日常探偵団

髙橋朔也

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七不思議の六番目、幽霊の怪 その肆

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 ちなみに、と新島は続けた。「音楽室から物音がして中に入ったら部屋が荒れていた。そのことを、俺は事前に部屋を荒らしてから物音を録音したものを流したと言った。だが、あれはリアルタイムで部屋が荒らされていた物音だったんだ」
「どこに人が隠れていたんだ?」
「隠れていた? まったく違う。アガサ・クリスティーが生みだしたエルキュール・ポアロシリーズの『ポアロのクリスマス』だ」
「『ポアロのクリスマス』は密室殺人だろ? 根本的に全然違うだろ」
「密室殺人? 『ポアロのクリスマス』は密室トリックよりアリバイトリックが肝なんだよ」
「はぁ?」
「ジョン・ディクスン・カーの作品で超有名な『密室講義』でも知られる『三つの棺』、お前は読んだよな?」
「一応、読んだ」
「宝石店の時計が大幅に狂ったから、死亡推定時刻が変わったという部分があっただろ? あれも偶然に起こったことだがアリバイトリックと呼んで差し支えない。『ポアロのクリスマス』もアリバイトリックがあるが、それを使用したと俺は思っている」
「どんなアリバイトリックだ?」
「ターゲットを殺してから家具や本などを積んでロープと繋げて、ロープのもう片端を部屋のすき間から事前に外に出す。それから時間をおき、すき間から少し出しておいたロープを引いて積んでいた物を倒して物音を出して、今犯人と被害者が争っていると誤認させたんだ。それから皆で部屋に入っても、被害者はほんの数分前に殺されたのだと思う。そんなアリバイトリックなんだ」
「じゃあ、物を積んで紐で引いて、音楽室で物音をたてたということか?」
「そういうことだ。さっき音楽室の窓の外を確認したら、上の階から紐を引ける仕掛けが外壁に施されていた。紐を使って物音をたてたというトリックで決まりだ」
「絵画の目は?」
「まだわからない。もう一度だけ、目の前で目が動いてくれればいいんだが、お前らはホラーが嫌いだろ?」
 新島は青色の看板を触った際に汚れた手をはらった。
「じゃあ、ゲームしようか。新島がゲームに勝ったら、俺は夜の音楽室に着いていってやるよ」
「俺が負けたら?」
「今度、夕食を文芸部の部員分奢れ」
「わかった。どんなゲームだ?」
 高田はポケットからサイコロを一個取り出して、新島に投げた。新島は焦ったが、脳が指令を出す前に脊髄が右手を動かしてサイコロをキャッチした。脊髄反射である。
「サイコロ?」
「サイコロを二回ずつ交互に振って、ゾロ目が先に出た方が勝ちだ」
「なんでゾロ目なんだ?」
「ゾロ目だと出る確率低いだろ」
「それは違う。高田は間違えにもほどがある。二回サイコロを振るなら出る目は6×6で36通りある。ゾロ目だったら36通りの内に6通り。まあ、簡単に言うとゾロ目の出る確率は他と変わらないというわけだ。ゾロ目なら36分の6だな。もし、出る目を予想するなら確実に運次第だ。確率は全て、二回振るなら36分の1だからな。ゾロ目が出るのは珍しいが、『5』と『4』でも同じく珍しいと言える」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。で、サイコロゲームどうする?」
「......ルールは変えずにやろう」
 二十分攻防が続いたが、結果は新島の勝ちだった。今日の夜も、学校に侵入することになった。

 今回の計画では、侵入に裏門を使う。裏門は正門より目立つ場所にはなく、高さもあまり高くないから侵入しやすい。それに、裏門から入ってすぐに非常階段があり、A棟六階の非常階段出入り口の扉の鍵は壊れているから窓を割らずに入れる。前回に次いで首尾よく、校舎には容易く忍び込めた。
「B棟行くぞ」
 連絡通路の一階まで降りると、ダッシュでB棟に入る。新島は高田の手からライトを奪取すると、ボタンを押して目の前を照らした。
「音楽室まではすぐだ。絵画の目が動く可能性は低いが気をつけろ」
「なんで動く可能性が低いんだ?」
「八坂中学校はトリックがバレないようにして七不思議の六番目を実行した。実行出来たのは、窓を割ったことがすぐにバレたからだ。だが、今回は悟られないように侵入した。起こってくれると嬉しいが、期待はできない」
 音楽室の扉を開く。シューベルトの肖像画だけでなく、他の偉人の絵画たちに見つめられる気分になるほど音楽室には壁一面に絵画が飾られている。新島は率先してシューベルトの肖像画に近づいた。ライトを照らして、じっくりと見極める。目は動かない。目以外の部分も観察し、細かい違いも見逃さないようにした。そして、新島はあるヒントを手にしたようだ。
「もしかしたら、トリックがわかったかもしれない」
「マジか? 教えろ!」
「まだ駄目だ。少し考えたいことがある」
「やっぱり、シューベルトの肖像画は生きていたのか?」
「そんなわけないだろ」
 新島はシューベルトの肖像画近くにある机の下に顔を突っ込んで、何かを確かめた。それからベランダに出て、辺りをキョロキョロと見回す。
「今回は絵画の目は動かない。安心しろ」
「何で断言出来るんだ?」
「学校は俺達が音楽室に入ったことに気づいてない。ゆっくりと、七不思議の六番目を起こした動機を調べよう」
 そう言ってから、つかつかとベランダから室内に戻ってシューベルトの肖像画を持ちあげて、壁から外した。
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