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旅立ち
9。
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巨大な砂漠の中心にある都市、カンガラ。
その都市の中心にはオアシスがあり、そのお蔭でカンガラはここまで発展してきた。
このカンガラは昔から商業で有名である。異国から色々なものがここに集まってくる。
その昔、ここの人が砂漠を渡るい異国の商人にカンガラにも売るものを持ってきてほしいと頼み込んだらしい。その異国の商人は承知して、いろいろなものをいつも届けてきてくれたらしい。その中には珍しい品々もあり、その噂を聞いた他の国の商人も来るようになり、商業が盛んになったらしい。
そして商業以外にも、この国ではより強い戦士を生んでいる事でも有名である。ので、ここの都市には闘技場もある。
「それまで!」
跳ね上げられた剣が砂に刺さる。
一人の男は両ひざと両手を砂の上につき、がっくりと頭をもたげてる。
そしてもう一人の男は―
「なんでカンガラに入るのにわざわざ剣勝負をしなくちゃならないんだ」
疲れた顔と呆れた顔が混ざったような顔をして、ロングソードを腰に帯びている鞘に納めた。
夕陽と同じ紅蓮の髪を短くなびかせている、彼の名前はウォーク。
「仕方ないわ。彼らは強いものが良いの」
「次はお前だ」
「僕!?」
シェルが頑張ってね、と手を振る。ウォークも頑張れ、と励ましてくれる。
いいよな~。もう二人とも戦い終ってるんだから。
シェルは短剣、ウォークはロングソードで勝利を収めてしまっている。
「一つ聞いていい?」
僕は門番の兵士さんに尋ねる。この人は審判役。
「なんだ?」
「これって無差別?」
「そうだ。蹴りでもいいぞ。ただし相手は剣だがな」
そう言って門番さんは笑う。
ってことは魔法もOKだよね。
「お前の相手はこいつだ」
「げ」
昔から分相応ってあるけど。
「こんな子供殺せないよ」
相手は僕より2、3年下の子供だった。
「殺さなくていいんだ」
門番のお兄さんは慌てた。
「だって・・・僕殺しちゃうよ?」
「そりゃ困る」
お兄さんは情けない顔をする。その時対戦相手の子供が偉そうに叫ぶ。
「へ!怖いだけなんじゃないの!?」
赤褐色の肌をした、元気のいい子供だ。でも・・・・。
「それってハッタリって事?」
「そ」
「いや、ハッタリじゃなくてさ・・・。あーもー!とりあえず、じゃ、人じゃないのと戦わせて。それからでもいいでしょ?」
「ま、別に俺はかまわねぇケドな」
次に連れてこられたのは暴れ牛だった。ので、僕と牛は檻の中に入れられた。
「これなら殺してもいいぞ。ただし、あとで食えるようにな」
お兄さんが冗談交じりでそういう。
「美味いかな」
ウォーク、口挟むな。
僕は呪文を唱え始める。
「始め」
合図と共に、牛をつないでいた綱が外される。牛がものすごい勢いでこちらに走ってくる。
僕は叫んだ。
「炎竜っ!!」
火の玉がうねりをあげて牛の方に迫っていく。そのうち炎が細長い竜の形を作り、その竜が大きな口を開け、牛をばくりと飲み込んだ。
僕は火に包まれて倒れている牛に祈った。
ほど良く焼けてますように、と。
「ロムル、上達したなー。魔法」
ロングソードで手際よくさばいだ牛肉にかぶりつきながらウォークが満足そうに言った。
魔法に疎いウォークがどうして僕の魔法の上達度が分かるかというと、簡単なことだ。
つまり・・・・・
「いやいや。中までほど良く焼けてる!生んところ、ない!」
ウォークはほくほくした顔でまた食べる。
まあ、こーゆーこと。肉の焼け具合で人の魔法を判断するんだからなー。もー。
「いやー、ウォークに鍛えられたからね」
だってウォーク、生でも怒るし、黒焦げにしても怒るんだもん。
本人曰く、“食べるものは粗末にするな。食えるもんは全て食う”らしい。
僕の対戦相手は・・・魔法を見た途端腰を抜かし、今休養中。本人曰く。
「いや~。本当美味しいっすねー。師匠」
誰があんたの師匠だ!こいつ、戦いを避けたな・・・。
お蔭で今は牛を囲ってみんなで牛肉を食べてる始末。
「でも本当に驚きましたねー。まだ魔法を使える人がいたなんて」
え?
