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08 授業は寝る派
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「立花、日直の日誌出してくるから、ちょっと教室で待ってて」
放課後。
クラスメイト達が各々部活や委員会に向かう中、翔太は日誌を書き終え、純香に声をかけた。
「どこいくの?」
純香はこちらを向き、眠そうに質問した。寝癖だらけの髪が微かに揺れる。
「職員室だよ、浜田先生のところ。あの人、帰りのホームルーム終わるとすぐ逃げるんだよなぁ」
「じゃあ、私も行く」
純香はそう答えると、すぐにバッグを抱えて立ち上がった。
「いいのか? 職員室あるの西館だけど」
翔太たちの教室があるのは南館だ。職員室とは棟が違う。
「うん、行く」
純香は椅子をしまい、教室を出た翔太にトコトコと付いて来た。
「今日の授業も豪快に寝てたな。とくに数学の時間とか、一瞬たりともペン持ってなかったろ」
翔太は廊下を歩きながら言った。
純香のおでこには赤く跡が残っている。彼女は授業中、机に突っ伏して過ごしているのが基本だ。
「翔太はわたしのことよく見てるのね」
「えっ、いや……そういうわけじゃ!」
翔太は慌てて視線を逸らした。
確かにさっきの自分の言い方だと、そう捉えることもできる……。
「見てるっていうか……隣だから見えちゃうんだよ!」
顔が熱くなるのを感じながら弁解した。
「ふーん」
「なんだよ、ふーんって」
「わたし授業は寝る派」
「急に話戻すね!」
「授業は寝る派なの」
純香は前を向いたままそう繰り返した。
「あー、たまにいるよな。昼間寝て、夜家で勉強するやつ。でも立花が家で勉強するとは思えないんだけど……」
純香のマイペースな性格からして、家でガリガリ勉強するタイプには見えない。むしろ……。
「わたしは家でも寝る派」
案の定、予想通りの答えだ。
「うん、それだめじゃんね。なにも身につけようとしてないよね」
「でも勉強はなんとかなってる」
「なにを根拠にそう言うんだ?」
「前の学校ではテストまあまあだった」
純香は自信を込めた声でそう言った。
「前の学校……そういえばどこから転校してきたのか聞いてないな」
昨日は転校についての話題は一切出なかった。
色々なことが急展開すぎて、それどころではなかったのかもしれない。
「ウィール女学院」
「え?」
「前の学校の名前」
「ウ、ウィール女学院!?」
「そうよ、翔太知ってるの?」
驚きのあまり歩みを止めた翔太を、純香が振り返る。
「知ってるもなにも……この辺じゃ有名な中高一貫の名門女子校じゃないか」
ウィール女学院は翔太の住む地域では有名だ。偏差値も高く、歴史ある女子校で中高一貫。高校からの外部入学はないため、純香は中学受験をした、ということになる。
「本当の本当にウィールに通ってたのか?」
「うん、家から近かったから」
「そんな軽く入れるところじゃないだろ……まじか」
驚嘆の声を漏らしながらまた歩を進める。
「ある日ね」
純香は窓の外を眺めながら言った。
「父が急に『お前は転校するんだ』って」
「えっ」
意味が分からなくて呆然とする。
「それってどういうこと」
「分からない」
純香が目を瞑る。
「なんでそんなこと急に」
「理由は教えてくれなかった」
「なんだよそれ、いくらなんでも酷すぎないか」
そんなのアリなのか。相談もせず、突然親が勝手に転校決めるなんて……。
「仕方がないわ、父はそういう人」
そう言いながら、純香はどこか諦めたような表情を翔太に向けてきた。
***
「じゃあ、おれ日誌出してくる」
職員室にたどり着いたところで、純香の方を振り返る。
「うん、ここで待ってる」
そう言って純香は廊下の壁際に寄りかかった。
「……失礼します。2年A組の神川です」
コンコンと叩きながら、スライド式のドアを引く。
