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第五章『奥州の覇者』
伊達政宗、隻眼の覇者は伊達じゃない その伍捌
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母の首が身体から地面に落ちた拍子に、その生首が私を睨むようにこちらに顔を向けた。そして生首はダルマのように転がり、少し離れてから静止した。
どうやらまだ感情は生まれていないようだ。あと何人殺せば良いのかと私は落ち込む。
そうしていると母達の死体は片付けられ、また別の罪人が連れて来られた。やれやれと思いつつ、私はまた首を斬り飛ばした。
それから数日後、私が人を殺していたことが仕えていた武家に密告された。父や医者程度の取るに足らない人物を殺しただけの私を、武家が躍起になって捕らえようとしてきた。なので潮時だとあきらめ、また別のところで首斬り役になろうと決めた。
そんな決意をしながら夜の森を軽装で進んでいると、人影が視界に入ってきた。その人影を目を凝らして見てみると、同性の私ですら惚れてしまうほど美しい顔立ちで肌が驚くほど白い女性だった。
「貴様だろう? 感情がないという元首斬り役は」
私は息を飲んだ。「それならどうするの?」
「ふむ。貴様に良いことを教えてやる。私の故郷──欧州の方ではクルミを食べると脳の病気が治ると言われている。クルミが脳と似たような形をしているからだ。それと同様に同物同治というものがあって、体の不調な部分と同じ部分を食べると不調が治るという考え方が存在する。つまり、感情が欲しいなら感情を食らえば良いのだ」
「か、感情を食らうとは具体的にどうするというの?」
「生きとし生ける全てのものの中でもっとも感情が豊富なのは人間だ。感情によって表情を変えるのは人間だけとも言われているな。だから貴様は人を殺して感情の詰め込まれた脳を食せば良い。いずれ感情が得られるはずだ」
私は少し悩んだ。人はたくさん殺したが、それは無抵抗な罪人が大半を占めている。そこらにいる善人を殺すことに抵抗はないが、その代わりに殺されそうになれば生きるために相手は必死になって抵抗するだろう。
首を綺麗な切り口ではねることは出来ても、抵抗する者を相手にノーリスクで殺すような技術は持ち合わせていない。ならば非力な子供を殺していこうかと考えていると、彼女が提案した。
「我らの仲間になると言うならば幾らかの死体を提供してやっても構わないが、さてどうする?」
「なぜあなたはそこまでするの? あなたにとって利益になるようなことを私は出来ないわよ」
「なるほど、感情はないが思考はそこら辺にいる阿呆どもより幾何かはマシなようだ。いやなに、少し安心したよ。
で話しを戻すが、我が貴様に協力的な理由だったかな? それは単に優秀な手駒が欲しいんだ。我々はキリシタン宗の敵対勢力でね、近いうちに戦う予定になっている。その際に戦いに貴様が参加してくれれば死体は毎日提供してやる、というわけだ。脳のおいしい食べ方も教えよう。私も最近人間の脳を食べるのにハマっているんだ」
これほどの条件の良さならば彼女の手駒になろう。もし嘘を言っていたら彼女を殺して遠くへ逃げれば良いだけだ。そう考えた私はあっさりと承諾した。
「私は今日からあなたの手となり足となるわ」
「即決か、面白い! おっと、自己紹介がまだだったな。我は魔女教統括、魅惑の魔女のセシリアだ。我は主に錬金術に精通している」
「私は......名前を忘れてしまったのだけれど」
「名前を忘れる? 日本人にはよくあることなのか?」
「多分、日本人でもよくあることではないとは思う。けど私はあまり名前で呼ばれたことがなかったから」
「そういうものなのか。では我の亡き母の名であるカルミラを貴様に与えよう」
