14 / 61
⑭
しおりを挟む
旅立ってからのアーレンはとても手際が良かった。
アトラという町の近くの森の中に降りてそこで騎士から剥ぎ取った服に着替え、必要最低限の荷物を一つのリュックにまとめて残りの荷物は状態維持の魔法をかけて森の中に隠した。
アーレンは冒険者で、私はその新妻という設定なのだそうだ。
服装が冒険者っぽくないのは、駆け落ち同然で前にいた町を飛び出してきたから、ということで、口裏合わせる?ことになった。
「着替えるから、後ろを向いていてくれ」
と言われて私はアーレンに背中を向けてついでに顔を手で覆った。
しばらくして「もういいぞ」と声がかけられ、改めてアーレンに向きなおって、私はまた心臓が止まりそうになった。
サイズが微妙に合わず、シャツの肩幅が窮屈そうで袖が短いのを腕まくりで誤魔化していながらも、仕立てのいい服を着たアーレンは、物凄い美丈夫だったのだ。
艶やかな黒髪、輝く金色の瞳、秀麗な顔、長身で逞しい体躯。
首から上は以前のままなのに、他の部分の印象が違いすぎる。
「仕方ないな。最初はナディアが仕立ててくれた服を着たかったのだが」
不満気な顔も、見惚れてしまうほど素敵だった。
そして、なによりそのバリトンボイス。
いつもと変わらないはずなのに、脳髄が蕩けてしまいそうだった。
「どうした?どこか痛いのか?」
「ううん、なんでもないの」
私は赤くなって俯いてしまった。
私、こんなで大丈夫なんだろうか?
アトラに入ってからも、私は全く落ち着かなかった。
メルカト以外の町を知らない私には珍しいものばかりで、きょろきょろしながら歩いていると、はぐれたら困るからとアーレンに手を繋がれてしまったのだ。
手を繋ぐなんて、おばあちゃんとサミー以外とはしたことがない。
「大丈夫よ。子供じゃないんだから」
「ダメだ。ナディアは可愛いから、こうしておかないと攫われてしまうかもしれない」
どこまで冗談かわからないことを言われ、結局は離してくれなかった。
そうして歩きながら気がついた。
なんだか、たくさんの人と目が合うのだ。
私たちがよそ者だからだろうか?
私もメルカトで、見たことがない人がいたら、外から来た人かな?って思って見ていたし。
「アーレン……なんか、私たち見られてない?」
「ナディアが可愛いからみんな見てるんだよ」
そんなことあるはずがない、と言おうとして気がついた。
みんな、まず最初にアーレンを見て驚いた顔、もしくは頬を赤らめ、それから隣で手を引かれている私を見るのだ。
私を見る人々の目からは……なんでこんなチンチクリンが?と思っているのが伝わってくる。
アーレンは、やっぱり人目を惹くほどの美丈夫なのだ。
隣にいるのが私では、どう考えても釣り合わないのではないだろうか。
私がおろおろしている間に、アーレンはさっさと魔物の素材をいくつか売り払い、宿まで決めてしまった。
素材はお店の人に見せるとびっくりするほどの高値を提示されたが、アーレンはそれでは納得せず交渉してやや釣り上げた金額に加えて傷薬などいくつかの薬を貰っていた。
宿も、他の宿泊客と雑魚寝するようなところではなく、きちんとした寝室に個別のお風呂場までついているところで、値段もそれなりにするようだった。
もっと安いところでもいいと言おうとして、ここはアーレンに全て任せようと思い直した。
私は、旅に出たら私がしっかりとアーレンを引っ張っていかないといけないと思っていた。
アーレンは王子様だったのだから、値段の交渉とか、宿をとるとか、そういったことはやったことがないのだろうと勝手に決めつけていたのだ。
なのに、蓋を開けてみれば、私は全くなにもできず、ひたすらアーレンに手を引かれて歩くだけだった。
アーレンと支え合おうと思っていたのに、これでは足手まといになるばかりではないか。
今の私にできることは、アーレンのすることに口を挟まず黙ってついていくことだけだ。
魔物の素材はまだいくつも残っているし、路銀の心配をする必要もないのだから。
その後もアーレンは私に新品の装備を買ってくれた。
私は今まで古着と自分で仕立てた服しか身に着けたことがなかったけど、新しい服はかなり値が張るだけあって着心地が良く、頑丈に出来ているようだ。
