孤独なお針子が拾ったのは最強のペットでした

鈴木かなえ

文字の大きさ
上 下
49 / 61

㊾エピローグ

しおりを挟む
 アーレンはふわりと地上に舞い降り、その腕に抱えられた私は思わず声を上げた。

「わぁ……懐かしい!」
「ああ、懐かしいな。状態維持しておいて正解だった」

 私たちが来たのは、かつて私が一人で暮らしていた、メルカトの町はずれにある一軒家だ。

 庭や畑は草が伸び放題になっているが、家はアーレンの魔法のおかげで私たちが旅立った時のまま保存されている。

「これが、お母さんたちが住んでた家なのね」
「本当に小さいね。お父さんは大変だったんじゃない?」

 懐かしさに浸る私とアーレンのすぐ横に、子供たちが降り立った。

 長女エレーナ十二歳と、長男ユージィン十歳だ。

 二人とも父親譲りの漆黒の髪と金色の瞳、整った可愛らしい顔立ちをしている。

 そして、今は二人の首から下は……アーレンと同じ精霊から祝福を授けられた姿となっている。


 つい先日、ユージィンが十歳の誕生日を迎えた翌日。
 めったに我儘を言わない二人が、
 「妖精が、お父さんと同じ祝福がもらえるって教えてくれた!私(僕)もお父さんみたいに空を飛べるようになりたい!」
 と同時に騒ぎ出した。

 エレーナもユージィンも、産まれた時から『妖精に好かれる』という祝福を授けられている。
 普通の人には見えない小さな妖精が二人の周りには常に飛び交っているそうで、いつも妖精たちと遊んだりおしゃべりしたりしている。
 妖精は薬草についての知識や、森の中で魔物のいる場所など、自然の中の様々なことを教えてくれる。
 この時は、夢の中になんだか偉そうな妖精が現れて、『空が飛べるようになりたくないか?』とたきつけられたのだそうだ。
 父の翼に触るのも、抱えられて空を飛ぶのも大好きな二人が騒ぐのは当然だった。

 もう一つ追加で祝福を得るなんて大丈夫なのだろうかと心配したが、アーレンが黒い大鷲の精霊に尋ねてみたところ、問題ないという返答だったのだそうだ。

「この祝福を授けられる時は物凄く痛いんだが、本当にいいんだな?」
「ほんの短い間だけなんでしょ?それで飛べるようになるんなら、我慢できる!」

 というわけで、アーレンはお兄さんに断りをいれてから満月の夜に家族でこっそりと王城に行き、そこで二人とも見事に二つ目の祝福を獲得した。
「思ったより痛くなかったよ!」
「見て!もう飛べるよ!」

 二対の翼を羽ばたかせて無邪気にはしゃぐ二人に、国王陛下になったお兄さんはアーレンと同じ金色の瞳を細めて、

「また遊びにおいで。次はきみたちのいとこにも会わせてあげるからね」

 と言って、頭を優しく撫でてくれた。


 アーレンもそうだったように、この祝福は授けられた後しばらくは元の姿に戻れなくなる。
 アーレンの時はそれが半年以上続いたわけだが、精霊によると二人の場合はせいぜい一か月くらいだろう、ということだった。
 二人ともまだ子供で心も体も柔軟であることと、アーレンの場合はこの祝福のことを理解できていなかったから長引いてしまった、というのが理由なのだそうだ。

 一か月ですむのは助かるが、この姿ではエケルトに帰れない。
 というわけで、私たちはそのまま家族旅行に行くことにした。
 家族旅行というより、二人が新しく得た祝福を使いこなすための修行旅行の方が正しいかもしれない。
 人目につかない深い山の中で、魔法で魔物を狩ったり料理をしたりと、祝福により増えた魔力に四苦八苦しながらも二人は真面目に取り組んで、アーレンも驚くほどあっさりとコツを掴んでしまった。
 アーレンは完全に独学だったのに対し、二人は父親からだけでなく、妖精と精霊からも教えを受けているから、ということらしい。
 
 修行旅行五日目にして、魔法で雪玉のようなものをつくってそれをぶつけ合うという雪合戦のような遊びをする二人に、私は唖然としたものだ。
 きゃあきゃあと無邪気に笑って楽しそうではあるが、ものすごい早さで地上を駆け空に舞い上がり、一度に十個くらいの雪玉を相手に向かって撃ち出すという、かなり高難易度な遊びだった。
 魔法が使えない私からしても、既に翼も魔法も十分に使いこなしているように見えた。
 よくわからないが……これって規格外すぎるのではないだろうか。

