6 / 245
第一章『初陣へ』
伊達政宗、元服するのは伊達じゃない その参
しおりを挟む
銀塊に布で拭き取った部分を擦り付けたのだが、いっこうに変色しない。
「変色なし。箸に毒物はなかったのか」
「違うのですか!」
「そのようだ。箸ではない」
「なら、やっぱり一番怪しい毒味役が犯人でしょうか?」
「そんな簡単に犯人がいたりしないとは思いたいが......」
偉そうなことを言っても、俺はほとんど推理小説を読んだことがない。シャーロック・ホームズシリーズをちょっと読んだことはあるが、『緋色の研究』では第二部に入ってすぐ話しがガラッと変わったから驚いて読書をやめた。犯人は第一部読んだだけでもわかるからいいか、と当時は思ったが今になって動機やら何やらが気になってきたな。
つまり、言いたいことは探偵役を務めることになっているが、推理が得意ではないということだ。銀が変色しやすいのも、忍者の水蜘蛛も、唐ハンミョウの特徴も全てわかっていたのも歴史の教師だということが大きい。推理の構築がうまく出来ていないのもしょうがないことなのだ。
「若様。まず犯人を探す前にお屋形様に提案すれば良いのではないですか?」
「何を?」
「お屋形様がご使用になる箸を銀製に変えることです。そうすれば次にまた毒が盛られた際には毒物の存在に気づくことが出来ますよ」
「父上にそうするように提案し、銀食器に変えたとしても銀は変色しやすい。丁寧に毎日磨く係りを作らねばなるまい。少しややこしくなるぞ」
「お屋形様の安全を考えたらそれくらいをするのは当然でございます」
「確かにそうだな。......よし。まずは父上の食器を銀製にするように提案しよう」
小十郎に背中を押されるように、俺は唐ハンミョウにやられて寝ている輝宗の元まで向かった。すると、輝宗の目は覚めていた。
「父上、失礼いたします」
「......おぉ、梵天丸か」
輝宗が起き上がろうとしたので、俺は焦って止めた。「ち、父上! まだ完全に回復したわけではありません。寝ながら聞いていてください」
「わかった」
俺は先ほど使った銀塊を輝宗に見えるように掲げた。当然、綺麗に洗った銀塊である。
「銀は変色しやすいものです。毒物にも反応しても、もちろん変色する。父上の食器類はこの銀製に統一したほうがよろしいでしょう」
「うむ。なら、梵天丸の言うとおりにしよう」
輝宗は優しく笑った。俺は頭を下げてから退出した。
俺の考えた通りのかもしれない。ぶっちゃけると、銀は変色しやすいっつっても毒物に反応するならヒ素とか青酸辺りだ。唐ハンミョウ、つまりツチハンミョウ科の持つカンタリジンではない。銀塊で毒物が箸の先にあるかないか確かめた話しはまず、小十郎を安心させるためだ。だが、それが思わぬ副産物を生むことになったな。
犯人はわかった。これなら俺も安心して、元服を迎えることが出来るというわけだ。
四日後の11月14日。次の日がちょうど元服だというときである。父・輝宗の腫れは完治し、死ぬことはなかった。
俺は一件落着、というようにのんびりとしていると小十郎が小走りで近づいてきた。
「若様!」
「どうしたんだ、そんなに急いで......」
「お屋形様が毒を盛られてすぐの今日、家臣の一人が食事中に倒れてしまいました!」
「!」
小十郎の言葉を聞いた俺は、水堀にあった水の跡を思い出した。すっかり忘れていたが、あれは間違いなく水蜘蛛の跡だ。しまった!
「行くぞ、小十郎。案内しろ」
「承知」
小十郎の後ろを歩いていくと、倒れている輝宗の家臣を見つけた。周囲では人が集まっているが、様子からするとすでに事切れているようだ。
「父上の事件に気を取られ、重要な方を考えていなかった......」
俺は深く反省した。五日間も城内で忍者を野放しにしていたということだ。忍者が五日間城内に滞在して毒を盛ったとなると、変装して家臣に化けていた可能性がある。
これは俺のミスだと輝宗に伝えて、即刻銀食器を撤廃させる必要もある。銀食器に安心して、おそらく毒味役は丁寧な毒味をしていなかったのだな。だから、毒が盛られても毒味では気づけなかった。銀食器はごくわずかな毒物にしか反応しないが、無いよりましだとは考えていた。だが、毒味役が丁寧な毒味をしない原因になるとも思っていなかったし忍者の水蜘蛛の跡も深くは考えようとしていなかった。
「これは完全に私のミスとしか言いようがない。小十郎! 父上に話しに行こう」
「若様。話しに行くのはいいのですが、これはあなた様のミスではございません。決して、そのようなことはありませんよ」
「あまりくわしくは言えないのだが、私のミスなのは確かなのだ。それはわかってくれ、小十郎」
「......わかりました。では、お供いたします」
輝宗のいる本丸まで行くと、本丸御殿に入った。小十郎に聞かれてはまずい内容だし、小十郎は本丸御殿には入らせなかった。
「父上。わたくしのミスをお伝えいまします」
「ミス?」
「実際に毒を盛られて、先ほど死した家臣が一人。犯人は忍者だと思われますが、その存在を忘れておりました」
「うむ。それは梵天丸のミスであると同時に、我のせいでもあるわけだ。俺が毒を盛ったのだからな!」
「変色なし。箸に毒物はなかったのか」
「違うのですか!」
「そのようだ。箸ではない」
「なら、やっぱり一番怪しい毒味役が犯人でしょうか?」
「そんな簡単に犯人がいたりしないとは思いたいが......」
偉そうなことを言っても、俺はほとんど推理小説を読んだことがない。シャーロック・ホームズシリーズをちょっと読んだことはあるが、『緋色の研究』では第二部に入ってすぐ話しがガラッと変わったから驚いて読書をやめた。犯人は第一部読んだだけでもわかるからいいか、と当時は思ったが今になって動機やら何やらが気になってきたな。
つまり、言いたいことは探偵役を務めることになっているが、推理が得意ではないということだ。銀が変色しやすいのも、忍者の水蜘蛛も、唐ハンミョウの特徴も全てわかっていたのも歴史の教師だということが大きい。推理の構築がうまく出来ていないのもしょうがないことなのだ。
「若様。まず犯人を探す前にお屋形様に提案すれば良いのではないですか?」
「何を?」
「お屋形様がご使用になる箸を銀製に変えることです。そうすれば次にまた毒が盛られた際には毒物の存在に気づくことが出来ますよ」
「父上にそうするように提案し、銀食器に変えたとしても銀は変色しやすい。丁寧に毎日磨く係りを作らねばなるまい。少しややこしくなるぞ」
「お屋形様の安全を考えたらそれくらいをするのは当然でございます」
「確かにそうだな。......よし。まずは父上の食器を銀製にするように提案しよう」
小十郎に背中を押されるように、俺は唐ハンミョウにやられて寝ている輝宗の元まで向かった。すると、輝宗の目は覚めていた。
「父上、失礼いたします」
