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41.魔法使いは全裸をやめない※
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旧ホールズワース辺境伯領、ことカトライア公国は独立後もさほど変化もなく穏やかな空気が流れていた。
時折ちょっかいを出してきた隣国もついにホールズワース家が本気を出してきたと警戒しているし、そもそも王都から離れているために自分たちで物流も生活も防衛も何とかしてきた土地柄だ。むしろ王都からの面倒事に巻き込まれない分、楽になったと言えるだろう。
鉄道駅には連日のようにカトライア公国への移住を求めてくる者が殺到しているらしい。だから人手不足も解消されそうだとカトライア公となったロイは教えてくれた。
何しろシャノン王国で国家を支えていた魔結晶技術がもう今の在庫を使い果たしたら終わってしまうと知れ渡ったのだ。鉄道だっていつまで動くかわからない。
不安になる人々は多いのだろう。
そしてセシルは再びファーデン王国の遺跡がある村に戻ってきていた。一旦この村に移動させたロイの王都本邸はセシルの住まいになった。アンドレアスの魔法研究の基地と魔法具製作の作業場も兼ねているとはいえ、とても広い。
アンドレアスは地下牢に置いてあった道具を全て持ち込んでご満悦で屋敷を掃除する魔法具を作ったりしている。
そんなある日、彼らをひょっこり訪ねてくる男がいた。
「トレイシーさん?」
十数人の男女を連れたトレイシー・モーガンズは髪も髭も整えてこざっぱりしていた。
侯爵家から逃亡したと聞いていたが、彼はシェパーズ侯爵家からクビにされた優秀な技術者を呼び集めてきたのだという。
どうやら彼は魔結晶生産装置の破壊工作にセシルが関わっていることを察していたらしい。
「今後も魔法研究をするなら、ここがいいと思ってね」
「侯爵に追われていたのでしょう? 大丈夫だったんですか?」
「何とか逃げ延びたよ。もう、あの家には大した力はないだろう」
シェパーズ侯爵家は所領と爵位を奪われ、元侯爵は今回の不始末の責任を取って息子のピーターとともに強制労働刑になった。セシルの弟ブライアンも同じ場所で労役につかされている。
財産を抱えて国外に逃げようとする貴族も多く、シャノン王国は荒れているらしい。
「とりあえず、居住許可はもらったから、のんびり研究をつづけるさ」
そう言って彼らは村に住み着いてセシルの家に通ってくるようになった。
そして、三百年前ファーデン王国を滅ぼし、今回シャノン王国も滅ぼしかけている最凶最悪の魔法使いアンドレアスが遺跡をふらついている姿をよく見かけるようになった。
あいかわらずセシル以外の人のいない場所では全裸を通しているので、一目でわかる。
セシルはミントを連れてアンドレアスに歩み寄った。
「またここに来ていたのですか」
「……一応、まだ遺跡の管理人だからな」
そう言いながら崩れて倒れた大理石の柱に腰掛けて、アンドレアスはぼんやりと森に埋もれつつあるファーデン王国の旧王宮の残骸を見つめている。
それを見ているとセシルはアンドレアスが寂しそうに思えてくる。
……ここには彼の双子の弟の遺骨も、彼と親交のあったグスタフ王の棺も埋まっている。お墓参りみたいに感傷に浸っているんだろうか。
とはいえ、全裸では感傷という言葉が似合わない。
まだ、アンドレアスが何を考えているかわからない時が多いんだよな。突拍子もないことを言うし、色々すごいこともできるし。
「……オレはファーデンを滅ぼすつもりはなかったんだ」
「わかってますよ。きっとグスタフ王も……」
アンドレアスはグスタフ王が夢見たファーデン歴千年の繁栄を叶えたかったのだろう。自分がその千年目に立ち会うことになるとは思っていなかったはずだ。
