上 下
1 / 245
序章『転生』

伊達政宗、隻眼になるのは伊達じゃない その壱

しおりを挟む
 俺はとある高等学校で歴史を生徒に教えている教師だ。好きな時代は戦国時代、好きな戦国武将は伊達政宗。隻眼ってのが格好いいんだよ。
 などと思いながら、布団から抜け出した。現在の時刻は午前五時。六時には高校に出勤だ。
 難なく勤めてきた教師という職業だが、夜型の俺にとっては早起きが辛い。目があまり大きく開かず、前がまったく見ることが出来ないのだ。
 洗面台まで壁を伝って歩き、顔を水で洗うと何とかマシにはなる。ホッとため息をつくと、タオルで顔に付いた水を丁寧に拭き取った。
 コンビニエンスストアで昨日の夜に購入した、うまいと噂のカップラーメンにお湯を注いだ。三分経過し、フタを開けて覗いてみた。確かに、香りだけでうまそうなことがビンビン伝わってきた。
 割り箸を真っ二つに割ると、ラーメンを口に押し込む。もうすぐで出勤だからだ。
 急いで車の鍵をつかむと、家を飛び出して車の運転席に乗りこんだ。一時間ほど車を走らせると、立派な門と広大な敷地面積を持つ学校が見えてくる。この絢爛豪華(けんらんごうか)な校舎を構える高校で俺は働いている。それに、好きな歴史を教えて金がもらえるなら願ったり叶ったりだ。

「──さて。これで歴史の授業は終わりだ」
 俺は四限目の授業を終えて職員室に戻った。さぁて、今日の給食はハンバーグだ。箸を取り出して、ナプキンを机に敷いた。
 目の前に給食が運ばれてくる。手を合わせると、即白いご飯に手を伸ばした。独身で家では毎日カップラーメンという生活を送る俺にとって、給食は唯一の栄養源なのだ。
 白飯を口に運ぶと、箸の先をハンバーグに向けた。ちょちょいとハンバーグを等分すると、さっと口に放り込んだ。
 毎日丁寧に磨いている歯でそれらを噛み砕き、喉の奥に飲み込む。おそらく、五限目くらいには胃に到達して溶かされるのだろうか? などと考えつつ、味噌汁を飲み始めた。
 やがて給食を食べ終わり、食器諸々を台に乗せる。歯ブラシをつかむと、水道までいって鏡の前で歯の一本一本を小刻みに二十回程度磨き、口をゆすぐ。
 自席に座り、そこに並べられた本を手に取った。俺は飯を食ったら歴史の本を読みたくなる性分なのだ。今熱中して読んでいるのは伊達政宗関連の書物だ。それに、職員室に生徒は来にくい。正直、教師は天職だと思う。
 十ページほど読み進めたら、喉が渇いていることに気づいた。足元に置いてある水筒を持ちあげて、爪を立ててフタを引き上げた。この水筒は古く、フタのすき間に爪の先を滑り込ませて力をかなり入れなくては開かない。だが、思い出の品なのだ。
 水筒のフタを開けたら、あとは口に当てて傾けるだけだ。途端、口の中にはお茶の味が広がった。
「ふぅ......」
 喉が潤うまでお茶を流し込んだら、トイレに行きたくなってしまった。椅子から立ち上がって、職員室を出た。ふと、伊達政宗の隻眼について考えだした。右目が隻眼になったのは幼少期だったはずだ。問題は隻眼になった原因である。天然痘(てんねんとう)で失明したのか、はたまた違う理由だったのか......。悩ましい点だな。
「トイレだと、あっちの方が近いな。それで─────」
 急に頭がクラッとした。耐えきれなくなり、床に倒れた。

 頭が痛い。どうやら、寝ていたようだ。体を起こして、周囲を見回した。辺り一面が真っ白だ。
「目覚めましたか?」
 誰かに呼びかけられ、声がした方向に振り返った。そこには、黒衣こくいに身を包んだ女がいた。
「誰だ!」
「私は人柱ひとばしら一柱いっちゅうである女神・アーティネスです」
「女神? なら、なんで黒衣を?」
「人柱は皆、この黒衣を着衣する決まりがありますから」
「人柱?」
「人柱は人間界では生け贄ですが、私達の場合は『人間界でいう人柱』が転生して君臨した神のようなものです。俗に『犠牲神ぎせいしん』とも呼称されます」
「なるほど。で、人柱の女神がいるところに、俺。......つまり、俺って死んだ?」
「はい」
「かなり淡泊な反応だな......」
「ええ」
「死んだことは受け入れる。でも、人柱の女神が俺に用があるのか?」
「人柱は生け贄の辛さがわかります。『死』は辛い。あなたも、随分と辛い死因ですよ? ですから、死んでからは好きなことをやれるようなアフターケアをあなたに提供しようと思って、閻魔大王に無理言って私の部屋に招きました」
「辛い死因?」
 アーティネスは額から汗を垂らし、こくり、と一回うなずいた。「あなたは、殺されたのです!」
 その瞬間、俺の頭の中は死因のことで一杯になった。トイレに行こうと学校の廊下を歩いている途中で記憶がなくなっている。多分、そこで外部から何らかのアクションがあったのだろう。集中するために右手親指の爪を噛んだ。
 人は急に死ぬ時、糞尿を漏らすという。あの時は尿意もあったし、死体の状況も非常に気になる。しかし、そんなことを聞いた時には恥ずかしくて一歩も歩けなくなる。漏らしたどうかを尋ねるのはやめておいた方が良さそうだな。
「俺の死因は? 犯人は誰なんだ?」
「そうですね」アーティネスは顎に手を当てた。「死因と犯人を当てることが出来たら、あなたに転生の権利を与えましょう」
「転生?」
輪廻りんね転生です。あなたは新たに人生をやり直せます」
「それって、偉人とかにも転生出来たりする?」
「はい。偉人にも転生は可能です。しかし、転生は生まれた時からスタートなので、偉人になれるかはあなた次第でしょう」
「なら」俺は歯を食いしばった。「俺は伊達政宗に転生したい」
「いいでしょう。死因と犯人を当ててみなさい。質問は受け付けます」
「ちなみに、転生後は前世の記憶あります?」
「記憶を維持した状態での転生も出来ますが、そうしますか?」
「もちろん!」
 これで歩む道は確定した。まずは転生の権利、つまりスタートラインに立つことのみ。条件は俺を殺した犯人と死因を推理すること。間違えた時のペナルティは───聞いてみよう。
「ペナルティってあるのか?」
「死因と犯人、そのどちらかを間違えたら即地獄行きになるように閻魔大王に働きかけます」
 転生か地獄行きか。どうやら今は、崖っぷち、断崖絶壁に立っているようだ。絶対に死因と犯人を推理で的中させなくてはいけなくなった。
 必ず隻眼になってやる。天然痘は伊達じゃなくても、伊達政宗は隻眼だ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~

takahiro
キャラ文芸
 『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。  しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。  登場する艦艇はなんと58隻!(2024/12/30時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。  ――――――――――  ●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。  ●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。もちろんがっつり性描写はないですが、GL要素大いにありです。  ●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。  ●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。  ●お気に入りや感想などよろしくお願いします。毎日一話投稿します。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

暁のミッドウェー

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。  真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。  一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。  そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。  ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。  日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。  その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。 (※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)

処理中です...