「......おぉ、梵天丸か」
輝宗が起き上がろうとしたので、俺は焦って止めた。「ち、父上! まだ完全に回復したわけではありません。寝ながら聞いていてください」
「わかった」
俺は先ほど使った銀塊を輝宗に見えるように掲げた。当然、綺麗に洗った銀塊である。
「銀は変色しやすいものです。毒物にも反応しても、もちろん変色する。父上の食器類はこの銀製に統一したほうがよろしいでしょう」
「うむ。なら、梵天丸の言うとおりにしよう」
輝宗は優しく笑った。俺は頭を下げてから退出した。
俺の考えた通りのかもしれない。ぶっちゃけると、銀は変色しやすいっつっても毒物に反応するならヒ素とか青酸辺りだ。唐ハンミョウ、つまりツチハンミョウ科の持つカンタリジンではない。銀塊で毒物が箸の先にあるかないか確かめた話しはまず、小十郎を安心させるためだ。だが、それが思わぬ副産物を生むことになったな。
犯人はわかった。これなら俺も安心して、元服を迎えることが出来るというわけだ。
四日後の11月14日。次の日がちょうど元服だというときである。父・輝宗の腫れは完治し、死ぬことはなかった。
俺は一件落着、というようにのんびりとしていると小十郎が小走りで近づいてきた。
「若様!」
「どうしたんだ、そんなに急いで......」
「お屋形様が毒を盛られてすぐの今日、家臣の一人が食事中に倒れてしまいました!」
「!」
小十郎の言葉を聞いた俺は、水堀にあった水の跡を思い出した。すっかり忘れていたが、あれは間違いなく水蜘蛛の跡だ。しまった!
「行くぞ、小十郎。案内しろ」
「承知」
小十郎の後ろを歩いていくと、倒れている輝宗の家臣を見つけた。周囲では人が集まっているが、様子からするとすでに事切れているようだ。
「父上の事件に気を取られ、重要な方を考えていなかった......」
俺は深く反省した。五日間も城内で忍者を野放しにしていたということだ。忍者が五日間城内に滞在して毒を盛ったとなると、変装して家臣に化けていた可能性がある。
これは俺のミスだと輝宗に伝えて、即刻銀食器を撤廃させる必要もある。銀食器に安心して、おそらく毒味役は丁寧な毒味をしていなかったのだな。だから、毒が盛られても毒味では気づけなかった。銀食器はごくわずかな毒物にしか反応しないが、無いよりましだとは考えていた。だが、毒味役が丁寧な毒味をしない原因になるとも思っていなかったし忍者の水蜘蛛の跡も深くは考えようとしていなかった。
「これは完全に私のミスとしか言いようがない。小十郎! 父上に話しに行こう」
「若様。話しに行くのはいいのですが、これはあなた様のミスではございません。決して、そのようなことはありませんよ」
「あまりくわしくは言えないのだが、私のミスなのは確かなのだ。それはわかってくれ、小十郎」
「......わかりました。では、お供いたします」
輝宗のいる本丸まで行くと、本丸御殿に入った。小十郎に聞かれてはまずい内容だし、小十郎は本丸御殿には入らせなかった。
「父上。わたくしのミスをお伝えいまします」
「ミス?」
「実際に毒を盛られて、先ほど死した家臣が一人。犯人は忍者だと思われますが、その存在を忘れておりました」
「うむ。それは梵天丸のミスであると同時に、我のせいでもあるわけだ。俺が毒を盛ったのだからな!」
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
出撃!特殊戦略潜水艦隊
ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。
大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。
戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。
潜水空母 伊号第400型潜水艦〜4隻。
広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。
一度書いてみたかったIF戦記物。
この機会に挑戦してみます。
Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜
華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日
この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。
札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。
渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。
この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。
一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。
そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。
この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
戦国の華と徒花
三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。
付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。
そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。
二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。
しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。
悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。
※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません
【他サイト掲載:NOVEL DAYS】
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます
竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論
東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで…
※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる