日常探偵団─AFTER STORY─

髙橋朔也

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クロロホルムの利用 その肆

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「じゃあ、その札束を弟に見せてこい。そろそろ起きるはずだ」
「わかりました」
 新島が札束を持って弟が眠っているベットに行くと、ちょうど彼は起き上がっていた。
「この札束......」
 彼は札束を見るなり、顔面蒼白になった。
 その後、弟はお金を盗んだことを認めた。新島の親は驚いていたが、それでも弟への溺愛は続いた。新島はそれを見て、怒りを感じた。
 彼は心臓に持病を持っていた兄の心臓に適合するように体外受精で生まれた、言わばクローンなのだ。そして、心臓を生きたまま取られる寸前だった。だが、兄が死んでから心臓を取られることはなかったが、兄のクローンだという事実は変わらないのだ。そんなことをする親を嫌うのは当然で、養子なのに溺愛されている弟を見るのも気に食わないのだ。
「教授」新島は理学部第五研究室で、高柳教授に不満をぶつけた。「クロロホルムを注射せずに、どうやって眠らせたんですか? それに、なぜ札束があった部屋の扉は開かなかったんですか?」
「そのことか。クロロホルムの沸点は低いから、常温でも気化するんだよ」
「でも、気化したクロロホルムをどうやって吸わせるんですか?」
「うん、それが肝だ。布マスクの内側にクロロホルムを染み込ませたんだ。で、何かと理由をつけてクロロホルムが染み込んだ布マスクを付けさせた。三十分程度で、クロロホルムが効いてくるってわけだ」
「名案ですね」
「以前から考えていた方法なんだ」
「すごいですね」
「扉が開かなかった原理は簡単だ。ボイル=シャルルの法則を応用していた。まあ、実験した方が早いな」
 高柳教授は第五研究室の窓にガムテープで目張りをした。
「さあ、新島。研究室の外に出ろ」
 二人は外に出た。内開きの扉を閉めて、すき間をガムテープで目張りをした。
「新島。扉を開いてみろ」
「わかりました」
 新島は扉を開いた。
「普通に開きます」
「では、また閉めろ」
 新島は扉を閉めた。高柳教授はまたガムテープで目張りをした。それから五分待ち、また話し始めた。
「また開いてみろ」
 新島はドアノブをひねって、軽く押してみた。だが、ビクともしない。足に力をいれて、踏ん張って押してみたが、これでも開かない。
「じゃあ、目張りを剥がすぞ」
「なんで、ビクともしないんですか?」
「だから、ボイル=シャルルの法則だ。ボイル=シャルルの法則は簡単に言うと、密封された容器の中の温度が一度二度程度上がったら空気の体積が大きくなるんだ。今は第五研究室を密封した後で、エアコンを暖房にしてタイマーをつけた。で、空気の体積が大きくなり、その圧力で扉が内側から押されて開かなかったんだ。
 札束があった部屋も窓と扉が内側から目張りされていた。だが、どこかにもう一つ出入り口がないと駄目だ。もちろん、その出入り口は見えにくいところじゃないといけない。なぜなら、外側からそこも目張りをしないと密封出来ないからだ。
 窓か扉に外側から目張りをしたら剥がされて終わりだが、わかりにくい出入り口なら剥がされない。そこで、茂みに隠れているところを探したら穴を見つけた。
 つまり、あの部屋の窓と扉のすき間に目張りをして穴から出た。その穴も目張りで塞いで密封にして、暖房のエアコンにタイマーをした。あとは一度温度が上がって空気の体積が多くなり、扉を押してもビクともしないわけだ」
「説明がややこしいですね?」
「でも、わかっただろ?」
「ええ。つまり、部屋を密封して、その部屋の温度を上げて気体を膨張させ、その圧力で扉を押さえていたんですよね?」
「まったくその通りだよ。今回の件はこれで解決だ」
「ありがとうございます」
「うん。面白かったよ。クロロホルムの活用方法が見つかって、こちらとしてもよかった」
 新島は感心した。警察から捜査協力をお願いするわけだ。

「っていうことがあったんだ」新島は顔を真っ赤にさせながら、日本酒をグビグビ呑んでいた。
 彼は今回の一件を、酒の席で話していたのだ。
 行きつけの居酒屋で新島と酒を呑むのは、八坂中学校文芸部の旧友だった。新島、高田、土方、後輩の新田薫(にったかおり)、転入してきた三島紗綾(みしまさや)の五人だけだが、このメンツだけでしか話せないことがある。八坂中学校文芸部での思い出話しだ。
「新島。呑みすぎだって......」
「仕方ないだろ。俺なんか論文書くのにも一苦労だ。ハァ......」
「論文か。まさか、あの新島が八島大学の准教授になるとは思ってもみなかったな」
「本人でさえ、驚いているくらいだ。たまたま准教授になってしまったんだからしょうがない」
「どうやったら、たまたまで准教授になれるんだ。お前は才能があったんだ。その片鱗は中学校の頃にも垣間見えた」
 一同は、昔を懐かしんだ。
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