最凶最悪の魔法使い(全裸)に追われています、助けてください!

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30.嫌われ令息の和解

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 少しお痩せになっただろうか。

 セシルはそう思いながら父のぎこちない抱擁に身を任せていた。

「……申し訳ありません。戻ってきてしまいました。父上」

 力強く威厳に満ちた父だと思っていた。けれどセシルに触れる手は震えていた。

「馬鹿者。謝る必要があるか」

「父上……」

「私は自分が一番信じられないのだ。どうしてお前をあれほど憎み嫌うことができたのだ。大事な妻にうり二つの息子を。今も頭の中でお前を追い出せという声が響いている。そんなことをしたいわけではないのに」

 父のやつれた顔を見上げてセシルは微笑んだ。

 僕の髪の色や顔立ちは亡くなった母と同じだ。父には似ていないし兄弟の中でも一人だけ印象が違う。それを父は慈しんでくれた。

 ……父が悪いわけではない。嫌われたのは辛かったけれど、それまでちゃんと愛してもらった記憶は残っている。それは消えることはない。

 呪いの影響が何かのきっかけで薄れたのかもしれない。それで自分の行動の矛盾を自覚して苦しんでいたのだろうか。

「僕は大丈夫です。父上」

 セシルはそう答えて父の背中に手を添えた。



 庭を歩こうと誘われて、セシルは父の後について歩き出した。

「無事だったのだな。怪我はないのか」

「はい……」

「そうか。ならば良かった」

 そう言ってから、父は溜め息をついた。

「勘当までしておいて言うことではなかったな。無事か、などと」

「いえ。僕も二度と戻るなと言われたのに来てしまいましたから」

 話をしながらセシルは素早く頭の中で魔法を組み立てる。呪いの影響を排除して跳ね返す『守護』の魔法。それが父の全身に広がるのを見てから、ほっとした。

「弁解にしかならないが、あの頃のことがどうにも現実味がなくてな。正しいことをしていると自分では思っていたが、我が子を追い詰めて理不尽な言いがかりを鵜呑みにしていただけだ。それをあの頃は疑いもしなかった。自分が何をしていたのかさっぱり理解できない。お前がいなくなってから冷静になると、全てがおかしかったのだと気づいた」

 父は呪いの影響でセシルを嫌っていただけだ。今なら理解しているけれど、あの頃のセシルはただ父の前から逃げたかった。

 アンドレアスが呪いの影響を受けた人間は対象が目の前に居なくなると攻撃の行き場を失って悪い影響が出ると言っていた。けれど父が理性を取り戻したのなら悪い影響ばかりでもないのだろう。

「全ては手遅れだとわかっていた。だからせめてフランシスに当主の座を渡そうと足掻くしかできなかった。ブライアンに家督を譲ればセシルがこの家を守ろうとした努力を台無しにしてしまうだろうからな」

 呪いの影響を受けてもブライアンに家督を譲りたくないと思ったあたりはすごいと感心した。そしてそれがセシルの努力を認めてくれていたからだと聞いて嬉しくなった。

「魔法にかけられていたんですよ、きっと」

 セシルがそう言うと、父は振り返って驚いた顔をしていた。

「なるほど。確かにそんな感じだ。あり得ない力に操られていたような。それで誤魔化すわけにはいかないが」

 脱力したような笑みでそう呟く。セシルは魔法が言い伝えではないことを知っているけれど、それ以上は言わなかった。

「父上にご報告したいことがあります。僕は王女殿下とピーターの婚約披露夜会に出席します。そこで、今度こそ本気で勘当されても仕方ないことをするかもしれません」

「……何をするつもりなんだ? 彼らへの意趣返しか?」

「もしかしたら、それ以上かもしれません。公爵家に累が及ぶことは望みませんので、傍観していただけますか?」

 アンドレアスはセシルの呪いを解くのと同時にシェパーズ侯爵家への報復を考えているのかもしれない。この国にとって重要な財源の魔結晶生産装置の秘密を暴露するつもりだとしたら。