すぐさま見慣れた格好の女性教師を視界に捉えた。
「あら、神川くん。日誌かしら?」
浜田麻美が顔を上げこちらに気づく。
翔太は日誌を抱えて先生の席に近づいた。
「持ってきました。先生まじ教室から逃げるの早すぎですよ?」
「あーごめんごめん、逃げてるわけじゃないんだけどね~。先生的には職員室の方が落ち着くから、すぐ帰ってきちゃうんだよね」
そう答えながら、テヘッと舌を出した。
彼女は、ぶりっ子とまでは言わないが、たまに子供っぽい仕草をする。まだ20代と若く、教師陣の中でもかなり人気のある先生だ。
「はい、確かに受け取りました。日直ご苦労様!」
ポンと肩を叩かれる。
「あ、はい。じゃあおれはこれで——」
「学校案内はどうだった? 少しは立花さんと仲良くなれたかい?」
帰ろうとした翔太に先生は質問してきた。
「え……あ、はいまぁ仲良くなった、かな」
咄嗟に曖昧な返事で誤魔化す。
学校案内のことをすっかり忘れていた。まさか遊園地に行ってお泊まりしました、なんて言えない。
「そう、それは良かった。昨日は急に頼んで悪かったね」
「いえ、平気です」
空返事をしながら、学校案内のことを考える。
今日は金曜日だから……改めてやるとしたら来週か。
「神川くん暇だもんね~」
「帰宅部イジりは勘弁してください」
先生は悪戯っぽい笑みを見せながら翔太を見つめてきた。
「ごめんごめん、神川くん見てると、ついイジりたくなっちゃうのよ~。じゃ、気をつけて帰んなさい」
なんだそれ……。
「はい、失礼します」
軽く一礼して職員室を後にする。
タンッとドアの閉まる音で、窓の外を眺めていた純香が翔太に気づいた。
「翔太、日誌出すだけなのにおそい」
「ごめん、ちょっと先生と話して——」
——グゥーッ
翔太な言葉を遮るほど大きなお腹の音。
「……盛大に鳴ったな」
「お腹すいた……」
純香は自分のお腹を、その次に翔太を見つめてきた。
「立花、肉好きか?」
「肉好き」
翔太の問い掛けに答えながら、純香が瞳を輝かせる。
「よし、じゃあ今夜は焼肉いくか」
放課後。
クラスメイト達が各々部活や委員会に向かう中、翔太は日誌を書き終え、純香に声をかけた。
「どこいくの?」
純香はこちらを向き、眠そうに質問した。寝癖だらけの髪が微かに揺れる。
「職員室だよ、浜田先生のところ。あの人、帰りのホームルーム終わるとすぐ逃げるんだよなぁ」
「じゃあ、私も行く」
純香はそう答えると、すぐにバッグを抱えて立ち上がった。
「いいのか? 職員室あるの西館だけど」
翔太たちの教室があるのは南館だ。職員室とは棟が違う。
「うん、行く」
純香は椅子をしまい、教室を出た翔太にトコトコと付いて来た。
「今日の授業も豪快に寝てたな。とくに数学の時間とか、一瞬たりともペン持ってなかったろ」
翔太は廊下を歩きながら言った。
純香のおでこには赤く跡が残っている。彼女は授業中、机に突っ伏して過ごしているのが基本だ。
「翔太はわたしのことよく見てるのね」
「えっ、いや……そういうわけじゃ!」
翔太は慌てて視線を逸らした。
確かにさっきの自分の言い方だと、そう捉えることもできる……。
「見てるっていうか……隣だから見えちゃうんだよ!」
顔が熱くなるのを感じながら弁解した。
「ふーん」
「なんだよ、ふーんって」
「わたし授業は寝る派」
「急に話戻すね!」
「授業は寝る派なの」
純香は前を向いたままそう繰り返した。
「あー、たまにいるよな。昼間寝て、夜家で勉強するやつ。でも立花が家で勉強するとは思えないんだけど……」
純香のマイペースな性格からして、家でガリガリ勉強するタイプには見えない。むしろ……。
「わたしは家でも寝る派」
案の定、予想通りの答えだ。
「うん、それだめじゃんね。なにも身につけようとしてないよね」
「でも勉強はなんとかなってる」
「なにを根拠にそう言うんだ?」
「前の学校ではテストまあまあだった」
