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7.最凶最悪の魔法使い

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 ……今まで訊こうと思わなかったわけじゃない。だって一人の人間が一国滅ぼすとかどうやって? って思うじゃないか。



 でも、そういう重い質問をする前にどうやってこの男に服を着せるかのほうが急務に思えていたから、やはり自分はどうかしていたんだとセシルは思った。

 けど、さすがロイ先輩、最後に直球でぶっこんできた。

 セシルは顔が引き攣りそうになったが、そのままアンドレアスに伝えた。



 すると彼はしばらく腕組みをして言葉を選んでいるように見えた。

「どうやって……というより、オレが何もしなかったから滅んだだけなんだが」

 ……何もしなかった?

 その言葉を聞いたロイも目を瞬かせていた。

「オレも見ていたわけではないから、あくまで推論になる。オレがあの牢に入れられた瞬間、外部との魔力が遮断された。そういう仕様だからな。つまりオレが魔法で維持していたファーデン全体を覆っていた魔物避けの封印も、国境警備のための防御も動かなくなったはずだ。ファーデンは魔石の鉱山があるだけの貧しい国だ。他国や魔物に一斉に攻め込まれればあっさりと滅びるだろうというのは予想がつく」

 つまり、ファーデン国はアンドレアスの魔法によって守護されていたってこと?

 その息子ヴァルター王はその恩恵を受けていたはずなのに、報酬を払い渋ってアンドレアスを牢に閉じこめたのだ。

 そのせいでアンドレアスから受けていた恩恵を失って、周辺国に攻め滅ぼされたのか。

 ……彼は自分のせいかと言っていたけど、それって自業自得じゃないか。巻き込まれた国民は気の毒としか言いようがないけど。

 ヴァルターという王は欲をかいて魔法使いを隷属させようとして、何もかも失ったのか。

「ファーデンは元々農業にも向いていない貧しい国だからな。むしろ、この国に当時の記録は残っていないのか? たしかシャノンという国は西の方にあった気がするが」

 セシルはそれを聞いて頷いた。

 たしかに、シャノン国はファーデンが滅びた時、すでに存在していた。当時はあちこちに小国が点在していて、それらが同盟を結んだり敵対したりを繰り返していた。ファーデンもその一つだったのだ。

 ……それなのに、ファーデンの滅亡に関しての詳細な記録が何一つ残っていない。

 ロイもそれを聞いて苦笑いする。

「当時は戦争を繰り返してましたから、詳細な記録が失われているようです。わかっているのはファーデンは突然滅びその領土が周辺国で分割されたことだけです。この地はその後シャノン王国に併合され現在に至っています。……あなたの言い分が事実なら、あなたに罪はないような気がしますが」

 ロイが穏やかに答えてから、チラリとセシルを見た。

 ファーデンを滅ぼした最凶最悪の魔法使いアンドレアス。その悪名は三百年後の今も残っているけれど、彼が滅ぼしたというのは濡れ衣ではないだろうか。そうなると最凶最悪もどこまで本当だかわからない。

 ロイ先輩は僕とアンドレアスが似たような立場だと言いたいんだろうか。さすがに僕の場合は三百年も後の世まで嫌われ者だったとか伝えられたりは……しないと思いたい。

 アンドレアスはロイの言葉を聞いて不遜な笑みを浮かべた。

「いいや、魔法使いは悪名がついてこそだ。最凶最悪でも別にかまわない。むしろ褒められたらこそばゆくて生きていけない。だからいい人だとか思わなくていい」

 紺色の目を細めてそう強気に返す男にセシルは驚きとともに複雑な気分になる。

 ……なんか、屈折しすぎじゃね? 嫌われることに慣れるとこうなるんだろうか。

 そう思っていたら、アンドレアスはくるりとセシルに向き直る。

「お前も嫌われ令息で上等、くらいに図太くなったほうがいいぞ」

「そうなりたいとは思うけど……」

 アンドレアスがどういう生き方をしてきたのかはセシルには知るよしもない。けれど、いくら嫌われても彼は生き方を曲げなかったから、こんな風に自信たっぷりでいられるのだろう。

「セシル、訊いてみてくれないか? そのファーデンに構築していた国境警備の魔法って、オレにも使えるのかどうか」

 ロイはセシルとアンドレアスのやりとりを見ていたが、不意に真剣な表情になって問いかけてきた。確かに魔法を使って国境警備ができるのなら、領民や兵士の犠牲は少なくできる。彼にとっては欲しくて仕方ない力だろう。

 ロイの問いにアンドレアスは首を横に振った。

「やめた方が良い。術者の魔力をずっと消費するからよほどの魔力量がないと術者は長生きできない。それに、魔法に頼ることで警戒心が薄くなる。術者が死んだりいなくなった場合どうなるか、ファーデンの例を出さずともわかるだろう。オレはグスタフ王に軍備が整うまでという約束でやっていたが、結局魔法に甘えてしまってヴァルターの代には軍備力は衰える一方だった」

 確かに。魔法で国を守ってもらえていたら、軍備はおろそかになるだろうし、油断してしまうだろう。けれど、魔法は永遠ではない。

 弱ってしまった軍備力はすぐに修正はできない。

「だが、同じものではなく、この小屋にある地図のような侵入者を探知する装置を大規模に作ればいいのではないか?」

 アンドレアスは今の技術力がどの程度のものなのか測るようにロイに問い返してきた。

 ロイはその指摘に顔を曇らせた。

「……この装置は父の代に購入したんですが、ものすごく高価だったため国境全てを網羅するわけには行きませんでした。だから遺跡の警備に使っているんです」

 魔結晶を使った遺跡周辺の警備システムはどうやら元々国境警備に使うつもりで試しに買ったものらしい。辺境伯領は国境警備が主な役割で、それだけにいかに効果を上げるかがロイにとっては重要なんだろう。

「ですが、アンドレアス殿が何か妙案を下さるというなら、報酬は惜しみませんよ」

 ロイはちゃっかりとそう言って微笑んだ。その言葉を伝えるとアンドレアスは声をあげて笑った。

「その図太さは嫌いではない。考えておこう、と伝えてくれ」

 おそらくアンドレアスにとっての仕事は、報酬よりも依頼する相手との信頼が大きいのではないだろうか。



「ひとまずアンドレアス殿も遺跡の管理人として雇い入れよう。悪いけどセシル、彼のことを見ていてもらえるかな」

 ロイはセシルの監督下にある限りはアンドレアスの領内の滞在を認めると言ってくれた。しかもいくらか報酬を出してくれるという。確かに二人分となればいくらか物入りになる。その提案はありがたかった。

「それとな、こんなモノが届いたんだが……」

 そして、ロイは帰り際に一通の書状をセシルに差し出した。

 中身に目を通すと、セシルは思わず顔を顰めた。

「……どういう意味なんですか、これは」

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