孤独なお針子が拾ったのは最強のペットでした

鈴木かなえ

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番外編 ユージィン

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「僕はここから海を渡ってずっと西に行ったところにある、オルランディアっていう国から来たんだよ。いろんな国を旅してまわって、オルランディアにはない植物の種を集めてるんだ」

 ユージィンと名乗ったその人は、私の手首にできた擦り傷に薬を塗りながら、自身のことを話してくれた。

「海の向こうにあるルプランっていう国にいたら、妖精に友達を助けてほしいって頼まれて、慌てて飛んできたんだよ。ごめんね、もう少し早く着いたら怖い思いをさせなくてすんだのに」

 首から下は黒いつやつやの羽毛で覆われているが、話をしてみると普通の青年だ。
 いや、私に普通に接してくれるというだけで、既に普通ではないのだが。

 というか、なにが普通でなにが普通でないのか、既に頭がこんがらがっている。

「あの……ようせいって……?」
「この、飛んでる小さいの。僕の国では、妖精って呼ばれてるんだよ。きみにも見えるよね」

『見えてるよ』
『聞こえてるよ』
『友達だよ』
『カンナとユージィンも友達だよ』

「そうだね。もう友達になったよ」

 ユージィンは小さな友達を目で追い、会話までできている。

「その子たちが……見えるの?」
「見えるよ。僕もきみと同じで妖精に好かれる祝福を授けられてるから」
「しゅくふく……?」
「こっちでは違う呼び方があるのかな。他の人よりも力が強いとか、遠くまで見えるとか、長い間水中に潜っていられるとか、そういう人がたまにいるよね。そういう能力を、僕の国では祝福って呼ぶんだ」

 なるほど、それには心当たりがある。
 二軒隣の家のおじさんが投げる石は、必ず狙ったところに命中するということで有名だった。
 特に練習したわけでもないのに、なぜそんなことができるのか本人もわからないと言っていたが、あれは祝福と呼ばれるものだったのだろう。

「その子たちが見えるのも……祝福なの?」
「そうだよ。妖精はいろんなことを教えてくれるでしょ?薬草が生えてる場所とか、食べられる茸とか、明日の天気とか」

 それは、確かにそうだ。
 そのおかげで私は今日まで十八年間生き延びることができた。
 でも、そのせいで。

「私……嘘つきって言われた。そんなのどこにもいないって。私にしか見えない幻と話してる、気味が悪い子だって石を投げられた……」

 ユージィンは虚をつかれたような顔をした。

「石を投げられたって?」

『本当だよ』
『カンナ怪我した』
『カンナ泣いてた』
『カンナ泣かされた』

「でも、きみがいるだけで作物がよく育つし、嵐が来る前に対策できるから被害が少なくてすむし」

『誰もカンナの言うこと信じない』
『嘘つきだと思ってる』
『だから僕たち助けない』
『カンナ泣かせるやつ嫌い』

 ユージィンの整った顔が歪んだ。

「なんてことだ……だれも、きみの価値に気がつかなかったの?そんなことがあるなんて……」

 私の価値?
 そんなの、オロチの花嫁になるという一点だけしかない。
 オロチが死んだ今、それすらも無くなってしまった。

「順を追って訊こうと思っていたんだけど……きみはなんでこんなところで縛られてたの?あの蛇の魔物への生贄にされたように見えたけど」

 その通りだと私は頷いて、事情を説明した。

 それを聞いたユージィンの反応は、私の予想外のものだった。

「湖の神様だって!?あれが!?そんなの嘘だ!確かに大きくて強力ではあるけど、あれはただの魔物だ!」
「でも、そう言われてて……」
「もし本当に神様なら、あんな簡単に斃されるはずがない。そう思わない?」
「でも……」

 あなたは、神様を殺してしまえるくらい、特別な存在なのではないの?
 自分のことを”ただの人”と言ったユージィンに、そう言っていいのかわからなくて、私は言葉を濁した。

「あー……この国には、神様がたくさんいるらしいね。僕は本当にただの人なんだけど、もしかしたらこの姿だと信じてもらえないのかな」

 すぐ戻ってくるから待ってて、と言ってユージィンは布袋を抱えてさっと空へと飛び立った。

 黒く大きな翼を広げて青空を駆けるその姿はとてもきれいで、オロチよりもよほど神様らしいのではないだろうかと思いながら見送った。

 そんなことを思っていた私は、しばらくして現れたユージィンの姿に仰天した。

「言ったでしょ?僕もきみと同じ、ただの人だって」

 ユージィンは村にもたまにやって来る旅商人のような服を着て、二本の足で歩いて戻ってきたのだ。
 翼もなければ、足の形も普通の人と同じだ。

「あの翼のある姿はね、僕が授けられたもう一つの祝福によるものなんだよ」

 わざわざ腕まくりまでして、体の羽毛もなくなっていることを見せながら説明してくれた。

「僕はオルランディアに棲んでる精霊からも直接祝福を授けられてる。まぁ、僕みたいなのは珍しいっていうのは確かだけど、人であることは間違いない」

 オルランディアには精霊というのがいるらしい。
 それって神様とは違うのだろうか?

