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跋扈 その壱
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三島紗綾(みしまさや)に告白されてから少し顔を赤くさせた新島真(にいじままこと)だったが、表情に落ち着いてくると顔を上げて話し始めた。
「告白は受けた。だが、俺には初恋相手がいる」
「初恋、相手?」
「千葉県の鹿輪(しかわ)市立鹿輪学園幼稚園に、俺はいた。その時に、初恋相手がいた。名前は稲葉楓(いなばかえで)。彼女にラブレターをもらった俺は、自分でもラブレターを書いて渡した。それから付き合うことになって八万(やつまん)小学校でも付き合いは続いていた。お母さんが歯医者だったと記憶している。だが、俺は小学校二年生になる前に八万小学校から転校した。家が引っ越したんだ。引っ越した理由は、義父の都合だ。といっても、俺への嫌がらせだろう。結局、楓とは連絡を取れなくなった。だけど、この人生でもう一度出会ったなら、今度も付き合うつもりなんだ。嬉しい気持ちはあるが、三島の気持ちには応えられない」
三島は無言でお辞儀をすると、カバンをつかんで新島の家を飛び出していった。
──同日。
八坂中学校陸上部部員で一年生の君津静香(きみつしずか)は、午後七時に家を出た。それから、街灯もない暗闇の道を歩いて進んでいった。お化けが出るんじゃないかと用心していると、前方から人影がこちらに向かってきた。目を凝らすと、ただの通行人だった。ほっと一安心して、右手で胸を撫で下ろした。
彼女は周りをきょろきょろ見回した。そして、学校に侵入した。別に悪いことを行いに学校に入ったわけではないが、閉ざされた正門を乗り越えて入ったのだから侵入と変わらないはずだ。
君津が暗闇の夜に学校に侵入した理由は簡単だ。陸上部のロッカーに運動靴を忘れたことを思い出したのだ。なぜ運動靴を取りに戻ったかと言うと、今日は金曜日だから明日明後日の土曜日日曜日に練習をする必要があるからだ。運動靴が無ければ、練習は出来ないらしい。
君津は陸上部の門扉をくぐり、ロッカーに近寄った。不意に窓ガラスから校庭の方を見た。すると、青白い玉が宙を浮遊していたのだ。次の瞬間、君津は運動靴を取るのも忘れて学校を飛び出していった。
ある程度距離をとってから後ろを振り返ってみた。青白い火の玉は未だに、校庭で宙に浮かんでいる。顔面蒼白になった彼女は、安心を求めて周囲に人を探した。そして、学校の教員を見つけた。
「先生っ!」
「ど、どうしたんだ?」
「人魂が......!」
「人魂? あれか、火の玉のことか?」
「そうです」
「それを言いに、学校に戻ってきたのか?」
「違います。運動靴を取りに......」
「そうか。運動靴を取りに来て火の玉を見たのか?」
「はい」
「まあ、それは措いておこう」教員は頭を掻いた。「火の玉を見た場所まで案内しろ」
「わかりました」
君津はその教員と一緒に、校庭まで向かった。二人は青白い発光体を見て、腰を抜かしそうになったのは詳しく記述しなくてもいいだろう。
君津康治(きみつやすはる)は娘の帰りが遅いことを心配していた。娘、といってもまだ十三歳だ。心配せずにはいられない。
娘は学校から帰宅してきてすぐに家を出ていったのだ。だが、時計の短針が八を指しても、家の扉は開かない。
眉間に皺を寄せて玄関前を陣取っていると、扉が開いて静香が入ってきた。
康治は腕を組んだ。「遅かったな、静香」
「お父さん、実は運動靴を取りに戻ってたんだよ」
「それにしては、遅いぞ。......その間何をしていた?」
「火の......」
「火の?」
「火の玉を見た!」
「火の玉?」
「うん。青白い火の玉を見たんだ」
「お、大きさはどれくらいだ?」
「あれくらいかな」
静香は窓の外を指差した。そこには青白くはないが宙を浮遊している火の玉があった。
次の週の月曜日。