「そろそろお腹すいてませんか?」
セシルは手にしていたバスケットを掲げて問いかけた。どうせここにいるんだろうと思って昼食をバスケットに詰め込んできた。
「邪悪なやつははいっていないんだろうな?」
「入れてませんよ。チーズとハムのサンドイッチです」
「こっちに来て食わせてくれるなら食べてもいいぞ」
アンドレアスの言葉とともにふわりと身体が浮いて、彼の隣に降ろされた。
……まったくもう、あいかわらず素直じゃない。
そう思いながらセシルはバスケットを開けた。
尊大な態度のわりにはぺろっと昼食を完食して、アンドレアスはセシルの肩に手を回してきた。
「グスタフが昔、お前が嫁さんをもらうときには大聖堂借り切って盛大に式挙げさせてやるって言っていたことがあってな。結局オレは奴に嫁の顔も見せてやれなかったんだが」
ふわりと石の柱から飛び降りると四角を描くように四隅を指差す。
「多分、このあたりが大聖堂の場所だった。ここから廊下が延びて地下の礼拝堂につづいていた」
アンドレアスの指がなぞった場所からまるでプロジェクターの映像のように淡く荘厳な大聖堂が浮かび上がる。
「こんなもんか。来い、セシル」
「え? わっ」
一瞬でアンドレアスの所に引き寄せられる。そして自分の服が華やかなドレスに変えられていた。白い生地を覆い尽くすように細かな刺繍が施され、レースのヴェールまで被らされている。
「何ですかこれ」
小柄なことを前世から気にしていたセシルは女性っぽい衣装を身につけることを苦手にしていた。こんな格好は初めてだ。
「ファーデンの伝統的な花嫁衣装だ。……なかなか様になっている。お前の瞳の華やかさに負けていない」
「花嫁……」
「お前の兄は同性婚を認めさせると言っていたが、ここで式を挙げる分は問題ない。ファーデンは同性婚を認めていたからな」
アンドレアスはどうやらこの場で二人きりの結婚式をしたいらしい。いや突然すぎるし。でもまあ嫌ではないんだけど。
アンドレアスはセシルのヴェールを持ち上げようとする。
「……ちょ……ちょっと待って下さい……」
「何だ?」
「僕のドレスについては譲歩しますけど、花婿が全裸ってどうなんですか」
セシルからすれば視覚的に雰囲気ぶち壊しもいいところだ。せっかく結婚式ごっこをするんなら自分も服を着ろと言いたい。
「これは正装なんだが」
「真っ裸が正装……」
そりゃ探せばそういう国もあるだろうけど、ファーデンにしろこの近隣の国にはそういう風習はない。
「だが、嫁の願いを叶えるのも一興だな」
そう言ったと同時にアンドレアスは一瞬でドレスと対になるような刺繍を施された衣装を纏っていた。
長身で体格のいいアンドレアスにはその豪華な衣装が似合っていて、セシルはつい見とれてしまった。その表情に満足したかのようにアンドレアスは頷く。
「……オレは神なんてものが存在するとは思っていなかった。だが、神っぽい奴がオレの前にお前を寄越してくれたことには感謝している。ロルフの魂を拾い集めてくれていたことも。……だから神の前で一応結婚の誓いとやらをしてみようかと」
『誓いの言葉もやんないの? でもまあ、あんだけ毎日のようにイチャイチャしてたら今さらだよねえ』
のんびりとそう言いながらミントが歩み寄ってくる。
『仕方ないから、僕が司祭やってあげる。……えーと、僕も誓いの言葉忘れちゃったから、もう誓いのキスやっちゃっていいよ?』
「「雑だな!?」」
二人して声が揃ってしまって、笑ってしまった。
最凶最悪の魔法使いは嫌われ者の公爵令息とこうして末永く……。
となるのかどうかはわからないけれど、アンドレアスの腕の中に取り込まれて誓いというにはあまりに熱烈な口づけをされているうちに、まあいいか、という気持ちになった。