純香は自信を込めた声でそう言った。
「前の学校……そういえばどこから転校してきたのか聞いてないな」
昨日は転校についての話題は一切出なかった。
色々なことが急展開すぎて、それどころではなかったのかもしれない。
「ウィール女学院」
「え?」
「前の学校の名前」
「ウ、ウィール女学院!?」
「そうよ、翔太知ってるの?」
驚きのあまり歩みを止めた翔太を、純香が振り返る。
「知ってるもなにも……この辺じゃ有名な中高一貫の名門女子校じゃないか」
ウィール女学院は翔太の住む地域では有名だ。偏差値も高く、歴史ある女子校で中高一貫。高校からの外部入学はないため、純香は中学受験をした、ということになる。
「本当の本当にウィールに通ってたのか?」
「うん、家から近かったから」
「そんな軽く入れるところじゃないだろ……まじか」
驚嘆の声を漏らしながらまた歩を進める。
「ある日ね」
純香は窓の外を眺めながら言った。
「父が急に『お前は転校するんだ』って」
「えっ」
意味が分からなくて呆然とする。
「それってどういうこと」
「分からない」
純香が目を瞑る。
「なんでそんなこと急に」
「理由は教えてくれなかった」
「なんだよそれ、いくらなんでも酷すぎないか」
そんなのアリなのか。相談もせず、突然親が勝手に転校決めるなんて……。
「仕方がないわ、父はそういう人」
そう言いながら、純香はどこか諦めたような表情を翔太に向けてきた。
***
「じゃあ、おれ日誌出してくる」
職員室にたどり着いたところで、純香の方を振り返る。
「うん、ここで待ってる」
そう言って純香は廊下の壁際に寄りかかった。
「……失礼します。2年A組の神川です」
コンコンと叩きながら、スライド式のドアを引く。
すぐさま見慣れた格好の女性教師を視界に捉えた。
「あら、神川くん。日誌かしら?」
浜田麻美が顔を上げこちらに気づく。
翔太は日誌を抱えて先生の席に近づいた。
「持ってきました。先生まじ教室から逃げるの早すぎですよ?」
「あーごめんごめん、逃げてるわけじゃないんだけどね~。先生的には職員室の方が落ち着くから、すぐ帰ってきちゃうんだよね」
そう答えながら、テヘッと舌を出した。
彼女は、ぶりっ子とまでは言わないが、たまに子供っぽい仕草をする。まだ20代と若く、教師陣の中でもかなり人気のある先生だ。
「はい、確かに受け取りました。日直ご苦労様!」
ポンと肩を叩かれる。
「あ、はい。じゃあおれはこれで——」
「学校案内はどうだった? 少しは立花さんと仲良くなれたかい?」
帰ろうとした翔太に先生は質問してきた。
「え……あ、はいまぁ仲良くなった、かな」
咄嗟に曖昧な返事で誤魔化す。
学校案内のことをすっかり忘れていた。まさか遊園地に行ってお泊まりしました、なんて言えない。
「そう、それは良かった。昨日は急に頼んで悪かったね」
「いえ、平気です」
空返事をしながら、学校案内のことを考える。
今日は金曜日だから……改めてやるとしたら来週か。
「神川くん暇だもんね~」
「帰宅部イジりは勘弁してください」
先生は悪戯っぽい笑みを見せながら翔太を見つめてきた。
「ごめんごめん、神川くん見てると、ついイジりたくなっちゃうのよ~。じゃ、気をつけて帰んなさい」
なんだそれ……。
「はい、失礼します」
軽く一礼して職員室を後にする。
タンッとドアの閉まる音で、窓の外を眺めていた純香が翔太に気づいた。
「翔太、日誌出すだけなのにおそい」
「ごめん、ちょっと先生と話して——」
——グゥーッ
翔太な言葉を遮るほど大きなお腹の音。
「……盛大に鳴ったな」
「お腹すいた……」
純香は自分のお腹を、その次に翔太を見つめてきた。
「立花、肉好きか?」
「肉好き」
翔太の問い掛けに答えながら、純香が瞳を輝かせる。
「よし、じゃあ今夜は焼肉いくか」
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