今年三年生になった市原和哉(いちはらかずや)は、七不思議研究部部長だ。といっても、七不思議の一つも解明出来ていない。
何て情けない話しだ、と市原は思いつつ、部室で今日出された社会科の課題をしていた。
新入部員は三名獲得したものの、その三名全員が規則に緩い部活だと名前で判断して入部して来たのだからたまったもんじゃない。
「はぁー」肩を落として、深くため息をついた。そして、シャープペンシルを持ち直して課題をまたやり始めた。
少しすると、扉がノックされていた。
「どうぞ」
「し、失礼します。君津静香と申します」
入ってきたのは一年生と思われる女生徒だった。
「どんな用ですか?」
「いえ、それほどのものではないんです」
「話してみてください」
「実は、青白く光る火の玉を見たんです」
「火の玉? それが、どうかしたんですか?」
「その火の玉の正体を解明してください」
「解明、ですか?」
「そうです」
「なるほど」市原はうんざりした。こんなことを言われても、七不思議の解明すら出来ていない部活だ。さて、どうしたものかと迷っていたが、去年のことを思い出した。文芸部だ。そして、朝日(あさひ)の謎を解いた新島は今年は部長になっているはずだ。「こんな部活より、文芸部に依頼したほうがいいでしょう」
「文芸部?」
「日常探偵団という通り名もあり、些細な謎も解決してくれます」
「わかりました。文芸部に行ってみます」
君津は七不思議研究部の部室を出ていった。
同日、八坂中学校三年三組放課後の教室。
新島を呼んだのは、クラスメイトで新島と同じ文芸部にも所属する高田弘(たかだひろし)だ。
「高田、どうしたんだ?」
「七不思議を七つ全て解明しちゃったんだが、どうしたらいいんだろう?」
「それがどうした?」
「いや、文芸部での活動は七不思議解明だったよな」
「それは文芸部の活動の一つだから、それが全てではないぞ?」
「そうだけど、これからまた文集作りだぞ」
「そんなことはないと思うよ」
「何で?」
「そりゃ、文芸部の通り名が日常探偵団だからだ。何かしら謎解明の依頼はあるだろ?」
「だといいんだがな」
「俺はどちらでもかまわない」
「そうか?」
「そうだ。はっきり言って、謎なんて解決したくない。めんどうだ」
「めんどう?」
「そう、めんどう。わざわざ自分の足で歩いていかなきゃいけない」
「なら、安楽椅子探偵にでもなったらどうだ?」
「俺にはそんな頭脳はないよ」
「そんなもんかな?」
「そんなもんだろ?」
「まあ、いい。続きは部室で話そう。三島紗綾と新田薫(にったかおり)が先にいるはずだ」
新田薫とは、文芸部の新入部員で一年生だ。
「あの二人だけじゃ、文芸部の活動を真っ当できそうにもないからな」
「まあ、そうだな」
二人は教室を出てから部室に向かった。その道中でも、二人は話し合っていた。
「俺は、文芸部部長として頑張らねば」
「なあ、これから依頼箱をつくらないか?」
「依頼箱?」
「手紙に依頼内容を書いて、それを依頼箱に入れておけば文芸部が解決しているっていう箱だ」
「そのままだな」
「だが、その方が効率が良くないか?」
「変わらんだろ? 効率なぞ」
「変わるだろ」
「いや、変わらない」
「なら、三島と新田にも聞いてみるか?」
「上等じゃねぇか!」
二人は思いっきり文芸部部室の扉を開いた。
「変わらないね」
「変わらないはずですね」
これが三島と新田の、依頼箱で効率が変わる変わらないの答えだった。
「嘘だぁ! 依頼箱の方が効率が良くなるはずだ」
「高田」
「何だよ」
「解決の効率を良くしたいなら、お前も謎解き手伝えよ」
「だって、俺にはお前みたいに閃かないぞ?」
「まあ、それもそうか」高田は右手で顎を撫でた。
それから四人で談笑していると、ガラガラッ、という音がした。扉が開く音だ。そして、八坂中学校の制服を着た女生徒が入ってきた。
「あの、ここが文芸部ですか?」
「そうだ。俺が文芸部部長の新島真だ」
「私は一年七組の君津静香と言います。ある謎を解決してほしくて来ました」
