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虚空塔編 最終章

異界の駅

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 必死に走る少年少女。通路の床は全て、進行方向とは逆に動いていた。
 
「く!なんで床が動くのでありますか!」

「気にしたら負けです!」

 その上、無機質な異界の駅は、どこまでも入り組んでいた。

「な、なんなんだここは!いつになったら出口に!」

「魔人が作ったものですから!《光の刃よ!》」

 エステルが詠唱を短縮して魔術を放つと、虫のようなうめき声が響き、床に流されたのか、その声は遠くなっていった。

「敵がいたんですか!?」

「私達の真後ろにずっと!あれに見られてると、他の化け物が釣られてきます!ですが、見たら絶対ダメですからね!」

「りょ、了解であります!」

 逆行する通路を抜けると、開けてはいるが、薄暗い場所に出る。

「誰かー、誰かいないのー?」

 暗闇で見えない道の先から、助けを求める声。

「この声は!遭難者か!行くぞ!」

 フュリアスはそれに反応して駆け出す。

「フュリアス君!ダメです!」

 それを止め、近くの柱の裏へ引き込むエステル。

「何を」

「しっ静かに……音を立てないで」

 エステルは人差し指を立て、小声でそう言ったきり、押し黙った。

「ッ--!」

 察したフュリアスは息を殺す。

「なんでありま」

 能天気に小声で尋ねるアローニアの口を塞ぐフュリアスを見て、残りの二人は即応した。

「誰かー、誰かいないのー?」

 壊れたラジオのように、同じ事を繰り返し言い続ける何か。

「誰かー、誰かいないのー?」

 それはゆっくりと近づいて来ていた。

「誰かー、誰かいないのー?」

「誰かー、誰かいないのー?」

 暗闇の中、声が通り過ぎていった。

「……」

 アローニアの口を塞いでいた手が離れる。

「なんだ、何てこ」

「みつけた」

 背後からの声。

「なッ--」

 振り向いたアローニアの周囲には"それ"以外には何もいなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「アローニア……!?どう言うことだ……」

 突然姿を消したアローニアに動揺する一行。

「ここには、見てはいけない、見つかってはならない、見なければならない、この三種類のルールを持った化け物がいます。彼らのルールに抵触すると、その化け物と共に、"何処か"へ」

「……行く先は?」

 立ち上がるフュリアス。

「……化物毎に違います」

「エステル様、あとどれくらい耐えられますか?」

「……正直な話あまり」

「そうですか……仕方あるまい」

「フュリアス様?」


◆◆◆◆◆◆◆◆


「アハハハハ!」

 タール状の体液を撒き散らしながら、蜥蜴のような巨体は迫る。

「《木霊よ!我が矢に宿て、鋭く穿て!》」

 強化された弓は"それ"を穿つ。

「何をするの?」

 しかし、何の痛痒も感じていない様子のそれは、少女のような声で話す。

「これは……手詰まりでありますな」

 アローニアの手札はもうあまりなかった。

「もう終わり?終わりぃぃ?」

 ヘドロにまみれた蜥蜴から、嘲笑うような声と、アローニアへ振り下ろされる腕。

「だからと言って!」

 その合間をすり抜け、弓を射って足掻く。

「アハハハハ!」

 弓は巨体をすり抜けた。

「千日手……なら救援が来るまで、時間稼ぎであります」

 弓を構えたアローニア。

「アハ!アハハハハ!」

 ひたすら甲高い笑い声を発する化物。

「どうせ通じないなら……練習台になってもらうであります!《木精よ!小枝の矢を放て!》」

 数多の魔術矢は、薄暗い空間の床や壁に突き刺さる。無論、化物をすり抜けて。

「魔力によるものもダメでありますな。次!《--芽ぶけ!》」

 魔術矢は根を張り、薄暗い空間に低木が繁茂する。

 それらは魔力光の波を放ち、暗闇の中で、敵の姿を浮かび上がらせる……筈だった。

「これは……」

 魔力光の波は、何も存在していないかのように、ただ反響するだけだった。

「見えない敵の次は、見えてしまってる敵でありますか……」

 以前の魔力光が消えるような暗闇ではなく、全くの無反応。目の前にいる"それ"は、物理的にも魔術的にも存在していない……という事になる。

「むぅ、わからないでありますな……よし」

 背負った荷物から魔導具を取り出そうとするアローニア。

「出てこないでありま……あっ」

 荷物が一つ溢れ落ちる。それは少し前に手に入れた手甲だった。

「アハハハハ!」

 手甲は化物に当たって転がる。

「しまったでありま……ん?」

 その手甲は、すり抜けなかったのだ。

「これはっ!」

 飛び込んで手甲を装着するアローニア。

「取り敢えず叩いてみるであります!」

 踏み込んでまっすぐに打ち込む。

「……ッ!?」

 予想外の一撃を受けたのか、よろめくそれ。

「当たった……!でもこれだけじゃ……せめて弓が当たれば……ん?」

《弓……》

 何処からか頭に響く声と共に、手甲の外側は変形し、弩となった。

「これは……!?」

《放て……》

「よくわからないでありますが!《木霊よ!我が矢に宿て敵を穿て!》」

 弩に現れた矢は、緑色の魔力を纏って化物を穿つ。

「ァァァアアアア!!」

 それは断末魔の叫びに消えた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「どんなもんであります!これなら怖いものなしで」

 彼女の視界が突然切り替わる。

「ぐおっ!」

「へ?」

 アローニアは誰かの上にのしかかっていた。

「アローニア!無事だったの!?」

 周りには彼女の仲間と聖女候補。

「ただいま帰投したであります!」

 自信満々の彼女の下で。

「すまんアローニア、無事だったのは良いが、退いてくれないか」

 潰されていたフュリアスは苦しそうにそう言った。

「あっ!大変失礼したであります!そうだ!聞いて欲しいであります!この手甲!凄いのでありますよ!」

 対して失礼とも思っていないように、矢継ぎ早に語るアローニア。

「……それがどうしたんだ?」
 
 微妙な顔のフュリアスが聞き返す。

「弩に変形して、喋ったのでありますよ!」

「どう見ても、普通の手甲に見える気がしますな」

 レパルスは訝しむ。

「へ?何を言って……?」

 アローニアが身につけた、左手の手甲は元の無骨な形へ戻っていた。声も聞こえない。

「今度はちゃんと、話を聞いてくださいよ?」

 嗜めるエステル。

「……了解でありますぅ」

 アローニアは釈然としなかったが、無事だったので、それで良しとした。
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