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第二章『祝福の病』
伊達政宗、薬を創るのは伊達じゃない その伍
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輝宗は俺の名誉の回復に努めてくれた。よって、伊達政宗の名誉はある程度回復の兆しへと向かいだした。
自分の初歩的なミスだったため、今回の失敗は相当ショックだった。薬学書を壁に投げつけ、隅に細々と固まっていた。創薬というものが、どれだけ困難なことかも理解出来た。薬を創るのは伊達じゃないのだ。
「ふぅ」
ため息をもらして、立ち上がった。いつまでもこんなことは、してはいられない。俺の大切な愛姫の体調が崩れている時に、夫である俺が落ち込んではいられない。彼女を心配させてはならない。
活動を再開した俺は、小十郎と景頼と成実の三人を呼び寄せた。愛姫の体の具合を尋ねてみると、食欲がなく、めまい、それと腹痛などの症状がまだ続いているようだ。
「助ける方法はないのか?」
成実は愛姫の体の具合を事細かく記していった資料に目を通していた。「愛姫様の体調を治す方法が、これといってわかりません。そもそも、病の原因がはっきりしていないのですから当然ですよ」
「そこを、何とかならんのか?」
「回復には努めますが、困難を極めると思われます」
俺は眉をひそめた。愛姫を救う手立てがないと、成実が言った。病の原因がわからないと言った。どうすれば、愛姫の具合は戻るのか!? 最近はそればかり考えている。薬の力だけではどうしようもないのかもしれない。
出来る限り愛姫をサポートしようと決意し、俺は食膳を持って愛姫の元まで向かった。愛姫のいる部屋に入ると、叫び声が聞こえた。力んでいるようだった。音源を探すために部屋の奥に進むと、すぐに愛姫が発している声だとわかった。苦しそうにしている。俺は食膳を放り投げて、床に倒れていた愛姫まで歩み寄った。
「愛姫!」
「うぅ......」
「どこか痛いところはあるのか!?」
「あぁー」
「愛姫! 大丈夫なのか!?」
愛姫の声は、断末魔のように俺の耳に響いていた。もし愛姫がアヘンをやっているなら、バレてしまうから医者は呼べない。声を張り上げて小十郎と景頼、成実を呼んだ。三人は急いで部屋に駆けつけてきて、額から汗を垂らした。
「愛姫が苦しんでいる。どうすればいい!?」
小十郎は愛姫を見てから、口を開けた。「若様。まずは食膳を退かしてください」
「わ、わかった!」
俺は食膳を持って部屋を退出した。食膳を片付けると、駆け足でまた部屋に戻った。その頃には愛姫も少しの落ち着きを取り戻していた。
「愛姫、体調はどうだ?」
「......」
俺の問いかけには返事をしてくれない。最近の愛姫は冷たくなった。
愛姫は平常時と変わらない状態に戻ったので、刺激しないために俺達は部屋をあとにした。小十郎だけを空き部屋に呼び、雑談を始めた。
「ホームズのお陰で俺は天然痘予防新薬を完成させることが出来たが、ハチミツのせいで失敗したな」
「そうだな。ハチミツは失策だった」
「米沢城の城下の者どもにも予防薬を流通させたかったんだが、あえなく失敗に終わった。天然痘が大流行したらどうなろうとも知らずに」
「そんなに早く流行するとは思えないけどなぁ」
「わからないぞ、神辺。天然痘は人知を超える病なのだ!」
「まあ、そうなんだけど......」
天然痘のことを、俺はしつこく雑談の話題にして話し続けた。その雑談は日が没する頃まで行い、お互い疲れたということで解散した。
空一面が暗くなっているし、これからやることもないだろう。俺はあくびをして、アホ面で廊下を進んだ。その時、肩を叩かれたので振り返ると輝宗がいた。
「ど、どうしました、父上!?」
「政宗、ちょっと来てくれ」
輝宗の表情は緊張で強張っていた。俺もその表情を見て、息を飲んだ。
輝宗の後に続いて歩き、本丸御殿に入った。輝宗は盗み聞きを警戒しているのか、小声で話し始めた。
「いいか、息子よ。驚かないで聞いてほしい」
「はい......」
「近隣の国の村で痘瘡に感染の疑いがある者が複数人発見されたとの報告が入った」
「なんと!」
痘瘡、つまり天然痘だ。小十郎との話しの矢先に、これだ。俺はどうやら、運がないようだ。
「近隣の国となると、すぐにでも警戒を強めた方が良いのでは!? 私が創った予防薬も」
「予防薬は伊達家全員が服用しているが、城下の者達は予防薬を飲んではいない。それに、乳児が死んでしまったから予防薬を素直に飲んでくれるとは限らない」
「して、対策は?」
「今のところ、無策だ」
「......私が何とかいたしましょう」
「ど、どうするというのだ」
「馬を駆けて、周囲の諸国の者に予防薬を飲ませて米沢城城下町に痘瘡が入って来れなくするようにします」
「諸国の奴らは警戒して予防薬を飲むはずがない」
「では、どのようにしたら?」
「最低でも、米沢城の城下町の者には予防薬を飲ませるようにしなくてはならない」
飲むことに抵抗のある城下町の人間にどうやって予防薬を飲ませるか。無理矢理にでも飲ませることは可能だけど、伊達家の信頼は地に落ちる。出来れば、城下町の者に悟られぬようにして予防薬を口に入れさせたい。しかし、俺達みたいな服装の奴が城下町に降りれば怪しまれる。飲ませる手段がまったくないじゃないか!