「僕には二歳年上の姉がいるんだ。姉も僕と同じで二つの祝福を授けられてる。父と、従兄弟の一人も精霊からの祝福を授けられてて……つまり、さっきの僕みたいな姿になれる人は、僕と姉と父と従兄弟の四人もいる。将来的にはもっと増えるかもしれない。というわけで、唯一無二みたいなものではないんだ」

 あの黒いきれいな翼のある人が、四人も……

「オルランディアって、すごいところなのね……」

 なんだか想像もつかなくて私がぽつりと呟くと、ユージィンはぱっと顔をほころばせた。

「行ってみたくない?オルランディアに」
「え?でも、とても遠いのでしょう?」
「連れて行ってあげるよ。きみが望むならね」

 私が望むなら?
 言葉の意味はわかるのに、私にはユージィンの言っていることが理解できなかった。

「せっかく助けたきみをこんなところに放置したりはしないよ。ぼくのできる範囲で、きみの望みを叶えてあげたいと思ってる」

 ユージィンは穏やかな表情のままで、とんでもないことを言い出した。

「今、僕がきみに提示できる選択肢は三つ。
 一つは、きみの生まれ育った村に戻って、そこで今まで通り暮らしていくこと。ただし、さっきの話を聞く限り、これはお勧めできないね。
 次に、この国のどこか別の場所で暮らすこと。この場合、きみが仕事と住む場所を確保して、安定した生活をおくれるようになるまで僕が手助けをするから、その点は安心していいよ。
 最後に、僕と一緒にオルランディアに行くこと。僕が世界中の植物の種を集めてるのは、故郷で薬草園をつくるためなんだ。きみには、それを手伝ってほしい。
 というわけなんだけど、どうかな?きみはどうしたい?他に希望があるなら、遠慮なく言っていいんだよ」

 私の望みを尋ねる人なんて、今まで一人もいなかった。
 私がなにかを選ぶことを許されたことなど、今まで一度もなかった。

「なんで……?」
「ん?なにが?」
「……なんで、私なんかに、そこまでしてくれるの……?」

「きみにはそれだけの価値があるからだよ」

 ユージィンは、形のいい眉を下げた。

「いいかい、妖精に好かれるってことは、それだけで植物や自然からの恵みをふんだんに得ることができるってことだ。本来ならきみがいるだけで、きみの村は毎年豊作になるはずだった。妖精たちがそうなるように手助けしてくれるから。でも、そうはならなかったようだね?」

『ならないよ』
『あいつら嫌い』
『カンナ泣かせたあいつら嫌い』
『助けてあげない』

「というわけだ。きみを粗末に扱ったから、きみの村は妖精に嫌われてしまって、得られるはずの利益をみすみす逃してしまった。知らなかったとはいえ、なんとももったいないことだね」

 肩を竦めるユージィンの周りを、小さい友達が飛び回っている。
 本当にこの人のことが好きなんだな……

「もしオルランディアに来てくれたとして。他にしたいことがあるなら、薬草園の手伝いをしなくてもいいんだよ。僕の母はお針子なんだけど、そういう仕事をしたいならそれでもいい。料理が好きなら、定食屋とかで働いてもいいと思う。しばらくぶらぶらして、やってみたいことを探す、というのでもいい。とにかく、僕と同じで妖精に好かれるきみがいてくれるだけで、どんな薬草もぐんぐん育つだろうからね。こんなに心強いことはない」

『手伝うよ』
『カンナが幸せなら』
『ユージィンも幸せなら』
『薬草も野菜も花も育てるよ』

「妖精たちもこう言ってる。これがきみの価値だよ」

 私に、価値があるの?
 小さい友達が見えるって、ただそれだけで、ユージィンが言うほどのことが……?

「わ、私……」

 故郷の村に帰るのは嫌だ。
 きっとすぐに殺されるか、売られるかのどちらかだ。
 それなら、他の町か村で暮らす?
 最初はユージィンが面倒を見てくれたとしても、彼がいなくなったらまた故郷の村と同じような扱いをされるのではないだろうか。
 女が一人で生きていくのは難しいことは私もよく知っている。

 それなら、もう残る道は一つだけだ。
 
「できれば僕と一緒に、オルランディアに来てくれないかな。会ったばかりで、こんなことを言っても信用してもらえないかもしれないけど、オルランディアできみが幸せに暮らせるように、僕も妖精たちも全力で頑張るから」

『頑張るよ』
『ユージィン優しい子だよ』
『ユージィンいい子だよ』
『カンナ幸せになれるよ』

「すぐには僕のことを信じられなくても、妖精たちの言葉は信じられるでしょ?きみに、オルランディアに来てほしい。僕にはきみが必要なんだ」

 再び、目の前に手が差し出された。
 この手を取ったら、今の私では想像もつかないような、そんな世界に連れて行ってくれるのだ。

「途中で、やっぱりいらないって、捨てたりしない?」
「そんなことするわけがないよ!もしそんなことしたら、きっと僕は妖精たちに嫌われて、祝福も失ってしまうよ!」

『そうだよ』
『カンナ泣かせたら嫌いになるよ』
『ユージィンでも嫌いになるよ』
『もう助けてあげないよ』

「ほらね!そんなの困るから!だから、安心して。一緒にオルランディアに行こう」

『オルランディアいいところ』
『友達いっぱいできる』
『カンナ幸せになれるよ』
『カンナ幸せになって』

 真摯な光で輝く金色の瞳。
 
 小さい友達がそこまでいうなら、ユージィンはいい人なのだ。信用していいのだ。

 私にこんなふうに手を差し伸べてくれる人が現れるなんて、思ってもみなかった。
 しかも、それがこんなにも美しい人だなんて。

 こんなの、拒めるわけがない。

 オルランディアという聞いたこともない国。
 とても遠くにある、ということしか私にはわからない。
 そんなところに行くというのは、正直なところ不安だし、怖いと思う。

 でも、ユージィンが側にいてくれるなら、きっと……

 私は縋りつくようにユージィンの手をとった。
 私が生まれて初めて触れた、確かな温もりがそこにあった。
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