「うちの子たちは、なんだかすごいことになってるわね……」
「そうだな。俺たちの子だからな」
「私が見る限り、すごいのはほとんどアーレン譲りだわ」
「そんなことはない。二人が妖精から祝福を得たのは、きみのおかげなんだから」
「それはそうかもしれないけど……」

 アーレンから、例の剣帯がどうなったのかは聞いている。
 変わり者だという妖精王は、子供たち二人に祝福を授けてくれるほどにあの剣帯を気に入ってくれたということなのだろうか。

「それに、二人とも可愛いところはきみにそっくりだ」

 エレーナもユージィンも、顔立ちは確実に父親似なのに。
 私だって子供たちはどこのだれよりも可愛いと思っているが、アーレンが言う可愛いというのは、私の知っている意味とは違うのかもしれない。
 


 そんなこんなで、十日もかからず修行も一段落ついてしまったわけだが、まだエケルトには帰れない。

「それなら、お母さんが住んでた森の中の一軒家に行ってみたい!」

 とエレーナが言い出したので、こうして久しぶりに里帰りをすることになった。
 活発でお転婆だがロマンチックなものが大好きなエレーナは、私とアーレンの馴れ初め話も大好きなのだ。

 家の中をさっと見て回った二人は、

「お墓にお供えするお花を摘んでくるね!あっちにきれいなノバラがあるんだって!」
「この辺りにしかない薬草があるんだって!種もらってくる!」

 この土地の妖精と早速仲良くなったらしく、元気に森の中に駆けて行った。
 これが普通の子供たちなら、迷子にならないようにと注意するところだが、この二人ならそんな心配もない。
 なんとも頼もしいことだ。

「本当に懐かしい……あ、このカップ、覚えてる?」
「もちろんだ。きみが一番最初に水をいれてくれたカップだ。あれからずっと俺専用だった」

 家の中にあるもの全てが懐かしく、どこを見ても思い出だらけだ。

「アーレンが来てから、ここでの生活はとても幸せだったわ。たった半年だけだったのが信じられないくらい、たくさん思い出があるの」

 思い出すのはおばあちゃんのことと、アーレンが現れてからの半年の出来事ばかりだ。
 楽しい思い出と嬉しい思い出で埋めつくされて、悲しい思い出はどこか遠くに追いやられてしまっている。
 
「そうだな。俺も、きみのペットになれて幸せだったよ」
「そういえば、あの頃はペットだったわね……」

 ペットみたいに養うつもりだったのに、いつの間にやら逆に養われるような生活になっていたのも、今となってはいい思い出の一つだ。

「ペットから夫に昇格した今も、きみの側にいられて幸せなままだ」
「私も、アーレンがいてくれて幸せよ。あの頃も今も、これからもずっとね」

 あれから十年以上の月日が経ち、アーレンは目元に少し皺ができるようになったが、今では元々の秀麗さに貫禄まで加わって、さらに周囲の女性の視線を集めまくっている。
 それでも、アーレンの金色の瞳は一途に私にだけ向けられていて、それがとても嬉しい。

「ね、前みたいに、そこで抱きしめて?」

 そこ、というのは、かつてのアーレンの定位置だったリビングの床のことだ。
 私は毎晩、そこで胡坐をかいたアーレンの膝に座って、漆黒の羽毛の手触りを堪能しては癒されていた。

 アーレンはひょいと私を抱えて床に座り込み、そのまま翼で包んでくれた。
 その幸せな感覚に、私はうっとりと目を閉じた。 

「あー!ズルい!私も!」
「僕もいれてよー!」

 早くも目当てのものを手に入れて戻ってきた子供たちは、バタバタと賑やかに突撃してきた。
 かつては私だけのものだったこの温かな漆黒の闇は、今は子供たちと三人で共有している。
 子供たちもこれが大好きで、私がこうして包まれていると、外からアーレンの翼をこじ開けて中に入り込んできて、ぎゅうぎゅうに抱きつくのだ。

 子供たちも成長して体が大きくなった上に、今は二人とも二対の翼が背中にある姿なので、アーレンの大きな翼でも三人全員が入るとはみ出してしまう。
 それもなんだか楽しくて、私たちは全員で声を上げて笑った。

 私は愛する夫と子供たちの漆黒を撫でながら、幸せに満たされていた。 





しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。

木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。 その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。 ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。 彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。 その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。 流石に、エルーナもその態度は頭にきた。 今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。 ※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

処理中です...