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第四章『輝宗の死』

伊達輝宗、走馬灯を見るのは伊達じゃない その伍

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 秋山先輩は優しい。だから、俺が一人前の家庭教師になってからも話し相手になったりと、いろいろなことをしてくれた。昼食も、かなりの頻度ひんどで一緒に食べていた。
 やはり、何かを食べている時の方が会話ははずむ。そういう時だった。俺は秋山先輩に、甲太郎が俺を裏切った話しをしたのだ。

「秋山せーん輩っ!」
「気持ちの悪い呼び方はするな」
「良いじゃないですか」
「また、ともに飯を食おうとでも言うのではないんだろうね?」
「よくわかりましたね、先輩。一緒にご飯食べましょう」
 秋山先輩は、軽く舌打ちをしてから昼食を一緒に食べることを了承してくれた。
 会社の近くには、すごく美味しいラーメンの店がある。そのラーメン屋の店主はふところも広いし、秋山先輩と一緒にご飯を食べる時はこの店以外は行かない。
 ラーメン屋店主のおすすめの一品は『豚骨とんこつラーメン』である。店長自ら豚骨に仕込みをして、やっと完成するラーメンだ。ラーメン屋一番人気は『醤油しょうゆラーメン』らしく、店長は落ち込んでいた。
 そんなことを知ってか知らずか。秋山先輩はこのラーメン屋では必ずと言って良いほど豚骨ラーメンを注文する。豚骨ラーメンを頼まれた店長は、胸を張って『あいよ!』と応じる。
 俺は醤油ラーメンを注文する。店長が涙目となるが、知ったことか。
 注文を終えてから料理が来るまでは時間が掛かる。その間に、秋山先輩とはよく雑談をする。
「秋山先輩は優しいですよ」
「急にどうした?」
「店長のおすすめは『豚骨ラーメン』なんです。それを毎回頼むんですから」
「ほー。店長のおすすめは豚骨ラーメンなのか?」
 知らなかったのか。
「はい。豚骨ラーメンは、店長が試行錯誤を重ねて美味しくしたものらしく、なぜ醤油ラーメンが人気があるのかわからない、と店長が言ってました」
「そうなのか。なら、次からも豚骨ラーメンを注文するとしよう」
「あれ? そのことを知らなかったんですか?」
「まったく知らなかったんだが?」
 嘘を言っているようには見えないし、何だ本当にたまたまなのか。
 それからも雑談をしていると、頼んだラーメンが完成したようだ。目の前に運ばれてくる。脇にあるはしを四本掴み、二本を秋山先輩に渡す。
「秋山先輩。二本どうぞ」
いちぜんと言うべきだ。『本』と数える場合は片方だけだったり、新品の割り箸だったりの時だ」
「すみません」
 理屈りくつを言われながらも、俺と先輩はラーメンを食べ始める。この醤油ラーメンは絶品だ。味が絶妙で、めんに醤油ラーメンのスープがよくみている。何度でも食べられる。これが、ラーメン屋で一番人気の理由だ。
 一方、店長おすすめの豚骨ラーメンはどこを試行錯誤したのか。後々考えることにしよう。
「秋山先輩」
「どうした? 俺が食ってる時に驚かせんな」
「俺、小さい時からいじめられていたんですよ。父からも母からも、学校での奴らからも」
 秋山先輩は、目を大きく見開いた。「そ、そうなのか?」
「はい。あ、ごめんなさい。変な空気にして......」
「いじめられていたのか。今まで、少し悪いことをしたな」
「大丈夫です。先輩が優しい人だってことは、もうわかっていますから」
「すまんな」
「それより、聞いていただきたいことがあります」
「ん? 何だ」
「高校生の時、初めて出来た友達がいました。名を甲太郎と言って、そいつは俺のサイフから二万円を抜き取ったんです。まあ、要するに甲太郎も金目当てで俺に近づいてきたということです」
「それはかわいそうだな。何で、ずっといじめられていたんだ?」
 俺は自分の生い立ちから甲太郎に裏切られるまでのことを、丁寧に説明した。秋山先輩は話しを聞き終えると、口を開いた。
「なあ、その甲太郎って少年。もしかして───」

 そこで記憶は途絶とだえた。まだ完全には思い出せていない。
「どうでしたか? 思い出せました?」
「いや、駄目だ。どうやっても、なかなか思い出せない」
「では、体に負担を掛けるしかないですね」
「あっ!! ちょ、待て!」
 俺は首を横に、ブンブンと振った。それはもう、本当にブンブンという音が出るくらいの勢いで。
「そんなに嫌なんですか?」
「嫌だ!」
「しかし、もうすぐ約束の十分が経ちますよ」
 どうしよう......。どうしても思い出せないし、体に負担を掛けたくない。そういう時だった。俺はもう死んでいて、肉体がないことを悟った。そうしたら、別に体に負担が掛かってもいいや、ということになった。
「よし、アーティネス! 俺の体に負担を掛けてでも、記憶を思い出させてくれ!」
「良いでしょう」
 アーティネスは合掌し、目を閉じた。何かをとなえると、体に負担が掛かってきた。それも、相当痛い。
「アアアアアァァァァー!」
「我慢してください」

 さっきまで見えていた記憶の続きが見えてきた。俺がラーメン屋で、自分の生い立ちから何までを秋山先輩に話した後のことだ。
「なあ、その甲太郎って少年。もしかして───」
 そのことを秋山先輩の口から聞いた俺は、ラーメンを食べ終わった後で会社の屋上に立った。目からこぼれる涙を服の袖で拭って、そこから身を投げた。
『すまなかった、甲太郎!』と、心の中で叫ぶ。
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