孤独なお針子が拾ったのは最強のペットでした

鈴木かなえ

文字の大きさ
上 下
47 / 61

㊼ジェラルド視点

しおりを挟む
「お兄様、こんな時間にこんなところで、なにをなさるおつもりですの?」
「少し確かめたいことがあってね」

 ブリジットは不満気に口をとがらせている。
 夜に王城の片隅の神殿跡になんの説明もなく連れてこられたのだから無理もない。

 ブリジットだけでなく、険しい顔のサミュエルと、騎士にとりかこまれて青白い顔をした母上もいる。

「ほら、ここに立って。動いてはいけないよ」
「なになさるのです?いい加減に教えてくださいませ」
「いいから、言われた通りにしなさい」

 僕に言われて渋々ながら、ブリジットは神殿跡に一人でぽつんと立った。
 高い位置まで登った満月が、僕たちを白々と照らしている。

 それからいくら待っても、ブリジットにはなにも起こらなかった。
 魔法陣もなにも出てこない。

 ブリジットは健康だし、僕と同じくらいの魔力を持っているはずだ。
 僕でも魔法陣を起動することができたのに、ブリジットにはそれすら起こらない。

 やはりそうか、と僕は溜息をついた。

 ブリジットと僕は異父兄妹で、ブリジットとアーレンは一滴の血も繋がっていなかったわけだ。
 覚悟をしていたにしても、母の不貞の証拠を目の当たりにするのは辛いものがある。

「もう、いったいなんなのです!用が済んだなら、早く帰らせてくださいませ。わたくし、妊娠していますのよ?」

 ドラゴン騒動が落ち着いてしばらくしてから、ブリジットが身籠った。
 僕に甥か姪ができるわけだ。
 本来なら喜ばしいことだが、父親が誰かわからないらしいということで、全く喜べなかった。
 サミュエルが父親ではないということは、火を見るよりも明らかだった。
 
 もしブリジットが王家の血を引いているなら、産まれてくる子はアーレンのように精霊の祝福を受けることができるかもしれないが、そうでないのなら厄介事の種でしかない。
 
「ブリジット。きみは、本当に母上にそっくりだね」
「?どういう意味ですの?」
「きみは父上の子ではない、ということだよ。そうでしょう、母上」

 母上はガクガクと震えるだけで、反論しない。
 その様子が言葉以上の肯定と言えるだろう。

「はぁ!?なにを仰るの!?なにを根拠にそんなことを!」
「オルランディア王家の血を引いているものが満月の夜にそこに立つと、面白いことが起こるはずなんだよ」
「面白いこと?どういうことですの?」
「王家の血を引かないきみには説明する理由もない」

 僕は騎士に支えられている母上を振り返った。

「母上には離宮で蟄居していただきます」
「……」
「大丈夫ですよ。父上も間もなく退位なさる。父上にも同じ離宮に移っていただきますから、寂しくはありませんよ」
「……」
「ブリジットも、身の振り方が決まるまでは一緒です。一か所にまとまっていてくれた方が面倒がないのでね」

 騎士に腕を掴まれ、ブリジットが暴れている。

「無礼者!放しなさい!わたくしは、オルランディア王女ですのよ!」
「違うよ。父上の子でない以上、きみは王女ではない」
「そんなはずありませんわ!わたくしは」
「なにも不思議なことはない。母上に愛人がいたことはきみも知っているだろう」
「……!でも!それでも、わたくしは、お兄様の妹ですわ!」
「そうだね。それは間違いない。だからこそ、残念でしかたがないよ。きみが派手に男を漁ったり、美しい令嬢に怪我をさせたりしなければ、こんなことを追及するつもりはなかった」

オルランディア王家の血を引いていなかったとしても、サミュエルと仲良く夫婦でいてくれたなら、そうでなくても、せめてごく普通の淑女でいてくれたら、それでよかったのに。 
 何度言い聞かせてもブリジットの素行は悪くなる一方で、このままではサミュエルとオルランディア王家の求心力まで地に落ちてしまうというところまで来ていた。

「大丈夫。処分したりはしないから。ブリジット、きみは公式には病死したということにして、どこか遠くの修道院に行ってもらう。お腹の子は設備の整った孤児院で引き取ってもらうから、心配いらないよ」
「そんな!嫌です!修道院など、行きたくありませんわ!」

 ブリジットはサミュエルを睨みつけた。
 サミュエルが夫であることをやっと思い出したようだ。

「サミュエル!なにをぼーっとしているの!わたくしを助けなさい!あなたは、わたくしの夫でしょう!」
「……父親のわからない子を身籠っていながら、今更なにを言う」

 サミュエルの声には冷たい怒りが含まれている。
 
「なにを言っているの!?この子は、オルランディア王女の子よ!高貴なわたくしから産まれるのだから、わたくしと同じくらい高貴な子なのよ!父親が誰であるかなんて問題にならないわ!」

 そんなはずがないだろう、とその場にいる騎士たちまでが顔を顰めた。

「元平民がわたくしに口答えするなど何様のつもりなのかしら!わたくしの夫に選ばれただけでも身に余る光栄だと感謝すべきことですのよ!それなのに、わたくしに逆らうなど」
「もういい。連れて行け」

 それ以上醜い言葉を聞きたくなくて、僕が遮って手を振ると、騎士たちは母上とブリジットを予め準備してあった離宮へと連行していった。
 母上はなんの抵抗もしなかったが、ブリジットはまだまだ元気に騒いで暴れていた。
 
 僕はもう口を開く気力もなく、厳しい顔でそれを見送ったサミュエルの肩を無言で叩いた。
 

 ブリジットの父親は、長い間母上の愛人をしていた、モワデイル出身のあの男だろう。
 モワデイル近郊には、精霊とオルランディア王家にまつわる伝承が僅かながら残っていることが調査によりわかっている。
 あの男からそれを聞いた母上は、なにをどう調べたのか、祝福を呪いだと勘違いしてアーレンを呪い殺そうとしたのだ。
 結果的には、そのおかげでオルランディアは助かったわけではあるが、だからといって第二王子を害したことが帳消しになるわけではない。
 母上に関しては、蟄居という処分すら甘いくらいだ。

 母上もブリジットも、どこかで見切りをつける必要があった。
 そのタイミングが今だったのは、ブリジットの子が産まれる前に決着をつけなければいけなかったからだ。
 産まれてしまえばサミュエルの子として育てるしかなくなる。
 子に罪はないが、不義の子を英雄将軍の子とするわけにはいかない。

 こうするしかなかったのだ、と自分に言い聞かせながらも、暗く胸が塞がれていった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。

木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。 その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。 ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。 彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。 その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。 流石に、エルーナもその態度は頭にきた。 今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。 ※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

処理中です...