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サシャにとってジュールは姿形は違っていても魂の色であのフェルナン王と同じであると認識できる。
けれど、大概の人間は見た目でしかものを見ない。だからこそアンベールという男はジュールが何者なのかわからなかったのだろう。
魔力持ちなら魔力である程度人を判別することができる。セブランの兄オーレリアンといいラザールといい、彼らは感覚で理解した。
そして今、目の前で床に座って深々と身を伏せている男に、ジュールは困惑した表情を浮かべていた。
「アンベール。もういいよ。気づかないほうが普通なんだから」
「しかし、あなた様のことを誰よりも近くで見ていたと自認しておりましたのに、この体たらく……お連れの賢者様にも散々にご無礼を……」
元宰相だというアンベール・バタイユは、フェルナンの崇拝者の一人だったらしい。そのせいかティエリー王子には敬意を払ってはいても、あからさまに忠誠の度合いが違っていた。
やっとジュールの正体を知らされて、気づかずにいままでジュールを軽んじていたことなどで罪の意識に打ちのめされたらしい。
それでも夕刻になってから宿屋に訪ねてきた。顔色は今から処刑されるのかとサシャが思うほどに青ざめていた。
「アンベール。はき違えないで欲しい。僕はジュール・ラルカンジュ。ただの平民だ。だから普通に話してくれればいい。僕が知りたいのは君が王宮で何をするつもりなのか、ということだけだ。幽霊騒ぎは君の仕業だよね?」
アンベールはそう言われてそろそろと身を起こした。床にへたったまま、悄然と口を開く。
「はい。以前陛下に命じられてあの装置を扱っていましたから。使用人としてあっさり偽名で入れたので、謁見の間に忍び込んで使えるかどうか試したらまだ動いたので……」
「やっぱりか……もうそろそろ効力切れになってるかと思ってたのに」
サシャはそれを聞いて、それがどれほど難しいことなのか彼らは気づいていないことに驚いた。
幻術は光魔法の一つで、魔法装置に組み込むには使う魔力が桁違いに多い。ジュールが使うものは鮮明なだけにその情報量も多い。それがフェルナン王の死後五年経っても生きているというのはありえない。
王宮に仕掛けられていた王の血筋でないと開けられない扉や、戴冠と同時に情報を頭に移し込む王冠はさほどの力を要しない。だから長い年月が経っていても作動していることが多い。
フェルナンは光属性に偏った魔力の持ち主だ。その魔力量も常人ではありえない。それをまったく無自覚に独学でやっていたというのだから。
彼がアラムに生まれていたら大魔法使いとして大成しただろう。賢者にもなれる可能性はある。サシャからすれば国王などやらせておくのはもったいないほどだ。
二人はいつの間にか今日ジュールが仕掛けてきた新しい幻術の話をしていた。
「それでは幽霊が王宮のあちこちに? それは痛快ですね」
「僕の姿だけじゃつまらないだろうから、兄上と父上の姿も日替わりで大公の周りに見せることにした」
それを聞いたアンベールは少し顔を顰めた。
「やはり、あなた様もお二人の死に大公が絡んでいるとお考えですか」
「証拠はないけれど二人を見て反応するのなら、後ろめたいことがあるってことだからね。とりあえずティエリーの陣容が整うまで大公には寝不足でフラフラになってもらおうかと思ってる」
「……お二人は今後どうなさるのですか」
「明日小部屋捜索をしたら一旦スーリに戻るつもりだよ。君はどうするの?」
「……私の失敗のせいでスーリには大きな被害が出てしまったと聞いています。ですから、私は王都で情報集めをしてお役に立ちたいと考えています」
アンベールはどうやら王都への移動中にスーリの街が放火による火災で被害を受けたことを聞いていたらしい。
「何が何でもマクシムを人質に取ろうと焦った結果です。私の力が足りなかった」
「自分で反省できるようになったのなら、上出来だよ」
サシャが今まで聞いていた話では、アンベールはフェルナンに叱責されるのを好んでいて、故意に多少強引な手法を取ることがあったとか。