新田は君津の顔をしげしげと見てから「君津ちゃん?」と言った。
「あ、薫ちゃん! もしかして、文芸部の部員?」
「うん」
どうやら新田は君津と知り合いのようだ。
「告白は受けた。だが、俺には初恋相手がいる」
「初恋、相手?」
「千葉県の鹿輪(しかわ)市立鹿輪学園幼稚園に、俺はいた。その時に、初恋相手がいた。名前は稲葉楓(いなばかえで)。彼女にラブレターをもらった俺は、自分でもラブレターを書いて渡した。それから付き合うことになって八万(やつまん)小学校でも付き合いは続いていた。お母さんが歯医者だったと記憶している。だが、俺は小学校二年生になる前に八万小学校から転校した。家が引っ越したんだ。引っ越した理由は、義父の都合だ。といっても、俺への嫌がらせだろう。結局、楓とは連絡を取れなくなった。だけど、この人生でもう一度出会ったなら、今度も付き合うつもりなんだ。嬉しい気持ちはあるが、三島の気持ちには応えられない」
三島は無言でお辞儀をすると、カバンをつかんで新島の家を飛び出していった。
──同日。
八坂中学校陸上部部員で一年生の君津静香(きみつしずか)は、午後七時に家を出た。それから、街灯もない暗闇の道を歩いて進んでいった。お化けが出るんじゃないかと用心していると、前方から人影がこちらに向かってきた。目を凝らすと、ただの通行人だった。ほっと一安心して、右手で胸を撫で下ろした。
彼女は周りをきょろきょろ見回した。そして、学校に侵入した。別に悪いことを行いに学校に入ったわけではないが、閉ざされた正門を乗り越えて入ったのだから侵入と変わらないはずだ。
君津が暗闇の夜に学校に侵入した理由は簡単だ。陸上部のロッカーに運動靴を忘れたことを思い出したのだ。なぜ運動靴を取りに戻ったかと言うと、今日は金曜日だから明日明後日の土曜日日曜日に練習をする必要があるからだ。運動靴が無ければ、練習は出来ないらしい。
君津は陸上部の門扉をくぐり、ロッカーに近寄った。不意に窓ガラスから校庭の方を見た。すると、青白い玉が宙を浮遊していたのだ。次の瞬間、君津は運動靴を取るのも忘れて学校を飛び出していった。
ある程度距離をとってから後ろを振り返ってみた。青白い火の玉は未だに、校庭で宙に浮かんでいる。顔面蒼白になった彼女は、安心を求めて周囲に人を探した。そして、学校の教員を見つけた。
「先生っ!」
「ど、どうしたんだ?」
「人魂が......!」
「人魂? あれか、火の玉のことか?」
「そうです」
「それを言いに、学校に戻ってきたのか?」
「違います。運動靴を取りに......」
「そうか。運動靴を取りに来て火の玉を見たのか?」
「はい」
「まあ、それは措いておこう」教員は頭を掻いた。「火の玉を見た場所まで案内しろ」
「わかりました」
君津はその教員と一緒に、校庭まで向かった。二人は青白い発光体を見て、腰を抜かしそうになったのは詳しく記述しなくてもいいだろう。
君津康治(きみつやすはる)は娘の帰りが遅いことを心配していた。娘、といってもまだ十三歳だ。心配せずにはいられない。
娘は学校から帰宅してきてすぐに家を出ていったのだ。だが、時計の短針が八を指しても、家の扉は開かない。
眉間に皺を寄せて玄関前を陣取っていると、扉が開いて静香が入ってきた。
康治は腕を組んだ。「遅かったな、静香」
「お父さん、実は運動靴を取りに戻ってたんだよ」
「それにしては、遅いぞ。......その間何をしていた?」
「火の......」
「火の?」
「火の玉を見た!」
「火の玉?」
「うん。青白い火の玉を見たんだ」
「お、大きさはどれくらいだ?」
「あれくらいかな」
静香は窓の外を指差した。そこには青白くはないが宙を浮遊している火の玉があった。
次の週の月曜日。
今年三年生になった市原和哉(いちはらかずや)は、七不思議研究部部長だ。といっても、七不思議の一つも解明出来ていない。
何て情けない話しだ、と市原は思いつつ、部室で今日出された社会科の課題をしていた。