自分の初歩的なミスだったため、今回の失敗は相当ショックだった。薬学書を壁に投げつけ、隅に細々と固まっていた。創薬というものが、どれだけ困難なことかも理解出来た。薬を創るのは伊達じゃないのだ。
「ふぅ」
ため息をもらして、立ち上がった。いつまでもこんなことは、してはいられない。俺の大切な愛姫の体調が崩れている時に、夫である俺が落ち込んではいられない。彼女を心配させてはならない。
活動を再開した俺は、小十郎と景頼と成実の三人を呼び寄せた。愛姫の体の具合を尋ねてみると、食欲がなく、めまい、それと腹痛などの症状がまだ続いているようだ。
「助ける方法はないのか?」
成実は愛姫の体の具合を事細かく記していった資料に目を通していた。「愛姫様の体調を治す方法が、これといってわかりません。そもそも、病の原因がはっきりしていないのですから当然ですよ」
「そこを、何とかならんのか?」
「回復には努めますが、困難を極めると思われます」
俺は眉をひそめた。愛姫を救う手立てがないと、成実が言った。病の原因がわからないと言った。どうすれば、愛姫の具合は戻るのか!? 最近はそればかり考えている。薬の力だけではどうしようもないのかもしれない。
出来る限り愛姫をサポートしようと決意し、俺は食膳を持って愛姫の元まで向かった。愛姫のいる部屋に入ると、叫び声が聞こえた。力んでいるようだった。音源を探すために部屋の奥に進むと、すぐに愛姫が発している声だとわかった。苦しそうにしている。俺は食膳を放り投げて、床に倒れていた愛姫まで歩み寄った。
「愛姫!」
「うぅ......」
「どこか痛いところはあるのか!?」
「あぁー」
「愛姫! 大丈夫なのか!?」
愛姫の声は、断末魔のように俺の耳に響いていた。もし愛姫がアヘンをやっているなら、バレてしまうから医者は呼べない。声を張り上げて小十郎と景頼、成実を呼んだ。三人は急いで部屋に駆けつけてきて、額から汗を垂らした。
「愛姫が苦しんでいる。どうすればいい!?」
小十郎は愛姫を見てから、口を開けた。「若様。まずは食膳を退かしてください」
「わ、わかった!」
俺は食膳を持って部屋を退出した。食膳を片付けると、駆け足でまた部屋に戻った。その頃には愛姫も少しの落ち着きを取り戻していた。
「愛姫、体調はどうだ?」
「......」
俺の問いかけには返事をしてくれない。最近の愛姫は冷たくなった。
愛姫は平常時と変わらない状態に戻ったので、刺激しないために俺達は部屋をあとにした。小十郎だけを空き部屋に呼び、雑談を始めた。
「ホームズのお陰で俺は天然痘予防新薬を完成させることが出来たが、ハチミツのせいで失敗したな」
「そうだな。ハチミツは失策だった」
「米沢城の城下の者どもにも予防薬を流通させたかったんだが、あえなく失敗に終わった。天然痘が大流行したらどうなろうとも知らずに」
「そんなに早く流行するとは思えないけどなぁ」
「わからないぞ、神辺。天然痘は人知を超える病なのだ!」
「まあ、そうなんだけど......」
天然痘のことを、俺はしつこく雑談の話題にして話し続けた。その雑談は日が没する頃まで行い、お互い疲れたということで解散した。
空一面が暗くなっているし、これからやることもないだろう。俺はあくびをして、アホ面で廊下を進んだ。その時、肩を叩かれたので振り返ると輝宗がいた。
「ど、どうしました、父上!?」
「政宗、ちょっと来てくれ」
輝宗の表情は緊張で強張っていた。俺もその表情を見て、息を飲んだ。
輝宗の後に続いて歩き、本丸御殿に入った。輝宗は盗み聞きを警戒しているのか、小声で話し始めた。
「いいか、息子よ。驚かないで聞いてほしい」
「はい......」
「近隣の国の村で痘瘡に感染の疑いがある者が複数人発見されたとの報告が入った」
「なんと!」
痘瘡、つまり天然痘だ。小十郎との話しの矢先に、これだ。俺はどうやら、運がないようだ。
「近隣の国となると、すぐにでも警戒を強めた方が良いのでは!? 私が創った予防薬も」
「予防薬は伊達家全員が服用しているが、城下の者達は予防薬を飲んではいない。それに、乳児が死んでしまったから予防薬を素直に飲んでくれるとは限らない」
「して、対策は?」
「今のところ、無策だ」
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