孤独なお針子が拾ったのは最強のペットでした

鈴木かなえ

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 旅立ってからのアーレンはとても手際が良かった。
 アトラという町の近くの森の中に降りてそこで騎士から剥ぎ取った服に着替え、必要最低限の荷物を一つのリュックにまとめて残りの荷物は状態維持の魔法をかけて森の中に隠した。

 アーレンは冒険者で、私はその新妻という設定なのだそうだ。
 服装が冒険者っぽくないのは、駆け落ち同然で前にいた町を飛び出してきたから、ということで、口裏合わせる?ことになった。

「着替えるから、後ろを向いていてくれ」

 と言われて私はアーレンに背中を向けてついでに顔を手で覆った。
 しばらくして「もういいぞ」と声がかけられ、改めてアーレンに向きなおって、私はまた心臓が止まりそうになった。

 サイズが微妙に合わず、シャツの肩幅が窮屈そうで袖が短いのを腕まくりで誤魔化していながらも、仕立てのいい服を着たアーレンは、物凄い美丈夫だったのだ。
 艶やかな黒髪、輝く金色の瞳、秀麗な顔、長身で逞しい体躯。
 首から上は以前のままなのに、他の部分の印象が違いすぎる。

「仕方ないな。最初はナディアが仕立ててくれた服を着たかったのだが」

 不満気な顔も、見惚れてしまうほど素敵だった。
 そして、なによりそのバリトンボイス。
 いつもと変わらないはずなのに、脳髄が蕩けてしまいそうだった。

「どうした?どこか痛いのか?」
「ううん、なんでもないの」

 私は赤くなって俯いてしまった。
 私、こんなで大丈夫なんだろうか?

 アトラに入ってからも、私は全く落ち着かなかった。
 メルカト以外の町を知らない私には珍しいものばかりで、きょろきょろしながら歩いていると、はぐれたら困るからとアーレンに手を繋がれてしまったのだ。
 手を繋ぐなんて、おばあちゃんとサミー以外とはしたことがない。

「大丈夫よ。子供じゃないんだから」
「ダメだ。ナディアは可愛いから、こうしておかないと攫われてしまうかもしれない」
 どこまで冗談かわからないことを言われ、結局は離してくれなかった。

 そうして歩きながら気がついた。

 なんだか、たくさんの人と目が合うのだ。

 私たちがよそ者だからだろうか?
 私もメルカトで、見たことがない人がいたら、外から来た人かな?って思って見ていたし。

「アーレン……なんか、私たち見られてない?」
「ナディアが可愛いからみんな見てるんだよ」

 そんなことあるはずがない、と言おうとして気がついた。

 みんな、まず最初にアーレンを見て驚いた顔、もしくは頬を赤らめ、それから隣で手を引かれている私を見るのだ。
 私を見る人々の目からは……なんでこんなチンチクリンが?と思っているのが伝わってくる。

 アーレンは、やっぱり人目を惹くほどの美丈夫なのだ。
 隣にいるのが私では、どう考えても釣り合わないのではないだろうか。

 私がおろおろしている間に、アーレンはさっさと魔物の素材をいくつか売り払い、宿まで決めてしまった。
 素材はお店の人に見せるとびっくりするほどの高値を提示されたが、アーレンはそれでは納得せず交渉してやや釣り上げた金額に加えて傷薬などいくつかの薬を貰っていた。
 宿も、他の宿泊客と雑魚寝するようなところではなく、きちんとした寝室に個別のお風呂場までついているところで、値段もそれなりにするようだった。
 もっと安いところでもいいと言おうとして、ここはアーレンに全て任せようと思い直した。

 私は、旅に出たら私がしっかりとアーレンを引っ張っていかないといけないと思っていた。
 アーレンは王子様だったのだから、値段の交渉とか、宿をとるとか、そういったことはやったことがないのだろうと勝手に決めつけていたのだ。
 なのに、蓋を開けてみれば、私は全くなにもできず、ひたすらアーレンに手を引かれて歩くだけだった。
 アーレンと支え合おうと思っていたのに、これでは足手まといになるばかりではないか。

 今の私にできることは、アーレンのすることに口を挟まず黙ってついていくことだけだ。
 魔物の素材はまだいくつも残っているし、路銀の心配をする必要もないのだから。

 その後もアーレンは私に新品の装備を買ってくれた。
 私は今まで古着と自分で仕立てた服しか身に着けたことがなかったけど、新しい服はかなり値が張るだけあって着心地が良く、頑丈に出来ているようだ。
 さっきまで普通の町娘だったのに、服装を変えただけで冒険者に見えるのだから不思議な感じがする。
 しかも、フードつきマントとブーツはアーレンとお揃いで、恥ずかしいけど嬉しくて、何度も姿見の前で自分の姿を確認してしまった。

 フードを被って顔が見えなければ、アーレンと並んでも釣り合わないなんて思われないかもしれない。
 見るからに上質なマントなのだから、中身が私みたいな地味女だとは想像できないだろう。
 そういう意味でもいいマントだ。

 後で裏地に刺繍をして、加護をつけよう。
 どんな加護にするかは、アーレンと相談した方がいいかもしれない。

 そんなこんなで夕刻になり、アーレンは食事処に連れて行ってくれた。
 メルカトにも食事処や酒場はあったけど、私は入ったことがない。
 外食すること自体が初めてだ。

 ここでも私はどうしていいのかわからずおろおろしているだけだったが、アーレンがいくつかの料理を素早く注文してくれた。
 しばらくしてテーブルに並べられたのは始めて見る料理ばかりで、食べてみるとどれも目が丸くなるくらい美味しかった。
 せっかくだからと、使われている材料や調理法を観察した。
 材料さえ揃えば、私にも作れそうな料理もあり、機会があれば試してみようと思った。
 美味しい美味しいとパクパク食べる私に、アーレンは金色の瞳を優しく細めた。

 お腹がいっぱいになり大満足になったところで、私はやっとアーレンがどこかいつもと違う空気を纏っていることに気がついた。
 アーレンはとっくに食べ終わっていたけど、私は初めて食べる味付けの料理を研究するつもりで食べていたので時間がかかってしまった。
 待たされたので気を悪くしたのだろうか。

 よくわからないけど、アーレンは急いでいるようだ。

「ねぇ、急いでるの?なんで?」

 と訊いてみたけど、
 
「もう暗いからな。早く帰らないといけない」

 という応えしか返ってこなかった。

 誤魔化されたということが私にもわかったが、その理由は結局わからないまま、私は速足で宿までの道のりを歩かされた。
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