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第四章『輝宗の死』
伊達政宗、輝宗を殺すのは伊達じゃない その拾壱
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モリアーティは激しく左右に揺れた。「冥土の土産が、私の言葉だけというのも寂しかろう。私達の手口や、ホームズの行動をどうやって見張っていたのか。知りたくないか?」
「ああ、僕の冥土の土産としてはピッタリだね」
二人は見つめ合いながら、場所を移していった。距離を詰めたり離れたり、その間にも会話は続いていた。
「ホームズが旅行を開始してから、ずっと望遠鏡や配下の者達を使って監視していた。一度、博士と揉めていただろう?」
「それがどうかしたのかい?」
ホームズの返答に、モリアーティは喜びを隠しきれなかった。
「博士と仲直りは早かったようだな」
「そうだね。早かった」
モリアーティとホームズが真剣に話している中、モランはライフルを構えてホームズを狙っていた。ホームズはそれを承知で、なかなかライフルの射程範囲内に入ろうとしない。モランはじれったくなった。
そんなモランの気持ちを悟ったか、モリアーティはホームズをモランのライフルの射程範囲内に誘導しようと動き出した。
「ホームズ。私と君とでは頭脳に天と地ほどの差がある」
「それはわからないよ。だが、君の論文である『アステロイド曲線の力学』は素晴らしい。あれは僕も読んだが、純粋数学の最高峰と呼ぶにふさわしい。星の書き方をあそこまでキレイには、僕でも論じられない」
「貴様とは頭の出来が違うのだ。二十一歳にして二項定理の論文を書いて、ダラム大学で教授の地位を得た私と君とは天と地ほどの──」
「地上から宇宙までの距離は、一般的には百キロメートルだ。百キロメートルなんて、人間が歩いても一日や二日で到着する距離だ。走ったら、数時間なんだよ。僕らの差なんて、その程度というわけだ」
「死ぬ前に、勝ち誇りたかったのか?」
「くだらない。僕は論理的に君に指摘しただけじゃないか。それより、せっかくライヘンバッハの滝が僕らを出迎えてくれている。ゆっくりしようじゃないか」
モリアーティはムッとしたが、モランがライフルでホームズを撃ち抜く瞬間を待った。
「私は貴様を殺す」
「......僕はロンドンで探偵をしている。君はロンドンの犯罪の黒幕だ。僕達は戦うべくして戦っているんだ」
「当然だ」
ホームズとモリアーティは、目を合わせて黙る。二人の眼光は鋭く光り、額からは一筋の汗が垂れる。両者、口を堅く結んでいる。
だがここで、ホームズが動きを見せた。ホームズはチラリと、自分が握っている登山杖を見たのだ。いついかなる時でも登山杖さえあれば、その杖を駆使したバリツでモリアーティを谷底に落とすことが可能だ。ホームズは身構える。
隙を見せたホームズに勝機を見いだしたモリアーティは、咄嗟にモランにサインを送る。指示を受けたモランは、ライフルを片手に場所を移動してホームズを射程範囲内に捉えた。そして、銃口からホームズ目掛けて弾が放たれた。
間一髪で弾の軌道から逃れたホームズは、モリアーティの間合いを詰めて掴みかかった。モリアーティは急なことに反応が遅れ、モランからのライフルの射程範囲外になったことでわずかにホームズが優勢である。
モリアーティはついに、曲がった腰を真っ直ぐにすべく力を込める。しかしホームズの腕力は本物で、身動きは叶わない。モランは再度場所を移動する。
「モリアーティ! この状態なら、一緒に谷底に落ちれるな!」
「貴様ぁ! 断罪は許されるのか!」
「これは僕のエゴだ。断罪とか、そういう類いのものではない」
「モラン! 撃て! 撃つんだ!」
ホームズはモリアーティの首を掴み、力尽くで断崖絶壁まで連れて行く。モリアーティは谷底に目を向けて、死ぬことに恐怖を覚える。
「これが死ぬ勇気のある者と、死ぬ勇気のない者との違いだ。死ぬ勇気があることによって、どんなに分が悪くても行動出来るんだ。数学教授の君は、確率ばかりに目を取られて行動出来まい。僕の勝ちだ」
「ホームズっ! 末代まで貴様を呪う!」
「ついにオカルトに手を出したか。だが、末代はない。僕はここで死ぬつもりだし、生き長らえても恋はしない。兄は政治にしか興味を示さないし、この血は僕の代で絶えることを願いたい」
モリアーティは絶叫し、怒り狂った。死ぬという恐怖で体が動かず、声だけでもと虚勢を張る。が、その時。モリアーティは恐怖によって体のリミッターが外れたのだ。死という恐怖にすら打ち勝ち、たちまちモリアーティが優勢となった。
「面白い。ナポレオンが早々にくたばっては現実味に欠ける」
「ホームズ!」
「ああ、力に意識を集中させているから、頭にまで意識が回ってないのか。モリアーティに掴まれて手が離れないし、一緒に谷底に落ちる選択肢しかない!」
