孤独なお針子が拾ったのは最強のペットでした

鈴木かなえ

文字の大きさ
上 下
37 / 61

しおりを挟む
 ジェラルド王子が去り、室内に私とアーレンの二人だけになった。

「ナディア……すまない。俺は、行かなくてはいけない」

 アーレンは私を抱きしめ、私はアーレンの逞しい胸に顔を埋めた。

 私がどれだけ行かないでと懇願しても、行ってしまうのだろう。 
 アーレンはそういう人だ。

 サミーが率いているという五千人の兵には、それぞれ家族や恋人がいる。
 かつて私がそうだったように、多くの人が出征した兵の無事を祈り、一日でも早い帰還を待っているのだ。
 
 優しくて、もう王子ではないと言いながらも責任感の強いアーレンがそれを見て見ぬふりできるわけがない。

「アーレン……私を一人にしないって、置いていかないって、約束したわよね?」
「ああ、約束したよ」
「私より長生きして、私を看取ってくれるのよね?」
「そのつもりだよ」
「私、アーレンがいないと、生きていけないの」
「俺も同じだ。ナディアがいないと、俺はすぐに死んでしまう」

 涙で濡れた頬に手を添えられ、上を向かされた。
 額同士がこつんと触れ合う。

「ドラゴンが討伐できなければ、海を渡った隣国に逃げたところで安全とは言い切れない。俺は、きみのためにドラゴンを斃す。きみがこれからも幸せに暮らせるように。きみのためにも、オルランディアが焼野原になるのを防がなくてはいけない」

 私たちは、アーレンの翼で隣国に渡ったことがある。
 空を飛ぶドラゴンにだって、同じことができるはずだ。
 ドラゴンが生きている限り、安全な場所などないのだ。

「心配しないでくれ。知っているだろう?俺は、とても強い。ドラゴンがどれほどのものかわからないが、負ける気がしない。俺の心臓を止めることができるのは、ナディア、この世できみだけだ」
「心臓を止めるとか言わないで……不吉すぎるわ」
「そうだな。すまない。だが、本当のことだ」

 アーレンは私の手をとって、左胸の上に置いた。
 逞しい筋肉の下で、心臓が力強い鼓動を響かせているのを感じる。

「きみが俺を拾った時から、俺のすべてはきみのものだ。きみを守るためなら、俺はなんだってできる。いくらでも強くなれる。だから、ここで待っていてくれ。必ず戻ってくるから」
「アーレン……」

 アーレンが強いことは、私もよく知っている。
 とても強そうな魔物を、いとも簡単に狩ってしまうところを何度も見てきた。
 それでも……

 でも、だからこそ。
 私にもできることがある。

「……アーレン……私も、連れて行って」
「なにを言ってるんだ。きみを戦場になんか連れて行けないよ。危険すぎる」
「わかってるわ。そうじゃなくて……これを持って行ってほしいの」

 私は、裁縫道具などが入ったバスケットの中から取り出したものをアーレンに渡した。

「これは……」
「剣帯よ。まだ作りかけなんだけど……もうすぐアーレンの誕生日だから、プレゼントにしようと思って……」

 アーレンは破顔して手に取り、中途半端に刺繍されたそれを調べ始めた。

「ありがとう、ナディア。とても嬉しい……既に加護がたくさんついているな」
「その、剣は使わないんだろうけど……これなら、もう一つの姿になっても、邪魔にならずに身に着けておくことができるんじゃないかな、と思ったんだけど……」
「そうだな。腰に巻いておくだけだからな」
「まだ刺繍できるスペースがあるし、加護は追加できるわ。私、命懸けでお祈りしながら刺繍するから……だから、私の代わりに、これを持って行ってほしいの」

 私はどう考えても一緒には行けない。
 だが、私の魂を籠めた剣帯を持って行ってくれたら、私の一部だけでも一緒に行けるのではないだろうか。
 手の甲で涙を拭って、アーレンの金色の瞳を見上げた。

「泣いてる場合じゃないわ。私も、アーレンを守るんだから!私にならそれができるんだもの。だから教えて。どんな加護をつけてほしい?」

 アーレンは目を僅かに見開いて、それから私の額にキスをした。

「それでこそ、俺の妻だ。きみのくれる加護があれば、百人力だ。俺はこの世で一番の果報者だな」
「私、頑張るからね。きっと、私の祝福はこの時のために授けられたんだわ」
「きみの存在全てが、俺にとっては祝福だよ」

 それから、私たちは追加する加護について話し合い、メモに書き留めた。
 刺繍するのは菫とスズランの柄となった。
 剣帯には可愛らしすぎるのではないかと思ったが、アーレンの希望なので、素直に従うことにした。

 早速刺繍に取り掛かろうとした私を、アーレンが押しとどめた。

「まずは夕飯をしっかり食べてからだ。きみは刺繍に集中すると、何時間でもずっと針を動かし続けるから。きみの体を損ねて得られた加護なんて、いくら強力でも喜べない」

 アーレンは今から作るより早いからと、ルークさんのお店で持ち帰りができる料理をいくつか買ってきてくれて、二人で食卓を囲んだ。
 食べている間にも、私の頭の中は菫とスズランの様々な意匠が飛び交っていた。

 お腹を満たして身を清めてから、私はテーブルの上に並べた刺繍道具を前に深呼吸をして意識を集中した。

 私の大事なアーレン。
 誰よりも強くて、優しくて、美しい、私の愛する夫。
 絶対に守ってみせる。

 命中率向上、五感強化、全属性耐性強化、全属性攻撃力強化、疲労軽減、生命力向上、それから……

 アーレンの無事と幸運を祈りながら、メモに書かれた加護の内容を意識しつつ、私は慎重に針を動かし始めた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。

木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。 その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。 ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。 彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。 その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。 流石に、エルーナもその態度は頭にきた。 今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。 ※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

処理中です...