日常探偵団

髙橋朔也

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卒業 その伍

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──二日後──

 二日後。つまり、新島真が退院する日だ。頭の流血した部分にガーゼを貼って、朝から新島が教室に入ってきた。だが、新島の交流範囲はあまり広くない上に深くもない。つまり、歓声は起こらない。逆に、教室の空気が冷めた。病み上がりにはつらい仕打ちでもある。所詮、中学校とはそんなところだ。
「新島!」
 ただ唯一、新島に声をかけた人物がいる。当然、高田弘だ。
「どうした、高田?」
「いや、退院してすぐだから声をかけてみた」
「ああ、そのことか。体は大丈夫だ」
「なら、よかったな」
「そうか?」
 高田はため息をついてから、「実は」と続けた。
「お前と部長の病室での会話を盗み聞きしてしまったんだ」
「ほお? どんな会話だった?」
「新島が親父さんを嫌いな本当の理由だ」
 新島は眉間を親指と人差し指で押さえた。
「一番聴かれてはまずいところを聞いたようだな」
「やっぱりそうか......。悪かったな。だが、少し気になって」
「その話しをするには、先輩にも許可がいるし、俺の存在価値を著しく低下させる」
「存在価値?」
「俺がこの世に存在していい理由がなくなる」
「それは、ひどいことを聞いてしまった」
「大丈夫だ。いずれ、話そうとは思っていたんだ」
「......」
 新島はガーゼを触った。
「来週にでも三人で集まって話そうか」
「わ、わかった」
 高田は、自分の席に向かった。新島も自分の席に向かい、カバンを下ろした。

 同日の放課後。新島は頭を押さえながら高田の席に向かった。
「部活行くか?」
「うおっ! 新島か」
「何だよ......少し傷つくぞ」
「......ああ、すまん。部活は行くぞ」
「そうか。良かったよ」
 新島と高田は教室を出て、部室に向かった。部室に入ると、当然のように土方がいる。
「やあ、二人とも」
「先輩、俺が生まれた理由を高田に話したい」
「......そろそろとは思っていたが、来たか」
「来週に、という予定だったが、卒業式が控えている。そこで、提案だ。今日、ファミリーレストランにでも寄って話すのはどうだろう?」
「人に聞かれてはまずいことだ」
「まあ、確かにそうだな......。なら、うちに来るか?」
「新島の家には、誰もいなかったな」
「ああ」
「なら、決まりだ。高田。新島の家で話そう」
「わ、わかったっす」
 新島は椅子を引き寄せて座った。
「高田も座れよ」
「わかった」
 高田は新島の隣りに椅子を置いた。
「稲穂祭以外」新島は本棚から文集を手に取りながら言った「文芸部には正式な活動がないな。稲穂祭は楽しかった」
「そうか? 七不思議の一番目と予言者に翻弄されたからな」
「鈴木真美の件か」
 新島は文集を本棚に戻した。

 いつも通りの場合、新島だけが三人の中で一人だけ帰る方向が違う。だが、今日は新島の家に用があるのだ。
 六時に下校のチャイムが鳴り響き、三人は帰り支度を始めた。そして、正門をくぐると一同は右に曲がった。
「新島の家って遠い?」
「学校から高田の家までの距離より近いぞ」
「本当に近いのか?」
「ああ。三組の教室の前の廊下の窓からうちのマンションが見えるからな」
「『の』が多いな」
「いや、マンション近いだろ?」
「え? もっかい言って」
「高田、ふざけんなよ」
 高田は腹を押さえてゲラゲラ笑った。
「笑ってる場合じゃねえ」
「新島の秘密を聞きに行くんだもんな」
 尚も高田は笑っていた。
「先輩からも高田に何か言ってくださいよ」
「私もか?」
 正門を右に行き、突き当たりをまた右。それから少し進むと自動販売機が見えてくる。そこを左に曲がり、最初の分かれ道を右に行くとマンションに到着する。
 新島の住むマンションは学校の目の前というほど近い位置に建つ。そのマンションの206号室が新島の家だが、当然親はいない。
 扉の鍵穴に鍵を差し込んで右にひねると、ロックが解除された。扉を手前に引き、中に入る。すると、玄関には赤、というより薄いオレンジに近い色の金魚が一匹だけ水槽の中を泳いでいた。
「新島! この金魚の名前は?」
「イチゴだ。去年の縁日で釣ったんだが、その縁日が八月十五日。十五日の十五でイチゴだ」
「センスないな」
「そうか?」
 靴を脱いで進み、左に曲がってまっすぐ行くとリビングに出る。窓側にカウンターと窓、ベランダがあるが、そこから見える景色は薄茶色のマンションと砂利道だ。
「ちょっと待ってろ。ココアと抹茶、紅茶。どれか選べ」
「俺は抹茶!」
「私は紅茶で頼む」
「わかった」
 高田が抹茶、土方が紅茶。新島はココアにした。
 新島は陶器製のコップを三つ出して、そこにそれぞれ抹茶の粉末と紅茶の粉末、ココアの粉末を入れた。お湯で溶ける粉末だから、次にお湯を注ぐ必要がある。コップを三つ持つと、キッチンの横にあるウォーターサーバーに向かって、コップにお湯を入れた。
「ほら、高田」
「ああ、ありがと」
「先輩!」
「すまん」
 二人は新島からコップを受け取り、椅子に座った。
「では話そうか。俺の正体を」新島はココアをすすりながら言った。
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