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15.邪悪な野菜と嫌われ子息の前世

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「別にオレは人参が苦手なわけではないぞ。人参は邪悪な野菜なのだ」

 アンドレアスはそう言いながらしっかり食事のスープに入れた人参を綺麗に食べ残していた。

「邪悪な野菜……」

 邪悪って何だよ。せっかくお裾分けしてくれた農家の人に謝れ。最凶最悪の魔法使いなら邪悪とお友達になれよ。

 セシルはそう思いながらもそれ以上は薦めなかった。野菜だって嫌々食べられたくはないだろう。

 残った人参はすりつぶして明日の食事に練り込んでやろう。そう決意した。

「それにしても、お前は公爵令息だったのだろう? まるで庶民のように料理も身の回りのこともできるのだな。それとも今は貴族も庶民のような暮らしをしているのか?」

 アンドレアスの言葉にセシルはぎくりとした。

「そりゃ、実家には使用人もいましたよ。けど、今は自分でやるしかないじゃないですか」

 そもそも貴族だとはいえ、何もできないわけではない。けれど、家には使用人がいるから料理洗濯までは普通自分ではやらない。彼らの仕事を奪うわけにはいかないから。

 だから貴族の令嬢令息は生活能力はあまり高くない。

 セシルが料理や掃除洗濯ができるようになったのは、前世記憶が戻ってからだ。勝手が違うから戸惑いはあっても、基本がわかっていればすぐに慣れた。



 前世では実家住みの大学生だった。妹が二人。両親が共働きなこともあってよく自分で料理していた。

 というより両親も妹たちも料理が苦手で黒焦げや生焼けを食べたくなければ、やらざるを得なかった。自分がいなくなったあと家の食卓がどうなっているのか、ちょっと不安ではある。

 さすがに異世界でその自炊経験が役に立つとは思わなかった。



「庶民っぽいから最初は近くの平民がうろついているのだと思ったくらいだ」

「僕には貴族らしい派手さはないですからね。もともと社交的でもなかったし。兄や弟は貴族らしい感じでした。僕はあまり社交や狩猟などに興味がなくて……」

 セシルはそう誤魔化した。実際、記憶を取り戻す前もセシルはあまり貴族らしくなかった。社交に励むより家の書庫で本を読んだりすることを好んでいた。

 兄は華やかな美貌で社交界でももてはやされていたし、弟は騎士団の養成施設に通って剣術の腕を磨くことに余念がなかった。

 だから、アッシャー公爵家の次男は存在が希薄だった。ずっとセシルを構い倒していたのはロイくらいではないだろうか。まあ王太子も別の意味で構ってはくれたけれど、アレは数に入れたくない。

「……元が庶民だったからではないのか?」

「え? 僕は養子ではありませんよ?」

 セシルはその言葉の意味がわからなかった。傍系王族でもある公爵家はそう簡単に養子を迎えることもない。まして庶民となると王家が認めないはずだ。

 アンドレアスは小さく溜め息をついた。そして言いにくそうに口を引き結ぶと一気に問いかけてきた。

「いや、お前の魔力を抜き出した時に奇妙な光景を見た。オレの牢の部屋よりも狭い小箱のような家で家族で暮らしている者たちがいた。さほど裕福ではなさそうなのに、家の中には魔法具のような道具があふれている。だが、少なくとも公爵家というには服装も地味で使用人もいない。その『家族』はお前とは全く似ていない。あれはもしかして、お前の前世の記憶なのか?」

「家族……?」

 セシルはそれを聞いて顔が強ばった。あの時、アンドレアスに記憶を見られていた?

 いや待て。アンドレアスが本当にセシルの前世をみたのなら、自宅の広さを簡単にディスってないか? 

 アンドレアスはセシルの治療をした後で、どこか様子がおかしかった。

 あれは治療を通してセシルの前世記憶を垣間見たからなのか? 