 この国のあり方に影響を与えてしまう。そんな大それたことをしたら、もう嫌われ令息どころでは済まない。

 でも、アンドレアスのしたいようにさせたいと思っている。

「それが終わったら、もうお目にかかることはないでしょう」

 父の呪いの影響はいずれ完全に消えるはずだ。だから、父が後悔に苛まれないように告げておきたい。

「僕は父上に感謝しています。それに、公爵家の当主なんて最初から僕には荷が重かった。だから、セシル・ウイットフォードとして自由に生きていきます。それをお伝えしたかったんです」

「セシル……」

「それから、できれば兄上にもいくらかの自由を差し上げてください。僕の望みはそれだけです」

 それを聞いた父はあっさりと頷いた。

「フランシスから遠縁の子を養子にしたいという申し出があった。どうしても女性を愛することができないのだと。私はあれのこともわかってやっていなかったのだな。父親失格だ。ブライアンも何を考えているのかさっぱりわからないし」

「ブライアンに関しては僕もわかりませんから、大丈夫ですよ」

 昔から誰に何を言われても聞く耳を持たない上に、どこで覚えたのか悪い遊びばかりやっている弟。自分と同じ家で育ったはずなのに何を考えているのかわからない。

 普通、ずっと一緒に暮らしていればある程度掴めるものじゃないかと思うけど。

 父はセシルの言葉にわずかに笑みを浮かべた。

「……とにかく、家のことでお前を煩わせるつもりはない。好きにするといい。だが、困ったことがあればいつでも戻ってくるんだぞ」

「ありがとうございます」

 セシルは深く一礼した。そのまま門の方へ歩き出す。

『アンドレアスの作業も終わったっぽいよ』

 ミントが周囲を見回して告げてきた。



 正門を出たところで向かいから走ってくる馬車があった。

 アッシャー公爵家の紋章のついたそれは、ブライアンが使っている馬車だ。

 セシルが帽子を目深にして端に避けると、その馬車が目の前で止まった。

「これはこれは。兄上ではありませんか。まだ王都にいらしたのですか」

 かんに障るねちっこい声。セシルは溜め息をついた。

 何故かは知らないがブライアンは昔からセシルに対して好意のかけらもない。フランシスには年が離れている分少しは遠慮があるが。彼に付けられた守り役が少々行きすぎた教育をしたせいか、兄を押しのければ家督を継ぐチャンスがあると思っているらしい。

 馬車の窓から顔を近づけてきたのはブルネットの髪と青い瞳の男。今年十八歳になるはずだが荒れた生活のせいかセシルより老けて見える。

「もしかして、家に金の無心にでもいらしたのですか? 平民は大変ですね」

 セシルは相手の表情をじっと観察してみた。今までは何を言われようと自分の万能翻訳スキルでも翻訳できない謎言語だと思ってスルーしていたのだ。

「てっきり火山に落ちて野垂れ死になさったのだと思っていましたよ。まあ、もっともそうなったところでこの家にはこの僕がいるのですから問題はありませんが。それに、兄上のせいでこじれた他の貴族との関係も僕ならなんとかできますからね」

 そう言いながらこちらに向ける尊大で小馬鹿にしたような歪んだ笑みに、反応を窺っているような気配を感じた。

 もしかして、ブライアンって僕のことを怖がっているんじゃないだろうか。敵意というより怖がられている気がする。だから怒らせて僕が本性を出すことで力量を測っているとか?

 いやだから、兄弟なんだけど? ずっと一緒に暮らしている相手をどうしてそこまで警戒するんだ? 僕は何にもしてないのに。向こうが一方的に絡んできて暴れるだけ暴れるから喧嘩にもなっていない。

 ……家庭内に異星人がいるみたいな意味不明だからなあ……。まあ、あのピーターと仲良くできる点ですでに理解できないけど。

 それに、父上は兄上を呼び戻すことをブライアンには話してないんだろうか。この口ぶりだと自分が家督を継ぐと思い込んでるようだ。兄上もそんなこと言っていたけど。

 まあ、本当のことを言ったら何をしでかすかわからないから、夜会まで黙っている方が賢明かもしれない。

「ブライアン」

 セシルが静かにそう呼びかけると、相手がぴたりと口を閉じた。

「色々心配をかけたようだけど、僕は二度と家には戻らないから、君も元気でね」

 それだけ告げるとセシルはそのまま歩き出した。

 何か言葉をぶつけられるかと思ったけれど、しばらくするとそのまま馬車は門の方向へ走り出した。

 