流石に今そんなことをされては、ジュールが望む展開にはならないだろう。
「できればアンベールにはティエリーを支えて欲しいと思っていたけれど、それはできそうにないのかな」
「……陛下がティエリー殿下の成人と同時に譲位をお考えだったのは存じております。その時には私は職を辞して下僕でもいいからついていきたいと思っていました」
「そうか。けど、それは諦めてほしいな。僕は平民だから下僕は要らない。それにサシャもいるから一人じゃないから」
たしかに。このままではアンベールはジュールにずっとつきまといかねない。
アンベールは戸惑った顔をして、サシャとジュールの顔を交互に見る。
「あの……賢者様とあなた様は一体……どういうご関係なのですか? 婚約者だとか……」
そういえば前に訊かれた時、そんなことを言った気がした。あの時はサシャもアンベールが気に入らなかったので、冷淡にあしらった記憶がある。
「ああそうだった。アンベールには言ってなかったね。僕はサシャと結婚したから。これが証拠」
ジュールはあっさりとそう答えると、自分の「誓いの指輪」を見せた。
アンベールはしばらく瞬きもせず固まってしまった。あの時は彼はジュールが何者なのか気づいていなかった。だからジュールを軽んじていた。それでも、
……さすがにいきなり結婚したとかは……残酷なのでは……。
サシャはそう思ったが、嘘をついている訳ではないので止める理由はない。
ジュールはそれを口にするのを楽しんでいるように見えた。
彼は自分の事を賞賛し崇拝してくれる臣下たちに囲まれていたけれど、その彼らが恋情を抱えていた可能性にはまったく考えが及ばなかったのだろう。
しかも、彼らが称賛してくれたのは自分の外見だけだと思っていたくらいだ。
「結婚……ですか? 独身を貫かれるとおっしゃっていたのに……」
アンベールがやっとそう答えると、ジュールは頷いて更に追い打ちをかけた。
「あれはもし僕が結婚して子供ができたらティエリーの治世に要らぬもめ事を持ち込むからだ。今の僕なら何の問題もないだろう? 愛だの恋だのは自分に関係ないと思っていたけれど、存外楽しんでいるよ」
そう言いながらサシャに目を向けて微笑む。
サシャは、それを聞いて少し安心した。
フェルナンを知る人々と会うたびに、彼を奪われるのではないかと不安になった。だから、結婚を無理強いしてしまったと思っていた。
……でもまあ、アンベールには申し訳ない。
フェルナン王を崇拝していた彼からすれば、亡くなったと思い込んでいた相手が別の姿で生きていて、そのうえすでに結婚していたとか……。
サシャの想像通り、アンベールはかなり混乱した様子だった。明日の夕刻もう一度会う約束をしてからふらつきながら去って行った。
「薄情だな。結婚おめでとうとは言ってくれなかった」
ジュールはそう言って不満げな顔をする。サシャは思わず彼を抱きしめて口づけた。
「……きっと驚きすぎて言葉が出なかったのですよ」
「アラムに行ったらサシャを知る人は祝福してくれるのか?」
翡翠色の瞳がサシャを見つめる。
……この人がおめでとうという言葉を求めるのは、私のためだったのか。
結婚を急がせてしまったと負い目を感じていることを、きっと気づいていたんだろう。
「ええ。きっと。私はこれでもアラムでは有名人ですから」
「それは当然だろう? 何しろアラムに三人しかいない賢者様なんだから」
「そうですね。ではあなたが四人目になるおつもりはありませんか」
ジュールは目を瞠って、サシャの頬に手を伸ばしてくる。
「……そこまでうぬぼれてはいないけど、魔法を本気で学びたいとは思ってる。大公を追い落としたら、アラムに行こうか? サシャが学んだ場所を見たい」
「そうですね……私もお見せしたいものが沢山あります」
本当はもうアラムに戻らないかもしれない、と覚悟していた。自分が努力したのはただ一人のためだったから。その人の側にいられないのなら、自分はもう人であろうとする努力を辞めてしまうだろうと。
「……だからずっとあなたのお側に置いて下さい」
