日常探偵団

髙橋朔也

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七不思議の五番目、物欲の怪 その弐

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 新島は黒板に板書された文字を、机の上のノートに写していく。ただ、彼は常人より筆圧が強い。シャープペンシルの芯が筆圧により折れるたびに舌打ちをし、ノックして芯を押し出した。
 不意に窓の外の鳥に目がとまった。しばらく見つめていると、飛び立つ。授業のことを忘れ、新島は物思いにふけり始めた。牛乳を生徒に欲しがらせるためには、どのような方法を行えばいいのか。
 牛乳用の調味料としてチョコレートが給食に出た時は、牛乳を欲しがる生徒が倍増する。だが、土方によれば、牛乳を欲しがる生徒がクラスに大勢出現した際は給食にそのようなものはないようだ。
 推理に行き詰まり、シャープペンシルをカチカチと強引にノックする。音が響き、新島は教員に注意された。仕方ないから、シャープペンシルを机に置いて腕を組む。
 給食を食べ始めるのは午後12時30分。食べ終わりは、その25分後。その間に行われることと言えば、残った給食のおかわり争奪戦(言うほど白熱していないし、おかわりをする生徒は普段は少ない)と放送委員会による給食放送。もう少し細かく、食事中にすることを言うならば、担任教師による残飯給食の押し売りだろう。
 そこまで思い出したところで、授業終了のチャイムが万人の耳に入ってきた。

 放課後になると、いつもながら高田は新島の席まで歩み寄った。彼は、端から見ると薄気味悪いほどの笑顔だった。
「どうした? 気持ちの悪い顔をして......」
「そんなに気持ち悪いか?」
「鏡って知ってるか? 水に景色が反射するみたいに、その鏡という板に自分の顔が反射して見える」
「鏡を知らない現代人なんているのか?」
「生まれたてのクソガキは知らないだろ」
「前世の記憶が残っているかもしれない」
「輪廻転生は存在しない。残念だったな。お前は地獄行きだ」
「死んだ者の魂が向かう場所は、地平線の彼方。『無』だ」
「そいつはすごいなぁ(棒)」
 新島は教科書を閉じて、カバンに突っ込む。
「準備できたから、行くぞ」
「おー。早いな」
「ある程度の教科書は、お前が来るまえにカバンに詰めていたからな」そう言うと、また考える。例えば牛乳を欲する時は、新島の場合だと食べていると口が乾燥してくるパンだ。だが、給食にパンが出ていたら牛乳二本以上飲みたい生徒がいても不思議ではない。つまり、七不思議にはならないだろう。「高田が牛乳を飲みたくなる時って、どんな時だ?」
「俺が牛乳を飲みたくなる時? そうだな......。俺、牛乳嫌いなんだよね」
「そういえば、牛乳嫌いの生徒も牛乳をおかわりしていたのか?」
「それは聞いてなかったな」
「次の会議はいつだっけ?」
「今日だ」
「なら、今日先輩に聞こう」
「よし。早速、部室に向かうぞ」
「急過ぎる!」
「新田と三島にも意見を求めればいいじゃん。お前はいつも、一人で解決しようとしてるだろ?」
「ま、まあな」
「いいことを教えてやる。五人全員で考えた方が簡単に解決できる」
「協力するということか?」
「そういうこと」
「俺からもいいことを教えてやろう。アリは群れて行動する。弱いからだ。アリ同様、弱い生物は群れて生活する。
 一方でトラ、ヒョウ、ジャガー、ピューマ、クマ、オランウータンなどの動物は一匹で行動する。つまり、群れない。それはなぜか。一匹でも強い動物だからだ。人間は群れる。それは弱いからだ。手先の器用なだけが取り柄だろう。手先が器用だから石器も作れたんだ」
「お前は、自分が強いと思っているのか?」
「......まさか。冗談だよ」
 新島は微笑んで、下を向く。それから部室に歩いて行った。部室にはすでに三島と新田がいた。トランプでババ抜きをしているようだ。
「俺もババ抜きする!」
「高田。女子だけでやらせてやろうじゃないか」
「いえ。四人の方が盛り上がるので、全員でやりましょう」
 三島がそう言うと、高田は椅子を運んできた。新島はため息をついて、高田の後に続いた。
 新島はトランプを渡されてから、首をかしげた。
「ババ抜きは『ウノ』って叫ぶゲームだっけ?」
「全然違う」
 高田は新島に、細かくババ抜きのルールを説明した。
「そんなルールだったのか。どこにババァを抜く要素があるんだ?」
「そこまでは知らんよ」
「使えないな」
「酷ぇこと言うな。家に帰って、勝ってに調べてろ。それより、ババ抜きを始めるぞ」
 四人は一斉に、カードを捨てていった。数十分後、新島の敗北が決定した。
「俺が負けるだと......」
「どうする? もう一戦やる?」
「やる!」
 ババ抜き第二回戦がスタートしたが、またも新島が負けた。彼は眉間に親指を当てて、うなった。
「言い忘れていましたが」三島はトランプをシャッフルしながら言った。「私のクラスの人達が、今日の給食の時に牛乳をすごく飲んでいました」
 新島は顔を上げて、立ち上がった。「本当か!」
「はい。私のクラスの残本数を確認していただければわかりますが、もしかして七不思議の五番目でしょうか?」
「絶対に、それは七不思議の五番目だ」元気そうに言った。
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