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第四章『輝宗の死』
伊達政宗、輝宗を殺すのは伊達じゃない その拾弐
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滝の流れる音が耳元で聞こえ、ホームズは嫌でも目を覚ます。ホームズは運良く、岩棚にぶつかって谷底に落ちることなく、一命を取り留めたのだ。
ムクリと起き上がると、谷底を覗き込む。こうなれば、さすがのモリアーティも生還は無理というものだ。ホームズは安堵のため息をもらす。
「グッ......」
傷を負った腕を押さえると、頭上でライフルの発砲音が耳に入る。どうやらモランは、モリアーティの帰還を崖で待っているようだ。幸いにも霧が視界を不明瞭にしているから、ホームズはモランに見つかっていない。
自分の悪運に驚きつつ、ホームズは思考を巡らせる。このままシャーロック・ホームズなる探偵が死んだことにすれば、生き残っているモリアーティ一味の残党を倒しやすくなる。そうなるとまたも運良く、ワトスンに宛てた遺書を残してきていた。これは好都合。ホームズは笑みを浮かべながら、角張る顎を撫でた。
まずは岩棚に付着した自分の血痕を消し去ったホームズは、逃げ道を探すために立ち上がった。
何とかライヘンバッハの滝を抜け出したシャーロックは、兄・マイクロフトと連絡を取った。そして、とある場所で落ち合うことになる。
御者に扮したマイクロフトは、隅で固まるシャーロックを見つけて近づいた。
「シャーロック! 大丈夫か?」
「兄さん......」
「その様子だとモリアーティは倒せたようだな」
「ああ。僕はこれから数年、死んだことにする。そして、モランらモリアーティ一味の残党をやつける」
「別に構わないが、これでも私は役人だ。シャーロックと行動をともにすることは出来ない」
「わかっている。金銭的援助をしてくれればそれで良い」
「これからどこに行くんだ? 行く当てはないんだろう?」
「当てはない。だから、これから当てを作る」
「どうやって?」
「それは兄さんが一番わかっているはずだ。放浪する」
「放浪するにしても、モリアーティ一味の残党がいたんじゃ安全な地はない」
「何とかなる。死んだら死んだで良い。僕はモリアーティ一味を断罪するために破滅すると決意したんだ」
「その決意は固いんだな?」
「見ればわかるだろ?」
「そうか」マイクロフトは眉間に皺を寄せ、紙に住所を書き出してシャーロックに渡す。「そこの住所には信用に足る人物がいる。事情を説明して助けてもらえ」
「助かる」
マイクロフトはもう一枚の紙に、サインを書いた。
「その人物は用心深い。このサインを持っていき、私の弟であることも話すんだぞ」
「弟か。この住所まで行けば良いんだな?」
「私が信用しているんだ。何も考えずにその住所まで向かえ」
マイクロフトはシャーロックにありったけの処置を施してから、その場を去った。一人取り残されたシャーロックは、紙に書かれている住所に向かうべく方向を確かめた。
ワトスンは嫌な予感がして、ホームズが立ち寄ったライヘンバッハの滝に向かった。だがそこにホームズの姿はなく、崖のギリギリまで駆け寄った。
滝が岩棚に当たって出来る霧が原因で、地面は少しばかり泥濘んでいる。その地面には、崖に向かう二人の足跡があった。ワトスンは目を大きく見開く。
その二人の足跡は崖で途切れ、戻ってくる足跡は皆無。崖から谷底へと落ちたとしか考えられない。ワトスンは涙を堪える。
「ホームズ! ホームズはいるか!?」
ワトスンが懸命にホームズの名を叫ぶが、滝の轟音で掻き消されるばかり。ホームズからの返事はない。ワトスンは崖の下を見る。
谷底は霧で見えないが、かなり深いことだけはわかる。ここから落ちては、ホームズは生き残れない。ワトスンは絶望する。
「帰ってこい、ホームズ!」
何度も叫ぶと、背後でカチャンという音がした。振り返ると、登山杖が転がっていたのだ。ワトスンはすかさず登山杖を持ちあげる。
これがホームズの登山杖なことは、ワトスンには嫌でもわかる。ついに両手で顔を覆い、涙を流す。
涙が収まって状況を整理するために歩き回ると、靴に何かが当たった。ワトスンは顔を下に向けた。そこには、ホームズがいつも使っている銀色のシガレット・ケースが落ちていた。それを拾い上げると、シガレット・ケースの中に入った紙が風で地面に落ちた。
ワトスンはその紙を開き、ホームズがワトスンに宛てた手紙だということがわかった。文面を読まずとも、普通の人ならこれがホームズの遺書だということが理解出来る。ワトスンは親友の死を目の当たりにし、力が抜けて尻餅をついた。
「ホームズ! 何でだよ、ホームズ......。僕を置いていくなんて」
ワトスンは唇を噛んで肩を落とし、ホームズの遺書に目を通した。いつも何気に読んでいた彼の字を見ているだけで、無性に涙を誘った。一文字一文字に、ホームズの意志を感じ取れる。