ジュールはちょいちょいと手招きする仕草をした。身を屈めると首に腕を回して抱きついてくる。
「前から思ってたけど……サシャは賢いくせに時々馬鹿なことを言うよね。結婚したんだから堂々と僕の側にいていいんだよ。ティエリーたちの前では見せびらかすようにキスしてたのに、この頃は大人しいよね」
「……え?」
言われてみれば、シモンたちに会った当初は彼らの前でジュールに触れたりしていた。
あの時は彼らがジュールの中身を知らないこともあったし、初めて彼の過去の縁者に出会ったことで不安になっていたせいだ。
ジュールがフェルナン王であることを打ち明けた今は、彼らの前であんなことはできない。そう思って遠慮していただろうか。
「ちがうのか? 市井では夫婦や恋人は人目を憚らずにイチャイチャするのだろう? もしそれが減ったら倦怠期というものだと聞いたが」
「誰情報ですかそれは……。今は彼らもあなたの正体を知っているのですから、そこまで無遠慮にはなれませんよ」
どうやら彼の夫婦に対する概念は誰に聞いたのかちょっと極端なものらしい。おそらくラザール将軍あたりが情報源のような気がした。
せっかく結婚の誓約をしてもらったのに倦怠期とか言われるのは困る。
王族として大事に育てられた彼は、あちこちに世間慣れしていないところがある。悪気もないし、純粋にそう思っているのだろうけれど……。
「じゃあ、誰もいなかったら、したい?」
翡翠色の瞳が艶然と細められる。腕の中にすっぽりと収まる細い身体が意味ありげに寄せられるのがわかって、これは彼なりの誘惑なのだと気づいた。
ああ、そうか。彼はサシャの不安をとっくに理解していて、触れあうことでその不安を打ち消そうとしてくれているのだろう。
こちらは度々全てを求めたら、彼の負担になるからと思っていたのに。どうしてここまで甘やかそうとするのか。彼の魂はサシャの欲や不安を飲み込んでも染み一つつかない。それどころかその光はサシャを温かく迎え入れてくれる。
「もちろんです」
……その誘いに乗らない、という選択肢はサシャにはなかったので、そのまま彼を抱え上げて寝台に連れ込んだ。
けれど、大概の人間は見た目でしかものを見ない。だからこそアンベールという男はジュールが何者なのかわからなかったのだろう。
魔力持ちなら魔力である程度人を判別することができる。セブランの兄オーレリアンといいラザールといい、彼らは感覚で理解した。
そして今、目の前で床に座って深々と身を伏せている男に、ジュールは困惑した表情を浮かべていた。
「アンベール。もういいよ。気づかないほうが普通なんだから」
「しかし、あなた様のことを誰よりも近くで見ていたと自認しておりましたのに、この体たらく……お連れの賢者様にも散々にご無礼を……」
元宰相だというアンベール・バタイユは、フェルナンの崇拝者の一人だったらしい。そのせいかティエリー王子には敬意を払ってはいても、あからさまに忠誠の度合いが違っていた。
やっとジュールの正体を知らされて、気づかずにいままでジュールを軽んじていたことなどで罪の意識に打ちのめされたらしい。
それでも夕刻になってから宿屋に訪ねてきた。顔色は今から処刑されるのかとサシャが思うほどに青ざめていた。
「アンベール。はき違えないで欲しい。僕はジュール・ラルカンジュ。ただの平民だ。だから普通に話してくれればいい。僕が知りたいのは君が王宮で何をするつもりなのか、ということだけだ。幽霊騒ぎは君の仕業だよね?」
アンベールはそう言われてそろそろと身を起こした。床にへたったまま、悄然と口を開く。
「はい。以前陛下に命じられてあの装置を扱っていましたから。使用人としてあっさり偽名で入れたので、謁見の間に忍び込んで使えるかどうか試したらまだ動いたので……」
「やっぱりか……もうそろそろ効力切れになってるかと思ってたのに」
サシャはそれを聞いて、それがどれほど難しいことなのか彼らは気づいていないことに驚いた。
幻術は光魔法の一つで、魔法装置に組み込むには使う魔力が桁違いに多い。ジュールが使うものは鮮明なだけにその情報量も多い。それがフェルナン王の死後五年経っても生きているというのはありえない。