門番のお兄さんが言っていることに僕は驚く。
何を言っているんだ?魔法なら誰だって、僕だって兄さんだって、僕の村の神官さんだって、魔法隊だって使える。
「ここいらじゃ当たり前じゃないのか?」
ウォークが門番に尋ねる。お兄さんはいやいやと首を振り、
「国に一人いれば良い方ですよ。ましてや国に回復系と攻撃系がいればその国は幸運ですよ」
僕達が唖然とした顔をしていると、僕の対戦相手予定だった男の子はこう言った。
「いや、そりゃあ国によっても違うけどね。ほら、この都市カンガラを境にしてこの大陸は二つの帝国に分かれているだろ?あんたらの来た国では魔法が栄えているかもしれねーけど、こっちの国は魔法使いが全然いねーんだよ。やっぱ国同士でまだ対立が続いているからなー。よせつけないんだろうな、よそ者を」
その歳で世間を語るな。
「でも、その割にはここの街は警備がさほど厳しくないんですね」
シェルがそう言って辺りを見回す。確かに。城壁のような高い塀が都市を囲んでいるので、強固といえばそうかもしれないが、その入り口を守るのは門番のこのお兄さん以外見当たらない。
「ええ。ここら辺は砂漠地帯ですしね。よほど運がない限りここにはたどり着けないし、かと言ってここを通らなければ魔物のエサですからね。まあ、ここを通れるのは道を知っている商人程度しか通りませんね。だからここを通って向こうの国に行こうと考えている者なんかほとんどいませんよ。そういう者は大抵ほら、西にある森林都市。あっちを通って行ってしまいますから。あっちはそれこそ警備が厳重です。まあ、どういう要件でここまで来たか知らないけどゆっくりしていって下さい。ここは中立都市ですからね」
そう言って門番のお兄さんは邪気のない笑顔をこちらに向けた。
僕らは適当なところに宿を取り、早速街に繰り出した。ラクナスは見つかると色々まずいかもということで僕のマントの下に隠れている。
シェルは調べることがあると言って古代図書館に行ってしまった。
「シェルはこの街にくるつもりでずっと歩いていたのかな?」
“ナナコネ”という7色の模様の果物のジュースを飲みながらぼそりと呟く。カップの先に刺さっている一片のナナコネは青色だったがすごく綺麗だ。味はパイナップルのような感じだ。
「さあ。だとしたらすごい方向感覚だな」
隣を歩いているウォークのナナコネは赤みがかった紫だった。彼はこの街に来てから、髪が目立つといけないということでターバンを巻いている。
「どうして?」
「だってそうだろう?道は一回来たくらいじゃ覚えられない。仮に何回も来ていたとしたら、門番によって戦わされて、古代図書館でここら辺の事調べるか?普通」
そう言ってウォークはジュースを飲む。
確かに。ウォークの言うことはもっともだ。
「おや?」
ウォークがそう言って路地の方に目を向けた。見ると黒い髪の女の子が顔をうずめてすすり泣きをしている。
「どうした?」
ウォークがその女の子に触れる。女の子は一瞬びくついて、それからゆっくり顔を上げる。
大きな瞳をうるわせてウォークをじっと見る。良く見るとその子の髪はメッシュだった。全体的に黒髪で、髪の先が縦にカールされているのだが、横の髪の一房のカールが左右共に金髪だった。
「どうしたの?道に迷ったの?」
僕が問いかけると女の子は無言で頷いた。
「仕方ないな。そこらへんの人に聞いていくか」
「きゃっ」
女の子が軽く悲鳴を上げた。無理もない。ウォークが無造作に抱き上げたから。
ウォークはその女の子を腕のあたりに乗せ、
「さて、どこから聞くか」
女の子は5~6歳くらいに見えた。ので、
「ウォーク」
「なんだ?ロムル」
「そーやってると親子みたい」
それを聞いた途端、女の子は顔を真っ赤にした。もちろん僕はウォークに怒られたが。
迷子のクセして、この女の子は街の人が良く知る顔だった。
誰もがこの子を見るとざわついた。何だろう?
