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虚空塔編 最終章

魔導国の残火

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「他愛もない、やはり人族は脆弱」

 アカーシャは、つまらないものを見るように、倒れた子供達を眺める。

「フーカ……ちゃん」

 辛うじて意識をとどめていたミケは、フーカに手を伸ばす。

「……不殺は魔人様のお望みですからね、貴方がたは、そこで見ているといいです」

 アカーシャはその姿を嘲笑い、階段を登るように空へ歩いていく。

「さあ、虚空塔よ!かつてのアルヴァントへ突き立ったあの日のように!人族の国を討ち滅ぼし!再び墓標として聳え立て!それを持って、今は亡き魔族への!手向けとしようぞ!」

 中空の虚空塔は、その先頭を空に映ったエルマイス市街へ向け、旋回し、螺旋を描いて回転し始める。

「《境界を破り、現出せよ!皇都アルヴァントよ!》」
 
◆◆◆◆◆◆◆◆

 何かが砕ける音がした。

 市街の人々は一様に空を見上げ、空が割れる様を見た。

 ある者は、それを予言にある終末だと言い、ある者は神の怒りだと言う。

 青く広がるはずの空には、唸りを上げ回転する塔、天から地へ伸び、煙を吐き出す異形の町。

「ふ、フハ、ハハハハッ!人族よ思い知れ!幾星霜の恨み、魔族を足蹴に築いたこの都市ごと--?」

 火球がアカーシャの頬を掠めた。

「《真に恐るべきものが誰なのか教えましょう!》」

「《第二の死を与えましょう!》」 

「《お前の罪を精算しよう!》」

「《顕現せよ!硫黄火泉!》」

 虚空の空は火の海へ塗り替えられる。

「……天族の成れ果てか!」

 アカーシャが火を払い、その中から現れた影。

「勝手をされちゃあ、困りますわぁ!」

「"おもちゃ"は大事に遊ぶですぅ!」

 翼を広げた二体の少女、ハルシィとマルスィが立ち塞がる。

「《闇よ!不浄の紫炎をここに!》」

 渦巻く紫炎が巨大な火球を形成する。

「私達に炎なんて--」

「聞くわけないですぅ!」

 放たれた紫炎に向かって、特大の火球を放つ二人。

「《爆ぜよ!熱と乾きよ!》」

 二人の火球と紫炎がぶつかる寸前、アカーシャを詠唱を重ね、爆破する。爆風は、火球を飲み込んで散らし、その風で二人をも吹き飛ばす。

「わわっ!すごい爆風ですぅ!」

「くっ~~!!嫌な風ですわぁ!」

 爆風を受けて尚、不快そうな顔をするだけの二人。

「成れ果て如きが、私の邪魔を!」

「魔族如きに負ける私達じゃないですぅ」

「火力は足りなくても、耐久力なら負けませんわぁ!」

「ならば差を教えてやろう!《我が切っ先に集え、終極の暗紫よ!昏き闇をかかげ!まばゆい光を落とさん!》」

 アカーシャの指先に灯る紫の光が、激しく煌めく。

「ひ、光魔術ですぅ!やばいですぅ!」

「私達には、闇よりよっぽど痛いですわぁ!」

 それ見て逃げ出す二人。

「《我は招く、終極の轟然!》」

 轟音と共に激しい紫の光が爆ぜ、火の海を搔き消す。

「所詮《領域》なんて人族のお遊び、我々の魔術には敵わない」

「《開け、火獄の門》」

「お婆様!それは思い上がりですわぁ!」

 アカーシャの背後で、突然燃え上がった炎の中から、無傷の二人が現れる。

「まだ生きて--!!」

「《真に恐るべき者を教えよう!》」

「《--断罪の焔をここに!》」

「わたしは、おばぁさんでは--」

「うるせぇですぅ!」

 火獄の炎はアカーシャを包む。

「魔人ほどの罪なら一撃ですぅ!」

「ひとたまりも、ありま--」

 罪の重さに応じて、威力を増すハルシィとマルスィの魔術、塔へ登った人々の命を奪っていれば、肉片すら残らず、火獄へ落とされるだろう。

「--ひとたまりもあったな?ええ?成れ果て共」

 そう。もし、命を奪っていたならば。

 炎を払うアカーシャは、平然としていた。

「き、効いてないですぅ!私達でも痛いのに!」

「わ、私は痛くないですわぁ!一緒にしないでほしいですわぁ!」

「人族用の術式なんぞ!今度こそ消えろ、成れ果て共!」

「焼けないなら、繋ぐだけですぅ!」

「捕物ですわぁ!行きなさい!《老君の帯紐!》」

 マルスィの魔導具が、アカーシャを四方八方から拘束する。

「こんなもの!くっ!動けない!」

「ふふふっ!随分前に東方の爺様から借りた帯ですわぁ!そう簡単には解けませんわぁ!」

「私を縛ろうと、虚空塔は止められまい!」

 アカーシャの言葉を聞いてポカンした顔をする二人。

「そんなの私たちは知らないですぅ」

「そういうのは人族の仕事ですわぁ」

「ではなぜ邪魔をする!」

「……気分ですぅ」

「……なんとなくですわぁ」

 術式の判定では、自分達よりも罪がないので、"お前を罰する為"という理由を言えなくなってしまった二人。

「そんな理由で邪魔されてたまるか!」

