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ヴィクトリア朝イギリス

トルコ風呂

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 短編『フランシス・カーファクス姫の失踪』の冒頭で、ホームズはワトスンの靴紐の結び方から、ワトスンはトルコ風呂に入ったと推理しました。
 というのも、ワトスンの靴紐の結び方は決まっているんですが、その時は違う結び方をしていました。そこからホームズは、ワトスンは誰かに靴紐を結ばせたのだと考え、様々なサービスがあるトルコ風呂に入ったのだという結論に行き着きました。
 その際にホームズは、イギリス式の風呂を絶賛ぜっさんし、トルコ風呂を値段が高いのに力が抜けると言って、トルコ風呂に入ったワトスンを怒りました。
 ワトスンがトルコ風呂に入ったのは、関節が痛んでいたからです。彼いわく、トルコ風呂は疲労回復の薬代わりになるらしいです。


【トルコ風呂】
 トルコ風呂の実態じったいはどうなのでしょうか! 岡本おかもと鶴松つるまつさんの『異国の華を尋ねて』にロンドンのトルコ風呂について書かれているようです。
 それによると、トルコ風呂には体の冷えやリウマチなどを治す効果があり、髪や爪などを切ってくれるというのです。体全身を洗ってくれるようで、お菓子もお茶も出されます。サービスが良すぎますね......。
 トルコ風呂はまず、最高270度(摂氏せっし132度)程度のスチームの通る部屋で体を温めて発汗はっかんさせるようです。現代で言うところのサウナ(し風呂)、戦国時代で言うところのから風呂ですね(いらない情報)。
 体が十分温まると、洗い場へ向かいます。そこには体を洗ってくれる従業員がおり、木製の小さな台へ横向きに寝ると、その従業員が手袋をはめて体をり始めるようです。その手袋で擦ると、ヒジキのようなあかが出てきます。ヒジキのような垢なら、かなりの量です。


【ホームズとトルコ風呂】
 前述したように、『フランシス・カーファクス姫の失踪』にてホームズはワトスンの靴紐の結び方からトルコ風呂に行っていたことを見抜きました。そこでホームズは、トルコ風呂をけなします。嫌っていたようです。
 一方で短編『高名の依頼者』では、ホームズはトルコ風呂に目がないと書かれています。ものすごく変貌へんぼうしています。
 二つの事件、つまり『フランシス・カーファクス姫の失踪』事件と『高名の依頼者』事件の発生年を比べてみましょう。

『フランシス・カーファクス姫の失踪』1902年
『高名の依頼者』1902年

 え? えぇ!? まさか、同年に起こった事件だということですか!?
 二つの事件が発生した日付は、『フランシス・カーファクス姫の失踪』が7月1日~7月18日で、『高名の依頼者』が9月3日~9月16日。その差は二ヶ月ほどです。
 ホームズは二ヶ月たらずでトルコ風呂を溺愛できあいするようになってしまったということになります。まあ、好きになるスピードは人それぞれ違いますが(笑)。
 ホームズとトルコ風呂と言ったら、なぜ好きになったのかが重要です。ホームズがトルコ風呂を好きになった理由について、正典にくわしく書かれてはいません。この解釈については、様々な説があります(当然のことでしょう)。
 両事件の初日にトルコ風呂についての記述があるので、7月1日~9月3日の間にホームズがトルコ風呂を好きになったことになります。しかし、この日付は誰が決めたのでしょう。ホームズ研究の中には年代学というものがあり、正典での手掛かりを元に事件が発生した年代をはっきりさせるものです。
 しかし、この日付は研究する人が違うとまったく変わってしまいます。『前書き』で述べた通り、本作で事件が発生した年月日を書く際はベアリング・グールドの説を採用しています。グールド説は様々な文献などに採用されていますが、今回ばかりはグールド説を否定する必要があります。
 グールド説だと『高名の依頼者』は1902年9月3日ですが、これはどの年代学者も同じです。作中ではっきりと日付が書かれていたからです。
 一方で『フランシス・カーファクス姫の失踪』は、年代学者によって1895年~1903年の間でバラつきが見られます。もし1903年なら一年近くも間があるので、ホームズがトルコ風呂を好きになったんだと言われても納得出来ます。
 他に、当たり前のことも言えます。両事件の発生年月日は近いですが、作品として発表されたのは14年もの間があるんです。ドイルが忘れて書いた可能性がありますね。
 さて。当たり前のことはさておき、他にも説はあります。ホームズがモリアーティ教授を倒してから失踪していた数年間にメアリー・モースタンと別れたワトスンは、短編『白面の兵士』でメアリーとは別の人物と再婚してホームズと別居したという記述があります。『白面の兵士』は1903年1月7日~1月12日に発生しました。ホームズがトルコ風呂を好きになる後です。
 二つの事件『フランシス・カーファクス姫の失踪』『高名の依頼者』の間に、妻がいないためにさびしいワトスンを元気づけるために、ホームズはワトスンとともにトルコ風呂へ行った可能性があります。そしてサービスが良すぎて、ホームズが気に入ったのでしょう。
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