『……ねえ。どうしてブライアンは手紙が火山に落ちたことを知ってるの?』

 セシルの隣にいたミントが問いかけてきた。

「……そう言えば。他の人は隣国で死んだって言ってたような」

 それに、父にあの手紙のことを問うのを忘れていた。父の手紙には追跡するための術が仕掛けられていたのだ。つまり手紙がホールズワース領に届くまでの間に何者かが細工したということ。

 そして、その細工の主はその手紙が隣国の火山に落とされたことを知っている。

「あれは家の中に協力者がいたから仕掛けられたってことかな。つまりブライアンは完全に黒だ」

「何が黒い?」

 突然背後で声がして、セシルは飛び上がるほど驚いた。いつの間にかアンドレアスがそこに立っていた。

「うわびっくりした……。いつからそこにいたんですか」

「お前が馬車の中の人間と話しているところからだ。気配を消していたからな。父親には会えたのか?」

 セシルは頷いて父との会話の内容を話した。

「そうか。まあ、お前の守護魔法がかけてあれば呪いや妙な暗示にやられることはないだろう」

「暗示?」

「あの手紙だ。お前を夜会に呼びつけようとした内容の。お前を見て一番にそれに言及しなかったのなら、父親は何者かに操られて書かされたんだろう。それにお前にかけられた呪いは対象者の髪や血液のような身体の一部が必要なんだ。それを手に入れられる者も限られるだろう」

「……それじゃ……ブライアンが?」

 アンドレアスはそれを聞いて眉を寄せる。

「そういうことになる。だから火山のことを知っていたんだろう。それにあの男、他にも何やら嫌な感じがしたんだが……」

「魔力の相性が悪いとか?」

「いや、あの男は魔力持ちではない。……はっきりした感覚ではないのだが」

『もしかしたらあの男の前世があなたに関わる人だったのかもしれないよ?』

 ミントがそう言いながら馬車の過ぎ去った方向を見つめていた。

「だったら心当たりがありすぎるな。何しろオレは最凶最悪の魔法使いといわれた男だからな。嫌がられている相手には不自由していない」

「いやそれ自慢になりませんし……」

 アンドレアスはきっと自分が命を狙われてもそう言いそうな気がする。

 セシルがそう思っていると、アンドレアスの大きな手がセシルの襟首を掴んだ。

「だが、お前は真似をするなよ。お前はこれから万人に好かれる魔法使いになれるんだからな」

 そう言って乱暴に口づけられる。

 ……何でいきなり?

 そう思っていたら、ミントがそっぽを向いたままぽつりと言った。

『正直に言えばいいのに。嫌なもの触ったから口直しがしたいって』

 口直し?

「余計な事を言うな。流石に毎日あれだけ大量の呪いを見るとうんざりするだろうが」

 ……つまり自分と相性のいい魔力を摂取したい……?

 アンドレアスはセシルの腕を捕らえてからにやりと笑う。

「だが、これで呪いはほとんど削れただろう。夜会で馬鹿息子どもが何をする気か楽しみになってきたぞ」

「……あなたも、やりたいことがあるんですよね?」

「まあ、オレの場合は報復する相手がすでに死んでいるからな。技術を奪った相手から取り戻すだけだ。そいつらがどうなろうと知らん」

 アンドレアスはやはり彼の研究を盗んだ人たちの末裔にまで復讐をしたいわけではないらしい。あくまで技術を利用した報いを受けさせたいのだろう。

 彼の弟を捕らえて拷問したり、彼が親しくしていたグスタフ王の墓を暴いたりした人間はもうこの世にはいないのだから。

「……死んでいる……ああ、そうか。思い出したぞ。お前の弟に感じた気配。奴ならもう一度くらい殺しても構わんな」

 アンドレアスは何か得心が行ったという顔で頷いた。殺すという物騒な言葉にセシルは思わずアンドレアスの顔を見上げた。

 もう一回……? って前にも殺したってこと?

 
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