孤独なお針子が拾ったのは最強のペットでした

鈴木かなえ

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番外編 ユージィン

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 僕が両脚のかぎ爪で大蛇の首を掴んで飛ぶと、カンナは本当に驚いたようでまた悲鳴を上げた。
 それが可愛くて、僕はつい顔が緩んでしまう。

 妖精に先導されて向かうのはカンナが生まれ育った村。
 上空から見下ろすと、山間の狭い平地を無理やり切り拓いたような小さな集落だった。

 中央付近の広場で人が集まり、なにやら賑やかに騒いでいる様子だ。

「あれは?」

『夏至の祭り』
『神様とカンナの祝言の宴』
『一緒にお祝いしてる』
『皆集まってる』

「へぇ、なるほどね」

 カンナを生贄にしておいて、自分たちは笑いながら宴会をしているわけだ。
 その醜悪さについ顔を顰めたが、それも今は好都合か。
 楽しい宴が突然中断されたらより印象深いことだろう。

「ちょうどいい。僕とカンナの祝言を皆に祝ってもらおうじゃないか」

 僕は数秒だけ考えて、それから氷魔法を放った。

 僕の身長の二倍くらいの頑丈な氷の杭が無数に現れると、カンナはまた声を上げた。
 一斉に飛んでいった氷の杭は次々と地面に突き刺さり、宴を楽しむ人々を取り囲む檻となった。

 これでもう誰も逃げられない。
 僕が筋書きを描いた茶番劇の舞台は整った。

 一瞬で楽し気な笑い声は悲鳴にとってかわり、人々は恐慌状態となった。
 泣き叫んだり、逃げ場を探して走り回ったりと忙しい。

『静まれ!』

 そこに、風魔法を使って至近距離に落ちた落雷のような大音量にした声を響かせた。
 僕の姿を見上げた人々の間から、新たな悲鳴が上がった。
 誰も押しつぶさないように慎重に場所を選んで大蛇の首を檻の内側に投げ落とし、その上にふわりと降り立った。

 僕たちから離れた場所で身を寄せ合って固まった人々の間から、オロチとかカンナとか呟きが聞こえる。

 二対の翼を見せつけるように大きく広げ、高い位置から人々を睥睨した。
 カンナは僕の腕の中でじっと息を殺している。

『古き神は滅びた』

 先ほどよりは抑えたがそれでもかなりの音量で、普通の人に出せるような声ではない。
 これも神様っぽく見せるための演出だ。

 人々はただ恐怖に震えながら僕を見ている。

『我が新たな山の神となりこの地を統べることとなる。これより後は我を崇めよ』
 
 なに言ってるんだ!みたいな声は上がらない。
 僕が神様だって信じてくれたようだ。

 古い神様の生首の上に立つ、古い神様に捧げられたはずの花嫁を抱えた、新しい神様。
 さぞや衝撃的な光景に違いない。

『長は誰だ。前に出よ』

 壮年の男が一人恐る恐る進み出て、僕の前に額づいた。
 それに倣うように他の人々も同じように地面に蹲った。

『村長』
『カンナの父』
『カンナいじめた』
『カンナ泣かせた』

 カンナは村長の娘だったのか。
 だが、なぜ父が娘を虐めるなんてことに?

『カンナの瞳珍しい色』
『カンナの母出て行った』
『カンナ産んですぐいなくなった』
『他の男の子を産んだって言われた』

 そういうことか。苦い思いが僕の胸の中に広がった。
 妖精が『カンナの父』と言うのだから、血のつながった父娘であるのは間違いない。
 この男は妻に不貞の濡れ衣を着せ、実の娘を虐げたのだ。

 悲しそうに唇を噛んだカンナの顔を、僕は改めて覗き込んだ。

「こんなにきれいな榛色なのにね。酷いことをするものだ」

 そっと目にキスをしてあげると、カンナは顔を赤くして俯いた。
 少し先走りすぎたかなとも思ったが、とりあえず悲しそうな表情でなくなったことに僕は満足した。 

『面を上げよ』

 村長の青白い顔。
 目元がカンナと似ていなくもない。

『おまえはこの娘の父だな』

 カンナはあんたの娘だ。神様が言うんだから信じろよ。と、言外の意味を籠めた。

『愚かなことだ。己が娘の価値すら知らず、このような下等な神に喰らわせようとするとは。おまえたちがオロチとよんだこの神の端くれより、この娘の方がよほど尊いというのに、それすらわからぬか』

 どういう意味だ、という表情が人々の顔にうかんだ。

『この娘は、小さき神々に愛されている。それゆえに、この娘は住まう土地に豊穣を齎すのだ。作物はよく育ち、森の恵みもふんだんに得られるようになる。だが、そうはなってはおらぬようだな。むしろ実りは少ないはずだ。それは全て、この娘が虐げられていたからだ。小さき神々は愛する娘が害されることに胸を痛め、娘を虐げるものたちが住むこの地に恵みを与えることを止めたのだ』

 僕が見る限り、人々は皆痩せている。
 村を挙げての宴会だというのに、並んでいる料理も質素なものばかりで、そこからも生活が楽ではないことが窺える。
 それも全て、カンナに酷いことをした報いなわけだ。

『父であるおまえは知っていたであろう?この娘が見ているのが幻ではないことを。この娘の紡ぐ言葉が真実であることを。だが、おまえはそれから目を背け、耳を貸さなかった。その行いが、本来得られるはずだった豊かな実りを奪ったのだ』

 青白いを通り越して土気色になったカンナの父から、その後にいる人々へと視線を移した。

『父であり村長でもあるこの男に咎があることは間違いない。だが、それはおまえたちも同じことだ。この娘を蔑み石を投げたであろう。小さき神々の怒りを買うには十分だ。それがどれだけ恥ずべき行いであったか、わからぬとは言わせぬ。無力な女子を苛むのは、さぞ楽しかったことであろうな。その醜い心根を正さぬ限りは、この地に豊かな恵みは戻らぬと心得よ』

 顔を歪めるものが数人。実際に石を投げた人たちなのだろう。
 
『信じずともよい。この娘は我が花嫁となった。長い間、探し求めていた娘だ。古き神を滅ぼしてまで奪ったのだ。二度とこの地に戻しはせぬ』  

 花嫁ってところ以外は真実だ。
 そのうち全て真実にするつもりでいるんだけどね。

『古き神の棲んでいた湖の畔に祠を建て、年に一度供物を捧げよ。供物は、この地で実った作物に限る。もう花嫁はいらぬ。この娘を最後の花嫁とする。よいな!』

 叩きつけるように宣言すると、全員がまた額づいた。

 これでよし。作戦終了だ。

 腕の中で縮こまっているカンナに、僕は笑顔を向けた。

「カンナ。ここに来るのは、これで最後だ。なにか持って行きたいものがあるなら、今のうちにとっておいで」

 カンナはこげ茶色の小さな頭を横に振った。

「ううん、私、なにも持ってないから……」
「じゃあ、最後に一発殴っておきたい人はいない?」
「いなくはないけど……もういい。私の分も、ユージィンがしっかりお仕置きしてくれたから」
「そうか。カンナは優しいね」

 それなら、もうこんなところに用はない。

 僕はまた無駄に大きく翼を広げて、空へと駆け上がった。

 僕もカンナも、二度と振り返ることはなかった。
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