孤独なお針子が拾ったのは最強のペットでした

鈴木かなえ

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番外編 ユージィン

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 僕が精霊の祝福を授けられたのは十歳の時だった。
 父さんと同じように空を飛べるようになって、とても嬉しかった。

 姉のエレーナと一緒にはしゃぎまわって、魔法も以前よりも上手に使えるように頑張って訓練して、父さんにも母さんにも妖精たちにも精霊にも褒めてもらった。

 僕は希望に胸を膨らませていた。

 父さんが母さんにするように、いつか僕も愛する女性を腕に抱いて空を駆けるのだ。
 母さんは安心しきって父さんに身を委ね、父さんの翼や羽を愛しそうに撫でる。
 いつまでたっても仲がいい両親のそんな姿は、僕の理想であり憧れだった。

 当然ながら同じような未来が待っていると思っていた僕に、エレーナは容赦なく冷水を浴びせた。 

「そんなわけないじゃない!私もあんたも、お父さんを見て育ったから特に何も思わないけど、普通の人はこの姿を見たら驚くわよ。お母さんだって、最初は魔物か熊だと思ったって言ってたでしょ」

 そうだった。
 今でも呆れるくらい父さんにメロメロな母さんでさえ、最初はそうだったのだ。

「それだけじゃないわ。私たちには、妖精に好かれるっていうもう一つの祝福もあるのよ。結婚して家族になるなら、一緒に住むことになるでしょ。私たち以外には見えない妖精と話をするのを嫌がったりしない人じゃないと、結婚なんて無理よ」

 僕たちが生まれた時、父さんが精霊にお願いし、精霊が妖精王に掛け合ってくれて、家族以外の人がいるところでは妖精は僕たちにあまり話しかけない、ということにしてくれた。
 
 今はとても感謝しているが、当時の僕はその意味をまだよく理解できていなかった。

「嫌がられるの?だって、妖精と話してるだけだよ?助けてくれることもたくさんあるのに」
「そんなの、見えない人にはわからないわよ。偶然とか運がよかっただけとか、そんなことで片づけられるに決まってるわ」
「でも、父さんと母さんは、嫌がったりしないよ」
「それはそうよ。あの二人は、妖精が本当にいるってことを知ってるんだから。普通の人にとっては、妖精はおとぎ話の中の存在でしかないのよ」
「でも……結婚するくらい僕のことを愛してくれる人なら、きっと理解してくれるよ」

 そんな僕をエレーナは鼻で笑った。

「甘いわね!ゲロ甘だわ!」
「ゲロ甘ってなんだよ」
「ゲロしそうなくらい甘いって意味よ。いい?あんたはお父さんに似て顔がいいのよ?ついでに人当たりもよくて、魔法も使えて、秘密だけど祝福まであるから経済的に困ることもないわ」
「なにが言いたいんだよ」
「あんたは、自分が思っている以上に優良物件なの!あんたの中身じゃなくて、外面と条件だけに惹かれて寄ってくる女がどれだけいることか!」

 僕は顔を顰めた。
 当時まだ十代前半だったが、正にエレーナが言った通りのことが起きていたからだ。

「あんたはね、寄ってくる数多くの女の中から、正しくあんたを好きになってくれる女を一人だけ選ばないといけないの。祝福のことを公言するわけにはいかない以上、見極めるのは大変よ」
「……」
「好きだとか愛してるとか散々言ったその口で、あんたのその姿に悲鳴を上げて拒絶するかもしれないわ。妖精のことを信じてくれなくて、頭がおかしい人って思われるかもしれないわね」

 僕の理想の夫婦像である両親は、かなり特殊な状況下で出会い、愛し合って夫婦になった。
 それなら僕は、どうしたら僕のすべてを愛してくれる人と出会えるのだろう。

「そんなの誰にもわからないわよ。誰だって自分の道を手探りで進むしかないの。祝福があってもなくても、それは同じよ」

 エレーナの言う通りだ。
 未来のことは妖精王にも精霊にもわからないのだ。
 望むものを手に入れたいと願うなら、ひたすら進み続けるしかない。

「今のあんたの周りにはそういう女はいないのでしょうね。だったら、他の所に探しに行けばいいんじゃない?世界は広いのよ。あんたの探し求める宝石みたいな女がどこかにいるかもしれないわ。もしかしたら、あんたの翼はそのために授けられたのかもしれないわね」

 そう言ってカラカラと笑ったエレーナは、十四歳の時に王都の士官学校に入学した。
 もちろん、祝福のことと元第二王子の娘だということは秘密なのだが、たまに遠くから父さんくらいの年代の騎士が涙ぐんでエレーナを見ていると言っていた。
 きっと、父さんの戦友たちなのだろう。

 エレーナはエレーナで、未来のために進む道を選んだ。

 エレーナは昔から僕より頭が良くて、魔力も豊富で、喧嘩では一度も勝てたことがない。
 気が強くて思い切りが良くて、でも誰よりも優しくて、性別に関係なく人を惹きつける魅力がある。
 王族としての資質を父さんから色濃く受け継いだのは、僕ではなくてエレーナなのは明らかだった。