ワトスンは登山杖、銀色のシガレット・ケース、ワトスン宛ての遺書を抱きしめて、今までの思い出に浸ることしか出来ない。意見の相違でたびたび喧嘩はした。今回の道中でも喧嘩をした。けれど、そのとりとめのない喧嘩も、もうすることは不可能だ。ワトスンは、人生で一番の親友を失ったのだ。
ムクリと起き上がると、谷底を覗き込む。こうなれば、さすがのモリアーティも生還は無理というものだ。ホームズは安堵のため息をもらす。
「グッ......」
傷を負った腕を押さえると、頭上でライフルの発砲音が耳に入る。どうやらモランは、モリアーティの帰還を崖で待っているようだ。幸いにも霧が視界を不明瞭にしているから、ホームズはモランに見つかっていない。
自分の悪運に驚きつつ、ホームズは思考を巡らせる。このままシャーロック・ホームズなる探偵が死んだことにすれば、生き残っているモリアーティ一味の残党を倒しやすくなる。そうなるとまたも運良く、ワトスンに宛てた遺書を残してきていた。これは好都合。ホームズは笑みを浮かべながら、角張る顎を撫でた。
まずは岩棚に付着した自分の血痕を消し去ったホームズは、逃げ道を探すために立ち上がった。
何とかライヘンバッハの滝を抜け出したシャーロックは、兄・マイクロフトと連絡を取った。そして、とある場所で落ち合うことになる。
御者に扮したマイクロフトは、隅で固まるシャーロックを見つけて近づいた。
「シャーロック! 大丈夫か?」
「兄さん......」
「その様子だとモリアーティは倒せたようだな」
「ああ。僕はこれから数年、死んだことにする。そして、モランらモリアーティ一味の残党をやつける」
「別に構わないが、これでも私は役人だ。シャーロックと行動をともにすることは出来ない」
「わかっている。金銭的援助をしてくれればそれで良い」
「これからどこに行くんだ? 行く当てはないんだろう?」
「当てはない。だから、これから当てを作る」
「どうやって?」
「それは兄さんが一番わかっているはずだ。放浪する」
「放浪するにしても、モリアーティ一味の残党がいたんじゃ安全な地はない」
「何とかなる。死んだら死んだで良い。僕はモリアーティ一味を断罪するために破滅すると決意したんだ」
「その決意は固いんだな?」
「見ればわかるだろ?」
「そうか」マイクロフトは眉間に皺を寄せ、紙に住所を書き出してシャーロックに渡す。「そこの住所には信用に足る人物がいる。事情を説明して助けてもらえ」
「助かる」
マイクロフトはもう一枚の紙に、サインを書いた。
「その人物は用心深い。このサインを持っていき、私の弟であることも話すんだぞ」
「弟か。この住所まで行けば良いんだな?」
「私が信用しているんだ。何も考えずにその住所まで向かえ」
マイクロフトはシャーロックにありったけの処置を施してから、その場を去った。一人取り残されたシャーロックは、紙に書かれている住所に向かうべく方向を確かめた。
ワトスンは嫌な予感がして、ホームズが立ち寄ったライヘンバッハの滝に向かった。だがそこにホームズの姿はなく、崖のギリギリまで駆け寄った。
滝が岩棚に当たって出来る霧が原因で、地面は少しばかり泥濘んでいる。その地面には、崖に向かう二人の足跡があった。ワトスンは目を大きく見開く。
その二人の足跡は崖で途切れ、戻ってくる足跡は皆無。崖から谷底へと落ちたとしか考えられない。ワトスンは涙を堪える。
「ホームズ! ホームズはいるか!?」
ワトスンが懸命にホームズの名を叫ぶが、滝の轟音で掻き消されるばかり。ホームズからの返事はない。ワトスンは崖の下を見る。
谷底は霧で見えないが、かなり深いことだけはわかる。ここから落ちては、ホームズは生き残れない。ワトスンは絶望する。
「帰ってこい、ホームズ!」
何度も叫ぶと、背後でカチャンという音がした。振り返ると、登山杖が転がっていたのだ。ワトスンはすかさず登山杖を持ちあげる。
これがホームズの登山杖なことは、ワトスンには嫌でもわかる。ついに両手で顔を覆い、涙を流す。
涙が収まって状況を整理するために歩き回ると、靴に何かが当たった。ワトスンは顔を下に向けた。そこには、ホームズがいつも使っている銀色のシガレット・ケースが落ちていた。それを拾い上げると、シガレット・ケースの中に入った紙が風で地面に落ちた。
ワトスンはその紙を開き、ホームズがワトスンに宛てた手紙だということがわかった。文面を読まずとも、普通の人ならこれがホームズの遺書だということが理解出来る。ワトスンは親友の死を目の当たりにし、力が抜けて尻餅をついた。
「ホームズ! 何でだよ、ホームズ......。僕を置いていくなんて」
ワトスンは唇を噛んで肩を落とし、ホームズの遺書に目を通した。いつも何気に読んでいた彼の字を見ているだけで、無性に涙を誘った。一文字一文字に、ホームズの意志を感じ取れる。
ワトスンは登山杖、銀色のシガレット・ケース、ワトスン宛ての遺書を抱きしめて、今までの思い出に浸ることしか出来ない。意見の相違でたびたび喧嘩はした。今回の道中でも喧嘩をした。けれど、そのとりとめのない喧嘩も、もうすることは不可能だ。ワトスンは、人生で一番の親友を失ったのだ。
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