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㊳ 妖精姫は新たな家族を得る

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 王都の邸に帰り着いた翌日には、私たちはテオ様に連れられてオブライエン侯爵家を訪ね、その場で私を養女とする手続きと、婚約の手続きまで同時になされた。
 もちろん、侯爵家はタニアが本物の妖精姫であるということを承知している。
 一足先に王都に戻った第二王子殿下から話を聞き、私たちと一緒にローヴァルに行っていた騎士たちからの報告も受け、その上で私を養女にすると決定したのだそうだ。

 こうして私はレティシア・マークスから、レティシア・オブライエンになった。

「テオドール様ったら、あなたと一日でも早く結婚したいからって、予定をねじ込んできたのよ」

 オブライエン侯爵夫人、もといお義母様は苦笑しながらそう教えてくれた。

「そ、それは、ご迷惑をおかけしまして……」

「いいのよ。迷惑などではないわ。
 それにしても、本当にテオドール様が溺愛なさってるのね。
 この目で見てもまだ信じられないわ」

 婚約に関する書類に二人で署名をした直後、テオ様は私を抱きしめてキスまでしてくれたのだ。
 人目もはばからずにそんなことをする氷血公爵に、オブライエン侯爵家の人々は心底驚いた顔をしていた。

「……本当によかったのですか?わたくしを、養女に迎えていただくなど……」

「もちろんよ。
 ちゃんと侯爵家全員が賛成してのことだから、安心していいわ」

 それを言葉のまま信じてもいいのだろうか。
 うかない表情のままの私に、お義母様は首を傾げた。

「あなたが心配しているのは、あなたの実の家族のこと?
 それとも、わたくしの初恋がテオドール様だったということ?」

「……両方です」

「それもそうよね。無理もないわ。

 まず、あなたの家族のことだけど、あなたにはなんの罪もないことは明らかだわ。
 あなたを冷遇していた家族の罪を一緒に背負わせるなんて、酷い話もいいところでしょう。
 わたくしの実家もだけど、ここオブライエン侯爵家も武官が多い家だから、そういう曲がったことが大嫌いなの。
 薄幸の美少女を助けるのは騎士の務め、とか言って夫も義両親も張り切ってるわ」

 前オブライエン侯爵夫妻は領地でのんびり暮らしているとのことで、まだお会いしていない。
 そのうち会えたら、私を受け入れてくれたことにお礼を言わなくてはいけない。

「それからね、夫は私の二番目の恋の相手なのよ。
 デビュタントだった時に夜会で初めて会って、そこで一目惚れしたの。
 年齢一桁の時の初恋なんて、一瞬で吹き飛ぶくらいの衝撃だったわ。
 それからずっと、夫一筋なのよ。
 テオドール様は、今の私にとってはただの幼馴染でしかないわ。
 
 だからね、あなたはなにも心配することはないのよ。
 安心してわたくしたちの娘になりなさい」

 切れ長の瞳を細めて頬を撫でてくれて、少し涙が滲んだ。
 なんともさっぱりとした口ぶりの中に、あの夜会で私を助けてくれた時と同じ優しさが感じられて胸がいっぱいになった。
 
「ありがとうございます……お、お義母様」

「ふふ、わたくし、可愛い娘がほしかったのよ。テオドール様に感謝しなくてはね」

「わたくしも、母と呼べる方ができて、とても嬉しいです」

 私たちがそんな話をしている一方で、タニアはといえば私のお義父様となったオブライエン侯爵とテオ様に見守られながら、二人の男の子と一緒に木剣を振り回している。
 男の子たちは私の義弟で、侯爵家の長男と次男だ。
 私にもすぐ懐いて、タニアとシロのことは即座に可愛がってくれるようになった。
 
 タニアは早くも侯爵家に馴染んだようだ。
 そんなタニアの側にいるシロも、すっかり護衛としての立ち位置を確立している。
 なんとも微笑ましい光景を少し離れたところから眺めながら、私とお義母様は同時に頬を緩めた。 
 
「そのドレス、タニアさんとお揃いね。とても可愛らしいわ。
 今度、わたくしと三人でお揃いにしてみない?」

「まあ!それは素敵です!タニアもきっと喜びますわ」

 私の家族が一気に増えた。
 頼れる両親と、慕ってくれる弟たち。
 私が憧れていた理想の家族そのものだった。 

 お義父様がタニアの頭を遠慮がちにそっと撫でて、タニアはいつものニコニコ笑顔見せている。

 私も早く馴染めるように頑張ろう。



 
「来月だ」

「無茶言わないで。早くて一年後よ」

「そんなに待てるか!本当は明日にでも結婚してしまいたいというのに!では、最大限譲歩して三か月後」

「短すぎる!最低でも半年以上は必要だわ!
 わたくしの時は、婚約してから結婚するまで二年かけて準備したのよ。
 レティシアさんにはきれいな花嫁になってほしいでしょう?」

「レティはいつでもきれいだ」

「……そ、そこまでストレートに惚気られると、反応に困ってしまうわ」

 まっすぐ真顔で溺愛発言をするテオ様に、さすがのお義母様も一瞬怯んだ様子だったが、すぐに態勢を立て直した。

「とにかく!花嫁は準備が大変なの!
 衣装やらなにやら、揃えるのに時間がかかるのよ!
 女性にとって、結婚式は一生に一度の大切な晴れ舞台なの!
 そのための準備なの!わかるでしょう!」

「……では、半年で手を打とう」

 一歩も引かないお義母様に、テオさまが渋々といった様子で折れた。

「まったく、しかたがないひとね。ここまで執着が酷いとは思わなかったわ……
では、半年後ということで進めますからね」

「よろしく頼む」

 テオ様とお義母様が争っていたのは、結婚式の日取りについてだ。
 一日でも早く結婚したいテオ様と、ちゃんと準備に時間をかけたいお義母様の間でこのようなやり取りがなされたわけだ。
 私は赤くなったりハラハラしたりと忙しいのに対し、お義父様は終始優しい笑みをうかべていた。

「きみの結婚式の準備をするのを、セーラはとても楽しみにしているんだよ」

「そうなのですか?」

「うちは女の子がいないから、花嫁衣裳を仕立てる機会なんてないと諦めていたところに、きみを養女にすることになって、とても喜んでいたよ。
 それに、公爵閣下とも言い合いができるくらいの仲に戻れた。
 あんなに賑やかなセーラを見るのは久しぶりだよ。
 これも全部、きみのおかげだね」

 お義父様は騎士団長というだけあって、テオ様と同じくらい長身で立派な体躯ながら、表情や雰囲気はローヴァルで見た凪いだ湖のように穏やかだ。
 テオ様に匹敵する技量をもつ魔法剣士なのだそうだが、近くにいてもまったく威圧感がなく、家族思いのお父さんといった感じだ。
 初対面の私でも緊張せずに話をすることができるので、今でも基本的に男嫌いの私としてはとてもありがたい。
 こういうところも見越して、テオ様は私をオブライエン侯爵家の養女にするよう取り計らったのだと思う。



「それから、レティシアさんは結婚式までの間、我が家で預かりますからね」

「なんでだ!そんなの認められるわけないだろう!」

「結婚準備の他にも、レティシアさんは公爵夫人に相応しい教養を身に着ける必要があるのよ」

「それなら我が家で家庭教師を雇えば済むことではないか」

「いいえ、レティシアさんはもうわたくしの娘よ。
 オブライエン侯爵家から嫁がせる以上、わたくしの監督の元で、しっかりと責任をもって教育を受けさせなくてはいけないわ。
 それが母としてのわたくしの務めというもの」