「えーと、なんと言えば……魔族の邪魔するのが天族の……天族の……」

「役目ですわぁ!」

「そうそう!それですぅ!」

「コケにしてくれるっ!こんな拘束すぐに解いて貴様らも封印して--!」

「流石年季が違うですぅ!あ!来るですぅ!《開け、火獄の門》」

「それでは、さようならお婆様ぁ!」

 おちょくるような事を言いつつ、何かを察知したハルシィが、マルスィを引っ張って転移する。

「何!?」

 彼女達が転移した背後から、極大な魔力の奔流が迫っていた。

「《領域》は目眩しか!腐れ天族めぇぇぇぇ!!」

 巨竜の一撃に等しい極光は、虚空塔ごと、天を焦がす。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 空は燃え、天の使いが舞い、魔族が大気を揺るがす。

「あの子たちに、任せるしかない我々が不甲斐ないな」

「全くその通りだな、一番最初に洗脳された教員が言うと、間抜けさが違う」

 ホルムズとメルセンは、巨大な波動砲の前で、空で戦いを眺める。

「どちらも大差ありませんよ、二人とも」

「一番乗り気で、守護者やってた人に言われたくありませんな、クリン先生。あんな詩的な呟きまでしておきながら……」

 言い返すホルムズ。

「……聞いていたのですか?!」

「他の守護者の監視役だったのでね」

「……先生達……いいから準備して」

 車椅子に乗ったレニーが睨む。

「レ、レニー君、先生に対して……!」

 それを押す青年が口を挟む。

「いいの」

「む--!」

 しかし、車椅子から伸びる魔導具の手が、彼の口を塞いだ。

「やれやれ、生徒に仕切られていては形無し……いや、もはや言うまい。皆の者、準備は良いな!」

 ローブを纏った王女のガリカが、号令をかける。

「私は……いつでも」

 操作盤に空いた穴へ右腕を差し込むレニー。

「我々も万全です」

 座席につく教員達。

「爺様達が、魔力不足でぶっ倒れても、こちらへ魔力を優先させたのじゃから、外すでないぞ!」

「御意!」

「砲撃手もおらんが、妾が作らせたのじゃから、どうにかなるじゃろう!」

「……王女様、大丈夫なのですか?」

「安心せい……クリン、こんなもの適当にやれば、うむ、先ずはこれじゃな」

 クリンの心配をよそに、説明書を読みながら操作盤を弄るガリカ。

「……そして次はこうじゃな!」

 歯車が軋む音を立て、火花を散らしながら、波動砲は全く違う形へ変形していく。

「王女様……それ違う」

 レニーは呆れていた。

「だ、大丈夫じゃ!こちらの方が良いと思ったのじゃ!」

「それ……威力は強くなるけど……私達も、みんな吹き飛ぶよ……?」

「なん……じゃと……!?」

「流石、無の能力を冠するだけの事はある」

「やはり姫様は姫様だったか」

 ホルムズとメルセンが軽口を叩く。

「これ、戻せんかの!?」

「無理……一度やったら打つまで止まらない」

「なんでこんな欠陥機構を残してるんだ!あの爺さん!」

 青年は思わず口にする。

「自爆は……美学。私にもついてる……この間の修理で最新型になった……!」

 何故か嬉しそうなレニー。

「他に直すべき場所あるだろ!」

「ロマンがわからない……やぼてん……」

 小突かれる青年。

「……う、うむ!やるしかないようじゃし、貴様らも覚悟を決めるのじゃ!」

「……御意」

 堂々と言うガリカに、全てを諦める一同。

「……レニーさん、僕は砲撃に関わってないけど、邪魔にならないかな?」

 出来ることなら逃げ出したかった青年。

「だーめ……君、英雄になるん……でしょ?女の子一人くらい……守りなーさい」

 魔導具の車椅子は、青年に手錠をかけた。

「……はい」

 逃げ場は、なかったようだ。

「詠唱を始めよ!」

 改めてガリカは号令を発する。

「魔力充填完了、制御弁全解放、魔力収束・詠唱開始ーー」

 レニーは、義手の左手で鍵盤を弾くように操作する。

「《天を焦がす、巨龍の熱よ》」

 その場にいる全員が、装填された魔力晶に手を振れ、詠唱を始める。

「《地を焼き尽くす、その瞋恚の焔よ》」

 市街から集めた、ありったけの魔力晶、貯蔵晶の殆どを魔力炉に満載させ。

「《海を分かち、沸かす憤激よ》」

 動ける教員や生徒達は、交代しながら、貯蔵晶に魔力を注いでは、次々に炉へ放り込んでいく。

「《今ここに、その暴虐を齎せ》」

 市民達は撹乱の為に、魔力光を四方に放ち、砲台を隠す。微弱なそれも、数えきれないほどの人が行えば、干渉しあって七色の霧となる。

「《放て!滅尽の光を!》」

 魔導王国に残された総力が集い。

「《零式巨龍魔導砲--》」

 竜の一撃を超える大魔術が、今ここに成立する。

「《--発射!!》」

 霧を貫き、天を穿つ極光は放たれた。
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