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27.魔法使いの大作戦

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 セシルはアンドレアスとミントと並んで宿へ戻る途中、彼らが今日何をしていたのか問いかけてみた。

 アンドレアスは背負っていた鞄を指さした。

「ちょっとした買い物と、王宮を外から眺めてきた。この時代に魔法がないというのは本当らしいな。王宮に魔法に干渉する防御が何一つない。秒で忍び込める」

「……やってませんよね? まさか」

「どうせ入ったところでオレには誰が何者なのかわからんからな。何の情報にもならないだろう。だからあの辺境伯に作った鳥の二号機を飛ばしてみた。宿に戻ったら見せてやる」

 あのドローンもどきの人工鳥? あれ二号機があったの? たしかにあれなら映像を再生できるから、アンドレアスからの伝え聞きよりはわかりやすいけれど。

「それで帰ろうと思ったらあの馬車を見つけて、こいつが『ご主人様の敵』だと言うから……」

 それを聞いて面白がってアンドレアスは馬車に細工をした、というあたりだろうか。

「あれがシェパーズ侯爵家の馬鹿息子と、アッシャー公爵家の馬鹿息子か」

「……否定はしませんけど。一応は身内なので」

「奴ら、馬車の中でお前をどうやって投獄しようかと相談していたぞ? そもそもあの呪いの効果は嫌われるだけだから、揚げ足取りみたいなしょぼい犯罪をでっち上げたところで投獄できるはずもない。だから追放だけで終わったんだ。だが、奴らはどうにかして犯罪者にしたいらしい。これはもう呪いのせいではなくただの悪意だ」

「……今まで王都にいなかった人間がどういう犯罪をするっていうんですか」

 弟にそこまで嫌われているのは複雑だったけれど、セシルは諦め気味にそう答えた。

 そもそも、セシルを追い落としたところで弟にはメリットはないのだ。父は兄を呼び戻して後継者にしようと考えているし、兄も弟に家督は無理だと考えて応じる決意を固めている。

