポートもしっかり仕上げてあった。

 ……完璧すぎる。そこまでされたら、全部私のせいじゃん。

「有翔はね、小さい頃に手術したりしてそりゃ大変だったの。それなのにお母さんを独占しちゃったって花音に申し訳なさそうにしてた」
 葬儀が終わって落ち着いた頃に、母さんからそう言われた。
 兄貴は生まれつきの持病があってずっと通院していた。一見普通の生活をしているように見えたから、大丈夫なのかと思っていた。でも、そうじゃなかったらしい。
 私が学校の体育祭でリレーのアンカーを務めたときも、テニスで大会に出たときも応援してくれた。
「兄ちゃんは運動音痴だからな、花音はすごいなあ」
 運動音痴じゃない。自分はお医者さんから運動を止められていたから、できなかったのに。自分ができないことや我慢していることをやってる私を妬んだり恨んだりしなかった。
 いやもう聖人君子か。できすぎ君か。
 きっと兄貴は小さい頃から我慢することが多すぎて、それに慣れてしまっていたのかもしれない。

 ただ一つ惜しかったのは、恋愛に関して無自覚に諦めていたこと。
 兄貴は好きな芸能人とかキャラがいても『好き』とはストレートに言わない。それが女性だったら『見てるだけで和む』とか、男性だったら『お前の婿にはこういう男がいいぞ』とか外回しに言う。
 兄貴だって誰かと恋をしたりとか、デートしたりとか……したくなかったのかな。

 四十九日の法要が終わって、納骨の帰り道、ふと思い出した。
 兄貴が最後に気に入っていたキャラ。
 R18BLゲーム『闇薔薇』のグイド・ザーニ。主人公エミリオの護衛騎士で、私の一推しキャラのアルトたんが、王子とエミリオがイチャついているのを咎めようとしたら邪魔をしてくる強面イケメンだ。
 何があっても護衛対象を守るという意思が強くて、剣の腕も一流、キャラ的には一番真面目でしかも筋が通っている。主人公に暴力を振るったりしない。
『こーゆー男だったらお前を任せてもいいんだけどなあ』
 そう言って笑っていた。きっと兄貴の好きなタイプだったんだろう。
『やだよー。そりゃ性格は真面目だけど、アルトたんを秒殺するような怖い奴だし』
『何言ってるんだよ。この状況だとそれが一番優しいと思うよ』
 グイドルートの半ばで、エミリオのせいで婚約破棄されて牢に入れられ、精神的に錯乱したアルトがエミリオに斬りかかってグイドに殺されるのだ。
 何のためらいもなく瞬殺するのって、アルトたんのことを軽んじてるように見えて、その点でグイドは私の推しではなかった。
『どうしても殺さなきゃいけない、ってときは、苦しみが続かないようにするのが情けだよ。苦しんで死ぬの嫌だろ? 武士の情け……って違うか』
 そう言っていつも通りの笑顔を見せていた。

 家に帰ってから久しぶりにパソコンを起動した。ゲームの最終データーを呼び出してから、見たことのない画面に驚いた。
「これがアルト・フレーゲのルート……?」
 主人公のエミリオに嫉妬して悲惨な最期を遂げるサブキャラだったアルトたんが主人公の物語。ほとんど背景が語られていなかった彼の生い立ちに驚いた。

 祖国が戦争に負けて、婚約者も失って、人質として差し出された王子。苛められながら学院生活を送っていたとか……。
 アルトは表情が乏しい人形のような美少年だった。メインルートだと彼が感情を示すのはエミリオに対する憎悪や嫉妬のみ。もともとその感情のない理由は明らかになっていなかった。

 そして、彼がグイドと出会ってから物語が動く。グイドは戦争で記憶を失っていたが、アルトに出会ったことで全てを思い出す。彼は死んだことになっていたアルトの元婚約者だった。
 アルトもそれに気づいて二人は思いを通じ合わせるのだが、そこへ宰相の魔の手が伸びる。宰相は実はエミリオの祖父で、アルトを殺してエミリオを王子と結婚させようと企んでいた。
 そして、二人はその企みを阻止して、祖国へ帰っていく。

『こういう男だったらお前を任せてもいいんだけどなあ』

 あの言葉の意味がわかった。グイドは味方になると本当に格好いいし、アルトたんを安心して任せられる。
 自分の推しがこんなに幸せになれる物語があるなんて、と思うと泣けてきた。
 そして、ふと気づく。

 最初は人形のように表情が乏しかったアルトがだんだん感情を見せるようになるのだけれど、そのスチルがどことなく兄貴に見えた。
 もちろん兄貴はアルトたんのような美少年ではなかったけれど、控えめで穏やかな笑みが、愛されているのに恥ずかしげで自信なさげな表情が、似てるように思えた。
 アルトたんのルートの最後は、国境を越える瞬間に抱き合って口づけする二人のスチルだった。ああ良かった、無事に祖国に帰ったんだ、と思うとまた涙が出た。

 同じ名前だからだろうか。単にそれで私が引きずられているだけかもしれない。ただの自己満かもしれない。
 けれど、私はちょっとだけ安心したんだ。
 兄貴が一番好きだったグイドが、兄貴と同じ名前のアルトたんを幸せにしてくれたことに。そしてきっとこの先も幸せにしてくれるだろうということに。

 兄貴がこのルートを見たらどう言うだろう。
『ほらみろ、グイドは僕が言ったとおり、いい男だろ?』
 とか得意げに言ったりしそうだ。

 ……兄貴が幸せな人生だったかどうかなんて、私にはわかんないけど。
 かわいそうとか、不幸だったとか、そんな言葉は言わない。
 兄貴はきっと今もどこかで、あのふんわりのんびりした笑顔で、こっちを見ていると信じてるから。

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