さっきまで普通の町娘だったのに、服装を変えただけで冒険者に見えるのだから不思議な感じがする。
しかも、フードつきマントとブーツはアーレンとお揃いで、恥ずかしいけど嬉しくて、何度も姿見の前で自分の姿を確認してしまった。
フードを被って顔が見えなければ、アーレンと並んでも釣り合わないなんて思われないかもしれない。
見るからに上質なマントなのだから、中身が私みたいな地味女だとは想像できないだろう。
そういう意味でもいいマントだ。
後で裏地に刺繍をして、加護をつけよう。
どんな加護にするかは、アーレンと相談した方がいいかもしれない。
そんなこんなで夕刻になり、アーレンは食事処に連れて行ってくれた。
メルカトにも食事処や酒場はあったけど、私は入ったことがない。
外食すること自体が初めてだ。
ここでも私はどうしていいのかわからずおろおろしているだけだったが、アーレンがいくつかの料理を素早く注文してくれた。
しばらくしてテーブルに並べられたのは始めて見る料理ばかりで、食べてみるとどれも目が丸くなるくらい美味しかった。
せっかくだからと、使われている材料や調理法を観察した。
材料さえ揃えば、私にも作れそうな料理もあり、機会があれば試してみようと思った。
美味しい美味しいとパクパク食べる私に、アーレンは金色の瞳を優しく細めた。
お腹がいっぱいになり大満足になったところで、私はやっとアーレンがどこかいつもと違う空気を纏っていることに気がついた。
アーレンはとっくに食べ終わっていたけど、私は初めて食べる味付けの料理を研究するつもりで食べていたので時間がかかってしまった。
待たされたので気を悪くしたのだろうか。
よくわからないけど、アーレンは急いでいるようだ。
「ねぇ、急いでるの?なんで?」
と訊いてみたけど、
「もう暗いからな。早く帰らないといけない」
という応えしか返ってこなかった。
誤魔化されたということが私にもわかったが、その理由は結局わからないまま、私は速足で宿までの道のりを歩かされた。
アトラという町の近くの森の中に降りてそこで騎士から剥ぎ取った服に着替え、必要最低限の荷物を一つのリュックにまとめて残りの荷物は状態維持の魔法をかけて森の中に隠した。
アーレンは冒険者で、私はその新妻という設定なのだそうだ。
服装が冒険者っぽくないのは、駆け落ち同然で前にいた町を飛び出してきたから、ということで、口裏合わせる?ことになった。
「着替えるから、後ろを向いていてくれ」
と言われて私はアーレンに背中を向けてついでに顔を手で覆った。
しばらくして「もういいぞ」と声がかけられ、改めてアーレンに向きなおって、私はまた心臓が止まりそうになった。
サイズが微妙に合わず、シャツの肩幅が窮屈そうで袖が短いのを腕まくりで誤魔化していながらも、仕立てのいい服を着たアーレンは、物凄い美丈夫だったのだ。
艶やかな黒髪、輝く金色の瞳、秀麗な顔、長身で逞しい体躯。
首から上は以前のままなのに、他の部分の印象が違いすぎる。
「仕方ないな。最初はナディアが仕立ててくれた服を着たかったのだが」
不満気な顔も、見惚れてしまうほど素敵だった。
そして、なによりそのバリトンボイス。
いつもと変わらないはずなのに、脳髄が蕩けてしまいそうだった。
「どうした?どこか痛いのか?」
「ううん、なんでもないの」
私は赤くなって俯いてしまった。
私、こんなで大丈夫なんだろうか?
アトラに入ってからも、私は全く落ち着かなかった。
メルカト以外の町を知らない私には珍しいものばかりで、きょろきょろしながら歩いていると、はぐれたら困るからとアーレンに手を繋がれてしまったのだ。
手を繋ぐなんて、おばあちゃんとサミー以外とはしたことがない。
「大丈夫よ。子供じゃないんだから」
「ダメだ。ナディアは可愛いから、こうしておかないと攫われてしまうかもしれない」
どこまで冗談かわからないことを言われ、結局は離してくれなかった。
そうして歩きながら気がついた。
なんだか、たくさんの人と目が合うのだ。
私たちがよそ者だからだろうか?
