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第二章『祝福の病』

伊達政宗、薬を創るのは伊達じゃない その弐

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 出来上がったカツラは、小十郎にサプライズプレゼントすることにしよう。何はともあれ、カツラを作っている間に薬学の書物が輝宗の元に届いたようだ。
「父上」
「おぉ、政宗。お前が注文した薬学書が届いた」
「ありがとうございます。ありがたく、使わせていただきます」
「うむ」
 輝宗から薬学書を受け取り、部屋に帰ってページをめくった。ページごとに面白いことが載っている。その中でも、試したくなる内容の一文があった。

馬銭マチンの実をひとつまみ、犬にやればたちまちその場に倒れ込む。』

 マチンとは植物らしい。ふむ、犬にあげれば気絶するのか。楽しそうだから、家臣に無理矢理調達させた。毒はストリキニーネ。アガサ・クリスティーの小説に登場したあれである。
 犬を用意し、マチンの実を犬にあげてみた。犬は嬉しそうに実を頬張ほおばり、その場で横たわった。数分で起き上がると、唖然とした表情で歩き回っていた。マチンには気絶させる効果が十分ある。
 薬学書を入手してから、その内容をかなり実験してみたりした。それがかなり面白く、薬学にハマる第一歩となった。薬学書を手に入れた当日はまずは小十郎が訪ねてきた。
「名坂。薬学書に抜け毛対策が載ってたか?」
「残念だが......」
 薬学書には抜け毛対策について掲載はされてなかった。誰しもが当然だとは言うだろうが......。
「でも安心しろ。ほらっ!」
 俺は小十郎に、作ったカツラを見せた。小十郎は嫌な顔にはなったが、現段階ではカツラしか対策方法がないから唇を噛みながらカツラを受け取った。
「絶対似合うぞ」
「馬鹿にしているのか?」
「いや、してないしてない」
 小十郎は、カツラをかぶったことで一安心はしていた。俺も良い仕事をしたな、と実感した。
 薬学書といっても薬や薬草だけが書かれているわけではなかった。ちゃんと、戦で負った刀傷なんかの治療法も記載されていた。それによると、まずは傷口を蒸留酒で洗うのだそうだ。それから、ヤシの油を塗って、傷口を縫って、また蒸留酒で洗う。卵の白身をヤシの油で練って作った軟膏を包帯に塗ると、その包帯で傷口を巻く。何もやらないよりはマシではあるが、現代医療に比べたらお粗末な処置と言うしかなかろう。
 薬学書を読んでから、周囲の体調の悪い者の容態が気になるようになった。そのお陰で小十郎の抜け毛の原因もはっきりとわかった。
「神辺。お前、もしかして皮膚とか炎症してないか?」
「してるけど、どうして?」
「それが抜け毛の原因かもしれない。最近、葉っぱを食べなかったか?」
「食べた。薬売りの奴からすすめられたんだ」
「そういうことか」
「は? どゆこと?」
「薬売りは忍者が化けている可能性が高い。その忍者にオトギリソウを食わされたのか」
「くわしく説明しろ」
「おっと、わかったわかった。お前が食べた葉っぱは、黒い斑点はんてんがなかったか?」
「あったな、斑点」
「なら、その葉っぱは『オトギリソウ』だ。薬草なんだが、ヒペリジンが多いんだとさ。紫外線を強く吸収するから、食べてから日光に当たると皮膚が炎症を起こして脱毛することがあるらしい」
「治るのか?」
「オトギリソウの成分を体から出しきれば治るんじゃないか?」
「それならよかった!」
 小十郎の抜け毛は徐々に治まっていき、カツラを付けなくても大丈夫になった。薬学書も有用だということが改めてわかってきた。
 オトギリソウ。漢字にすると『弟切草オトギリソウ』。オトギリソウで傷が癒えることを知っていた鷹匠には弟がいて、そいつが勝手にオトギリソウの効果を広めてしまい、激怒した兄は弟を殺したことから弟切草と名付けられた。葉にある黒い斑点は、弟の血とのこと。信じられない。
 薬学の知識もどんどんついていき、怪我を負った者が治療してほしいと来ることも増えてきた。ちょうど今、患者を診察していた。患者は伊達家重臣の一人だ。
「体調はどうですか?」
「ええと......お酒も飲んでもないのに、酔っちゃて......。吐いたり、お腹が痛くなったりしてます」
「いつからですか?」
「き、昨日です」
「何か服用、または食べたりしましたか?」
「おかしなものは食べてないです」
「強いて言うなら?」
「料理人のおすすめ、という料理を食べました。いやぁ、あれは非常にうまかった」
「料理人のおすすめ? どんな料理でしたか?」
「鍋でしたよ」
 鍋。うまい料理。料理人のおすすめ。腹痛、嘔吐。普通に考えたら、その鍋に毒が盛られていたのが妥当か。犯人は料理人かもしれない。
「鍋の内容物は何でしたか?」
「野菜、山草、キノコ、肉だったかなぁ」
「なるほど」
 毒を盛られたのなら、その毒は何なのか。腹痛と嘔吐程度の症状の毒なら、いろいろなものがある。もっと絞り込みたいが、重臣ということもあるから丁重ていちょうに扱なければなるまい。ズバズバと尋ねることは出来ない。
「経過を診ましょう。明日、また来てください」
「はい、わかりました」
 診察に使っている部屋から重臣が去って、俺は考えられる全ての可能性を思案した。薬学書には載っていなかったから、景頼の保管する医学書もパラパラとめくって、ざっと読んでいった。その医学書には、重臣が食べたのではないかと思われる毒がわかった。その毒の正体は、料理人が鍋に入れたであろうものだった。
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