「う……しかしっ……!」

「たまに会いに来るくらいは許可するわ。でも結婚するまで、適切な距離を置いていただきますからね」

「しかし、それでは!」

「聞き分けてください。これもレティシアさんのためよ」

「う……しかし……それでもダメだ!レティにキスをしないと、俺は眠れないんだ!」

 お義母様は顔を顰め、お義父様は飲んでいたお茶を噴き出し、私は恥ずかしくて顔が赤くなった。

「それに!タニアはどうするつもりだ?姉妹を引き離すのか?」

「まさか。タニアさんとシロも我が家で引き受けるわ。
 タニアさんにも、少しずつ教育を受けさせるべきでしょう」

「タニアまで養女にするつもりか!?」

「そういう話ではないわ。
 礼儀作法やお茶会でのマナーなどは、実践しながら身に付けるのが一番なの。
 我が家で練習をするといいわ。
 タニアさんもレティシアさんと一緒だと安心でしょうから」

「それなら、昼間だけここに通わせる。それで十分だろう」

「それではつまらないわ。わたくしももっとタニアさんを可愛がりたいのに。
 絵本を読んで寝かしつけとかしてみたいのよ」

「其方には息子が二人もいるではないか。そっちを寝かしつければいいだろう」

「あの子たちはもう寝かしつけがいらなくなってしまったの!
 わたくしだって可愛い女の子を可愛がりたいの!
 テオドール様ばっかりズルいではないの!」

「ズルいとはなんだ!レティは俺のものなのだから、妹のタニアを可愛がるのは当然だろう!」

「それを言ったら、レティシアさんはわたくしの娘になったのよ!
 わたくしにもタニアさんを可愛がる権利があるわ!」

「だから、昼間に可愛がればいいだろう。夜は我が邸に連れて帰る」

「それでは物足りないじゃないの!」

 なんだか話が変な方向に向かっている気がする。

 ここで話題の中心になっているタニアが動いた。

 ハラハラすることしかできない私の手を引っ張って、大人げない言い争いをする大人二人に近づき、もう片方の手でテオ様の手を握ったのだ。
 それから新緑の瞳でじっとお義母様を見つめた。

 このタニアの無言の訴えには、さすがのお義母様も白旗をあげるしかなかった。
 
 テオ様は満面の笑みでタニアを片手で抱き上げて、私の腰を抱き寄せて額にキスをした。

「と、いうことだ。レティとタニアはここに通わせる」

「くっ……わかったわ。タニアさんがそうしたいというなら、しかたないわね」

 お義母様はとても悔しそうに引き下がって、私はとても申し訳なくなってしまった。

「でも!十日に一度くらいは、こちらに二人を泊まらせて!
 それくらいならいいでしょう!?」

 十日に一度というと、かつての同衾と同じ頻度だ。
 妙な偶然である。

「テオ様、それくらいならいいのではありませんか?
 わたくしも、お義母様たちともっと仲良くなりたいですもの」

 私からもそうお願いすると、テオ様は眉間に皺を寄せながらも、渋々頷いた。

「其方がそう言うなら……我慢しよう。
 だが!十日に一度だけだからな!それ以上は断じて認めないぞ!」
 
 これでお義母様がやっと少し嬉しそうな顔になり、私はほっとした。
 
 正直なところ、お義母様の気持ちはとてもありがたいのだけど、私もテオ様と離れたくはなかった。
 半年も別々に過ごすなんて、絶対に寂しくて泣いてしまう。
 私のそんな気持ちを察したから、タニアは機転を利かせてくれたのだろう。
 やっぱりタニアは聡い子だ。


 こうして私はタニアとシロと一緒にオブライエン侯爵家に通い、教育を受けることになった。
 覚えることが多くて大変ではあったが、本格的な家庭教師に習えるのが嬉しくて、懸命に頑張った。
 タニアもタニアで頑張っていて、とても優秀だとよく褒められている。
 姉として鼻が高いと思いつつも、負けてはいられないとさらに頑張った。

 おかげでなんとか半年で付け焼刃ながらも教育は一通り終わらせることができた。

 オブライエン侯爵家の人たちとも仲良くなれたし、とても有意義な半年間だった。

 特に私たちのために心を砕いてくれたお義母様には感謝しかない。
 
 
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