50 / 61
番外編 ユージィン
①番外編 ユージィン
しおりを挟む
二十年に一度、夏至の日に、私の生まれた村はオロチと呼ばれる神様に花嫁として生娘を捧げる。
要するに、生贄だ。
そして、今年の花嫁は私。
私はオロチの花嫁にするために育てられた。
オロチというのは、村の水源になっている山奥の湖に棲む大蛇の姿をした神様だ。
白い衣装を着た私を、村の男たちが湖の畔にある岩に縛りつけた。
男たちの中には私の父も含まれていたが、誰も一言も発することなく、私と目を合わせることもない。
淡々と作業を終えると、私を残して足早に去って行った。
せめて最後くらいは言葉をかけてくれるのではないかと期待していた私が馬鹿だった。
わかっていたけど、虚しくて涙が零れた。
自分がもうすぐ死ぬことよりも、一つとして認めてもらえなかったことが悲しい。
『泣かないで。大丈夫だよ』
『助けを呼んだよ。友達の友達の友達だよ』
『優しい子だよ。仲良くなれるよ』
『黒くて強い子だよ』
私の周りを、背中にトンボみたいな羽がついた小人が飛び回り、しきりに声をかけてくる。
私にしか見えない、小さな友達だ。
この小さな友達のおかげで、誰にも目をかけてもらえなくても生きることができた。
この小さな友達のせいで、余計に気味悪がられて疎まれることとなった。
こんな山奥に誰が来るというのか。
私を助けてくれる人なんているわけがない。
そんな気休めいらないから、せめて静かに逝かせてほしい……
しんと静まり返った湖の水面に、大きな波紋が広がった。
そして、湖のちょうど中心あたりにから、なにか大きな白いものがにゅっと突き出した。
それは、真っ白な大蛇の頭だった。
オロチだ。ついに現れた。
真珠のような光沢の真っ白な鱗。瞳孔もなにもない真っ赤な目が三つ。牛を二頭同時に丸呑みにできそうなくらい大きな口。そこから覗く鋭い牙と、先が二つに分かれた舌。
話に聞いていた通りの、美しくも恐ろしい姿。
オロチはゆっくりと私に近づいてくる。
恐怖で体が震え、歯がガチガチと鳴る。
ほら、やっぱり助けなんか来ないじゃない。
私はここでオロチに喰われて死ぬ。
もう、それでいい。
ずっと前から、こうなることはわかっていたんだから。
私が改めて死を覚悟して目を閉た時、小さな友達は嬉しそうに叫んだ。
『来た!』
『来たよ!』
思わず目を開くと、湖から岸に上がりかけていたオロチになにかが降り注いだ。
それはオロチの白い鱗を砕きながら次々と突き刺さっていく。
あれは……氷だ。
私の身長くらいの長さの、先が尖った氷柱のような形の氷だ。
オロチが、湖の神様が、瞬く間に針山のような状態になってしまった。
その次にオロチに降ってきたのは、氷ではなかった。
黒くて、大きな翼がついた……あれはなに?
その黒いものは、オロチの頭を上から押さえつけるように地面に叩きつけた。
ドスンという鈍い音が響き、その凄まじい衝撃が地面を伝って私のところにまで届いた。
オロチは湖の中に沈んでいる長大な体をくねらせて反撃しようとしたようだが、すぐにその動は止まり、横たわったまま動かなくなった。
小さな友達が『来た!』と言い出してからほんの数秒の間の出来事だった。
あまりの出来事に私は瞬きをすることすら忘れて、呆然することしかできなかった。
『来てくれた!間に合った!』
『助かったよ!もう大丈夫!』
『優しい子だよ。もう友達だよ』
『黒くて強い友達だよ』
小さな友達によると、優しくて黒くて強い友達なのだそうだが……
黒いものはひらりとオロチの頭から飛び降りて、私に顔を向けた。
そう。顔だ。人の顔だ。
黒髪に金色の瞳の、美しい青年の顔。
なのに、四枚の黒い翼、同じ色の羽で覆われた体、猛禽のような足……それから大きな、布袋?
「怖かったね。もう大丈夫だからね」
そう言いながら、頑丈な縄を切って私の縛めを解いてくれた。
「あなたは……神様、ですか?」
もしかしたら、オロチの次にこの地を支配する神様なのかもしれないと思ったのだが、
「神様?違うよ、僕はそんなんじゃない」
あっさりと否定されてしまった。
「今はこんな姿だけど、人だよ。きみと同じだよ」
人?私と同じ?本当に?