王宮に仕掛けられていた王の血筋でないと開けられない扉や、戴冠と同時に情報を頭に移し込む王冠はさほどの力を要しない。だから長い年月が経っていても作動していることが多い。
フェルナンは光属性に偏った魔力の持ち主だ。その魔力量も常人ではありえない。それをまったく無自覚に独学でやっていたというのだから。
彼がアラムに生まれていたら大魔法使いとして大成しただろう。賢者にもなれる可能性はある。サシャからすれば国王などやらせておくのはもったいないほどだ。
二人はいつの間にか今日ジュールが仕掛けてきた新しい幻術の話をしていた。
「それでは幽霊が王宮のあちこちに? それは痛快ですね」
「僕の姿だけじゃつまらないだろうから、兄上と父上の姿も日替わりで大公の周りに見せることにした」
それを聞いたアンベールは少し顔を顰めた。
「やはり、あなた様もお二人の死に大公が絡んでいるとお考えですか」
「証拠はないけれど二人を見て反応するのなら、後ろめたいことがあるってことだからね。とりあえずティエリーの陣容が整うまで大公には寝不足でフラフラになってもらおうかと思ってる」
「……お二人は今後どうなさるのですか」
「明日小部屋捜索をしたら一旦スーリに戻るつもりだよ。君はどうするの?」
「……私の失敗のせいでスーリには大きな被害が出てしまったと聞いています。ですから、私は王都で情報集めをしてお役に立ちたいと考えています」
アンベールはどうやら王都への移動中にスーリの街が放火による火災で被害を受けたことを聞いていたらしい。
「何が何でもマクシムを人質に取ろうと焦った結果です。私の力が足りなかった」
「自分で反省できるようになったのなら、上出来だよ」
サシャが今まで聞いていた話では、アンベールはフェルナンに叱責されるのを好んでいて、故意に多少強引な手法を取ることがあったとか。
流石に今そんなことをされては、ジュールが望む展開にはならないだろう。
「できればアンベールにはティエリーを支えて欲しいと思っていたけれど、それはできそうにないのかな」
「……陛下がティエリー殿下の成人と同時に譲位をお考えだったのは存じております。その時には私は職を辞して下僕でもいいからついていきたいと思っていました」
「そうか。けど、それは諦めてほしいな。僕は平民だから下僕は要らない。それにサシャもいるから一人じゃないから」
たしかに。このままではアンベールはジュールにずっとつきまといかねない。
アンベールは戸惑った顔をして、サシャとジュールの顔を交互に見る。
「あの……賢者様とあなた様は一体……どういうご関係なのですか? 婚約者だとか……」
そういえば前に訊かれた時、そんなことを言った気がした。あの時はサシャもアンベールが気に入らなかったので、冷淡にあしらった記憶がある。
「ああそうだった。アンベールには言ってなかったね。僕はサシャと結婚したから。これが証拠」
ジュールはあっさりとそう答えると、自分の「誓いの指輪」を見せた。
アンベールはしばらく瞬きもせず固まってしまった。あの時は彼はジュールが何者なのか気づいていなかった。だからジュールを軽んじていた。それでも、
……さすがにいきなり結婚したとかは……残酷なのでは……。
サシャはそう思ったが、嘘をついている訳ではないので止める理由はない。
ジュールはそれを口にするのを楽しんでいるように見えた。
彼は自分の事を賞賛し崇拝してくれる臣下たちに囲まれていたけれど、その彼らが恋情を抱えていた可能性にはまったく考えが及ばなかったのだろう。
しかも、彼らが称賛してくれたのは自分の外見だけだと思っていたくらいだ。
「結婚……ですか? 独身を貫かれるとおっしゃっていたのに……」
アンベールがやっとそう答えると、ジュールは頷いて更に追い打ちをかけた。
「あれはもし僕が結婚して子供ができたらティエリーの治世に要らぬもめ事を持ち込むからだ。今の僕なら何の問題もないだろう? 愛だの恋だのは自分に関係ないと思っていたけれど、存外楽しんでいるよ」
そう言いながらサシャに目を向けて微笑む。