私もメルカトで、見たことがない人がいたら、外から来た人かな?って思って見ていたし。
「アーレン……なんか、私たち見られてない?」
「ナディアが可愛いからみんな見てるんだよ」
そんなことあるはずがない、と言おうとして気がついた。
みんな、まず最初にアーレンを見て驚いた顔、もしくは頬を赤らめ、それから隣で手を引かれている私を見るのだ。
私を見る人々の目からは……なんでこんなチンチクリンが?と思っているのが伝わってくる。
アーレンは、やっぱり人目を惹くほどの美丈夫なのだ。
隣にいるのが私では、どう考えても釣り合わないのではないだろうか。
私がおろおろしている間に、アーレンはさっさと魔物の素材をいくつか売り払い、宿まで決めてしまった。
素材はお店の人に見せるとびっくりするほどの高値を提示されたが、アーレンはそれでは納得せず交渉してやや釣り上げた金額に加えて傷薬などいくつかの薬を貰っていた。
宿も、他の宿泊客と雑魚寝するようなところではなく、きちんとした寝室に個別のお風呂場までついているところで、値段もそれなりにするようだった。
もっと安いところでもいいと言おうとして、ここはアーレンに全て任せようと思い直した。
私は、旅に出たら私がしっかりとアーレンを引っ張っていかないといけないと思っていた。
アーレンは王子様だったのだから、値段の交渉とか、宿をとるとか、そういったことはやったことがないのだろうと勝手に決めつけていたのだ。
なのに、蓋を開けてみれば、私は全くなにもできず、ひたすらアーレンに手を引かれて歩くだけだった。
アーレンと支え合おうと思っていたのに、これでは足手まといになるばかりではないか。
今の私にできることは、アーレンのすることに口を挟まず黙ってついていくことだけだ。
魔物の素材はまだいくつも残っているし、路銀の心配をする必要もないのだから。
その後もアーレンは私に新品の装備を買ってくれた。
私は今まで古着と自分で仕立てた服しか身に着けたことがなかったけど、新しい服はかなり値が張るだけあって着心地が良く、頑丈に出来ているようだ。
さっきまで普通の町娘だったのに、服装を変えただけで冒険者に見えるのだから不思議な感じがする。
しかも、フードつきマントとブーツはアーレンとお揃いで、恥ずかしいけど嬉しくて、何度も姿見の前で自分の姿を確認してしまった。
フードを被って顔が見えなければ、アーレンと並んでも釣り合わないなんて思われないかもしれない。
見るからに上質なマントなのだから、中身が私みたいな地味女だとは想像できないだろう。
そういう意味でもいいマントだ。
後で裏地に刺繍をして、加護をつけよう。
どんな加護にするかは、アーレンと相談した方がいいかもしれない。
そんなこんなで夕刻になり、アーレンは食事処に連れて行ってくれた。
メルカトにも食事処や酒場はあったけど、私は入ったことがない。
外食すること自体が初めてだ。
ここでも私はどうしていいのかわからずおろおろしているだけだったが、アーレンがいくつかの料理を素早く注文してくれた。
しばらくしてテーブルに並べられたのは始めて見る料理ばかりで、食べてみるとどれも目が丸くなるくらい美味しかった。
せっかくだからと、使われている材料や調理法を観察した。
材料さえ揃えば、私にも作れそうな料理もあり、機会があれば試してみようと思った。
美味しい美味しいとパクパク食べる私に、アーレンは金色の瞳を優しく細めた。
お腹がいっぱいになり大満足になったところで、私はやっとアーレンがどこかいつもと違う空気を纏っていることに気がついた。
アーレンはとっくに食べ終わっていたけど、私は初めて食べる味付けの料理を研究するつもりで食べていたので時間がかかってしまった。
待たされたので気を悪くしたのだろうか。
よくわからないけど、アーレンは急いでいるようだ。
「ねぇ、急いでるの?なんで?」
と訊いてみたけど、
「もう暗いからな。早く帰らないといけない」
という応えしか返ってこなかった。
誤魔化されたということが私にもわかったが、その理由は結局わからないまま、私は速足で宿までの道のりを歩かされた。
33
お気に入りに追加
498
あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。
木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。
その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。
ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。
彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。
その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。
流石に、エルーナもその態度は頭にきた。
今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。
※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる