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21.魔法使いの決意

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 頭蓋骨らしいものが一つしかないのでおそらく人骨は一人分だろう。床に横たわった状態に見える。頭蓋骨は無傷なのに、四肢の骨が崩れてしまっている。服だったとおぼしき繊維がわずかに骨に絡まって残っている。

 思わず叫び出しそうになってセシルは慌てて口を覆った。大声を上げたらこの古い建物にどんな影響があるかわからない。

 専門家じゃないとこの骨の主の性別などは判じようがない。けれどこの人はこの牢のような狭い部屋で亡くなっていたのだ。

 しかもここって……。

 壁に掛かった道具を見てセシルは後ずさりした。その背中が何かに触れた。

 振り向くと愕然とした顔で目を見開いたアンドレアスがいた。

「……まさか、ラウレンツか?」

「知っている人?」

 すでに骨でしかなくなっているのに、わかるのだろうか。

「おそらくこれはオレの弟だ」

 セシルは耳を疑った。

 弟? どうしてわかるんだろう。骨だけなのに。

 彼には実の弟がいた。けれど貴族に酷使されて魔力を失ったので普通の子供として養子に行ったはずだ。そのあとでアンドレアスはファーデンに住み着いたとセシルは聞かされていた。

 アンドレアスは数枚の羊皮紙をセシルに差し出した。

「……薬物を投与……鞭打ちを五十回……何これ」

 それはアンドレアスの魔法の所在を聞き出すために、連日拷問をした記録だった。

 対象者が動けなくなっても治癒魔法で治療して繰り返されるそれは、淡々とした記録なのに自分まで鞭で打たれたような恐怖に襲われた。

「隣の部屋に散らばっていた書類を魔法で復元した。拷問や薬を使って執拗に誰かからオレの魔法の記録のありかを聞きだそうとしていた。日付はオレが封じられた後、ファーデンでは魔法の防御を失っておそらくは被害が出始めた頃だ。家族だけが知る秘密はないのか、手紙を受け取ったりしなかったか、と。オレの血縁者はラウレンツしかいない」

 セシルは思わず牢の周りに置かれた明らかに拷問道具だったと思わしきものに目をやった。おそらく人骨の主は拷問のあげくに亡くなったのだろう。

 この記録どおりならアンドレアスの魔法の秘密を求める者たちによって。

「おそらくヴァルターはオレを封じたのはいいが、国を守っていた魔法が消滅したことに焦ったんだろう。自分が支配下に置いていた魔法使いたちに何とかしろと命じたんだ。それでおそらく奴らは手がかりを求めてグスタフの棺を暴いたんだ。棺の中にあった魔法はしょうもない呪いや生活魔法が大半だったから、さらに焦ってオレの関係者から聞きだそうとした……というあたりか。オレには弟子はいないが、ロルフの所に出入りしていた者なら弟の存在を知っているはずだ」

 アンドレアスは感情を抑えた口調でそう言うと、じっと牢の中の白骨を見つめていた。まるで面影を見いだそうとしているかのように。

 ヴァルター王がアンドレアスに詫びて牢から出せば、そんなことをする必要がなかったのに。もしかしたらアンドレアスはそうなることを期待していたのかもしれない。

 アンドレアスは報酬さえ払えば文句言いながらでも魔法をかけ直してあげたはずだ。親しくしていたグスタフ王が守ろうとしていた国だから。

「馬鹿どもめ……。ラウレンツはオレを憎んでいた。何も知らなかったのに」

 アンドレアスはそう言いながら牢の扉を引きちぎるように乱暴に開けた。先刻も思ったけれど、絶えず魔力で覆われた彼の身体は膂力も跳ね上がっているらしい。

 朽ちていたとはいえ鉄格子の扉を片手で掴んで雑に放り投げるのを見て、セシルは彼の怒りがまた強くなったのを感じ取った。

「……これもオレの悪行に数えられるのだろうな。弟を巻き込んで見殺しにしたと」

 見殺しも何も、魔力を遮断する牢にいた彼が王宮で起きていたことを察知できなかったのは仕方ないことじゃないのか。

「いやそれ、攫った人が悪いんであって、あなたが悪いわけじゃないでしょう?」

 セシルは思わず声を上げた。

 確かにアンドレアスがヴァルター王に逆らった結果かもしれない。けれど彼が逆らったことで避けられた事態もあるんじゃないだろうか。

 一方から見て悪でも全てにおいて悪とは限らないように。

「あなたがヴァルター王のいいなりになっていたら、きっと隷属させられてお師匠のように死ぬまでこき使われていたんですよ。報酬を払い渋るような欲張りな男があなたの力を防衛だけに使うとは思えない。周りの国に戦争を仕掛けたでしょう。……あなたの力ならどれほどの被害が周辺国に出たことか」