 ……そうしたら、今度は兄を呪うんだろうか。それは流石に防ぎたいな。

 兄には幸せになってほしいとセシルは思っていた。

「さあな。……ところで兄には会えたのか」

「ええ、まあ。兄も夜会に出席するようです」

 そういえばアンドレアスのせいで、兄に色々バレてしまったんだったと思い出す。

 絶対わざと見えるところに痕残したんだろう。アンドレアスは考え無しにそんなことはしないはずだ。

 動揺を見せたら何か言われそうな気がしたのでセシルは淡々と答えた。

 セシルの反応が普通だったせいか、アンドレアスも何事もなかったかのように話を続けた。

「そうか。とりあえず王宮の周辺に設置されていた呪いの仕掛けは無効化しておいたから、夜会でお前や兄に危害を加えることは難しいだろう」

「もしかして、そのために王宮へ?」

 アンドレアスは呪いの仕掛けを壊すために王都をあちこち回っていたのだろうか。

「まあな。アレは仕掛けを中心に効果が出る。お前が王都を離れてからは誰かに嫌われたりはしていないと聞いて、おそらく『場所』に仕掛けているのだろうと予想していた」

『貴族街あたりからいっぱい痕跡があったよ。僕頑張ったからね』

 ミントが鼻息荒く手柄を主張するので、セシルは全力で撫でてあげた。

「だが、王都となると範囲が広いから、まだ残っている可能性もある。とりあえず夜会までの間、数を減らすしかない」

「呪いをかけた者に気づかれたりしませんか?」

「オレを誰だと思っている。見た目が変わるようなことはしていない。術式を書き換えて無効化しただけだ」

 そうか。アンドレアスは呪いの製作者だ。その仕組みを誰よりも知っている。だから呪いを利用している者には気づかれないように無効化できるのか。

「……だから、オレのことも褒めていいぞ」

 アンドレアスがぽつりと付け加えた。セシルは思わずミントを撫でていた手を止めた。

 あー……もしかしてミントだけ褒めたから機嫌悪いのか。

「……頭撫でて欲しいんですか? でも、手が届かないから無理ですね」

「お前はオレの扱いが雑じゃないか?」

「……雑なのはそっちじゃないですか。まあ、下僕扱いですから仕方ないと思ってますけど」

「兄には何も言われなかったのか?」

 やっぱり、わざとあの痕跡を残したのか。

 セシルはそれを聞いて眉を寄せた。

 兄さんには片思いの相手がいると言ったはずだ。その前でこんなものを見せつけるなんてデリカシーなさすぎだろ。気づかなかった僕も悪いんだけど。

「言われましたよ。だからあなたのことを説明しました」

「恋人だと?」

「僕は下僕でしょう? そんなこと言えないから誤魔化しました」

 アンドレアスは一瞬ぽかんとして、それから吹き出した。

「そうか。なるほどな。お前が馬鹿なのを忘れていた」

「……どういう意味ですか」

「お前は自分の意思でオレと寝ていたんだろう? オレは相手の意思くらいは確認したつもりだったんだがな」

 セシルはそれを聞いて顔が熱くなった。

 確かに下僕だから言いなりになっていた、というつもりはない。アンドレアスに身体を許したのは自分の意思だ。彼に対して自分が好意を持っているのも自覚している。

「オレはてっきりお前の兄の片思いの相手はお前かと思っていた。結ばれない片思いの相手がいると言っていたから。もし呪いの影響を受けていなくても、そういう下心があれば妙なちょっかいを出してくるかもしれない。だからちょっと悪戯をしてみたんだが」

「何ですかそれ……」

 兄の想い人を勝手に話すわけにはいかないから誤魔化したのを、アンドレアスは勘違いしたらしい。

 だからあんな痕跡を見える場所につけたのか。

 そんな嫉妬深い亭主みたいな……って、そもそもアンドレアスは僕の恋人でも亭主でもないんだから、嫉妬しているわけじゃない。きっとただ心配しただけのことだろう。

「そんなことしなくても……兄の想い人は僕じゃないですよ」

「そうなのか?」

「ええ、立場上結ばれる可能性はない相手ですから、口にできなかっただけです。それに僕には王太子殿下との一件があったから、あんな痕を見せたらかえって心配させてしまうでしょう?」

 アンドレアスは拍子抜けしたように溜め息をついた。

「そうか。それでお前はさっきから不機嫌そうだったんだな。じゃあ夜会でお前の兄にちゃんと挨拶してやろう」

「え?」

 セシルは驚いて問い返した。自分とアンドレアスの関係は呪いが解けるまでのはずだ。いつかアンドレアスが自分を必要としなくなったら終わるのだと漠然と思っていた。

 身内に挨拶されたら、まだこの先も続くのかと思ってしまう。

「どこの誰と付き合っているかわからないから心配するんだろう? だが、オレの事を話せばなおさら心配する。そういうことだろう?」

「……そうです」

「だったら普通に軽めに付き合ってます、って言っておけばいいだろう? オレはお前を手放す気はないし」

「え? でも……」

「最初に言った期限は忘れろ。身体の関係まで持っておいて、今さら用が済んだら終わりというわけにはいかない。何よりお前には魔法の才能がある。だったら今後もお前はオレの傍に居る方がいいはずだ。それにオレのことを嫌いではないだろう?」

 アンドレアスはそう言ってからセシルの肩に手を回してきた。

「何でそんなに自信たっぷりなんですか」

「オレは人の心や顔色を窺うのは苦手だが、ロルフやお前のような正直者の馬鹿は見慣れているからな。結構あれこれ考えていることをわかりやすく顔に出すくせに、ちゃんとこっちに確かめようとはしない。そのくせこっちの考えていることは斜め上に解釈する。……だから、面倒くさいがわかりやすい」