こうしてカルミラと名乗ることになるが、言うまでもなく私は日本人である。さらに言えば純血だ。セシリアやエリアスは生粋の欧州人であるが、対して私のように魔女教には日本人なのに名乗っている姓名が横文字の者が複数人いるようだ。だが別に剣崎庵のように日本人が日本名を名乗る者も当然いる。ただ、その名前が本名か偽名かは定かではない。
とまあこのような経緯で魔女教に属し、カルミラという名を与えられた。それから私はセシリア様の研究を手伝うようになったが、もちろんちゃんとした対人戦闘訓練も受けた。その結果、私は短刀などの刃物を武器にして人を殺し、脳味噌を食らうようになった。
セシリア様は「カルミラがわざわざ人を殺さずとも、我が死体を毎日調達してやるのだがな」と言っていたが、私は自分の手で殺したいと言った。自ら人を殺めた方が、その刺激によって感情が生まれる可能性が高くなるからだ。
人を毎日一人は殺す、という日課を続けていた普段より日射しが強く蒸し暑い日に、セシリア様は鼻歌を歌いながら死体を開頭し、脳を取り出していた。今日はセシリア様が直々に脳のおいしい食べ方を教えてくれるようだ。
「いつもなら脳を調理するのは面倒だから塩をただ掛けるだけだったんだが、カルミラのためだ。仕方ない」
「それよりもセシリア様はなぜ魔女教に属しているのですか?」
「何だ、まだ話していなかったか? 我は物心つく頃には日本にいて、母とともに山で暮らしていた。ある日に母は一人で出掛けて、それから戻ってくることはなかった。母はお金をほとんど持たずに出たから、おそらく殺されたのだろう。
それから我は髪を黒く染め、人里に下りた。そして我を受け入れてくれた集落でその日暮らしだ。ある程度成長すると錬金術に手を出して薬を作るようになったが、その薬の材料を入手するには死体を解剖しなくてはならなくてね。キリシタン宗は解剖を神への冒涜だとしていたから、村のキリシタン連中に魔女狩りにあってしまった。そうして魔女教の開祖様と出会い、今の魔女教を作り上げたんだ。つまらん話しさ」
セシリア様にもそれなりに事情があるのだと知った。魔女教にいる人達は大なり小なりそれぞれ事情があるんだな。
ただこの頃の私は人の脳を食べ過ぎてキリシタン宗から暴食の大罪人だと認定され、魔女教の教祖様からも正式に暴食の二つ名を賜ることなど知るよしもなかった。
どうやらまだ感情は生まれていないようだ。あと何人殺せば良いのかと私は落ち込む。
そうしていると母達の死体は片付けられ、また別の罪人が連れて来られた。やれやれと思いつつ、私はまた首を斬り飛ばした。
それから数日後、私が人を殺していたことが仕えていた武家に密告された。父や医者程度の取るに足らない人物を殺しただけの私を、武家が躍起になって捕らえようとしてきた。なので潮時だとあきらめ、また別のところで首斬り役になろうと決めた。
そんな決意をしながら夜の森を軽装で進んでいると、人影が視界に入ってきた。その人影を目を凝らして見てみると、同性の私ですら惚れてしまうほど美しい顔立ちで肌が驚くほど白い女性だった。
「貴様だろう? 感情がないという元首斬り役は」
私は息を飲んだ。「それならどうするの?」
「ふむ。貴様に良いことを教えてやる。私の故郷──欧州の方ではクルミを食べると脳の病気が治ると言われている。クルミが脳と似たような形をしているからだ。それと同様に同物同治というものがあって、体の不調な部分と同じ部分を食べると不調が治るという考え方が存在する。つまり、感情が欲しいなら感情を食らえば良いのだ」
「か、感情を食らうとは具体的にどうするというの?」
「生きとし生ける全てのものの中でもっとも感情が豊富なのは人間だ。感情によって表情を変えるのは人間だけとも言われているな。だから貴様は人を殺して感情の詰め込まれた脳を食せば良い。いずれ感情が得られるはずだ」
私は少し悩んだ。人はたくさん殺したが、それは無抵抗な罪人が大半を占めている。そこらにいる善人を殺すことに抵抗はないが、その代わりに殺されそうになれば生きるために相手は必死になって抵抗するだろう。
首を綺麗な切り口ではねることは出来ても、抵抗する者を相手にノーリスクで殺すような技術は持ち合わせていない。ならば非力な子供を殺していこうかと考えていると、彼女が提案した。
「我らの仲間になると言うならば幾らかの死体を提供してやっても構わないが、さてどうする?」
「なぜあなたはそこまでするの? あなたにとって利益になるようなことを私は出来ないわよ」
「なるほど、感情はないが思考はそこら辺にいる阿呆どもより幾何かはマシなようだ。いやなに、少し安心したよ。
で話しを戻すが、我が貴様に協力的な理由だったかな? それは単に優秀な手駒が欲しいんだ。我々はキリシタン宗の敵対勢力でね、近いうちに戦う予定になっている。その際に戦いに貴様が参加してくれれば死体は毎日提供してやる、というわけだ。脳のおいしい食べ方も教えよう。私も最近人間の脳を食べるのにハマっているんだ」
これほどの条件の良さならば彼女の手駒になろう。もし嘘を言っていたら彼女を殺して遠くへ逃げれば良いだけだ。そう考えた私はあっさりと承諾した。
「私は今日からあなたの手となり足となるわ」
「即決か、面白い! おっと、自己紹介がまだだったな。我は魔女教統括、魅惑の魔女のセシリアだ。我は主に錬金術に精通している」
「私は......名前を忘れてしまったのだけれど」
「名前を忘れる? 日本人にはよくあることなのか?」
「多分、日本人でもよくあることではないとは思う。けど私はあまり名前で呼ばれたことがなかったから」
「そういうものなのか。では我の亡き母の名であるカルミラを貴様に与えよう」
こうしてカルミラと名乗ることになるが、言うまでもなく私は日本人である。さらに言えば純血だ。セシリアやエリアスは生粋の欧州人であるが、対して私のように魔女教には日本人なのに名乗っている姓名が横文字の者が複数人いるようだ。だが別に剣崎庵のように日本人が日本名を名乗る者も当然いる。ただ、その名前が本名か偽名かは定かではない。
とまあこのような経緯で魔女教に属し、カルミラという名を与えられた。それから私はセシリア様の研究を手伝うようになったが、もちろんちゃんとした対人戦闘訓練も受けた。その結果、私は短刀などの刃物を武器にして人を殺し、脳味噌を食らうようになった。
セシリア様は「カルミラがわざわざ人を殺さずとも、我が死体を毎日調達してやるのだがな」と言っていたが、私は自分の手で殺したいと言った。自ら人を殺めた方が、その刺激によって感情が生まれる可能性が高くなるからだ。
人を毎日一人は殺す、という日課を続けていた普段より日射しが強く蒸し暑い日に、セシリア様は鼻歌を歌いながら死体を開頭し、脳を取り出していた。今日はセシリア様が直々に脳のおいしい食べ方を教えてくれるようだ。
「いつもなら脳を調理するのは面倒だから塩をただ掛けるだけだったんだが、カルミラのためだ。仕方ない」
「それよりもセシリア様はなぜ魔女教に属しているのですか?」
「何だ、まだ話していなかったか? 我は物心つく頃には日本にいて、母とともに山で暮らしていた。ある日に母は一人で出掛けて、それから戻ってくることはなかった。母はお金をほとんど持たずに出たから、おそらく殺されたのだろう。
それから我は髪を黒く染め、人里に下りた。そして我を受け入れてくれた集落でその日暮らしだ。ある程度成長すると錬金術に手を出して薬を作るようになったが、その薬の材料を入手するには死体を解剖しなくてはならなくてね。キリシタン宗は解剖を神への冒涜だとしていたから、村のキリシタン連中に魔女狩りにあってしまった。そうして魔女教の開祖様と出会い、今の魔女教を作り上げたんだ。つまらん話しさ」
セシリア様にもそれなりに事情があるのだと知った。魔女教にいる人達は大なり小なりそれぞれ事情があるんだな。
ただこの頃の私は人の脳を食べ過ぎてキリシタン宗から暴食の大罪人だと認定され、魔女教の教祖様からも正式に暴食の二つ名を賜ることなど知るよしもなかった。
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