 そして、アンドレアスは今のこの国の貴族の生活状況を知らないので、奇妙な光景が今の現実なのかどうかわからなくて困惑したのだろう。

「そうだ、全員が黒髪と黒い瞳。夫婦らしい男女と十四、五歳くらいの娘が二人。それともそれが今のお前の家族か? お前は男兄弟の話しかしていなかったが、その光景には息子は出てこなかった」

 確かに。自分が今まで話してきた家族構成とも違う。アンドレアスはセシルが話したことをちゃんと記憶している。下手な嘘を重ねてもバレるだろうし、言い逃れは難しくなる。



 ……話してもいいんだろうか。セシルは迷った。



 別に一生隠し通すとかそんな強い意思はないけれど、話しても何も変わらない。

 あれは過去のことで、今のセシルの人生に関わりがあるわけではない。

 前世のフィクションにはゲーム世界に転生して先のストーリーを知っているから上手く立ち回ったりするようなお話もあったけれど、この世界には自分の知る物語と類似は見当たらなかった。

 何か役に立つような知識も、平凡な大学生だったからこの世界に提供できるわけではない。つまり普通に平凡な人間の過去でしかない。

 それにセシルは今まで転生とか輪廻という概念をこの世界で耳にしたことがなかった。教会の教えにもなかった。だから信じてもらえないだろうと口にしなかっただけだ。

 ……まあ、嫌われていたから、ぼっちだったし。打ち明ける相手もいなかったんだけど。



「前世……」

「なんだ。今はそういう考えがないのか。ファーデンやその近隣国では人が死んだら神が魂を綺麗に洗って転生させるのだと言い伝えられていた。だから、『来世でまたまみえよう』などという約束をする者もいた。たまに神の気まぐれで前世の記憶を覚えている人間がいるらしい……と聞いたことがある。生憎オレは死んだこともないし、前世が何だったのか知らんから、そんなことがあるのかどうか疑わしいが」

「……そうですよね。普通そう思いますよね」

 セシルは頷いた。

 アンドレアスが続きを促すようにこちらを見つめてくる。

 前世、転生。

 そういう言い伝えがあるのと、実際転生してきた自覚が残っているというのはまた別だと思うし、それを信じるかどうかはさらに別の話だ。

 だって、前世の時も『オレは死後の世界を見てきた』とかいう話をする人がいたけど、ちょっと本当かなあって疑ったりしていた。だから……。

「前世のこととか、何か夢でも見てたんじゃないかと言われちゃいそうですよね。僕自身もよくわからないんです」

 そう言ってセシルはアンドレアスに話し始めた。

 三百年前からやってきた魔法使いに異世界からの転生の話をするなんて、シュールすぎないかと思いながら。



 自分の記憶する前世のこと。そして、よくわからない神様っぽい相手に言われたことを。



「異世界……? つまりどこかにここと同じような世界があって、転生してきたということか。それで、お前の魂は元々破損していたものをあちこちから寄せ集めて作ったモノだったと?」

 一笑に付されて終わりかもしれない。だからちょっと冗談っぽく話してみた。

 誰かにバカにされたり嫌われたりするのはもう嫌だったから。

 何かそういう夢だかよくわからないことが頭に浮かぶことがある、という感じで話したのにアンドレアスは混ぜ返すこともせずに黙って最後まで聞いていた。

「そのよくわかんない人? が言ったことが事実なら。魂を粘土みたいにくっつけたり丸めたりできるものなのか……。おかしいでしょう? だから僕もどこまで本当かわからないんです」



 そう。誰かの壊れた魂の欠片を移植したと言っていたけれど、それならそちらの魂も壊れていたということで。本来かみ合わないパズルを強引にくっつけたせいで元の世界に戻すまで時間がかかった……という感じの事を言われた。

 それならセシルの前世マサフミは二人分の魂が混じった魂の持ち主だった? でもマサフミよりも前世の記憶は残っていない。

 そして、その欠片はこの世界の人間だったはずだ。あの神様っぽい相手はやっと元の世界に帰せると言っていたのだから。



 アンドレアスはそれを聞いて口元に手をやって考え込むような仕草をした。

「道理で。そういうことだったのか」

「え?」

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