孤独なお針子が拾ったのは最強のペットでした

鈴木かなえ

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⑫アーレン視点

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 オルランディア王城の片隅に、かつて神殿だった遺跡がある。
 長年風雨に曝された壁画やレリーフからは、もうなにが祭ってあったのかすらわからない。
 ある満月の真夜中、そんな忘れ去られた聖地に佇むおれに、人影が近づいてきた。

「兄上、なにがあったのです?こんな時間に」

 夜目にも輝く金色の瞳、金色の髪。俺より二歳年上のオルランディア王家第一王子、ジェラルド・オルランディアだ。
 兄は時期王位を継ぐ大事な身の上だ。
 いくら王城内とはいえ、夜に一人で出歩くのは不用心すぎる。

 思わず苦言を呈そうとした俺に、兄は怪訝な顔をした。

「きみこそ、こんなところでなにをしているんだ」
「?俺をここに呼び出したのは兄上ではないですか」
「なんのことだ?俺は、母上から一人でここに来るように手紙が来て、それで」

 俺と兄は顔を見合わせ、同時に悟った。
 マズい。嵌められた。

 俺たちはさっと示し合わせたように背中合わせになり周囲を見渡し警戒した。
 兄はそれなりに魔力はあるが、昔から病弱で実践経験がない。
 なにかあったら、俺が守らなくてはならないのだ。

「なにか心当たりは?」
「俺に対してだけなら星の数ほど。ですが、俺と兄上二人同時にとなると、限られるはずです」
「そうだな。誰の指金なのやら」
 
 高い位置まで昇った満月が煌々と輝き、朽ちた神殿跡地を青白く照らしている。

 囲まれている。
 数は……二十より多い。
 それよりも問題なのが。

「兄上。これは、賊の仕業ではない」

 気配が賊とは違う。
 これは、正規に訓練を受けた兵のものだ。

 そして、近づいてくる集団。

 その先頭にいたのは、

「母上」
「義母上」

 兄の実母であり、俺の義母であり、現オルランディア国王の正妃。

 重たそうなドレスを着たその後ろには、騎士団の精鋭たちが顔を揃えている。
 全員俺の戦友で、かけがえのない友人たちだ。

 俺も兄も友人たちも、互いに顔を見合わせて困惑している。
 ただ一人、義母上以外は。

「これは何事です」

 鋭く問う兄に、義母上は薄っすらと笑った。

「構えなさい」

 兄には応えず、義母上は周囲の騎士に指示をだした。
 騎士たちは意味がわからないといった顔をしつつも逆らうこともできず、それぞれに剣を構えた。

 向けられた剣の先にいるには、兄と俺。
 俺は兄を背に庇うように前に出た。

「母上!なにをなさるおつもりですか!」
「もうすぐ時が満ちます」

 義母上は意味不明なことを言いながらも、今まで見たこともないほど満足気な笑みを浮かべている。

「時が満ちる?どういう意味です?」
「ジェラルド。おまえは母の言うことを聞いておけばいいのです。黙って見ていなさい」
「母上!」
「ほら、始まりましたよ」

 気色ばんで言い返そうとした兄に、義母上の歌うような声が重なった。
 本当に嬉しそうな、ずっとほしかった宝石をやっと手に入れたような、美しい花を愛でるようなそんな声だった。

 兄がまたなにか言う前に、俺たちの足元の床に大きく魔法陣のような模様が浮かび上がった。

「な!なんだこれは!」
「母上!なにをしたのです!」

 咄嗟に兄を庇おうとしたが、なにからどの方向から庇ったものかわからない。
 義母上から?床の魔法陣から?それとも俺たちをひっそりと取り囲んでいる兵から?

「アーレン!」
「兄上!気をつけて」

 ください、と言おうとして、俺は自分の体の異変に気がついた。

 なにかがおかしい。
 なにかが体の中から外に溢れだそうとしているような感覚だ。
 これは……魔力だ。魔力が魔法陣に吸い取られている。

 そのためなのか、魔法陣が一瞬強い光を放った。
 そして、なにか靄のようなものが俺の足元から立ち上ってきた。
 それはなぜか兄上を避け、俺の体を這いあがるように纏わりつき、そこからさらに魔力がぐいぐいと吸い取られていく。

