日常探偵団

髙橋朔也

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卒業 その捌

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「情報共有?」
「ええ、そうです。と言っても、こちらの差し出す情報は無いですが......」
「それは情報共有と言うのかしら? まあ、いいわ。あなたは七不思議の三番目と卒業式での事件のどちらを聞きたいの?」
「両方です」
「卒業式での事件は、私もまだ知らない。だけど、七不思議の三番目のトリックのヒントは教えてあげるわ」
「それは、ありがたい」
「あなたが京都で体験したことよ」
 鈴木はそのまま帰って行った。
「京都?」
 高田は意味不明そうに首を傾げた。
「俺が解決した鶏の鳴き声の件じゃないかな?」
「ああ、なるほど。それか!」
「七不思議の三番目は、マスキング効果と関係しているってことだろう」
「あ、マスキング効果か。名前が出てこなかったぜ......」
「だが、マスキング効果でどうやって窓ガラスを割るのか......」
「俺の考え、言っていいか?」
「言ってみろ」
「七不思議の三番目の窓ガラスを割る方法は音が出る。その音を消すためにマスキング効果を利用したわけだ」
 新島は顎に手を当てて、なるほど、とつぶやいた。
「何かわかったのか?」
「たった今、新島のおかげで理解した。実験しよう」
 部活動が終わる六時まであと一時間。急いで部室に戻って実験をしなくてはならない。
 新島は部室に向かう前に体育倉庫に寄り、機械のメガホンを手に持った。
 三人は走って階段を七階まで上がるが、一階から七階を階段で上がるのは相当キツい。息を切らしていた。新島は部室に入ると、ガラス製のコップを棚から取った。
「先輩。このコップをもらってもいいか?」
「かまわないよ」
「では、このコップを使う」
 新島はまず、コップを叩いた。そして、メガホンをコップに向けてから、メガホンを介して声を発した。それから、声を発し続けていると、コップが割れたのだ。
 高田は驚いて、「なっ!」と声を上げて固まった。
「これは」土方は言った。「どういう仕掛けだ?」
「最初にコップを叩いたのは、このコップの共鳴する周波数を知るため。で、メガホンでその周波数の音を出し続けるとコップが共鳴して割れる。
 おそらく、八坂中学校はこの仕掛けで窓ガラスを割ったのだろう。この学校の窓ガラスは古いからその程度で割れただろうし、犯人は学校だからもろい窓ガラスに変えることも可能だ。そして、メガホンで出した音を消すためにマスキング効果も利用した」
「なるほど。だが、その動機がない」
「窓ガラスが割れたのは、全て旧館。つまり、学校は生徒から遠ざけたい何かを旧館に隠していた。というのが、俺の推論だ」
「なら、旧館に確かめに行こう」
 土方が部室を出ようとすると、新島がそれを止めた。
「高田がまだ行動不能だ」
「まったく......」
 土方は高田を蹴飛ばした。
「痛っ!」
「動け」

 三人は旧館に移ってきていた。
「と言っても、旧館のどこに隠しているかわからないな」新島は頭を掻きながらため息をついた。
「まあ、探してみるしかないか」
「いや、当てずっぽうよりいい方法はある。窓ガラスが割れたが、旧館の窓にはちゃんとガラスがはめ込まれている。つまり、割った後で学校側は新しいガラスをはめたということだ。新しいガラスがはめられている場所を探せば、どの部屋から遠ざけたかったかわかる」
「なるほど」
 新島の案で、三人は窓ガラスを丁寧に調べた。すると、土方が一カ所だけ他より新しくなっている窓ガラスを発見した。
「どうやら、ここのようだよ」
「この部屋を調べてみよう」
 その部屋は、以前は職員室などに使われていたのだろう。普通の教室より一回り広くなっている。そして、古い机と椅子が数個並べられていた。三人は手始めに、その机の引き出しを調べた。だが、中は空で何も入っていなかった。
「何も入っていないな」
「新島、少し違うぞ」高田は微笑みながら新島を見た。
「何か見つけたのか?」
「ああ、見つけた」
「何を!?」
「......空気」
 新島は固まった。
「どうだ? 驚いたか?」
「なら、俺も面白いことを言ってやろう」
「言ってみろ」
「ここは職員室だろ?」
「ああ」
「つまり、食飲(しょくいん)する部屋だ」
「なっ! その発想はなかった! 新島は、天才だ」
「何やってんだ? 二人とも......」土方は、二人のやりとりに呆れていた。
 何はともあれ、三人はその後重大な物を部屋から見つけ出した。万札の束だ。怖くなった高田が逃げ出したのを皮切りに、一同は部室に逃げ帰った。
「ハァ、ハァ......」高田は息を切らせながら椅子に座った。すでに口もきけないようすだ。
「何だ」土方は膝に手を当てた。「あの大金は!」
「おそらく、八坂中学校の脱税というわけだ」
「脱税?」
「法律にバリバリ触れた行為だ。まあ、脱税のこと知っているのは職員の幹部クラスの教頭、全校主任、学年主任、それと校長程度だろう。脱税は少ない人数の方が露見しにくいからな」
「つまり、大金が見つからないように窓ガラスを割って遠ざけたというわけか?」
「多分、そうだろうな」
「なるほど。だが、やばいことを知ってしまったな」
「ああ、そうだな。高田は体が震えて、言葉を発せないようだ」
「この後どうする?」
「帰るか? もう六時だし......」
「そうしようか。明日、改めて卒業式の事件の謎を解決しよう。大金、脱税のことは口外するなよ」
「わかっている」
 高田の震えが収まってから、それぞれ帰路についた。
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