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「ナディア……!」
熱を孕んだバリトンが私の名を囁いた次の瞬間に、私の口は荒々しく塞がれた。
「んっ!……ふっ……んんっ!」
驚いて声を上げそうに私の口の中に、ぬるりとアーレンの舌が差し込まれた。
そのまま舌を絡められて吸われ、私はどうしていいかわからなくなってしまった。
ただされるがままに、息もできないくらいに咥内を貪られた。
どれくらいそうしていたのか、やっと解放された時には、私は完全に息が上がっていた。
「ナディア……好きだ……一目見た時から、ずっと……」
「私も、好きよ……」
私はアーレンの黒髪をそっとかき上げた。
「アーレンはいつかいなくなるから、好きにならないようにって思ってたのに……無理だった。気がついたら、もう大好きになってて……でも、もうそんな心配しなくていいのね。ずっと一緒にいてくれるのね」
悲しい涙ではなく、嬉しい涙が溢れて、私の頬を濡らしていく。
その涙は鋭い爪がなくなったアーレンの手が拭ってくれた。
涙で歪む視界の中、きれいな金色だけがはっきりと見えた。
「ずっと、一緒にいるよ。これからは俺がナディアを守るから」
瞬きをすると、また涙が零れた。
「アーレン……キスして……」
再び唇が重なり、今度は私からも舌を絡めた。
夢中で私も貪っていたのに、アーレンは私の肩を掴んでやや強引にキスを終わらせた。
「アーレン?」
「ダメだ……これ以上は……我慢できなくなってしまう」
我慢?なんのことだろう?
と思って、はっと気がついた。
アーレンだって、若い男性なのだ。
それなら、欲があっても当然なのではないか。
でも……
「その……できる、の?」
アーレンは首から上は呪いにかかる前と変わっていないと言っていた。
今は手も元通りになるようになった。
それなら、漆黒の羽に覆われた下腹部がどうなっているのだろうか。
「…………できる」
ということは、その部分は首から上と同じように、元の姿と変わっていなのかもしれない。
「し……したい?」
ドキドキしながら尋ねると、アーレンはぐっと眉を寄せて首を振った。
「したい……だが、しない」
「しない、の?」
なぜ?と首を傾げる私の額に、アーレンの額がくっつられた。
「今日が俺たちの最初のデートだ。最初のデートはキス以上のことを求めてはいけない、と知り合いが言っていた。俺は、あまりこういったことには詳しくないのだが……焦ってはいけない、ということはわかる。だから、今日はキス以上のことはしない。もっと、健全なデートらしいことをしよう」
そういうものなのだろうか。
人と関わる経験が不足している私には、よくわからなかった。
アーレンは、こういうこと慣れてると思ったけど、案外そうでもないようだ。
アーレンは大きく深呼吸をして、私を膝の上から降ろした。
「この湖には魚がいるんだ。獲ってくるから待っててくれ」
獲ってくるって?と訊き返そうとしたのに、アーレンは私の返事を待たずにふわりと空に舞い上がり、湖の中ほどまできたところで頭から湖に飛び込んだ。
「きゃあ!アーレン!」
思わず悲鳴を上げた。
泳いだことがない私は、アーレンが湖の中でなにをしているのか想像もつかない。
「アーレン!アーレン!戻ってきて!」
湖畔の砂地でおろおろしていると、ザバっと水の音がして湖面からアーレンの上半身が現れた。
そのままザバザバと水の中を歩いて戻ってくるアーレンの両手には、一匹ずつ食べごたえのありそうな大きさの魚が握られている。
目を丸くする私に、アーレンは屈託のない笑顔を見せた。
「これで昼食にしよう」
アーレンの漆黒の羽は撥水性が高いようで、犬のように体を震わせると水滴が全方向に飛び散って、それだけでほとんど乾いてしまった。
たまに小鳥が水たまりで水浴びしているのを見ることがあるが、アーレンくらいの大きさになると水浴びも
とても豪快だ。
アーレンは予め準備しておいたらしい薪を持ってきて魔法で火を起こし、魚を木の棒に刺して塩を振って焼き始めた。
海からも川からの遠いメルカトでは、魚は干物くらいしか売っていない。
新鮮な魚には触ったことがない私は、アーレンの手元をじっと見ていることしかできなかった。
「すごく手際がいいのね?」
「前線の森の中に四年もいると、誰だってこうなる。あそこでは身分に関係なく、助け合わなくては生きていけなかった。狩りは元々得意だったんだが、獲った獲物の捌き方なんかは戦友になった元猟師に習った。何度も死にかけたし、不便なことも多かったが、前線での生活の方が王宮にいるより楽しかったよ」
アーレンが獲ってきてくれた魚は驚くほど美味しくて、ぱくぱく食べる私をアーレンは金色の瞳を細めて見つめていた。
食後にはゆっくりお茶を飲んで、湖畔をぐるりと散策していると、人里から離れているからか茸や薬草がたくさん生えているのをみつけた。
私たちは籠一杯に収穫し、湖面に映る夕日の美しさを堪能してから家へと戻った。
今日は私だけではなく、意外なことにアーレンにとっても初めてのデートだったそうだ。
「女性と関係を持ったことがないわけではないが、大切にしたいと思ったのはきみが初めてだ。デートというのは、女性を喜ばせ笑顔にすることを第一に考えないといけないと知り合いが言っていた。俺のできる範囲でそうしたつもりだが、喜んでもらえただろうか」
不安気な顔をするのが愛しくて、私はアーレンの手を握った。
「また、連れて行ってくれる?」
やや上目遣いで強請ると、アーレンの顔がぱっと明るくなった。
「ああ、また行こう。何度でも連れて行くよ。あの湖以外の場所でも、きみが望むならどこへでも」
私たちは、こうしてペットと飼い主の関係から、恋人になった。
熱を孕んだバリトンが私の名を囁いた次の瞬間に、私の口は荒々しく塞がれた。
「んっ!……ふっ……んんっ!」
驚いて声を上げそうに私の口の中に、ぬるりとアーレンの舌が差し込まれた。
そのまま舌を絡められて吸われ、私はどうしていいかわからなくなってしまった。
ただされるがままに、息もできないくらいに咥内を貪られた。
どれくらいそうしていたのか、やっと解放された時には、私は完全に息が上がっていた。
「ナディア……好きだ……一目見た時から、ずっと……」
「私も、好きよ……」
私はアーレンの黒髪をそっとかき上げた。
「アーレンはいつかいなくなるから、好きにならないようにって思ってたのに……無理だった。気がついたら、もう大好きになってて……でも、もうそんな心配しなくていいのね。ずっと一緒にいてくれるのね」
悲しい涙ではなく、嬉しい涙が溢れて、私の頬を濡らしていく。
その涙は鋭い爪がなくなったアーレンの手が拭ってくれた。
涙で歪む視界の中、きれいな金色だけがはっきりと見えた。
「ずっと、一緒にいるよ。これからは俺がナディアを守るから」
瞬きをすると、また涙が零れた。
「アーレン……キスして……」
再び唇が重なり、今度は私からも舌を絡めた。
夢中で私も貪っていたのに、アーレンは私の肩を掴んでやや強引にキスを終わらせた。
「アーレン?」
「ダメだ……これ以上は……我慢できなくなってしまう」
我慢?なんのことだろう?
