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香水
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近年、日本列島では蜂の数が増えているように思う。そんなことを考えながら、彼は学校の廊下を歩いていた。
ここは千葉県八坂市の八坂市立八坂中学校校舎。そして、彼は八坂中学校一年二組の新島真(にいじままこと)だ。新島が向かっているのは、文芸部の部室だ。一応、新島は部員ということになっている。文芸部に入部したのは先月、四月。入学してすぐに決定した。理由は、ただ本を読むことが好きだからだ。
文芸部部室の扉を開けると、ソファに誰かが横たわっている。彼女は文芸部の部長で二年五組の土方波(ひじかたなみ)。容顔まことに美麗ながら、その拳から繰り出されるパンチは伊達ではない。新島も二回食らったが、数分間身動きが出来なかった。よって、彼は彼女を恐れている。
「先輩! 起きろ! おーい!」
体を揺すられた土方は、ゆっくりと上半身を起き上がらせる。目を開いて新島を見た。
「やあ。まだ眠いな」
「文芸部って活動内容薄いな。大体、毎日本しか読んでない気がする」
「多分、気のせいだろ」
「確か、仮入部したときにいい暇つぶし方法があるって言ってなかったっけ?」
「言った。確実に言ったよ」
「どんな暇つぶし?」
「頭を働かせる推理ゲームさ。八坂中学校はなぜか、珍事件が多発するらしい。その珍事件の謎を解明するゲームだ。どうだ? やってみたいかね?」
「もともと、推理小説は大好きだ。その推理ゲームには惹かれるところがあるな」
「そうか、そうか。それはいい。では、ちょうど面白い珍事件が前日に起こったと耳にした」
「どんな?」
新島は少しわくわくしながら、椅子に座った。
「蜂だ」
「蜂?」
「三年生の女子、特におしゃれを好むカースト上位の奴らが次々と蜂に追われ始めている。この珍事件はカースト下位の者からの呪いだと騒がれているんだ。また、教職員は蜂捕獲に駆り出されて生徒に被害が出ないようにしているらしい」
「呪いか。簡単なことだろ。蜂は強い匂いに引き寄せられる。あと、被害者はカースト上位の女子なんだろ? なら、匂いの強い香水をかけていたから蜂が寄ってきたというわけだろうな」
「なるほど。面白い結論じゃないか。まあ、私も似たような答えだ。これで終わりでいいか?」
「早すぎるな。まあいい。読みかけの本もあるし、それを読むとするか」
新島はカバンを開いて、文庫本を一冊取りだした。その本を三十ページほど読み進めていると、扉がものすごい音をたてて開いた。
「よお! ちょっと補習があって、遅れた」
彼も文芸部の部員で、一年三組の高田弘(たかだひろし)だ。高田の入部理由は、土方が美人なことにある。
「なんか、教職員の人数が減ってない?」
「それなら」新島は文庫本にしおりをはさみ、テーブルに置いて立ち上がった。「多分、駆り出されているからじゃないか?」
「駆り出される? 何? 人力車でも引くの? 酷使?」
「どうしてそうなるんだ......。まあ、酷使という点では間違っていない、のか?」
「で、なんで駆り出されているの?」
「三年生女生徒のおしゃれをする人達が蜂被害が増えてるから、教職員を駆り出して捕獲を行っているらしいよ」
「おしゃれと言えば」高田は自信に満ちた顔になった。「補習のついでに理科室のシャーレを拭くのを手伝わされた」
「そのシャーレを拭く話しとおしゃれがどう繫がるんだ?」
「拭くってことは汚れているということだ。汚れたシャーレは『汚(お)シャーレ』というわけだ」
「......五月だが、寒い」
新島は先ほどの推理ゲームについて、細かく伝えた。高田は納得した。
「推理ゲームか。新島の言うとおり香水によるものの可能性が高いな」
「だろ?」
「その答えが正解かどうか調べてやるよ。得意なんだ、調べ物は」
「好きならやってろ」
新島は文庫本を開いて、また読み始めた。高田も本棚から漫画本を取り出して、開いた。土方は土方で、毛布を被ってソファで睡眠をする。
やがて、チャイムが鳴り音楽が流れる。午後六時をむかえ、部活動終了時間が来たということだ。三人は帰り支度をすると、それぞれ帰路につく。
次の日、新島の家の目覚ましは壊れていた。彼が目を覚ました時には午前八時十分になっていた。布団から飛び起きて飯を口に流し込み、制服に着替えて家を飛び出した。その時の時刻は起きてから三十分後だ。といっても、新島宅は八坂中学校の目の前に位置しているのだ。学校の正門までは徒歩で五分から六分、走ったら三分後には到着している。正門から一学年の階までは五分。家から正門までより、正門から教室までの方が時間がかかっているのだ。
その頃、一年二組教室では数学の授業が始まっていた。黒板の前で授業をしているのは、数学科教員の八代(やしろ)だ。彼がチョークを持って黒板に数式を書き込んでいるときに、新島は後ろの扉から教室に入った。