「……そんなにきれいな翼があるのに?」
思わず漏れた本心に、その人は一瞬驚いたように目を瞠った後に破顔した。
「僕はユージィン。きみの名前は?」
信じられないと思いつつも、屈託のない笑顔と優しい光を湛える金色の瞳に誘われるように、私は差し出された手を握った。
「カンナ」
要するに、生贄だ。
そして、今年の花嫁は私。
私はオロチの花嫁にするために育てられた。
オロチというのは、村の水源になっている山奥の湖に棲む大蛇の姿をした神様だ。
白い衣装を着た私を、村の男たちが湖の畔にある岩に縛りつけた。
男たちの中には私の父も含まれていたが、誰も一言も発することなく、私と目を合わせることもない。
淡々と作業を終えると、私を残して足早に去って行った。
せめて最後くらいは言葉をかけてくれるのではないかと期待していた私が馬鹿だった。
わかっていたけど、虚しくて涙が零れた。
自分がもうすぐ死ぬことよりも、一つとして認めてもらえなかったことが悲しい。
『泣かないで。大丈夫だよ』
『助けを呼んだよ。友達の友達の友達だよ』
『優しい子だよ。仲良くなれるよ』
『黒くて強い子だよ』
私の周りを、背中にトンボみたいな羽がついた小人が飛び回り、しきりに声をかけてくる。
私にしか見えない、小さな友達だ。
この小さな友達のおかげで、誰にも目をかけてもらえなくても生きることができた。
この小さな友達のせいで、余計に気味悪がられて疎まれることとなった。
こんな山奥に誰が来るというのか。
私を助けてくれる人なんているわけがない。
そんな気休めいらないから、せめて静かに逝かせてほしい……
しんと静まり返った湖の水面に、大きな波紋が広がった。
そして、湖のちょうど中心あたりにから、なにか大きな白いものがにゅっと突き出した。
それは、真っ白な大蛇の頭だった。
オロチだ。ついに現れた。
真珠のような光沢の真っ白な鱗。瞳孔もなにもない真っ赤な目が三つ。牛を二頭同時に丸呑みにできそうなくらい大きな口。そこから覗く鋭い牙と、先が二つに分かれた舌。
話に聞いていた通りの、美しくも恐ろしい姿。
オロチはゆっくりと私に近づいてくる。
恐怖で体が震え、歯がガチガチと鳴る。
ほら、やっぱり助けなんか来ないじゃない。
私はここでオロチに喰われて死ぬ。
もう、それでいい。
ずっと前から、こうなることはわかっていたんだから。
私が改めて死を覚悟して目を閉た時、小さな友達は嬉しそうに叫んだ。
『来た!』
『来たよ!』
思わず目を開くと、湖から岸に上がりかけていたオロチになにかが降り注いだ。
それはオロチの白い鱗を砕きながら次々と突き刺さっていく。
あれは……氷だ。
私の身長くらいの長さの、先が尖った氷柱のような形の氷だ。
オロチが、湖の神様が、瞬く間に針山のような状態になってしまった。
その次にオロチに降ってきたのは、氷ではなかった。
黒くて、大きな翼がついた……あれはなに?
その黒いものは、オロチの頭を上から押さえつけるように地面に叩きつけた。
ドスンという鈍い音が響き、その凄まじい衝撃が地面を伝って私のところにまで届いた。
オロチは湖の中に沈んでいる長大な体をくねらせて反撃しようとしたようだが、すぐにその動は止まり、横たわったまま動かなくなった。
小さな友達が『来た!』と言い出してからほんの数秒の間の出来事だった。
あまりの出来事に私は瞬きをすることすら忘れて、呆然することしかできなかった。
『来てくれた!間に合った!』
『助かったよ!もう大丈夫!』
『優しい子だよ。もう友達だよ』
『黒くて強い友達だよ』
小さな友達によると、優しくて黒くて強い友達なのだそうだが……
黒いものはひらりとオロチの頭から飛び降りて、私に顔を向けた。
そう。顔だ。人の顔だ。
黒髪に金色の瞳の、美しい青年の顔。
なのに、四枚の黒い翼、同じ色の羽で覆われた体、猛禽のような足……それから大きな、布袋?
「怖かったね。もう大丈夫だからね」
そう言いながら、頑丈な縄を切って私の縛めを解いてくれた。
「あなたは……神様、ですか?」
もしかしたら、オロチの次にこの地を支配する神様なのかもしれないと思ったのだが、
「神様?違うよ、僕はそんなんじゃない」
あっさりと否定されてしまった。
「今はこんな姿だけど、人だよ。きみと同じだよ」
人?私と同じ?本当に?
「……そんなにきれいな翼があるのに?」
思わず漏れた本心に、その人は一瞬驚いたように目を瞠った後に破顔した。
「僕はユージィン。きみの名前は?」
信じられないと思いつつも、屈託のない笑顔と優しい光を湛える金色の瞳に誘われるように、私は差し出された手を握った。
「カンナ」
31
お気に入りに追加
498
あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。
木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。
その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。
ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。
彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。
その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。
流石に、エルーナもその態度は頭にきた。
今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。
※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる