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第五章『奥州の覇者』

伊達政宗、隻眼の覇者は伊達じゃない その肆玖

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 眠った少年の手足と口を縛った店主は、彼を荒々しく袋へ入れた。その袋をかつぎ、裏口から静かに運び出す。そして少年は珍獣として売り払われてしまった。
 目が覚めた少年は自分がおりに入れられていることに気付き、鉄格子てつごうしを掴みながら叫んだ。
「おいおい」少年の叫びに反応し、中年の男性が近づいてくる。「そんなに騒ぐな。うるさいぞ」
「あの武器屋の、店主は、どうし、たんだ? 俺を、売った、のか?」
「人と獣の混じりもののくせに、やけに察しが良いじゃないか。君は売られたんだよ」
「騙され、たのか......」
「獣人でも落ち込むのか。まあ関係ない。君はこれから別の人物の手に渡る。そこで見世物となるか愛玩されるかはわからん。出来るだけ高く売れることを願うよ」
 中年男は檻に布を掛け、腰をさすりながら立ち去った。少年は不衛生で汚らしい檻の中で、食事もまともに与えられずに何ヶ月も過ごすことになる。
 元から獣臭い少年は何ヶ月も体を洗わなかったことで更に臭くなり、たまに様子を見に来る中年男も嫌な顔をするようになった頃のことだ。
「おいお前、すごく獣臭いな。毛深いってだけじゃなくて本当に獣の血も混じってるんじゃないのか?」
「それが、どうし、た」
「気に入らねぇ態度だな。んなことより檻から出すから暴れるなよ」
「買い手が、見つかった、のか?」
「その通りだ。まずは体を洗わないとな」
 檻から出された少年は手枷てかせを付けたまま水風呂に突っ込まれ、灰汁あくを使って洗われた。
「何だ、これ、は? すご、く泡立つ」
「灰を水にぶち込んで、その上みをすくったもんだ。灰汁って言うんだよ」
「汚れ、が、落ちる、ぞ」
 綺麗になった少年は見窄みすぼらしい服を着させられ、首輪を付けられた。
「この首輪、はなん、だ」
「買い手の奴が首輪を付けさせることを望んでいるんだよ」
「気に、入らん」
 加えて、少年の買い手は四つん這いになることも彼に命じた。これには少年も怒り、買い手へ襲いかかる。しかし従者がそれを阻み、逆にしつけをされてしまう。
「貴様は四つん這いになってワンと鳴けば良いのだ!」
「ふざ、けるなっ!」
「飼い主であるワシを愚弄ぐろうするとは、それでも貴様は犬か!」
「人間だ! 俺は、獣、じゃない!」
「黙れ! まずは犬らしく''ワン''以外しゃべるな。あと服を脱げ。獣は服なんて着ない!」
 こうして少年は買われ、犬のように扱われることとなる。散歩の時も服は着させてもらえず、裸のまま町を四つん這いで歩かされた。買い手が少年に石を投げても良いと町人達に許可をすると、たちまち少年は石の雨にう。彼は頭を手で覆って小さく固まるしかなかった。
 少年が買い取られて一年も経つ頃には今の生活にも慣れ、波風立てぬように日々を過ごすすべを身につけた。
「おい犬」買い手は手を差し出す。「お手」
「ワン!」
「お座り」
「ワンワンッ!」
 命令に従順じゅうじゅんとなった少年は言われるがままにお手をしお座りをし、遠くに投げられた骨を追いかけてしゃぶるようになった。
「お前は偉いなあ~」
「ワンッ! ワンワンッ!」
「よしよ~し!」
 そうしていつもと同様に散歩へ出掛け、町人に石を投げられている最中のことである。石つぶての流れ弾が見物していた少女の方へ向かって飛んでいくのを見た少年は、自分の危険をかえりみずに少女の前に立つ。
 少女に当たるはずだった石は少年の頭に直撃したわけだが、彼の元へ心配して駆け寄る者は一人もいなかった。町人達が心配したのは少年ではなく少女であり、助けたはずの少年はののしられた。
 あろうことか少年に助けられた少女は心底嫌な顔をし、そして少年に向かって吐き捨てた。
「醜い獣の分際ぶんざいで私に近づかないで!」
 少年はその時、ついに動き出したのである。自分を罵倒した少女へ飛びかかった少年はまず両目を潰し、それから遠くへ蹴り飛ばした。町人達はうろたえるが、一人の勇敢な青年が少年の前に立ちはだかる。
 しかしさすがは獣人だ。少年は青年の腕を噛み千切り、久々のエサとばかりにおいしそうに食した。
「そいつを捕らえろ! 化け物だ!」
「この野郎! よくもやりやがったな!」
 少年は人々を痛めつけ、邪魔する者を蹂躙じゅうりんして進んだ。山の中を進み、追ってから逃れながら安全な地を目指す。そうして辿り着いたのが、少年と同様に人間から迫害はくがいを受けた魔女の住まう家だった。
 鋭い目付きの魔女は気を失っている少年を山で見つけ、隠れ家へ連れ帰った。その魔女は少年に優しく、容姿も美しかった。今まで優しくされたことがなかった少年は魔女にかれたが、同時にまた裏切られるのではないかと警戒もしていた。けれど魔女は少年に人間らしい生活をさせ、食べ物も満足に与えた。
「君に名前はないのかい?」
「俺に、名前、ない」
「そうなのか。私も名前はないようなものなんだ。似たもの同士だな」
「お前、は、俺が、怖く、ないの、か?」
「怖いのか、それで? むしろカッコイイじゃないか」
「カッコ、イイ?」
「うん! すごくカッコイイじゃん!」
 次第に打ち解けた二人の会話には笑顔が見られるようになり、二人が出会ってから二ヶ月ほど経つと魔女の研究を少年も手伝うようになった。そんな生活が長く続くことはないとも知らずに。
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