サシャは、それを聞いて少し安心した。
フェルナンを知る人々と会うたびに、彼を奪われるのではないかと不安になった。だから、結婚を無理強いしてしまったと思っていた。
……でもまあ、アンベールには申し訳ない。
フェルナン王を崇拝していた彼からすれば、亡くなったと思い込んでいた相手が別の姿で生きていて、そのうえすでに結婚していたとか……。
サシャの想像通り、アンベールはかなり混乱した様子だった。明日の夕刻もう一度会う約束をしてからふらつきながら去って行った。
「薄情だな。結婚おめでとうとは言ってくれなかった」
ジュールはそう言って不満げな顔をする。サシャは思わず彼を抱きしめて口づけた。
「……きっと驚きすぎて言葉が出なかったのですよ」
「アラムに行ったらサシャを知る人は祝福してくれるのか?」
翡翠色の瞳がサシャを見つめる。
……この人がおめでとうという言葉を求めるのは、私のためだったのか。
結婚を急がせてしまったと負い目を感じていることを、きっと気づいていたんだろう。
「ええ。きっと。私はこれでもアラムでは有名人ですから」
「それは当然だろう? 何しろアラムに三人しかいない賢者様なんだから」
「そうですね。ではあなたが四人目になるおつもりはありませんか」
ジュールは目を瞠って、サシャの頬に手を伸ばしてくる。
「……そこまでうぬぼれてはいないけど、魔法を本気で学びたいとは思ってる。大公を追い落としたら、アラムに行こうか? サシャが学んだ場所を見たい」
「そうですね……私もお見せしたいものが沢山あります」
本当はもうアラムに戻らないかもしれない、と覚悟していた。自分が努力したのはただ一人のためだったから。その人の側にいられないのなら、自分はもう人であろうとする努力を辞めてしまうだろうと。
「……だからずっとあなたのお側に置いて下さい」
ジュールはちょいちょいと手招きする仕草をした。身を屈めると首に腕を回して抱きついてくる。
「前から思ってたけど……サシャは賢いくせに時々馬鹿なことを言うよね。結婚したんだから堂々と僕の側にいていいんだよ。ティエリーたちの前では見せびらかすようにキスしてたのに、この頃は大人しいよね」
「……え?」
言われてみれば、シモンたちに会った当初は彼らの前でジュールに触れたりしていた。
あの時は彼らがジュールの中身を知らないこともあったし、初めて彼の過去の縁者に出会ったことで不安になっていたせいだ。
ジュールがフェルナン王であることを打ち明けた今は、彼らの前であんなことはできない。そう思って遠慮していただろうか。
「ちがうのか? 市井では夫婦や恋人は人目を憚らずにイチャイチャするのだろう? もしそれが減ったら倦怠期というものだと聞いたが」
「誰情報ですかそれは……。今は彼らもあなたの正体を知っているのですから、そこまで無遠慮にはなれませんよ」
どうやら彼の夫婦に対する概念は誰に聞いたのかちょっと極端なものらしい。おそらくラザール将軍あたりが情報源のような気がした。
せっかく結婚の誓約をしてもらったのに倦怠期とか言われるのは困る。
王族として大事に育てられた彼は、あちこちに世間慣れしていないところがある。悪気もないし、純粋にそう思っているのだろうけれど……。
「じゃあ、誰もいなかったら、したい?」
翡翠色の瞳が艶然と細められる。腕の中にすっぽりと収まる細い身体が意味ありげに寄せられるのがわかって、これは彼なりの誘惑なのだと気づいた。
ああ、そうか。彼はサシャの不安をとっくに理解していて、触れあうことでその不安を打ち消そうとしてくれているのだろう。
こちらは度々全てを求めたら、彼の負担になるからと思っていたのに。どうしてここまで甘やかそうとするのか。彼の魂はサシャの欲や不安を飲み込んでも染み一つつかない。それどころかその光はサシャを温かく迎え入れてくれる。
「もちろんです」
……その誘いに乗らない、という選択肢はサシャにはなかったので、そのまま彼を抱え上げて寝台に連れ込んだ。
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