 そんなエレーナに背中を押されるように、十四歳になった僕は旅に出た。

 両親には、「将来、薬草園をつくりたいので、そのために珍しい薬草を探す旅に出る」と説明した。
 もちろんそれも目的ではあるが、両親のような温かい家庭を僕と築いてくれる人を探すための旅でもあった。

 最初はオルランディア国内をくまなく周り、薬草だけでなく、珍しいものやきれいなものを見つけては手紙を添えて両親に送った。

 行く先々で僕はひたすらモテまくった。
 チヤホヤされて浮かれたのは最初だけで、すぐに冷静になり、それから面倒に思うようになった。
 僕の顔と能力は、エレーナの言っていた通りかなりの優良物件だということが骨身にしみた。
 
 気が向いた時だけそういう女性と気軽に遊んだりしつつ、なんだか寂しくなったらエケルトの実家に顔を出して、父さんのスープと母さんのパイを食べさせてもらった。
 母さんはとっくの昔に自分の身長を追い抜いた僕の頭を、小さいころと同じように撫でてくれる。
 父さんとは酒を飲みながら無駄話をしたりする。
 そして、両親はいつ見ても新婚夫婦かってくらい仲がよくて、やっぱり僕も両親みたいな家庭を築きたいと決意を新たにする。
   
 そんなこんなで数日滞在し、しっかり英気を養ってから心機一転な気分で再び旅立つのだ。

 ということを何年も繰り返した。

 一年中雪で覆われた雪原、一面赤茶けた砂しかない砂漠、切り立った崖の上にある小さな楽園みたいな湿原、深い谷の底の僅かな光でできた猫の額ほどの花畑。
 賑やかな町、かつては賑やかだったことがわかる町、独特の民族衣装を纏う部族、優れた軍馬を産出する小国、美女が多いと有名な都市。

 そのどれもがいい思い出だ。

 ただ、当然ながら苦い思い出もいくつもある。

 魔物や破落戸に襲われてる人を変身した姿のままで助けて、助けた人に悲鳴を上げられたことも一度や二度ではない。
 海に浮かぶ小さな島に住む人達に悪魔と恐れられ矢を射かけられたこともあった。
 そんな時はエレーナの言葉が脳裏をよぎって、一人で溜息をついては妖精に励まされた。 

 そんな旅を続けて多くの人と出会ったが、やはりどこに行っても僕が探し求めるような女性は見つからなかった。
 実家の僕の部屋には、そうして集めた薬草の種だけが溜め込まれていった。

 そして、僕もついに父さんが母さんに出会った二十六歳を迎えた。
 この歳のうちに出会えなければ諦めようと思っていた。
 故郷に帰って、予定通り薬草園をつくり、そこで薬の生産と研究をして静かに暮らすのだ。
 結婚できないならそれでもいい。
 無理に合わない相手と結婚してもお互いに不幸になるだけだろうし……

 そう思いながら、オルランディアから遠く東にあるルプランという国をうろうろしていたら、突然妖精たちが騒ぎ出した。

『ユージィン助けて!』
『友達の友達の友達が死んじゃう!』
『海の向こうの山の中』
『山の中の湖」 
『ユージィン急いで!』
 
 こういう時、妖精たちの言葉はいまいち要領を得なくて困る。
 妖精からこんなふうに助けを求められるのはとても珍しいことで、なにか一大事であることは間違いない。
 僕は迷わず言われた通りの方向に全速力で飛んだ。

 そして、僕が妖精たちの示した湖に到着した時、まず目に入ったのは大蛇の魔物だった。
 その魔物の向かう先には、岩に縛られた女の子。

 なんだあれは!?

『あれが友達!』
『助けて!』

 言われるまでもない!

 僕は即座に氷魔法を放ち、大蛇の体の中を氷漬けにしてさっさと斃してしまった。
 こういう蛇系の魔物は生命力が強いので、全体を凍らせるのが一番確実なのだ。

 縛られていたのは、十代後半くらいの痩せた女の子だった。
 白い衣を着ているのは、死装束なのだろうか。
 癖のないこげ茶色の髪で、榛色の瞳を零れ落ちそうなくらい見開いて僕を見ている。

 無理もない。
 魔物に喰われそうになっていたところに、また別のよくわからないのが現れたのだから。

 悲鳴を上げられるかもしれないと思うと溜息が出そうだったが、縛られたままの女の子を放置するわけにもいかない。

「怖かったね。もう大丈夫だからね」

 できるだけ穏やかに声をかけながら縄を切ってあげると、

「あなたは……神様、ですか?」

 と小さな声で問いかけられた。

 神様とは。今までになかったパターンだ。

「神様?違うよ、僕はそんなんじゃない。今はこんな姿だけど、人だよ。きみと同じだよ」

「……そんなにきれいな翼があるのに?」

 僕は思わず女の子の顔を見返した。
 そこには恐怖の光はない。
 ただ、初めて見るものを前にした驚きがあるだけだ。

 それに……たった今、この女の子は僕の翼をきれいだと言わなかったか。

 妖精の友達で、僕のこの姿を恐れない女の子。

 その澄んだ瞳に、電撃で射貫かれたような衝撃を体ではなく心で感じた。 

(ついに見つけた!)

「僕はユージィン。きみの名前は?」

 僕の差し出した手を、女の子はそっと握ってくれた。

「カンナ」

 この小さな手を、僕はもう放さないと心に誓った。
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