ホームズはモリアーティを引きずり、谷底に身を投げる。モリアーティも引っ張られて谷底に引きずり込まれ、霧の先へとその姿をくらました。崖にはワトスンに宛てた遺書とホームズの登山杖だけが、白い霧に包まれてポツンと残されている。モランはその現実を受け入れて、唖然と立ち尽くすのであった。
「ああ、僕の冥土の土産としてはピッタリだね」
二人は見つめ合いながら、場所を移していった。距離を詰めたり離れたり、その間にも会話は続いていた。
「ホームズが旅行を開始してから、ずっと望遠鏡や配下の者達を使って監視していた。一度、博士と揉めていただろう?」
「それがどうかしたのかい?」
ホームズの返答に、モリアーティは喜びを隠しきれなかった。
「博士と仲直りは早かったようだな」
「そうだね。早かった」
モリアーティとホームズが真剣に話している中、モランはライフルを構えてホームズを狙っていた。ホームズはそれを承知で、なかなかライフルの射程範囲内に入ろうとしない。モランはじれったくなった。
そんなモランの気持ちを悟ったか、モリアーティはホームズをモランのライフルの射程範囲内に誘導しようと動き出した。
「ホームズ。私と君とでは頭脳に天と地ほどの差がある」
「それはわからないよ。だが、君の論文である『アステロイド曲線の力学』は素晴らしい。あれは僕も読んだが、純粋数学の最高峰と呼ぶにふさわしい。星の書き方をあそこまでキレイには、僕でも論じられない」
「貴様とは頭の出来が違うのだ。二十一歳にして二項定理の論文を書いて、ダラム大学で教授の地位を得た私と君とは天と地ほどの──」
「地上から宇宙までの距離は、一般的には百キロメートルだ。百キロメートルなんて、人間が歩いても一日や二日で到着する距離だ。走ったら、数時間なんだよ。僕らの差なんて、その程度というわけだ」
「死ぬ前に、勝ち誇りたかったのか?」
「くだらない。僕は論理的に君に指摘しただけじゃないか。それより、せっかくライヘンバッハの滝が僕らを出迎えてくれている。ゆっくりしようじゃないか」
モリアーティはムッとしたが、モランがライフルでホームズを撃ち抜く瞬間を待った。
「私は貴様を殺す」
「......僕はロンドンで探偵をしている。君はロンドンの犯罪の黒幕だ。僕達は戦うべくして戦っているんだ」
「当然だ」
ホームズとモリアーティは、目を合わせて黙る。二人の眼光は鋭く光り、額からは一筋の汗が垂れる。両者、口を堅く結んでいる。
だがここで、ホームズが動きを見せた。ホームズはチラリと、自分が握っている登山杖を見たのだ。いついかなる時でも登山杖さえあれば、その杖を駆使したバリツでモリアーティを谷底に落とすことが可能だ。ホームズは身構える。
隙を見せたホームズに勝機を見いだしたモリアーティは、咄嗟にモランにサインを送る。指示を受けたモランは、ライフルを片手に場所を移動してホームズを射程範囲内に捉えた。そして、銃口からホームズ目掛けて弾が放たれた。
間一髪で弾の軌道から逃れたホームズは、モリアーティの間合いを詰めて掴みかかった。モリアーティは急なことに反応が遅れ、モランからのライフルの射程範囲外になったことでわずかにホームズが優勢である。
モリアーティはついに、曲がった腰を真っ直ぐにすべく力を込める。しかしホームズの腕力は本物で、身動きは叶わない。モランは再度場所を移動する。
「モリアーティ! この状態なら、一緒に谷底に落ちれるな!」
「貴様ぁ! 断罪は許されるのか!」
「これは僕のエゴだ。断罪とか、そういう類いのものではない」
「モラン! 撃て! 撃つんだ!」
ホームズはモリアーティの首を掴み、力尽くで断崖絶壁まで連れて行く。モリアーティは谷底に目を向けて、死ぬことに恐怖を覚える。
「これが死ぬ勇気のある者と、死ぬ勇気のない者との違いだ。死ぬ勇気があることによって、どんなに分が悪くても行動出来るんだ。数学教授の君は、確率ばかりに目を取られて行動出来まい。僕の勝ちだ」
「ホームズっ! 末代まで貴様を呪う!」
「ついにオカルトに手を出したか。だが、末代はない。僕はここで死ぬつもりだし、生き長らえても恋はしない。兄は政治にしか興味を示さないし、この血は僕の代で絶えることを願いたい」
モリアーティは絶叫し、怒り狂った。死ぬという恐怖で体が動かず、声だけでもと虚勢を張る。が、その時。モリアーティは恐怖によって体のリミッターが外れたのだ。死という恐怖にすら打ち勝ち、たちまちモリアーティが優勢となった。
「面白い。ナポレオンが早々にくたばっては現実味に欠ける」
「ホームズ!」
「ああ、力に意識を集中させているから、頭にまで意識が回ってないのか。モリアーティに掴まれて手が離れないし、一緒に谷底に落ちる選択肢しかない!」
ホームズはモリアーティを引きずり、谷底に身を投げる。モリアーティも引っ張られて谷底に引きずり込まれ、霧の先へとその姿をくらました。崖にはワトスンに宛てた遺書とホームズの登山杖だけが、白い霧に包まれてポツンと残されている。モランはその現実を受け入れて、唖然と立ち尽くすのであった。
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