僕らはテントを張って、オレンジを売り出している太った30、40歳くらいの女のひとにこの子を尋ねた。
おばさんはまじまじと女の子を覗き込んだと思ったら、急に驚いて顔をのけぞらせた。
「おいや、まあ!この子、大神官ウェルザ様のとこの娘だよ。まあ・・・あたしゃ聖堂でしかこの子を見たことないけど、こんな間近で拝める時がくるなんてねぇ・・・。ああ、ありがたい」
「大神官ウェルザ?」
「おや?あんたよそ者かい?ウェルザ様を知らないなんて。あの方は奇跡を起こす。ありとあらゆる病気やケガを治すんだ。今じゃ国に一人いればいいと言われる白魔法を使う者がこんなところにいるなんてあたしゃ感激だね」
「奇跡って・・・魔法のことかい?」
「そうだよ。でも魔法じゃないかもしれない。あのお方は死人をも蘇らせる事が出来るんだ」
「アンデット!?」
「違うよ。人聞きが悪いねぇ。ちゃんと復活するんだよ」
「すごいな・・・」
ウォークが呟く。女の子は言っていることが分かるのか、呟いたウォークの横顔を微笑みながら見ている。
「で、その人は今どこに?」
「ああ。この通りをずっとまっすぐ行くと目の前におおきな白い建物が見える。そこにいるよ」
そう言って指さすおばさんの、指さされた方向に僕らは目を向けた。
その建物は昔、神々が使っていたという神殿のように見えた。大きな円柱の柱が規則正しくそびえ立ち、天井を支えている。その間を通って更に奥へ進むと、僕の背の3倍はある大きな扉に突き当たった。
ウォークが片手でその扉を押すと、その扉は重々しい音を立てて開かれた。
中は一気に視界が広がった感じがした。それほど広く、壁には規則正しくステンドグラスが飾られていた。
歩くたびに足音が良く響き、空気もひんやりとしていて、まるで外とは別世界にいる感覚を覚えた。
その時、
「父様」
女の子が嬉しそうに微笑む。
見ると巨大な、二頭の竜が首を互いに交差させている石像の下に人影が見える。
僕達の両脇にはいくつもの、ふつうの教会に置いてあるような椅子が何列も並べられていたがそこには人の姿は見えない。
いるのは部屋の突き当たり、天井まで届かんとする巨大な竜の石像の下にいる一人の男・・・・。だよなぁ。父様って言ってるし。
「エリエラ」
落ち着いた声が部屋中に響く。かなり中性的な声だ。男でも女でもないような。
ウォークはエリエラと呼ばれた少女を下す。すると女の子は後ろも顧みずに父親の方へ走っていく。
エリエラにつられて、僕らもそちらに歩いて行った。
「知らない内に腕を上げたな。あんなに苦労した「復活」をやっと覚えたか。ウェルザ」
え?
「ウォーク・・・」
ウェルザと呼ばれた男がウォークを見つめる。ウォークはウェルザの事を知っているのか・・・。
ウェルザは額を中心にその髪を左右に分け、額の中央に淡い涙型の水色の宝石を飾っていた。
髪の色はウォークや兄さんと同じ紅蓮の髪で、腰の下あたりまで綺麗に伸ばしている。顔は、一言で言うなら「美人」。男にこの言葉を使うのも変な感じだが、ウェルザの場合は例外だ。とても綺麗な顔だちで、黙って立っていればまず女のひとに間違われるだろう。いや、喋られても男だって信じられないかもしれない。
そのウェルザの傍には彼の神官服の裾をぎゅっと握りしめたエリエラがいた。
「久しぶりですね、ウォーク」
「ああ、久しぶりだな。まさかお前に娘がいるとは思わなかったが」
「いえ・・・・」
そう言ってウェルザは悲しそうにエリエラを見つめて、
「この娘は私の子ではないんです」
え?