その夜は日が落ちる前にベッドに引っ張り込まれた。
まだ仕事がというセシルの抗議はあっさり却下された。
何故かそんな勢いだったのに、アンドレアスの愛撫はいつになく丁寧で、すっかり昂ぶらされた身体には拷問のように甘かった。
身体の奥深くまで愛されることを知ってしまったせいか、もどかしいくらいに暴れる熱がセシルを追い詰める。そこを埋めてほしい。熱を打ち付けて滅茶苦茶にして。
なのにアンドレアスはそこに触れてくれない。
「アンドレアス……もう……無理……」
寝室には二人分の魔力が溶け合い絡み合って漂っている。
息が乱れて情けない声しか出せないセシルに、乳首を愛撫していたアンドレアスが顔を上げて問いかけてきた。
「何が無理だ?」
「これ……入れて……」
手を伸ばしてすでに硬く熱を帯びたそれに触れる。
相手の屹立に触れながら目を潤ませている自分はきっと浅ましくて不細工な顔をしている。恥ずかしいけど……アンドレアスは欲しいものをちゃんとくれる。
「我慢できなくなったのか?」
「自分だって……こんなにしてるのに」
指を絡ませて扱くと、相手のそれがとろとろと濡れてくる。
「お前……どこでこういうことを覚えてきた」
「あなた以外誰がいるの?」
そう言ったらアンドレアスはセシルを引き寄せて口づけてきた。
「いたずら者め。そんな可愛い顔はオレ以外に見せるなよ」
「あ……っ」
長い指がセシルの後ろに回ってゆるゆると拡げるように蠢く。
そのまま腰を掴まれてアンドレアスのそれの上に跨がらされる。自分の重みで深い場所まで一気に熱を穿たれる形になって、セシルはアンドレアスにすがりついた。
「やっ……これなんか、いつもと違う……」
下から突き上げるようにアンドレアスが動くと思わず悲鳴を上げそうになった。
「そうか、お前は下から突かれるのが好きか」
「待って……ああっ……中が……」
「本当にお前は可愛いな」
アンドレアスの吐息も熱い。セシルの腰を掴んで揺すりながら耳元で囁いてくる。
自分の身体でアンドレアスのそれを包み込む感覚のせいか、いつもよりはっきりと存在が感じられて、自分がそれをきつく締め付けているのも自覚してしまった。
中を押し広げられるたびに身体がビリビリと震える。
「熱い……中が……灼けちゃいそう……」
アンドレアスの魔力が自分を包み込んで、肌から染みこんでくる。
それが媚薬のように甘く身体を痺れさせる。もっと強い刺激を、もっともっと、と駆り立てる。
「腰が動いているぞ」
「言わない……で……だって……」
自ら腰を揺すって刺激を求めている。でも、欲しいから、身体が止められない。
「欲しいのだろう? いくらでもくれてやる。お前はオレの嫁になったんだからな。嫁のわがままを聞くのは亭主の仕事だ」
アンドレアスはそう言ってそのままセシルを組み敷くように覆い被さってきた。
激しく腰を進めてくる。アンドレアスの腕の中に取り込まれて、大量の魔力が注ぎ込まれる。頭がクラクラしそうなほどの強い刺激にセシルは魔力酔いを起こしたときのことを思い出した。
あの時に比べたら魔力を交わすことになれてきたとはいえ、アンドレアスの強い魔力は媚薬のようにセシルを支配する。
「これ……魔力……多すぎない?」
蕩けそうになっている身体がますます熱を帯びる。
「お前の身体をオレの魔力で満たしたいくらいだ。……可愛い嫁に柄にもなく浮かれているな。……トロトロに溶けた顔まで全部可愛い」
「……もう……あっ……また……」
アンドレアスが激しく抽挿をしながら魔力を送り込んでくる。セシルは翻弄されて強すぎる刺激に切れ切れの喘ぎを漏らすしかできなかった。
熱い……身体の中がアンドレアスの気配でいっぱいだ……。今まで何度も抱かれたのに、こんなの……。夫婦になったから手加減なしってこと……?
