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⑳サミュエル視点
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「やあ、将軍。突然の面会依頼なんて珍しいね。なにかあったのかな?」
ジェラルド殿下はにこやかに迎えてくれた。
精悍で逞しいアーレン殿下に対し、ジェラルド殿下は線が細く優し気な印象を受ける。
ジェラルド殿下の体が弱いとのことで、軍関係は全てアーレン殿下が担っていたので俺はアーレン殿下との方が繋がりが深かった。
だからといって、ジェラルド殿下に含むところがあるわけではない。
体が弱いところ以外は優秀で、君主としての資質は申し分ないと思っている。
俺みたいな平民上がりを将軍にしてくれるくらい公平だ。
そのあたりはアーレン殿下にも共通するところだった。
「人払いをお願いします」
短く告げた俺に、ジェラルド殿下は手を振って控えていた侍従を下げた。
「で?なにがあった?」
俺はいつも使っている剣帯を殿下に手渡した。
「俺が出征したころから使っている剣帯です」
「そうだね。見覚えがあるよ。それで、これがどうしたの?」
「それには、強力な加護がいくつもつけられています」
殿下は顔色を変えて、剣帯に魔力を通して調べだした。
ジェラルド殿下も、アーレン殿下ほどではなくても王族の嗜みとして魔法には精通している。
「……本当だ。幸運、解毒、回復、体力向上、俊敏性向上……どれもこれも最上級だ。こんなもの、初めて見たよ。国宝にしてもいいくらいだ」
「私が平民から将軍にまでなれたのは、それのおかげです」
「なるほどね……それも納得できるほどの逸品だ」
一見しては特に変わったところはない剣帯を殿下はしげしげと眺めた。
「加護は、正確には刺繍につけられています」
「ほう……確かにそのようだね」
「その刺繍を施したのは、私の故郷の幼馴染……いえ、元婚約者です」
婚約者、という言葉に殿下は眉を顰めた。
妹であるブリジット王女と俺は婚約しているのだから、兄としては当然の反応だろう。
「……つまり、その女性は、刺繍に強力な加護を付加することができる祝福を持っている、ということかな」
「その通りです」
「それで?その女性は、今どうしているの?」
殿下の金色の瞳が俺をじっと見ている。
嘘や欺瞞はたちどころに見抜かれてしまうだろう。そんな瞳だった。
「……この祝福は、得難いものです。間違いなくオルランディアに利益を齎します。なので、秘密裡に部下を迎えに行かせました。王都に連れてきて、私の元で保護しようと思ったのです。ですが……」
「まさか死なせてしまったの?」
「いいえ!……逃げられた、と信じたいところです。死んではいないと……願っています」
「随分とはっきりしないことを言うね。生きてるかどうかもわからないの?」
咎める殿下に、俺はぎゅっと拳を握りしめた。
「……少し長くなりますが、初めから、全てお話します。私の故郷でのことも、今回のことも」
俺は全てを話した。
故郷のこと、ナディアのこと。
ナディアがくれた加護のおかげで、戦場でのし上がったこと。
ブリジット王女が俺の身辺を探っているので、急遽保護するために騎士を送ったのに、指令が正しく伝わっていなかったこと。
ナディアが人の言葉を喋る黒い化け物をペットにしていたこと。
「二足歩行で、翼が生えていて、体は黒い羽毛で覆われていたそうです」
じっと聞いていた殿下が、ここで息をのんだのがわかった。
「金色の瞳で、黒い髪で……ナディアは、それのことをアーレンと呼んでいたそうです」
殿下の顔が目に見えて青白くなった。
「ナディアは、アーレンという名のそれに抱えられて、どこかへ飛び去った、のだそうです。死んではいないと思いますが……今のところ、確かめる術がありません」
青い顔で視線を落ち着きなく彷徨わせる殿下を、今度は俺がじっと見つめた。
