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12 眠り姫との再会
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侍女長──クレアに案内されてたどり着いた一室。
とてもじゃないが、公爵家のご令嬢を寝かせておく部屋とは思えないくらい、質素なそこ。
──ヴィオラは、まだ『アレン王子の婚約者』じゃなかったのか?
将来国母となりうる少女が受ける、待遇ではない。
思わず眉間にシワが寄った。
「……嫌疑が晴れていないのです」
温情で、王城の一室で療養を許されたのです。
そう呟くように告げるクレアは俯いており、表情は伺えない。
影からの報告から、ヴィオラが公爵家でどんな仕打ちを受けたかは知っている。
その中に、この侍女長の言動も含まれていた。
「……今更、と、思われても構いません。……わたくしは、もう、後戻りが出来ない……けれど」
──多少のお手伝いをすることは、まだ、許されて欲しいのです。
ぽつり、と。
そう呟いた言葉は、きっと独り言にも……独白にも近いんだろう。
先程の『彼女』から感じた嫌悪感。
手のひらを返すように、『彼女』の味方をするこの国の人間。
巻き戻った、俺の時間。
『前』と違う行動をした、ヴィオラ。
考えれば考えるほど、何か裏があるように思えてならない。
けれど。
「まだ、間に合うだろ」
──ヴィオラは、まだ、生きてるんだから。
そうだ。まだ、ヴィオラは生きている。
……『今』は、まだ、彼女に手を差し伸べられる。
ふわり、開け放たれた窓から、優しい風が舞い込む。
カーテンが踊り、窓際のベッドに横たわる人影が顕になって──……
「……久しぶり、だな。──ヴィオラ」
そこには、ひどく懐かしい──静かに眠りにつく、ヴィオラの姿があった。
※※※
ただ、眠っているようにしか見えないヴィオラの横に座り、静かに手を伸ばす。
ライとクレアは、気を利かせてか部屋のドアの前で待っててくれていた。
思い出すのは、『前』とのヴィオラとの記憶。
『旦那様、よろしければ、こちらを』
差し出されたハンカチを、オレは受け取ることはなかった。
その手を取れば、一体どんな顔をしたんだろう。
「……小さい手だな」
初めて取ったヴィオラの手は、あまりにも小さくて、柔かった。
『旦那様、お疲れ様です』
遠慮がちかけられる声に、生返事しか返したことがなかったな。
どんな表情でねぎらってくれてるのか、よく見た事もなかった。
「………お前、泣きぼくろなんてあったんだな」
初めて、ヴィオラの顔をよく見た。
整った、少し幼く見える寝顔は、怖いくらいに穏やかだ。
脈を確認するように首筋へと手を当てれば、ちいさな、生きてる音が伝わってくる。
『エスコート、ありがとうございました』
公務でのエスコートが終わる度に、わざわざ毎回お礼を告げて来たのは今も覚えてる。
……お前の『旦那』なんだから、お礼なんて言わなくてもいいのに、な。
「俺は、お前を悲しませてばかりだ」
分かってる。これは、ただの同情だ。
俺の罪悪感を補うための、自己満足に過ぎない。
けれど。それでも。
守りたいと、幸せになって欲しいと、……いや、幸せにしたいと、そう思ったことは、紛れもない事実だ。
──きっと、俺がこの手を離したら、ヴィオラはまた非業の死を遂げるのだろう。
宰相が本当にヴィオラの元へ案内しようとしていたのかも定かではない。
『王太子の婚約者』である少女を、こんな所にろくな護衛も付けずに寝かせているのだ。放って置けばどうなるか、想像するのは容易い。
「──守るよ、今度こそ」
ちいさな手を、守るように両手で包み込み、誓った言葉。
それを聞いていたのは、静かに眠るヴィオラだけだった。
とてもじゃないが、公爵家のご令嬢を寝かせておく部屋とは思えないくらい、質素なそこ。
──ヴィオラは、まだ『アレン王子の婚約者』じゃなかったのか?
将来国母となりうる少女が受ける、待遇ではない。
思わず眉間にシワが寄った。
「……嫌疑が晴れていないのです」
温情で、王城の一室で療養を許されたのです。
そう呟くように告げるクレアは俯いており、表情は伺えない。
影からの報告から、ヴィオラが公爵家でどんな仕打ちを受けたかは知っている。
その中に、この侍女長の言動も含まれていた。
「……今更、と、思われても構いません。……わたくしは、もう、後戻りが出来ない……けれど」
──多少のお手伝いをすることは、まだ、許されて欲しいのです。
ぽつり、と。
そう呟いた言葉は、きっと独り言にも……独白にも近いんだろう。
先程の『彼女』から感じた嫌悪感。
手のひらを返すように、『彼女』の味方をするこの国の人間。
巻き戻った、俺の時間。
『前』と違う行動をした、ヴィオラ。
考えれば考えるほど、何か裏があるように思えてならない。
けれど。
「まだ、間に合うだろ」
──ヴィオラは、まだ、生きてるんだから。
そうだ。まだ、ヴィオラは生きている。
……『今』は、まだ、彼女に手を差し伸べられる。
ふわり、開け放たれた窓から、優しい風が舞い込む。
カーテンが踊り、窓際のベッドに横たわる人影が顕になって──……
「……久しぶり、だな。──ヴィオラ」
そこには、ひどく懐かしい──静かに眠りにつく、ヴィオラの姿があった。
※※※
ただ、眠っているようにしか見えないヴィオラの横に座り、静かに手を伸ばす。
ライとクレアは、気を利かせてか部屋のドアの前で待っててくれていた。
思い出すのは、『前』とのヴィオラとの記憶。
『旦那様、よろしければ、こちらを』
差し出されたハンカチを、オレは受け取ることはなかった。
その手を取れば、一体どんな顔をしたんだろう。
「……小さい手だな」
初めて取ったヴィオラの手は、あまりにも小さくて、柔かった。
『旦那様、お疲れ様です』
遠慮がちかけられる声に、生返事しか返したことがなかったな。
どんな表情でねぎらってくれてるのか、よく見た事もなかった。
「………お前、泣きぼくろなんてあったんだな」
初めて、ヴィオラの顔をよく見た。
整った、少し幼く見える寝顔は、怖いくらいに穏やかだ。
脈を確認するように首筋へと手を当てれば、ちいさな、生きてる音が伝わってくる。
『エスコート、ありがとうございました』
公務でのエスコートが終わる度に、わざわざ毎回お礼を告げて来たのは今も覚えてる。
……お前の『旦那』なんだから、お礼なんて言わなくてもいいのに、な。
「俺は、お前を悲しませてばかりだ」
分かってる。これは、ただの同情だ。
俺の罪悪感を補うための、自己満足に過ぎない。
けれど。それでも。
守りたいと、幸せになって欲しいと、……いや、幸せにしたいと、そう思ったことは、紛れもない事実だ。
──きっと、俺がこの手を離したら、ヴィオラはまた非業の死を遂げるのだろう。
宰相が本当にヴィオラの元へ案内しようとしていたのかも定かではない。
『王太子の婚約者』である少女を、こんな所にろくな護衛も付けずに寝かせているのだ。放って置けばどうなるか、想像するのは容易い。
「──守るよ、今度こそ」
ちいさな手を、守るように両手で包み込み、誓った言葉。
それを聞いていたのは、静かに眠るヴィオラだけだった。
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