考えがまとまらない。アンドレアスも熱情に支配されたようにセシルを強く抱きしめて最奥を穿ってくる。そのまま奔流の中に放り込まれて、二人は交情を繰り返した。
気を失っていたのか……。
目を開けると外はほの明るくなっていた。くるりと頭を動かしたセシルは自分を背中から抱きしめていたアンドレアスがすでに起きていてこちらをじっと見ているのに気づいてぎょっとした。
「起きてたんですか」
「ちょっとやりすぎたかと思って、心配になっていた」
「少しくらくらしますけど、大丈夫ですよ」
頭がふらつくのはきっと、昨夜夕飯抜きでコトに及んだせいだろう。いや一体何時間していたのか。シーツは交換してくれて身体も綺麗にしてくれているけど。
「……ご飯、作りますね」
そう言ってベッドから降りようとして脚に力が入らなくて、転びそうになる。アンドレアスが手を差し伸べてくれなかったら床に落ちていただろう。
「馬鹿。動くな。昨夜用意したものを温めるだけならオレでもできる」
「……すみません」
「謝る必要はない。嫁の世話は夫の仕事だ」
そう言って頬にキスをくれる。
「僕の肩書きがまた増えたんですね。下僕で世話係で弟子で……」
頭はふらつくし身体が怠いのに、気分は悪くない。思わず笑みが浮かんでしまった。
アンドレアスはセシルを腕の中に捕らえるようにして耳元で囁いた。
「愛している。お前が誰に嫌われていても、オレだけはお前を愛している」
セシルは手を伸ばしてアンドレアスの頭を撫でながら目を伏せた。
「僕も……最凶最悪の魔法使いでも、あなたを愛してます」
……あなたは最凶最悪の魔法使いと呼ばれていても、誰よりも優しくて情のある人だから。誰が誤解しても、あなたを……。
ただ、全裸だけはなんとかしてほしいな、と思うセシルだった。
時折ちょっかいを出してきた隣国もついにホールズワース家が本気を出してきたと警戒しているし、そもそも王都から離れているために自分たちで物流も生活も防衛も何とかしてきた土地柄だ。むしろ王都からの面倒事に巻き込まれない分、楽になったと言えるだろう。
鉄道駅には連日のようにカトライア公国への移住を求めてくる者が殺到しているらしい。だから人手不足も解消されそうだとカトライア公となったロイは教えてくれた。
何しろシャノン王国で国家を支えていた魔結晶技術がもう今の在庫を使い果たしたら終わってしまうと知れ渡ったのだ。鉄道だっていつまで動くかわからない。
不安になる人々は多いのだろう。
そしてセシルは再びファーデン王国の遺跡がある村に戻ってきていた。一旦この村に移動させたロイの王都本邸はセシルの住まいになった。アンドレアスの魔法研究の基地と魔法具製作の作業場も兼ねているとはいえ、とても広い。
アンドレアスは地下牢に置いてあった道具を全て持ち込んでご満悦で屋敷を掃除する魔法具を作ったりしている。
そんなある日、彼らをひょっこり訪ねてくる男がいた。
「トレイシーさん?」
十数人の男女を連れたトレイシー・モーガンズは髪も髭も整えてこざっぱりしていた。
侯爵家から逃亡したと聞いていたが、彼はシェパーズ侯爵家からクビにされた優秀な技術者を呼び集めてきたのだという。
どうやら彼は魔結晶生産装置の破壊工作にセシルが関わっていることを察していたらしい。
「今後も魔法研究をするなら、ここがいいと思ってね」
「侯爵に追われていたのでしょう? 大丈夫だったんですか?」
「何とか逃げ延びたよ。もう、あの家には大した力はないだろう」
シェパーズ侯爵家は所領と爵位を奪われ、元侯爵は今回の不始末の責任を取って息子のピーターとともに強制労働刑になった。セシルの弟ブライアンも同じ場所で労役につかされている。
