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6.辺境伯様は魔法が好き

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 セシルの表情で間違いを察したのか、ロイはちらりとアンドレアスを見てから咳払いして言い直した。

「いや、あの男、何か色っぽいじゃん。……けど、確かに見かけない男だな。アンドレアスという男は黒髪と濃紺の瞳だったというし、外見的には合っているんだが……」

 自分の名前が出たことに気づいたのだろう、アンドレアスが不快げに眉間に皺を寄せる。

 セシルは慌ててロイのことを説明して、彼の言葉を通訳した。

 自分のわからない言葉で、何かこそこそ話をしているというのは面白くないはずだから。

 それに下手に刺激してロイに危害を与えられても困る。セシルにとっては数少ない理解者なのだから。



 とりあえず込み入った話になるから、ロイの護衛たちには小屋の外で待っていてもらった。そもそも番人小屋は全員が入れるほど広くはない。

 アンドレアスはこの小屋の主人のようにどっかりとベッドに座っている。ロイには一つしかない椅子を勧めたのでセシルはその間に所在なく立っているしかなかった。

「つまり、三百年生きているのは魔法で自分の身体にかかる時間を止めていたから? 食事も摂らず眠らずそれで生き延びられるってことか。それはすごいな。そんなことができるのか」

 ロイは子供のように目を輝かせていた。

 元々ロイは知らないものに対して警戒するより好奇心を示す人だった。けれど魔法に対してまでここまで食いつきがいいとは予想外だった。

 おかげで通訳のセシルは大忙しで質問を伝えなくてはならなかった。

 そして、通訳するうちにセシルもアンドレアスの詳しい事情を知ることになった。

 今まで全裸が気になりすぎて、細かいことを訊いてなかったのだ。



 アンドレアスは三百年前ファーデン王国の国境近くに住んでいた魔法使いで、グスタフという王と懇意にしていた。

 けれどその息子のヴァルター王とはあまり仲が良くなかった。

「奴は外部の魔法使いや技術者を信用していなかった。だから報酬も払い渋っていた。全員を王に隷属させて永遠にただ働きさせればいいではないかと言い出す始末だ。そんな阿呆のために仕事をしたい者がどこにいる。仕事に報酬を払うのは当たり前のことだろう」

 確かにそうだ。ただ働きしろと言う奴の部下になりたい人間はいない。

 そしてついにヴァルターは言いなりにならないアンドレアスにしびれを切らして、だまし討ちのような形で地下牢に閉じこめた。

 その牢の仕掛けはグスタフ王のためにアンドレアスが作ったもので、一度発動したら中からは彼でも開けられない。

 出して欲しければ隷属契約をしてただ働きしろと言われたらしい。

 それはアンドレアスでなくても怒っていいところだろう。彼の師匠は契約に縛られて死ぬまで酷使されたと言っていたから、なおさらだろう。

「……確かに中からは開けられない仕掛けにはなっていた。けれど、あの牢の鍵は三百年後に壊れるようにしてあった。だから待っていただけだ」

 アンドレアスは自分の身体に不老の魔法をかけて牢の中に残ることを選んだ。

 そして、アンドレアスが牢で大人しくしている間にファーデン国は滅びてしまっていた。



 ……いや、普通の人は三百年後に鍵が開くとか言われても大概死んでるだろう……。

 それに食事も何もしなくてもいいとはいえ、話し相手もなく牢の中で暮らすには三百年は長すぎる。

 待っていただけ、なんだろうか。

 さらりとそれを口にするアンドレアスの目にはどこか老成したような雰囲気が漂っていた。

 もしかしたら、まだ自分が知らないだけで彼には何か深い闇があるんだろうか。

 というか、知らないも何も、彼とは会ったばかりなのだ。



「……そもそも、なぜ三百年?」

 ロイが当然の疑問を口にした。

 アンドレアスはふっと口元を緩めた。

「適当な数字だ。特に意味はない」

 セシルはその表情に違和感を覚えた。

 本当にそれだけだろうか。何か他に目的があるという口ぶりだったのに。それとも、ここでは言えないということなのか。

「それで、魔法使い殿はこれから何をしようと思っているのだろうか? さすがにうちの領内で問題を起こされるのは困るので、お聞きしておきたい」

 ロイはにこやかに問いかけてきた。けれど、セシルにはわかった。

 彼はアンドレアスの伝承の真偽はともかく、その存在にどれほどの価値があるかを値踏みしている。それに、一国を滅ぼしたと言われている人物に危険がないのかを推しはかるつもりだろう。

 無邪気に魔法への興味をみせていただけではない。きっとアンドレアスを観察していたのだろう。

「セシル。お前の友人にしてはずいぶん腹黒い男だな」

 アンドレアスはそう前置きしてから小さく頷いた。

「こう答えてやれ。『長い間の幽閉生活で魔力が弱っていて今はただの人間に過ぎない。セシルの仕事を手伝いながら言葉や生活を覚えたいので、しばらくこの小屋に置いてほしいだけだ』と」

 神妙なことを。そう思いながらもセシルは素直にそれを通訳した。

「なるほど。そういうことなら、セシルに世話を任せてもいいかな。もし魔法についてご教授願えるならと思ったんだが」

 それはつまり、この男を逃がすなということだろうか。まあ、通訳が必要な限りは大丈夫だろうけれど……。

「ロイ先輩は魔法に興味があるんですか?」

「いや、普通あるだろう? 知らないことは知りたくなるじゃないか。自分が魔法を使えたらとか思わないか? 自分に隠された才能が目覚める……とか憧れないか?」

 ロイは食い気味に力説してくる。

 先輩はそのうち、オレの左目の封印が、とか厨二なことを言い出すんじゃないだろうか。

 セシルが呆れていると、アンドレアスがちょいちょいとセシルの袖を引っぱる。通訳しろということらしい。

「隠された才能も何も、魔法なんてのは一定以上の魔力持ちなら大概使えるぞ? お前もその男も魔力持ちだからな。『この地に匿ってくれるなら恩返しにそのうち教授しよう』と言っておけ」

 セシルは思わず自分の手のひらを見た。それなら自分も魔法が使える……のだろうか?

 アンドレアスは紺色の瞳をわずかに細めてロイをじっと観察していた。

「それと、安心しろ。お前を呪ったのはその男ではない。その男が呪いの影響が薄いのは魔力を持っているからだろうな」

 どうしてそんなことをわざわざ……と思ってからセシルはハッとした。



 ……僕はさっき一瞬ロイ先輩を疑った。



 危険かもしれない遺跡の管理人に雇ったのは僕のことを利用するつもりだったんじゃないかと。その緊張に気づかれたんだろうか。

 呪いのことを聞かされた僕が疑心暗鬼になっている、と思ったのだろうか。

 セシルは拳に力を込めた。

 ……馬鹿だ。僕は。ロイ先輩は嫌われ者の僕をこの地に暖かく迎え入れてくれたのに。

 っていうか、服に無頓着なこの男にそれを見抜かれたのが気恥ずかしくて、黙って頷くだけにした。



 魔法を教われると聞いたロイは満足したようだった。

 遺跡の管理人の待遇や今後の報酬について確認してから外にいる護衛たちに帰り支度を命じた。

 そして、本当についで、という軽い口調で問いかけてきた。

「ところで聞いてもいいだろうか? アンドレアス殿は一体どうやってファーデン国を滅ぼしたのか」

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