「おっ」八代は手に持っていたチョークを置き、手をはたいた。「新島。遅刻だな」
「はい。遅れました」
新島はそのまま自席に座り、数学の教科書とノートを取りだして授業に参加した。
ここは千葉県八坂市の八坂市立八坂中学校校舎。そして、彼は八坂中学校一年二組の新島真(にいじままこと)だ。新島が向かっているのは、文芸部の部室だ。一応、新島は部員ということになっている。文芸部に入部したのは先月、四月。入学してすぐに決定した。理由は、ただ本を読むことが好きだからだ。
文芸部部室の扉を開けると、ソファに誰かが横たわっている。彼女は文芸部の部長で二年五組の土方波(ひじかたなみ)。容顔まことに美麗ながら、その拳から繰り出されるパンチは伊達ではない。新島も二回食らったが、数分間身動きが出来なかった。よって、彼は彼女を恐れている。
「先輩! 起きろ! おーい!」
体を揺すられた土方は、ゆっくりと上半身を起き上がらせる。目を開いて新島を見た。
「やあ。まだ眠いな」
「文芸部って活動内容薄いな。大体、毎日本しか読んでない気がする」
「多分、気のせいだろ」
「確か、仮入部したときにいい暇つぶし方法があるって言ってなかったっけ?」
「言った。確実に言ったよ」
「どんな暇つぶし?」
「頭を働かせる推理ゲームさ。八坂中学校はなぜか、珍事件が多発するらしい。その珍事件の謎を解明するゲームだ。どうだ? やってみたいかね?」
「もともと、推理小説は大好きだ。その推理ゲームには惹かれるところがあるな」
「そうか、そうか。それはいい。では、ちょうど面白い珍事件が前日に起こったと耳にした」
「どんな?」
新島は少しわくわくしながら、椅子に座った。
「蜂だ」
「蜂?」
「三年生の女子、特におしゃれを好むカースト上位の奴らが次々と蜂に追われ始めている。この珍事件はカースト下位の者からの呪いだと騒がれているんだ。また、教職員は蜂捕獲に駆り出されて生徒に被害が出ないようにしているらしい」
「呪いか。簡単なことだろ。蜂は強い匂いに引き寄せられる。あと、被害者はカースト上位の女子なんだろ? なら、匂いの強い香水をかけていたから蜂が寄ってきたというわけだろうな」
「なるほど。面白い結論じゃないか。まあ、私も似たような答えだ。これで終わりでいいか?」
「早すぎるな。まあいい。読みかけの本もあるし、それを読むとするか」
新島はカバンを開いて、文庫本を一冊取りだした。その本を三十ページほど読み進めていると、扉がものすごい音をたてて開いた。
「よお! ちょっと補習があって、遅れた」
彼も文芸部の部員で、一年三組の高田弘(たかだひろし)だ。高田の入部理由は、土方が美人なことにある。
「なんか、教職員の人数が減ってない?」
「それなら」新島は文庫本にしおりをはさみ、テーブルに置いて立ち上がった。「多分、駆り出されているからじゃないか?」
「駆り出される? 何? 人力車でも引くの? 酷使?」
「どうしてそうなるんだ......。まあ、酷使という点では間違っていない、のか?」
「で、なんで駆り出されているの?」
「三年生女生徒のおしゃれをする人達が蜂被害が増えてるから、教職員を駆り出して捕獲を行っているらしいよ」
「おしゃれと言えば」高田は自信に満ちた顔になった。「補習のついでに理科室のシャーレを拭くのを手伝わされた」
「そのシャーレを拭く話しとおしゃれがどう繫がるんだ?」
「拭くってことは汚れているということだ。汚れたシャーレは『汚(お)シャーレ』というわけだ」
「......五月だが、寒い」
新島は先ほどの推理ゲームについて、細かく伝えた。高田は納得した。
「推理ゲームか。新島の言うとおり香水によるものの可能性が高いな」
「だろ?」
「その答えが正解かどうか調べてやるよ。得意なんだ、調べ物は」
「好きならやってろ」
新島は文庫本を開いて、また読み始めた。高田も本棚から漫画本を取り出して、開いた。土方は土方で、毛布を被ってソファで睡眠をする。
やがて、チャイムが鳴り音楽が流れる。午後六時をむかえ、部活動終了時間が来たということだ。三人は帰り支度をすると、それぞれ帰路につく。
次の日、新島の家の目覚ましは壊れていた。彼が目を覚ました時には午前八時十分になっていた。布団から飛び起きて飯を口に流し込み、制服に着替えて家を飛び出した。その時の時刻は起きてから三十分後だ。といっても、新島宅は八坂中学校の目の前に位置しているのだ。学校の正門までは徒歩で五分から六分、走ったら三分後には到着している。正門から一学年の階までは五分。家から正門までより、正門から教室までの方が時間がかかっているのだ。
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「おっ」八代は手に持っていたチョークを置き、手をはたいた。「新島。遅刻だな」
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