悩める将軍閣下は幸運モグラちゃんを捕まえたい

番外編 とある伯爵令息の婚活（Sideジョセフ）⑤

「キャロル侯爵家のお茶会の招待状だ。どうしても私は抜けられない仕事がある。ハルのエスコートを頼めないか。何でも独身の者が大勢参加するらしい。お茶会というよりガーデンパーティみたいなものだとか」
「……それってまさかお見合い的な？　あ……なるほど。ハルちゃんが狙われてるんですね」
　ハルはパーシヴァルという夫を持つだけではなく、彼自身も子爵で領地持ちだ。この国の法では貴族は二人まで配偶者を持つ事ができる。
　つまりそれはハルの二人目の配偶者を狙う人たちの会なのだ、とジョセフは気づいた。
　わざわざパーシヴァルが出席できない日を選んでいるあたりも怪しい。
　パーシヴァルはジョセフを盾にしようと考えているのではないだろうか。それともそんな状況まで婚活に繋げろと？
「断りたかったのだが、ジャスティンも招かれているらしい。彼だけを出席させて何かあったらとハルが心配している。だがあの二人だけでは心許ないだろう」
　つまりキャロル侯爵家はハルとジャスティンを、レイン商会を取り込もうと狙っているのか。たしか、あの家にも娘が三人いたはずだ。
　そんなところへ二人だけで行かせたら、獲物に集る肉食獣の群に襲われるようなものだ。
「あー……つまり貴族に逆らえないジャスティンを招待して、ハルちゃんまで釣り上げようという魂胆なわけですね。ずいぶん舐めた真似をしてくれてますね」
　パーシヴァルもすっと目を鋭くして頷いた。
「いくら叙爵が決まっているとはいえ、ジャスティンはまだ貴族ではないからな。どのような圧力をかけられるかわからない」
「叙爵？」
　ジャスティンが爵位を？　ジョセフは驚いて問い返した。
「領地なしの男爵だが、先日のプロテアの錆化病流行を止めて我が国の名声を高めた功績でな。あの薬を製造販売したのはレイン商会だから」
「それはすごいじゃないですか」
　ジョセフは生まれついたのが伯爵家なので、自分の力で貴族になったわけではない。
　自分の才覚で爵位を得たジャスティンに、ジョセフは純粋に敬意を抱いた。
「本人は全てハルの力だからと遠慮していたが、商才がなければあれだけの商会は運営出来ないだろう。本人はなかなか認めなくてな」
「あー……でもわかる気がします。三男になると上の兄たちがなんでも出来るすごい人に思えて、自分を肯定しにくいんです。彼は兄たちと同じ道でがんばってるから十分すごいですよ」
　ジョセフの家は文官や学者を多く出している。二人の兄は文官と医師になった。同じ事をしても評価されないだろうと結局ジョセフは兄たちと正面勝負を避けて軍に入った。
　ジャスティンは兄たちと同じ商売の道で勝負している。それは大変なことじゃないだろうかとジョセフは心の底から思う。
　パーシヴァルがじっとジョセフを見つめてきてから、ぽつりと言った。
「ずいぶんと彼と打ち解けたんだな」
「そうですか？　三男同士で話が合ったのは事実ですけど」
「いや、茶化さずに話すのは意外だと思って」
　パーシヴァルの言葉に、ジョセフは首を傾げた。
　そうだろうか。まあ多分に普段から冗談口を叩いているから、そう見られても仕方ないかもしれない。
「……まあ、そういうことならお茶会の件は参加します。二人に悪い虫をつけなければいいんでしょう？　そういうのわりと得意ですから」
　迂闊にそんな場所で縁を作れば、貴族との繋がりが派閥や権力争いに巻き込まれる可能性がある。彼らにとって得にならない相手ならけん制すればいい。
　幸か不幸か婚活に余念がなかったジョセフはご令嬢のいる貴族には詳しいのだ。ある程度どういう背後関係があるのかは掴めるはずだ。
　……それにしたってジャスティンならともかく、まだハルちゃんを狙う貴族がいるとはねえ。命知らずだよ。閣下の怒りが怖くないのかなあ。
　国境から離れた場所しか知らない貴族たちはあのパーシヴァルの戦いぶりを目にしたことがない。だから甘く見ているのだろう。