「……それは褒めているんですか」

 アンドレアスの言葉はひねくれていて、反対の意味だったり斜め上だったり、鏡像のようなものだったりする。

 けれど、わかりやすいということは……。

「まあ、王族に迫られて二階の窓から逃げた男が、好きでもない相手に身体を許すわけがないだろうからな。バレバレだろう? まあ、仕方ないな。オレの偉大な魔法の才能に魅了される人間は珍しくない」

「さぞかしモテたんでしょうね」

 そう言い返したら、アンドレアスの手が腰に降りてきて身体ごと引き寄せられる。

 整った顔が近づいてきて、頬に唇が触れた。

「だが、オレが自分から欲しいと思った相手はお前が初めてだ。だから呪いが解けても手放すつもりはない。一生オレの世話をする覚悟をしておけ」

 ……どういう言い方なんだ。っていうか一生ってそれプロポーズみたいなんだけど。

 セシルがさっと頬を染めたのを見て、アンドレアスは満足そうな顔をした。

「だから、お前やお前の兄の心配事は減らしてやる。それに、元婚約者や王太子の手前、独り身ではない方が好都合だろう? 何と言ったかな? ラブラブ……?」

『ラブラブイチャイチャ大作戦だよ』

 ミントの楽しそうな声が聞こえてきた。

「……その頭の悪そうな作戦は……何ですか?」

 どうやらアンドレアスとミントは夜会対策であれこれ考えていたらしい。その結果がその作戦とは……。

「落ちぶれた嫌われ者の令息が戻ってくるのを笑いものにしようと待っている奴らに夜会で恋人連れで幸せそうな姿を見せつけてギリギリと歯ぎしりさせてやる作戦だと、その犬が言っていた。そうすればあからさまに攻撃してくるだろうから撃退すればいい」

『呪いの効力は格段に弱まっているから、その姿を見て我に帰る人もいるかもしれない。だから二人には仲良しになってもらわないとね』

 ミントはアンドレアスとセシルの関係を知っている。セシルがベッドに引っ張り込まれたらさっさとどこかに出かけてしまうか寝てしまうから、反対はしていないようだけれど。

 ……ラブラブイチャイチャ……ってそこまでやらなきゃいけないのか?

「そういうことだ。だから往来で腰を抱いたくらいで逃げるなよ」

 そう言いながらアンドレアスの手があちこち撫で回してくるので、セシルは抗議した。先ほどの馬車の騒ぎのせいか、この場の人通りはさほど多くないとはいえ、ここは往来だ。

「腰じゃなくてお尻触ってないですか?」

「お前の腰は細いから尻まで手が届くんだ。どっちもオレのだから構わんだろう」

 そう言いながら触り方がエスカレートしてくる。セシルは遮ろうとアンドレアスの腕に手を伸ばしかけてから、ふと手を止めた。

 触られること自体は嫌なわけではないし、そのイチャイチャ大作戦だとこれ以上のことをされるんだったら、今のうちに慣れた方がいいんだろうか。恥ずかしいけど、今の自分は髪色もちがうし、知っている人に会うこともないから……。

 って、父や兄の前でこんなことをするのか? 恥ずかしくて焼け死にそうだ。

 ……前世で見かけた往来でイチャついているカップルを『リア充爆発しろ』とか思っていてごめんなさい。僕には同じ真似はできそうにない。尊敬する。

 でも……アンドレアスに「オレの」と言われてときめいてしまった自分ももう、大概手遅れだと思う。

「……僕はあなたのことを本気で好きになっていいんですか?」

「そう訊いている段階でもう、オレのことを好きだろうが」

 ああもう。アンドレアスはずるい。自分の気持ちはちゃんと言わないくせに、僕の気持ちなどお見通しだったんだ。



 ……そう。とっくに僕はもう、この人に本気で惹かれている。三百年前の最凶最悪の魔法使いに。

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