 無詠唱で大きな魔法を瞬時に組み立てる力と、技術的にも性能的にも格段に優れた魔法具を作り出す才能。小国の王がそんな人物を手に入れれば、覇者になれるとうぬぼれてしまうだろう。

「……それは予想でしかない。現実はこんなものだ」

 アンドレアスはそう言いながら朽ちた人骨に手をかざす。一瞬でさらさらとした砂のようになった骨が集まり指先ほどの大きさの黒いキューブ状になる。

 そういえば、前世の世界では遺骨を炭化してダイヤモンドにする技術があったような。それと似ているように思えた。

「それは?」

 セシルは遺骨の下に小さな細い輪が転がっていたことに気づいた。何の金属なのかわからないがシンプルな飾りのないそれを見て、アンドレアスはふっと微笑んだ。

「オレがラウレンツに作った耳飾りだ。何だ、まだ持っていたのか」

「……それは何か仕掛けがあるんですか?」

「貴族の館でこき使われていた頃、ラウレンツが魔力切れを起こすのは珍しくなかった。だからオレの力を分け与えていた。とっくに壊れて使えなくなっているはずだ。こんなゴミさっさと捨てればいいものを」

 淡々とそう言うと興味を失ったように手の中の黒いキューブと耳飾りをセシルに差し出した。

「え?」

「お前が持っていろ。オレが持っていてはラウレンツは気に入らんだろう」

 弟は自分を憎んでいた、とアンドレアスは言っていた。

 けれど、彼が作った耳飾りをきっと亡くなるまで身につけていたのなら、本当はそうではなかったのかもしれない。それを今さら知ったところで、彼には苦しいだけだろう。

 弟の遺骨と遺品を持っていることも、辛いくらいに。

 セシルは渡されたそれをハンカチに包んで鞄に入れた。



 不意にミントが再び吠え始めて、セシルは顔を上げた。

「ミント?」

 今度は一体何を。

 そう思って目をやると、ミントは部屋の隅に転がっていたボロボロの箱を足で踏みつけている。

「何? その箱を開けてほしいのか?」

 セシルがその箱を開けると、中には小さな赤い塊がいくつも入っていた。

「……これって魔結晶? 形は歪だけど……」

「魔結晶? たしか今、機械の動力源になっていると言っていたものか? これが?」

 アンドレアスはその一つを拾い上げた。そして手の中にあるものを深く眉を寄せて睨みつけていた。

「……これはオレが作った人工魔石だ。これが今も使われているというのか?」

 魔法が衰退した理由として、セシルはアンドレアスに魔結晶のことを話したことがある。その時は彼はあまり興味を示さなかった気がする。

「ええ。ありとあらゆる機械はこれを動力にして動いています。今流通しているのはおそらく使いやすいように立方体にカットされています。……これって魔石なんですか?」

「ああ……だったら不味いことになる」

「え?」

「この仕掛けを作ったのはオレだ。だから利点も欠点も知っている。だが、これを利用して流通させた人間はおそらくそれを知らない。だから不味い」

 セシルはアンドレアスの言葉に箱の中の赤い石のような塊を見つめた。

「魔結晶は……シェパーズ侯爵家が開発した、と聞いています。シャノン王家がその利権を手にしたことで、この国が発展したのだと……」

「そいつらはどこにいる?」

「おそらく王都です。彼らが作り出した技術は今も王家に守られているので」

 アンドレアスの紺色の瞳が赤く染まる。

「……では、ますますお前とともに王都に行かねばならない」

 セシルはその口調に怒りと強い決意を感じ取った。

 ……魔結晶がアンドレアスの作ったものなら、その技術を持っている者は彼の残した記録を手に入れたことになる。そして、その技術は彼と親交があったグスタフ王の棺を暴いて見つけたもの。

 そして、彼の弟を拷問にかけた者たちとも繋がっている。

 ……ついでに言うと僕に呪いをかけた人間も。

 つまりシェパーズ侯爵家の関係者が関わっているということだ。

「……久しぶりに最凶最悪の魔法使いとして暴れてやろうではないか」

 いやそれ待って。セシルはそう思ったけれど、アンドレアスの目には怒りだけではなくどこか悲しそうな色があった。

 きっと彼は後悔していたのだ。自分がやったことが三百年後の今も影響を与えていると知って。

 

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