「教えてください。アーレン殿下は、本当に亡くなったのですか」
アーレン殿下の死因は不慮の事故とだけ公表された。
葬儀もごく小規模の密葬で、軍関係は俺と副官のバーナードしか参列が許されなかった。
そして、祭壇に据えられた棺は一度として蓋を開けられることはなく、そのまま王家の墓地へと埋葬された。
せめて最後に顔を見せてほしいと頼んでみたが、見せられる状態ではないからと却下されてしまった。
そんなに酷い亡くなり方だったのか。
オルランディア軍最強の戦士だったというのに、なにがあったのか。
暗殺、という考えが頭をよぎったが、それはすぐ否定した。
今アーレン殿下を消したところで得をする人などいないはずなのだから。
アーレン殿下がいてもいなくても、ジェラルド殿下が王位を継ぐことは決まっている。
平民出身の俺にも屈託なく笑ってくれたアーレン殿下はもういない。
いつも真っすぐだった金色の瞳は、永遠に閉ざされてしまった。
不自然さと疑問だらけではあったが、突然の戦友の死に俺は打ちひしがれた。
ジェラルド殿下も葬儀の時は俺と同じくらい沈痛な面持ちだったのを覚えている。
あれは、俺と同じくらいアーレン殿下の死を悼んでいるからだと思っていたが、違ったのだろうか。
「……アーレンは……」
長い沈黙の後、やっと殿下は口を開いた。
「アーレンは……生きていたんだな……」
ぽつりと呟くような殿下の言葉には、様々な感情が籠められているようだった。
「どういう意味なのです?ナディアと一緒にいた黒いなにかは、やはりアーレン殿下なのですか?」
殿下は、手に握ったままの剣帯を示した。
「アーレンは、この加護のことを知っていたんじゃないか?」
「はい、ご存じでした」
「きみの婚約者の祝福のことも知っていただろうね」
「はい」
「アーレンは……ナディアといったか。きみの婚約者に、助けを求めたのだろう。かけられた呪いを解くために」
「呪い!?」
ジェラルド殿下は葬儀の時と同じくらい沈痛な面持ちで俺を見た。
「今度は……僕が知っていることを全て話す。ただし、このことはここだけの秘密にしてほしい」
そうして語られたのは、アーレン殿下の身に降りかかった信じがたい悲劇だった。
ジェラルド殿下はにこやかに迎えてくれた。
精悍で逞しいアーレン殿下に対し、ジェラルド殿下は線が細く優し気な印象を受ける。
ジェラルド殿下の体が弱いとのことで、軍関係は全てアーレン殿下が担っていたので俺はアーレン殿下との方が繋がりが深かった。
だからといって、ジェラルド殿下に含むところがあるわけではない。
体が弱いところ以外は優秀で、君主としての資質は申し分ないと思っている。
俺みたいな平民上がりを将軍にしてくれるくらい公平だ。
そのあたりはアーレン殿下にも共通するところだった。
「人払いをお願いします」
短く告げた俺に、ジェラルド殿下は手を振って控えていた侍従を下げた。
「で?なにがあった?」
俺はいつも使っている剣帯を殿下に手渡した。
「俺が出征したころから使っている剣帯です」
「そうだね。見覚えがあるよ。それで、これがどうしたの?」
「それには、強力な加護がいくつもつけられています」
殿下は顔色を変えて、剣帯に魔力を通して調べだした。
ジェラルド殿下も、アーレン殿下ほどではなくても王族の嗜みとして魔法には精通している。
「……本当だ。幸運、解毒、回復、体力向上、俊敏性向上……どれもこれも最上級だ。こんなもの、初めて見たよ。国宝にしてもいいくらいだ」
「私が平民から将軍にまでなれたのは、それのおかげです」
「なるほどね……それも納得できるほどの逸品だ」
一見しては特に変わったところはない剣帯を殿下はしげしげと眺めた。
「加護は、正確には刺繍につけられています」
「ほう……確かにそのようだね」
「その刺繍を施したのは、私の故郷の幼馴染……いえ、元婚約者です」
婚約者、という言葉に殿下は眉を顰めた。
妹であるブリジット王女と俺は婚約しているのだから、兄としては当然の反応だろう。
「……つまり、その女性は、刺繍に強力な加護を付加することができる祝福を持っている、ということかな」
「その通りです」
「それで?その女性は、今どうしているの?」
殿下の金色の瞳が俺をじっと見ている。
嘘や欺瞞はたちどころに見抜かれてしまうだろう。そんな瞳だった。
「……この祝福は、得難いものです。間違いなくオルランディアに利益を齎します。なので、秘密裡に部下を迎えに行かせました。王都に連れてきて、私の元で保護しようと思ったのです。ですが……」
「まさか死なせてしまったの?」
「いいえ!……逃げられた、と信じたいところです。死んではいないと……願っています」
「随分とはっきりしないことを言うね。生きてるかどうかもわからないの?」
咎める殿下に、俺はぎゅっと拳を握りしめた。
「……少し長くなりますが、初めから、全てお話します。私の故郷でのことも、今回のことも」
俺は全てを話した。
故郷のこと、ナディアのこと。
ナディアがくれた加護のおかげで、戦場でのし上がったこと。
ブリジット王女が俺の身辺を探っているので、急遽保護するために騎士を送ったのに、指令が正しく伝わっていなかったこと。
ナディアが人の言葉を喋る黒い化け物をペットにしていたこと。
「二足歩行で、翼が生えていて、体は黒い羽毛で覆われていたそうです」
じっと聞いていた殿下が、ここで息をのんだのがわかった。
「金色の瞳で、黒い髪で……ナディアは、それのことをアーレンと呼んでいたそうです」
殿下の顔が目に見えて青白くなった。
「ナディアは、アーレンという名のそれに抱えられて、どこかへ飛び去った、のだそうです。死んではいないと思いますが……今のところ、確かめる術がありません」
青い顔で視線を落ち着きなく彷徨わせる殿下を、今度は俺がじっと見つめた。
「教えてください。アーレン殿下は、本当に亡くなったのですか」
アーレン殿下の死因は不慮の事故とだけ公表された。
葬儀もごく小規模の密葬で、軍関係は俺と副官のバーナードしか参列が許されなかった。
そして、祭壇に据えられた棺は一度として蓋を開けられることはなく、そのまま王家の墓地へと埋葬された。
せめて最後に顔を見せてほしいと頼んでみたが、見せられる状態ではないからと却下されてしまった。
そんなに酷い亡くなり方だったのか。
オルランディア軍最強の戦士だったというのに、なにがあったのか。
暗殺、という考えが頭をよぎったが、それはすぐ否定した。
今アーレン殿下を消したところで得をする人などいないはずなのだから。
アーレン殿下がいてもいなくても、ジェラルド殿下が王位を継ぐことは決まっている。
平民出身の俺にも屈託なく笑ってくれたアーレン殿下はもういない。
いつも真っすぐだった金色の瞳は、永遠に閉ざされてしまった。
不自然さと疑問だらけではあったが、突然の戦友の死に俺は打ちひしがれた。
ジェラルド殿下も葬儀の時は俺と同じくらい沈痛な面持ちだったのを覚えている。
あれは、俺と同じくらいアーレン殿下の死を悼んでいるからだと思っていたが、違ったのだろうか。
「……アーレンは……」
長い沈黙の後、やっと殿下は口を開いた。
「アーレンは……生きていたんだな……」
ぽつりと呟くような殿下の言葉には、様々な感情が籠められているようだった。
「どういう意味なのです?ナディアと一緒にいた黒いなにかは、やはりアーレン殿下なのですか?」
殿下は、手に握ったままの剣帯を示した。
「アーレンは、この加護のことを知っていたんじゃないか?」
「はい、ご存じでした」
「きみの婚約者の祝福のことも知っていただろうね」
「はい」
「アーレンは……ナディアといったか。きみの婚約者に、助けを求めたのだろう。かけられた呪いを解くために」
「呪い!?」
ジェラルド殿下は葬儀の時と同じくらい沈痛な面持ちで俺を見た。
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