日常探偵団

髙橋朔也

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辞書の紛失 その参

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 部室に戻ると、推理を続けた。だが、中々話し合いが進まないので土方がカバンからみかんを取りだした。
「まあ、これでも食べてからにしよう。思考停止したら、まずは甘いものだ。親が親戚から大量にもらってな。食べきれなさそうだったから文芸部の皆で食べようと思って持ってきたんだ。まあ、食べてみてよ」
 土方はみかんをテーブルに乗せた。高田はみかんを手に取ってから、また洒落を言った。
「思考停止って言ったら、中国の秦(しん)の始皇帝(しこうてい)っすね。ほら、秦国の初代皇帝だった奴だよ」
「ああ、いたな。秦の始皇帝か。俺は外国史だと三国志(さんごくし)くらいしか好きになれん。ってか、高田つまんねーな。この部屋の温度が二度か三度は下がったぞ。絶対零度だ。夏だったらクーラーを使わなくてもいいな」
「そうか? 私はいいと思うが?」
「先輩も高田もセンスないのかよ。それとも温度計すら持っていないのか?」
「なあ、新島。三国志の『志(し)』は何で歴史の『史(し)』じゃないんだ?」
「知らねーよ」
 すると、高田が新島の発言と全然繫がっていない話しを始めた。
「そういえば、『秦(しん)』って名前いたよな。ほら、二学年にも一人いたよ」
「ああ、あれか。秦の始皇帝の末裔を自称してるんだ。『秦氏(はたし)』って言ったと思うが? 名前の場合は『秦(しを)』以外だと『秦(はた)』だな。百済(くだら)らへんの渡来人(とらいじん)だ」
 補足しよう。秦氏(はたし)には『秦氏(はたうじ)』と言う読み方もあるのだ。
「へぇー。新島は俺より結構知ってるな。こう言うのを無駄な話し、つまり雑学って言うのか」
「普通だよ。...ってか、無駄な話しとは酷いな。俺でも傷つく時は傷つくんだからな。お前、口悪いな」
「そうか? 他に無駄な話しはないのか」
「なら──」
 新島はみかんを手に取ってから、高田に投げた。高田はそれを受け取った。
「何だよ新島...。びっくりするだろ」
「そのみかん、房は九個」
「? 房?」
「中に入ってる三日月型の奴だよ」
「それが九個? 嘘じゃないだろうな?」
「まあ、確かめてみろよ。本当だから」
 高田は皮をむいて確かめた。
「本当だ、九個だ!」
「だろ? みかんのヘタを外したら出てくる凹(へこ)みの中に種みたいなのが並んである。その数を数えたら房の数になる」
「そうなのか。どこで知った?」
「ガキの頃に読んだ絵本に書いてあったのを覚えているだけだ」
「絵本?」
「そう。タイトルは忘れた。だけど、男の子数人とみかんの木が出てきていたと思う。わかるなら、探したい。ちょっと気になってるんだ」
「そうなのか」
 高田はみかんを食べた。
 「これうまいな」
「私もそう思うよ。親戚の自信作らしい」
「部長の親戚はミカン農家なんすか?」
「そうだ。なんか、みかんとか梨とかを育てているらしい」
「そうなんすね」
「ああ、そうなんだよ」
「あのさ」新島は話し始めた。「辞書を盗んだのは、辞書を最近無くした人じゃないか? 確か、書道部が最近辞書を無くしてただろ?」
「なるほどな」

 三人はまた部室を出た。それから書道部に向かった。
「書道部が盗んだとすると、文芸部部室の隣りの空き部屋が文芸部部室に繫がっていると知っていたはずだが...。
 先輩!」
「どうした、新島?」
「文芸部部室の隣りの空き部屋が文芸部部室に繫がっていると知っていそうな人物はいるか?」
「まず、あの空き部屋の存在を知っている人物は数少ない。職員すら知らない者もいるだろう」
「なるほど。文芸部部員でないと生徒だったら知り得ないと言うわけか」
 書道部の前に到着した新島は書道部部室の扉をノックすると、開くより先に「誰だ?」という声が聞こえた。
「文芸です」
「駄目だ。今は入れない」
 新島が部の名前を言った途端に、書道部は早く帰ってほしいオーラを出した。三人は仕方なく部室に戻った。
 高田は、絶対に書道部が盗んだんだと言った。
「高田は何で書道部が盗んだと断言できる?」
「お前が聞くか? 書道部が怪しいって言ったのはお前だろ」
「何で断言できる?」
「いや、文芸部って言ったら帰ってほしそうなオーラ出したじゃん!」
「まあ、そうだな」
「絶対に書道部だよ」
「だが、書道部が盗んだという証拠はない」
「だよな...証拠を見つけよう」
「いや、その必要はないはずだ......」
 新島は少し頭を働かせていた。部室内を歩き回り、顎に手を当てた。それから、椅子に座ると本棚を見つめた。右手を顔の前に持ってくると、頭を掻きむしった。目を閉じてみると、新島の頭の中で考えがまとまったようだった。
「なるほど。三年生の階に行こう」
「何でだ?」
「それは、書道部が俺たちを毛嫌いした理由だ」
「ほお?」
 新島は三年生の教室がある二階に向かった。二階の三学年職員室を覗くと、ある一人の職員がいた。
「先輩、あの職員の名前は?」
「確か高岸(たかぎし)だ」
「そう、高岸職員。担当は生徒指導学年主任」
「ああ、そうだ」
「で、高岸の下の名前が重要だ」
「下の名前は...」
 土方は思い出すような仕草をした。それから、口を開いた。
「高岸......文芸(ぶんげい)だ」
「そう。文芸部と言わずに俺は『文芸』と言った。だから、書道部は高岸が来たと思い込んだ」
 新島は扉を閉めてから、続けた。
「では、なぜ書道部は部室に入れてくれなかったか。書道部に来る八坂中学校の職員は高岸のみだと聞いた。他に来るのは必ず生徒。生徒はなぜ書道部に来るのか。
 俺が扉をノックしたら、窓が開く音がした。つまり──」
土方が代弁して「煙草か」と答えた。
「正解。そう、書道部では煙草を吸いたい生徒が集まっていたんだ」
「だから、職員の高岸が来たと思い込んで話しすら聞いてもらえなかったというわけだ。それで、煙草を吸うために集まったんだから辞書は盗まないと思うんだが、二人はどう思うかな?」
「書道部は犯人ではないだろ?」
「なら、また振り出しだか」
「そうだな」
 三人はまた部室に戻った。
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