財産を抱えて国外に逃げようとする貴族も多く、シャノン王国は荒れているらしい。
「とりあえず、居住許可はもらったから、のんびり研究をつづけるさ」
そう言って彼らは村に住み着いてセシルの家に通ってくるようになった。
そして、三百年前ファーデン王国を滅ぼし、今回シャノン王国も滅ぼしかけている最凶最悪の魔法使いアンドレアスが遺跡をふらついている姿をよく見かけるようになった。
あいかわらずセシル以外の人のいない場所では全裸を通しているので、一目でわかる。
セシルはミントを連れてアンドレアスに歩み寄った。
「またここに来ていたのですか」
「……一応、まだ遺跡の管理人だからな」
そう言いながら崩れて倒れた大理石の柱に腰掛けて、アンドレアスはぼんやりと森に埋もれつつあるファーデン王国の旧王宮の残骸を見つめている。
それを見ているとセシルはアンドレアスが寂しそうに思えてくる。
……ここには彼の双子の弟の遺骨も、彼と親交のあったグスタフ王の棺も埋まっている。お墓参りみたいに感傷に浸っているんだろうか。
とはいえ、全裸では感傷という言葉が似合わない。
まだ、アンドレアスが何を考えているかわからない時が多いんだよな。突拍子もないことを言うし、色々すごいこともできるし。
「……オレはファーデンを滅ぼすつもりはなかったんだ」
「わかってますよ。きっとグスタフ王も……」
アンドレアスはグスタフ王が夢見たファーデン歴千年の繁栄を叶えたかったのだろう。自分がその千年目に立ち会うことになるとは思っていなかったはずだ。
「そろそろお腹すいてませんか?」
セシルは手にしていたバスケットを掲げて問いかけた。どうせここにいるんだろうと思って昼食をバスケットに詰め込んできた。
「邪悪なやつははいっていないんだろうな?」
「入れてませんよ。チーズとハムのサンドイッチです」
「こっちに来て食わせてくれるなら食べてもいいぞ」
アンドレアスの言葉とともにふわりと身体が浮いて、彼の隣に降ろされた。
……まったくもう、あいかわらず素直じゃない。
そう思いながらセシルはバスケットを開けた。
尊大な態度のわりにはぺろっと昼食を完食して、アンドレアスはセシルの肩に手を回してきた。
「グスタフが昔、お前が嫁さんをもらうときには大聖堂借り切って盛大に式挙げさせてやるって言っていたことがあってな。結局オレは奴に嫁の顔も見せてやれなかったんだが」
ふわりと石の柱から飛び降りると四角を描くように四隅を指差す。
「多分、このあたりが大聖堂の場所だった。ここから廊下が延びて地下の礼拝堂につづいていた」
アンドレアスの指がなぞった場所からまるでプロジェクターの映像のように淡く荘厳な大聖堂が浮かび上がる。
「こんなもんか。来い、セシル」
「え? わっ」
一瞬でアンドレアスの所に引き寄せられる。そして自分の服が華やかなドレスに変えられていた。白い生地を覆い尽くすように細かな刺繍が施され、レースのヴェールまで被らされている。
「何ですかこれ」
小柄なことを前世から気にしていたセシルは女性っぽい衣装を身につけることを苦手にしていた。こんな格好は初めてだ。
「ファーデンの伝統的な花嫁衣装だ。……なかなか様になっている。お前の瞳の華やかさに負けていない」
「花嫁……」
「お前の兄は同性婚を認めさせると言っていたが、ここで式を挙げる分は問題ない。ファーデンは同性婚を認めていたからな」
アンドレアスはどうやらこの場で二人きりの結婚式をしたいらしい。いや突然すぎるし。でもまあ嫌ではないんだけど。
アンドレアスはセシルのヴェールを持ち上げようとする。
「……ちょ……ちょっと待って下さい……」
「何だ?」
