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番外編 とある伯爵令息の婚活(Sideジョセフ)②

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「……申し訳ありません。わざわざ来ていただけるなんて思いませんでした」
 レイン商会に出向いたジョセフは商会の店舗奥にある応接室に通された。
 そして現れたのはまだ若い青年だった。二十歳前後だろう。自分と変わらないくらい背が高く、赤みがかった褐色の髪と鮮やかな青瞳と精悍な顔立ち。
 ……いや、若いし。てっきり商会長っていうからもっと歳かさの人物を想像していた。そういえば、ハルちゃんは幼なじみと商会を興したって言ってたっけ。
「そんなにおおごとにしなくていいと伝えたかったんでね。それに前に僕の妹がここで一騒動起こしたでしょ? むしろこっちが謝る立場だし」
 以前ジョセフの妹キャサリンがこの店に押しかけてこの店の者やハルに対して暴言を吐いて揉めたことがあった。だから今回の感謝も辞退するつもりでこちらに出向いてきたのだ。
「それも承知しています。あちらからは正式な謝罪をいただいてますから大丈夫です」
 どうやら彼は全て事情を知った上で礼状を送ってきたらしい。この調子だとジョセフ自身のこともある程度把握しているのだろう。
 にこやかに営業向きの笑顔で応じるジャスティンは、ジョセフから見ても堂々とした商会長だった。今やこの商会は王室御用達の看板ももらっている立派な大店だ。商品を貴婦人たちがこぞって買い求めると評判になっている。
 それで自信に満ちあふれて見えるのだろうか。
「これをお渡ししたいと思っていました。どうかよろしければ」
 ジャスティンはすっと書状を差し出した。
「オルコット商会への紹介状です。もし大切な方にドレスなどをお贈りになるときは、こちらを見せていただければ色々と融通がききます」
 オルコット商会。王都随一の服飾品を扱う大きな商会だ。ジョセフには縁がないが貴婦人たちがこの商会のドレスに憧れているのは知っている。
「え? あそこって予約待ちで埋まってるって評判じゃない?」
 謝礼に金品を受け取ればジョセフの立場上賄賂を疑われる。それもあって警戒していたのだが、単なる紹介状ならそれには該当しない。
 けれどオルコット商会に融通がきくのなら金品で代えがたい値打ちはある。
 いや、若いけどこの青年、出来る男だな。
 ジョセフはそう思いながら相手を観察した。
「実は兄が商会長に婿入りしてまして、話はついていますから」
 ジャスティンはにこやかに付け加える。
「……ってことは、君はもしかしてウイスタリア商会の息子なのかい?」
 王都最大の商会であり、王族ともつながりがあるウイスタリア商会。その次男がオルコット商会長の伴侶というのは有名な話だ。
「そうです。もっとも僕は三男坊の末っ子で、家に頼らず外で稼いでこいと追い出されました」
 ジャスティンはそう言って笑う。三男という言葉にジョセフは共感を覚えた。
「君も三男坊なんだ」
 気がついたらお互いのことを話していた。

 ジャスティンの父は三人の息子をまず取引先の商会に奉公に出した。そして商売の知識がついたら自分で儲けてこいと家から追い出した。一番商才がある者にウィスタリア商会を継がせると。
 そして、長男は美術品関係で、次男は服飾関係でそれぞれ成功した。そして末っ子の彼は……。

「僕は何も特技がなかったので困っていたら、近所に住んでいた幼なじみが手荒れ防止のクリームや肌にいい石けんを自作していて。それを売ろうって思いついて」
「それ、もしかしてハルちゃんのこと?」
「ええ。ハルはすごいですよ。偏屈で頑固な僕の父に気に入られてますから。冗談めかして『あの子を口説き落としてこい』とか言ってましたからね」
「そうなんだ……。僕はハルちゃんのことは最近色々知ってびっくりしたくらいで」
 つい最近、ハルが実は優秀な薬師で五年前の錆化病の流行のとき治療薬を開発して製造していたという事実が明らかになった。当時王立医学研究所が認めない薬は市場に出せなかったが、いくつもの商会を迂回させてこっそりと流通させていた。
 ってことは、多分ウイステリア商会も絡んでいたんだろうなあ……息子が幼なじみってことは親もハルちゃんのことを幼い頃から知っていたはずだし。気に入られたのもその辺りの事情だろう。
 息子たちに口説くように言っていたのも半分本気だったのかもしれない。
「それじゃ、もしかして、君はハルちゃんのこと好きだった?」
 ふと思いつきで問いかけると、ジャスティンは首を横に振った。
「好きですけど、恋人にしたい『好き』じゃないですね。昔から何をしでかすかわからなくて、いろいろ驚かされてますから。恋愛対象というより観賞対象です」
「あー……わかる気がする。見ていて何か幸せになるよね。そういう意味なら僕もハルちゃん好きかもしれない」
 ジョセフはハルを何度か公爵邸で見かけていた。彼の父は公爵家の執事で、その手伝いをしていたのだ。
 珍妙な作業着姿でせっせと働く様子を好ましくは思っていた。見ているのが楽しかった。だからジャスティンの気持ちもわかる気がした。
 そこからジョセフの婚活話になった。
 ジョセフが貴族への婿入りを希望していて、それがなかなか上手く行かないことを聞いて、ジャスティンはぽつりと言った。
「……本当に貴族に婿入りしたいんですか? 失礼ですけど、あまり向いてないような気がして」

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