と思って、はっと気がついた。
アーレンだって、若い男性なのだ。
それなら、欲があっても当然なのではないか。
でも……
「その……できる、の?」
アーレンは首から上は呪いにかかる前と変わっていないと言っていた。
今は手も元通りになるようになった。
それなら、漆黒の羽に覆われた下腹部がどうなっているのだろうか。
「…………できる」
ということは、その部分は首から上と同じように、元の姿と変わっていなのかもしれない。
「し……したい?」
ドキドキしながら尋ねると、アーレンはぐっと眉を寄せて首を振った。
「したい……だが、しない」
「しない、の?」
なぜ?と首を傾げる私の額に、アーレンの額がくっつられた。
「今日が俺たちの最初のデートだ。最初のデートはキス以上のことを求めてはいけない、と知り合いが言っていた。俺は、あまりこういったことには詳しくないのだが……焦ってはいけない、ということはわかる。だから、今日はキス以上のことはしない。もっと、健全なデートらしいことをしよう」
そういうものなのだろうか。
人と関わる経験が不足している私には、よくわからなかった。
アーレンは、こういうこと慣れてると思ったけど、案外そうでもないようだ。
アーレンは大きく深呼吸をして、私を膝の上から降ろした。
「この湖には魚がいるんだ。獲ってくるから待っててくれ」
獲ってくるって?と訊き返そうとしたのに、アーレンは私の返事を待たずにふわりと空に舞い上がり、湖の中ほどまできたところで頭から湖に飛び込んだ。
「きゃあ!アーレン!」
思わず悲鳴を上げた。
泳いだことがない私は、アーレンが湖の中でなにをしているのか想像もつかない。
「アーレン!アーレン!戻ってきて!」
湖畔の砂地でおろおろしていると、ザバっと水の音がして湖面からアーレンの上半身が現れた。
そのままザバザバと水の中を歩いて戻ってくるアーレンの両手には、一匹ずつ食べごたえのありそうな大きさの魚が握られている。
目を丸くする私に、アーレンは屈託のない笑顔を見せた。
「これで昼食にしよう」
アーレンの漆黒の羽は撥水性が高いようで、犬のように体を震わせると水滴が全方向に飛び散って、それだけでほとんど乾いてしまった。
たまに小鳥が水たまりで水浴びしているのを見ることがあるが、アーレンくらいの大きさになると水浴びも
とても豪快だ。
アーレンは予め準備しておいたらしい薪を持ってきて魔法で火を起こし、魚を木の棒に刺して塩を振って焼き始めた。
海からも川からの遠いメルカトでは、魚は干物くらいしか売っていない。
新鮮な魚には触ったことがない私は、アーレンの手元をじっと見ていることしかできなかった。
「すごく手際がいいのね?」
「前線の森の中に四年もいると、誰だってこうなる。あそこでは身分に関係なく、助け合わなくては生きていけなかった。狩りは元々得意だったんだが、獲った獲物の捌き方なんかは戦友になった元猟師に習った。何度も死にかけたし、不便なことも多かったが、前線での生活の方が王宮にいるより楽しかったよ」
アーレンが獲ってきてくれた魚は驚くほど美味しくて、ぱくぱく食べる私をアーレンは金色の瞳を細めて見つめていた。
食後にはゆっくりお茶を飲んで、湖畔をぐるりと散策していると、人里から離れているからか茸や薬草がたくさん生えているのをみつけた。
私たちは籠一杯に収穫し、湖面に映る夕日の美しさを堪能してから家へと戻った。
今日は私だけではなく、意外なことにアーレンにとっても初めてのデートだったそうだ。
「女性と関係を持ったことがないわけではないが、大切にしたいと思ったのはきみが初めてだ。デートというのは、女性を喜ばせ笑顔にすることを第一に考えないといけないと知り合いが言っていた。俺のできる範囲でそうしたつもりだが、喜んでもらえただろうか」
不安気な顔をするのが愛しくて、私はアーレンの手を握った。
「また、連れて行ってくれる?」
やや上目遣いで強請ると、アーレンの顔がぱっと明るくなった。
「ああ、また行こう。何度でも連れて行くよ。あの湖以外の場所でも、きみが望むならどこへでも」
私たちは、こうしてペットと飼い主の関係から、恋人になった。
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