「僕のドレスについては譲歩しますけど、花婿が全裸ってどうなんですか」
セシルからすれば視覚的に雰囲気ぶち壊しもいいところだ。せっかく結婚式ごっこをするんなら自分も服を着ろと言いたい。
「これは正装なんだが」
「真っ裸が正装……」
そりゃ探せばそういう国もあるだろうけど、ファーデンにしろこの近隣の国にはそういう風習はない。
「だが、嫁の願いを叶えるのも一興だな」
そう言ったと同時にアンドレアスは一瞬でドレスと対になるような刺繍を施された衣装を纏っていた。
長身で体格のいいアンドレアスにはその豪華な衣装が似合っていて、セシルはつい見とれてしまった。その表情に満足したかのようにアンドレアスは頷く。
「……オレは神なんてものが存在するとは思っていなかった。だが、神っぽい奴がオレの前にお前を寄越してくれたことには感謝している。ロルフの魂を拾い集めてくれていたことも。……だから神の前で一応結婚の誓いとやらをしてみようかと」
『誓いの言葉もやんないの? でもまあ、あんだけ毎日のようにイチャイチャしてたら今さらだよねえ』
のんびりとそう言いながらミントが歩み寄ってくる。
『仕方ないから、僕が司祭やってあげる。……えーと、僕も誓いの言葉忘れちゃったから、もう誓いのキスやっちゃっていいよ?』
「「雑だな!?」」
二人して声が揃ってしまって、笑ってしまった。
最凶最悪の魔法使いは嫌われ者の公爵令息とこうして末永く……。
となるのかどうかはわからないけれど、アンドレアスの腕の中に取り込まれて誓いというにはあまりに熱烈な口づけをされているうちに、まあいいか、という気持ちになった。
その夜は日が落ちる前にベッドに引っ張り込まれた。
まだ仕事がというセシルの抗議はあっさり却下された。
何故かそんな勢いだったのに、アンドレアスの愛撫はいつになく丁寧で、すっかり昂ぶらされた身体には拷問のように甘かった。
身体の奥深くまで愛されることを知ってしまったせいか、もどかしいくらいに暴れる熱がセシルを追い詰める。そこを埋めてほしい。熱を打ち付けて滅茶苦茶にして。
なのにアンドレアスはそこに触れてくれない。
「アンドレアス……もう……無理……」
寝室には二人分の魔力が溶け合い絡み合って漂っている。
息が乱れて情けない声しか出せないセシルに、乳首を愛撫していたアンドレアスが顔を上げて問いかけてきた。
「何が無理だ?」
「これ……入れて……」
手を伸ばしてすでに硬く熱を帯びたそれに触れる。
相手の屹立に触れながら目を潤ませている自分はきっと浅ましくて不細工な顔をしている。恥ずかしいけど……アンドレアスは欲しいものをちゃんとくれる。
「我慢できなくなったのか?」
「自分だって……こんなにしてるのに」
指を絡ませて扱くと、相手のそれがとろとろと濡れてくる。
「お前……どこでこういうことを覚えてきた」
「あなた以外誰がいるの?」
そう言ったらアンドレアスはセシルを引き寄せて口づけてきた。
「いたずら者め。そんな可愛い顔はオレ以外に見せるなよ」
「あ……っ」
長い指がセシルの後ろに回ってゆるゆると拡げるように蠢く。
そのまま腰を掴まれてアンドレアスのそれの上に跨がらされる。自分の重みで深い場所まで一気に熱を穿たれる形になって、セシルはアンドレアスにすがりついた。
「やっ……これなんか、いつもと違う……」
下から突き上げるようにアンドレアスが動くと思わず悲鳴を上げそうになった。
「そうか、お前は下から突かれるのが好きか」
「待って……ああっ……中が……」
「本当にお前は可愛いな」
アンドレアスの吐息も熱い。セシルの腰を掴んで揺すりながら耳元で囁いてくる。
自分の身体でアンドレアスのそれを包み込む感覚のせいか、いつもよりはっきりと存在が感じられて、自分がそれをきつく締め付けているのも自覚してしまった。
中を押し広げられるたびに身体がビリビリと震える。
「熱い……中が……灼けちゃいそう……」
アンドレアスの魔力が自分を包み込んで、肌から染みこんでくる。
それが媚薬のように甘く身体を痺れさせる。もっと強い刺激を、もっともっと、と駆り立てる。
「腰が動いているぞ」
「言わない……で……だって……」
自ら腰を揺すって刺激を求めている。でも、欲しいから、身体が止められない。
「欲しいのだろう? いくらでもくれてやる。お前はオレの嫁になったんだからな。嫁のわがままを聞くのは亭主の仕事だ」
アンドレアスはそう言ってそのままセシルを組み敷くように覆い被さってきた。
激しく腰を進めてくる。アンドレアスの腕の中に取り込まれて、大量の魔力が注ぎ込まれる。頭がクラクラしそうなほどの強い刺激にセシルは魔力酔いを起こしたときのことを思い出した。
あの時に比べたら魔力を交わすことになれてきたとはいえ、アンドレアスの強い魔力は媚薬のようにセシルを支配する。
「これ……魔力……多すぎない?」
蕩けそうになっている身体がますます熱を帯びる。
「お前の身体をオレの魔力で満たしたいくらいだ。……可愛い嫁に柄にもなく浮かれているな。……トロトロに溶けた顔まで全部可愛い」
「……もう……あっ……また……」
アンドレアスが激しく抽挿をしながら魔力を送り込んでくる。セシルは翻弄されて強すぎる刺激に切れ切れの喘ぎを漏らすしかできなかった。
熱い……身体の中がアンドレアスの気配でいっぱいだ……。今まで何度も抱かれたのに、こんなの……。夫婦になったから手加減なしってこと……?
考えがまとまらない。アンドレアスも熱情に支配されたようにセシルを強く抱きしめて最奥を穿ってくる。そのまま奔流の中に放り込まれて、二人は交情を繰り返した。
気を失っていたのか……。
目を開けると外はほの明るくなっていた。くるりと頭を動かしたセシルは自分を背中から抱きしめていたアンドレアスがすでに起きていてこちらをじっと見ているのに気づいてぎょっとした。
「起きてたんですか」
「ちょっとやりすぎたかと思って、心配になっていた」
「少しくらくらしますけど、大丈夫ですよ」
頭がふらつくのはきっと、昨夜夕飯抜きでコトに及んだせいだろう。いや一体何時間していたのか。シーツは交換してくれて身体も綺麗にしてくれているけど。
「……ご飯、作りますね」
そう言ってベッドから降りようとして脚に力が入らなくて、転びそうになる。アンドレアスが手を差し伸べてくれなかったら床に落ちていただろう。
「馬鹿。動くな。昨夜用意したものを温めるだけならオレでもできる」
「……すみません」
「謝る必要はない。嫁の世話は夫の仕事だ」
そう言って頬にキスをくれる。
「僕の肩書きがまた増えたんですね。下僕で世話係で弟子で……」
頭はふらつくし身体が怠いのに、気分は悪くない。思わず笑みが浮かんでしまった。
アンドレアスはセシルを腕の中に捕らえるようにして耳元で囁いた。
「愛している。お前が誰に嫌われていても、オレだけはお前を愛している」
セシルは手を伸ばしてアンドレアスの頭を撫でながら目を伏せた。
「僕も……最凶最悪の魔法使いでも、あなたを愛してます」
……あなたは最凶最悪の魔法使いと呼ばれていても、誰よりも優しくて情のある人だから。誰が誤解しても、あなたを……。
ただ、全裸だけはなんとかしてほしいな、と思うセシルだった。
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