新入部員は三名獲得したものの、その三名全員が規則に緩い部活だと名前で判断して入部して来たのだからたまったもんじゃない。
「はぁー」肩を落として、深くため息をついた。そして、シャープペンシルを持ち直して課題をまたやり始めた。
少しすると、扉がノックされていた。
「どうぞ」
「し、失礼します。君津静香と申します」
入ってきたのは一年生と思われる女生徒だった。
「どんな用ですか?」
「いえ、それほどのものではないんです」
「話してみてください」
「実は、青白く光る火の玉を見たんです」
「火の玉? それが、どうかしたんですか?」
「その火の玉の正体を解明してください」
「解明、ですか?」
「そうです」
「なるほど」市原はうんざりした。こんなことを言われても、七不思議の解明すら出来ていない部活だ。さて、どうしたものかと迷っていたが、去年のことを思い出した。文芸部だ。そして、朝日(あさひ)の謎を解いた新島は今年は部長になっているはずだ。「こんな部活より、文芸部に依頼したほうがいいでしょう」
「文芸部?」
「日常探偵団という通り名もあり、些細な謎も解決してくれます」
「わかりました。文芸部に行ってみます」
君津は七不思議研究部の部室を出ていった。
同日、八坂中学校三年三組放課後の教室。
新島を呼んだのは、クラスメイトで新島と同じ文芸部にも所属する高田弘(たかだひろし)だ。
「高田、どうしたんだ?」
「七不思議を七つ全て解明しちゃったんだが、どうしたらいいんだろう?」
「それがどうした?」
「いや、文芸部での活動は七不思議解明だったよな」
「それは文芸部の活動の一つだから、それが全てではないぞ?」
「そうだけど、これからまた文集作りだぞ」
「そんなことはないと思うよ」
「何で?」
「そりゃ、文芸部の通り名が日常探偵団だからだ。何かしら謎解明の依頼はあるだろ?」
「だといいんだがな」
「俺はどちらでもかまわない」
「そうか?」
「そうだ。はっきり言って、謎なんて解決したくない。めんどうだ」
「めんどう?」
「そう、めんどう。わざわざ自分の足で歩いていかなきゃいけない」
「なら、安楽椅子探偵にでもなったらどうだ?」
「俺にはそんな頭脳はないよ」
「そんなもんかな?」
「そんなもんだろ?」
「まあ、いい。続きは部室で話そう。三島紗綾と新田薫(にったかおり)が先にいるはずだ」
新田薫とは、文芸部の新入部員で一年生だ。
「あの二人だけじゃ、文芸部の活動を真っ当できそうにもないからな」
「まあ、そうだな」
二人は教室を出てから部室に向かった。その道中でも、二人は話し合っていた。
「俺は、文芸部部長として頑張らねば」
「なあ、これから依頼箱をつくらないか?」
「依頼箱?」
「手紙に依頼内容を書いて、それを依頼箱に入れておけば文芸部が解決しているっていう箱だ」
「そのままだな」
「だが、その方が効率が良くないか?」
「変わらんだろ? 効率なぞ」
「変わるだろ」
「いや、変わらない」
「なら、三島と新田にも聞いてみるか?」
「上等じゃねぇか!」
二人は思いっきり文芸部部室の扉を開いた。
「変わらないね」
「変わらないはずですね」
これが三島と新田の、依頼箱で効率が変わる変わらないの答えだった。
「嘘だぁ! 依頼箱の方が効率が良くなるはずだ」
「高田」
「何だよ」
「解決の効率を良くしたいなら、お前も謎解き手伝えよ」
「だって、俺にはお前みたいに閃かないぞ?」
「まあ、それもそうか」高田は右手で顎を撫でた。
それから四人で談笑していると、ガラガラッ、という音がした。扉が開く音だ。そして、八坂中学校の制服を着た女生徒が入ってきた。
「あの、ここが文芸部ですか?」
「そうだ。俺が文芸部部長の新島真だ」
「私は一年七組の君津静香と言います。ある謎を解決してほしくて来ました」
新田は君津の顔をしげしげと見てから「君津ちゃん?」と言った。
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