「アーレン!なにが起こっているんだ!」
「兄上!俺から離れてください!」

 手を伸ばそうとした兄から俺は距離をとった。
 これがなにかわからないが、兄を巻きこむわけにはいかない。

 義母上の指示で兵が兄を両脇から抱えるようにして魔法陣の外へと連れ出した。

「アーレン!アーレン!母上、アーレンになにをしたのですか!」

 兄の悲痛な声が響くが、魔力のほとんどを奪われた俺は立っていることができず地面に膝をついた。

 このまま魔力が奪われ続けたら死んでしまう。
 
 もう体に力が入らず、俺はその場に倒れこんでしまった。 

 頬に固い石が当たるのを感じたが、もう体を起こすこともできない。
 
 靄はいつしか黒い色を帯びていて、俺の全身を覆いつくしていた。

 そして、なんの前触れもなく、全身の骨が砕かれるような激痛に襲われた。

「がああああああ!」

 耐え切れずに悲鳴を上げてしまった。

「アーレン!放せ!放してくれ!誰か、アーレンを助けてくれ!」

 左右を屈強な騎士に抑えられた兄が、逃れようともがきながら俺の名を呼ぶのが聞こえた。
 あまりの痛みに気を失いそうになりつつも、兄の声が俺を正気に引き戻した。

 俺の身になにが起こっているのか。
 義母上はなにを企んでいるのか。

 何一つわからないまま、俺はただ苦痛に悲鳴を上げながらのたうち回ることしかできなかった。

 どれくらいそうしていたのか、永遠にも思えた責め苦は、またなんの前触れもなく止んだ。

 それと同時に、全く力が入らなかった体の中でぶわっと音がするほど大量の魔力が膨れ上がった。
 確実に以前よりも増えた魔力に、俺はさらに混乱した。

 起き上がろうと地面に手を突き、そこで信じられないものが視界に映りこんだ。

 俺の手から、金色の長く鋭い爪が伸びているのだ。

 はっとして手を目の前にかざすと、腕は俺の髪と同じ色の黒い羽毛に覆われているのが見えた。

 なんだこれは!?

 体を見下ろすと、腕以外の部分も黒い羽が生えていて、膝下は猛禽類のような鋭いかぎ爪が生えた形に変わっているではないか。
 さらに、背中の妙な違和感に振り返ってみると……翼だ。それも二対もある。

「な……これは、いったい……」

 呆然とする俺に、義母上の声が響いた。

「オルランディア王家の呪いです。王家の男は数代に一人、この呪いを引き受けなければいけないのです」

 呪い?俺は呪われたというのか!?

「売女が産んだおまえを生かしておいたのは、全てこのため。もうその汚らわしい黒髪を見ないで済むと思うと清々するわ!オルランディア王家のために、ジェラルドのために、大人しくここで命を捧げなさい!」

 高らかに俺に死刑宣告する義母上の声には、俺に対する憎しみが滴るように含まれていた。

 可愛がってくれたことはないにしても、憎まれていると思ったことはなかった。
 それも全て演技だったのか……

 では、兄はどうなのだろう。

 仲がいい異母兄弟だと思っていたのは、俺だけなのだろうか。

 騎士に腕を掴まれたままの兄は、愕然とした顔で俺を見ていた。
 少なくとも、兄はこの呪いのことを俺同様に知らされていなかったらしい。

「なにをしているのです!あの化け物を殺しなさい!」
「し、しかし……」

 命じられた戦友たちは、剣を構えたまま躊躇っている。

「よく見なさい。あれはもうアーレンではありません。呪われた化け物です。オルランディアに災いを齎す前に、さっさと殺してしまいなさい!これは命令です!」

 やめろ。違う。俺はアーレンだ。化け物なんかじゃない……

 そう言いたかったのに、戦友たちと兄が俺に向ける目に口を閉ざしてしまった。
 兄たちの瞳には、はっきりと恐怖の色が浮かんでいたからだ。

 そうか……俺は、化け物になってしまったのか。

「早くしなさい!」

 義母上に発破をかけられ、戦友たちが剣を振りかぶって俺に迫った。
 戸惑いつつも、俺に向けられた殺気は本物だった。

「うおおおおおおおおおお!!」

 自分の声が獣の咆哮のように聞こえた。
 俺は体の中に渦巻く魔力と悲しみを全方向にまき散らし、戦友たちは全員吹き飛ばされ地面に転がった。

「立ちなさい!なんとしてでも、ここであの化け物を打ち取るのです!誰でもいいから、早く攻撃しなさい!」

 焦る義母上の声。
 呪われた俺が抵抗できるなんて思っていなかったのだろう。

 こんなところで死んでたまるか。
 俺には。俺には、まだ……

 背中の翼をばさっと広げた。
 不思議なことに、飛び方は本能的にわかっていた。

 再び突撃してくる戦友たちの刃が届くまえに、俺は大地を蹴って空へと舞い上がった。

 驚愕の叫びと、なにやら喚いている義母上の声がどんどん遠くなる。
 
 強く羽ばたいて上空を目指し、わずが数秒で王城の最も高い搭よりもはるかに高い位置まで到達した。
 
 俺は改めて自分の体を見下ろした。

 漆黒の羽に覆われた醜い化け物。
 義母上は、俺と俺の母をずっと憎んでいたのだ。
 義母上にとって、俺はきっと生まれた時から醜い化け物だったのだろう。

 上空の冷たい風が涙で塗れた頬を撫でていく。

 呪われた上に殺されかけた。 
 信頼は裏切られ、全てを失った俺の中には絶望と悲しみだけが残った。

 いや、それは正しくない。
 俺の心の片隅に、ずっと消せないままに閉じ込めていた小さな希望があった。

 平民から将軍にまでのし上がったサミュエル・ギャラガーが話していた、故郷に残してきた恋人。
 サミュエルの話に出てくる恋人は、素朴な優しさと慈しみに満ちていた。
 俺はそれが羨ましくてしかたがなかった。
 それは俺がどれだけ望んでも手に入らないものだったからだ。

 せめて、最後に一目だけ、ナディアという名のその女性に会うことができないだろうか。

 それさえ叶えば、どこか遠くで朽ち果ててもいい。 

 俺は最後に残された、そんなちっぽけな希望に縋りついた。

 こっそり地図で調べたから、サミュエルの故郷のメルカトという町がどこにあるのかは知っている。

 地上を移動するのなら何日もかかる距離だが、今の俺には翼がある。
 力尽きる前にはたどり着けるだろう。

 ナディア。きみに会いたい。

 俺は夜空に大きく羽ばたいた。
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