エリエラは辛い過去を思い出したくないように、ウェルザの神官服に顔をうずめた。ウェルザは彼女の髪を優しく撫でながら、
「エリエラは向こうで休んでおいで」
と言った。エリエラは頷き、向こうのドアに消えた。それを見送った後、ウェルザはゆっくり話し出した。
「彼女の両親はとうの昔に亡くなってます。彼女は魔法使いがいない帝国で魔法が使えた為、その力を恐れられ殺されそうになったのを、旅をしていたラクナスに拾われて私の元に来たのです」
兄さん!?
僕はどきんとした。
「魔法使いがいない帝国・・・。この砂漠の向こうにある、ゴスタリアの事か」
ウェルザはウォークの呟きに頷く。
「ラクナス・・・兄さんの事を知っているの?」
僕の呟きにウェルザが初めて僕の方を向いた。
「ウォーク、この子は・・・」
「そのまんまだ。ラクナスの弟だよ」
ウェルザはびっきりした顔で僕を見つめる。
「まさか・・・。赤い髪は・・・・」
「なんでもいい。兄さんの事、なんでもいいから教えて!」
僕はウェルザの服にしがみついた。ウェルザはびっくりしていたが、やがて落ち着きを取り戻し、僕に微笑んだ。
「分かりました。私の知っている事は全てお話しましょう。でも最近のラクナスの動向はあまり知りません。彼は風のような男です。空の雲を掴むように、掴みどころのない男です。そして赤い髪の事・・・伝説については私もウォークも知っています。少し調べればわかることですが、貴方の出生の事についてはあなたを弟に持つラクナスだけがあるいは知りうるのかもしれません」
赤い髪?そういえばストルーアさんもそんな事を言っていたような気がしたな。それに僕の出生?何のことだろう?
しかしウェルザが途中から厳しい表情を見せてたので、何か秘密が隠されているのかも。それも兄さんしか知らない?のかな・・・。
そんな事を思いながら僕とウォークは歩き出したウェルザの後を追った。
その都市の中心にはオアシスがあり、そのお蔭でカンガラはここまで発展してきた。
このカンガラは昔から商業で有名である。異国から色々なものがここに集まってくる。
その昔、ここの人が砂漠を渡るい異国の商人にカンガラにも売るものを持ってきてほしいと頼み込んだらしい。その異国の商人は承知して、いろいろなものをいつも届けてきてくれたらしい。その中には珍しい品々もあり、その噂を聞いた他の国の商人も来るようになり、商業が盛んになったらしい。
そして商業以外にも、この国ではより強い戦士を生んでいる事でも有名である。ので、ここの都市には闘技場もある。
「それまで!」
跳ね上げられた剣が砂に刺さる。
一人の男は両ひざと両手を砂の上につき、がっくりと頭をもたげてる。
そしてもう一人の男は―
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疲れた顔と呆れた顔が混ざったような顔をして、ロングソードを腰に帯びている鞘に納めた。
夕陽と同じ紅蓮の髪を短くなびかせている、彼の名前はウォーク。
「仕方ないわ。彼らは強いものが良いの」
「次はお前だ」
「僕!?」
シェルが頑張ってね、と手を振る。ウォークも頑張れ、と励ましてくれる。
いいよな~。もう二人とも戦い終ってるんだから。
シェルは短剣、ウォークはロングソードで勝利を収めてしまっている。
「一つ聞いていい?」
僕は門番の兵士さんに尋ねる。この人は審判役。
「なんだ?」
「これって無差別?」
「そうだ。蹴りでもいいぞ。ただし相手は剣だがな」
そう言って門番さんは笑う。
ってことは魔法もOKだよね。
「お前の相手はこいつだ」
「げ」
昔から分相応ってあるけど。
「こんな子供殺せないよ」
相手は僕より2、3年下の子供だった。
「殺さなくていいんだ」
門番のお兄さんは慌てた。
「だって・・・僕殺しちゃうよ?」
「そりゃ困る」
お兄さんは情けない顔をする。その時対戦相手の子供が偉そうに叫ぶ。
「へ!怖いだけなんじゃないの!?」
赤褐色の肌をした、元気のいい子供だ。でも・・・・。
「それってハッタリって事?」
「そ」
「いや、ハッタリじゃなくてさ・・・。あーもー!とりあえず、じゃ、人じゃないのと戦わせて。それからでもいいでしょ?」
「ま、別に俺はかまわねぇケドな」
次に連れてこられたのは暴れ牛だった。ので、僕と牛は檻の中に入れられた。
「これなら殺してもいいぞ。ただし、あとで食えるようにな」
お兄さんが冗談交じりでそういう。
「美味いかな」
ウォーク、口挟むな。
僕は呪文を唱え始める。
「始め」
合図と共に、牛をつないでいた綱が外される。牛がものすごい勢いでこちらに走ってくる。
僕は叫んだ。
「炎竜っ!!」
火の玉がうねりをあげて牛の方に迫っていく。そのうち炎が細長い竜の形を作り、その竜が大きな口を開け、牛をばくりと飲み込んだ。
僕は火に包まれて倒れている牛に祈った。
ほど良く焼けてますように、と。
「ロムル、上達したなー。魔法」
ロングソードで手際よくさばいだ牛肉にかぶりつきながらウォークが満足そうに言った。
魔法に疎いウォークがどうして僕の魔法の上達度が分かるかというと、簡単なことだ。
つまり・・・・・
「いやいや。中までほど良く焼けてる!生んところ、ない!」
ウォークはほくほくした顔でまた食べる。
まあ、こーゆーこと。肉の焼け具合で人の魔法を判断するんだからなー。もー。
「いやー、ウォークに鍛えられたからね」
だってウォーク、生でも怒るし、黒焦げにしても怒るんだもん。
本人曰く、“食べるものは粗末にするな。食えるもんは全て食う”らしい。
僕の対戦相手は・・・魔法を見た途端腰を抜かし、今休養中。本人曰く。
「いや~。本当美味しいっすねー。師匠」
誰があんたの師匠だ!こいつ、戦いを避けたな・・・。
お蔭で今は牛を囲ってみんなで牛肉を食べてる始末。
「でも本当に驚きましたねー。まだ魔法を使える人がいたなんて」
え?
門番のお兄さんが言っていることに僕は驚く。
何を言っているんだ?魔法なら誰だって、僕だって兄さんだって、僕の村の神官さんだって、魔法隊だって使える。
「ここいらじゃ当たり前じゃないのか?」
ウォークが門番に尋ねる。お兄さんはいやいやと首を振り、
「国に一人いれば良い方ですよ。ましてや国に回復系と攻撃系がいればその国は幸運ですよ」
僕達が唖然とした顔をしていると、僕の対戦相手予定だった男の子はこう言った。
「いや、そりゃあ国によっても違うけどね。ほら、この都市カンガラを境にしてこの大陸は二つの帝国に分かれているだろ?あんたらの来た国では魔法が栄えているかもしれねーけど、こっちの国は魔法使いが全然いねーんだよ。やっぱ国同士でまだ対立が続いているからなー。よせつけないんだろうな、よそ者を」
その歳で世間を語るな。
「でも、その割にはここの街は警備がさほど厳しくないんですね」
シェルがそう言って辺りを見回す。確かに。城壁のような高い塀が都市を囲んでいるので、強固といえばそうかもしれないが、その入り口を守るのは門番のこのお兄さん以外見当たらない。
「ええ。ここら辺は砂漠地帯ですしね。よほど運がない限りここにはたどり着けないし、かと言ってここを通らなければ魔物のエサですからね。まあ、ここを通れるのは道を知っている商人程度しか通りませんね。だからここを通って向こうの国に行こうと考えている者なんかほとんどいませんよ。そういう者は大抵ほら、西にある森林都市。あっちを通って行ってしまいますから。あっちはそれこそ警備が厳重です。まあ、どういう要件でここまで来たか知らないけどゆっくりしていって下さい。ここは中立都市ですからね」
そう言って門番のお兄さんは邪気のない笑顔をこちらに向けた。
僕らは適当なところに宿を取り、早速街に繰り出した。ラクナスは見つかると色々まずいかもということで僕のマントの下に隠れている。
シェルは調べることがあると言って古代図書館に行ってしまった。
「シェルはこの街にくるつもりでずっと歩いていたのかな?」
“ナナコネ”という7色の模様の果物のジュースを飲みながらぼそりと呟く。カップの先に刺さっている一片のナナコネは青色だったがすごく綺麗だ。味はパイナップルのような感じだ。
「さあ。だとしたらすごい方向感覚だな」
隣を歩いているウォークのナナコネは赤みがかった紫だった。彼はこの街に来てから、髪が目立つといけないということでターバンを巻いている。
「どうして?」
「だってそうだろう?道は一回来たくらいじゃ覚えられない。仮に何回も来ていたとしたら、門番によって戦わされて、古代図書館でここら辺の事調べるか?普通」
そう言ってウォークはジュースを飲む。
確かに。ウォークの言うことはもっともだ。
「おや?」
ウォークがそう言って路地の方に目を向けた。見ると黒い髪の女の子が顔をうずめてすすり泣きをしている。
「どうした?」
ウォークがその女の子に触れる。女の子は一瞬びくついて、それからゆっくり顔を上げる。
大きな瞳をうるわせてウォークをじっと見る。良く見るとその子の髪はメッシュだった。全体的に黒髪で、髪の先が縦にカールされているのだが、横の髪の一房のカールが左右共に金髪だった。
「どうしたの?道に迷ったの?」
僕が問いかけると女の子は無言で頷いた。
「仕方ないな。そこらへんの人に聞いていくか」
「きゃっ」
女の子が軽く悲鳴を上げた。無理もない。ウォークが無造作に抱き上げたから。
ウォークはその女の子を腕のあたりに乗せ、
「さて、どこから聞くか」
女の子は5~6歳くらいに見えた。ので、
「ウォーク」
「なんだ?ロムル」
「そーやってると親子みたい」
それを聞いた途端、女の子は顔を真っ赤にした。もちろん僕はウォークに怒られたが。
迷子のクセして、この女の子は街の人が良く知る顔だった。
誰もがこの子を見るとざわついた。何だろう?
僕らはテントを張って、オレンジを売り出している太った30、40歳くらいの女のひとにこの子を尋ねた。
おばさんはまじまじと女の子を覗き込んだと思ったら、急に驚いて顔をのけぞらせた。
「おいや、まあ!この子、大神官ウェルザ様のとこの娘だよ。まあ・・・あたしゃ聖堂でしかこの子を見たことないけど、こんな間近で拝める時がくるなんてねぇ・・・。ああ、ありがたい」
「大神官ウェルザ?」
「おや?あんたよそ者かい?ウェルザ様を知らないなんて。あの方は奇跡を起こす。ありとあらゆる病気やケガを治すんだ。今じゃ国に一人いればいいと言われる白魔法を使う者がこんなところにいるなんてあたしゃ感激だね」
「奇跡って・・・魔法のことかい?」
「そうだよ。でも魔法じゃないかもしれない。あのお方は死人をも蘇らせる事が出来るんだ」
「アンデット!?」
「違うよ。人聞きが悪いねぇ。ちゃんと復活するんだよ」
「すごいな・・・」
ウォークが呟く。女の子は言っていることが分かるのか、呟いたウォークの横顔を微笑みながら見ている。
「で、その人は今どこに?」
「ああ。この通りをずっとまっすぐ行くと目の前におおきな白い建物が見える。そこにいるよ」
そう言って指さすおばさんの、指さされた方向に僕らは目を向けた。
その建物は昔、神々が使っていたという神殿のように見えた。大きな円柱の柱が規則正しくそびえ立ち、天井を支えている。その間を通って更に奥へ進むと、僕の背の3倍はある大きな扉に突き当たった。
ウォークが片手でその扉を押すと、その扉は重々しい音を立てて開かれた。
中は一気に視界が広がった感じがした。それほど広く、壁には規則正しくステンドグラスが飾られていた。
歩くたびに足音が良く響き、空気もひんやりとしていて、まるで外とは別世界にいる感覚を覚えた。
その時、
「父様」
女の子が嬉しそうに微笑む。
見ると巨大な、二頭の竜が首を互いに交差させている石像の下に人影が見える。
僕達の両脇にはいくつもの、ふつうの教会に置いてあるような椅子が何列も並べられていたがそこには人の姿は見えない。
いるのは部屋の突き当たり、天井まで届かんとする巨大な竜の石像の下にいる一人の男・・・・。だよなぁ。父様って言ってるし。
「エリエラ」
落ち着いた声が部屋中に響く。かなり中性的な声だ。男でも女でもないような。
ウォークはエリエラと呼ばれた少女を下す。すると女の子は後ろも顧みずに父親の方へ走っていく。
エリエラにつられて、僕らもそちらに歩いて行った。
「知らない内に腕を上げたな。あんなに苦労した「復活」をやっと覚えたか。ウェルザ」
え?
「ウォーク・・・」
ウェルザと呼ばれた男がウォークを見つめる。ウォークはウェルザの事を知っているのか・・・。
ウェルザは額を中心にその髪を左右に分け、額の中央に淡い涙型の水色の宝石を飾っていた。
髪の色はウォークや兄さんと同じ紅蓮の髪で、腰の下あたりまで綺麗に伸ばしている。顔は、一言で言うなら「美人」。男にこの言葉を使うのも変な感じだが、ウェルザの場合は例外だ。とても綺麗な顔だちで、黙って立っていればまず女のひとに間違われるだろう。いや、喋られても男だって信じられないかもしれない。
そのウェルザの傍には彼の神官服の裾をぎゅっと握りしめたエリエラがいた。
「久しぶりですね、ウォーク」
「ああ、久しぶりだな。まさかお前に娘がいるとは思わなかったが」
「いえ・・・・」
そう言ってウェルザは悲しそうにエリエラを見つめて、
「この娘は私の子ではないんです」
え?
エリエラは辛い過去を思い出したくないように、ウェルザの神官服に顔をうずめた。ウェルザは彼女の髪を優しく撫でながら、
「エリエラは向こうで休んでおいで」
と言った。エリエラは頷き、向こうのドアに消えた。それを見送った後、ウェルザはゆっくり話し出した。
「彼女の両親はとうの昔に亡くなってます。彼女は魔法使いがいない帝国で魔法が使えた為、その力を恐れられ殺されそうになったのを、旅をしていたラクナスに拾われて私の元に来たのです」
兄さん!?
僕はどきんとした。
「魔法使いがいない帝国・・・。この砂漠の向こうにある、ゴスタリアの事か」
ウェルザはウォークの呟きに頷く。
「ラクナス・・・兄さんの事を知っているの?」
僕の呟きにウェルザが初めて僕の方を向いた。
「ウォーク、この子は・・・」
「そのまんまだ。ラクナスの弟だよ」
ウェルザはびっきりした顔で僕を見つめる。
「まさか・・・。赤い髪は・・・・」
「なんでもいい。兄さんの事、なんでもいいから教えて!」
僕はウェルザの服にしがみついた。ウェルザはびっくりしていたが、やがて落ち着きを取り戻し、僕に微笑んだ。
「分かりました。私の知っている事は全てお話しましょう。でも最近のラクナスの動向はあまり知りません。彼は風のような男です。空の雲を掴むように、掴みどころのない男です。そして赤い髪の事・・・伝説については私もウォークも知っています。少し調べればわかることですが、貴方の出生の事についてはあなたを弟に持つラクナスだけがあるいは知りうるのかもしれません」
赤い髪?そういえばストルーアさんもそんな事を言っていたような気がしたな。それに僕の出生?何のことだろう?
しかしウェルザが途中から厳しい表情を見せてたので、何か秘密が隠されているのかも。それも兄さんしか知らない?のかな・・・。
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