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虚空塔攻略戦:後編

鏡面界の守護者-1

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《アカーシャ……何言ってるかわかんないよ……》

「起きたんですね!良かった!」

《おわっ!》

 寝ぼけた頭に衝撃。

 視界はグルグルと転がる。ミケが私の胴体に縋り付いているのが見えた。

「あっ!ご、ごめんなさいっ!」

 床に転がった私の頭……兜を、ミケが拾い上げた。

《え、なに、どしたの?》

「どうしたも何も、すごい魔術使ってから暫く、反応が全然無くて……」

《……どういう事?》

「アリシアさんを吹き飛ばしたアレですよ」

 全く身に覚えがない。

「大丈夫ですか?頭ぶつけました……?」

 怪訝な表情のミケ。

《ミケが飛びついてきた時?》

 覚えのある衝撃なんて、さっきのしかない。

「そんなっ!この上は死んでお詫びをっ!」

 大袈裟に、短刀を喉へ向けようとする。

《死なれたら困るからやめて》

「あ、あなたがそう言うなら」

 サッと短刀をしまう。

 思いが重いよミケ。

 恐らく、私は記憶を代償にして、強力な魔術を放ったんだ。

 体の感覚が鈍い、この体の魔力が少ないのかも。

「……言ってた通りみたいですね」

 ミケは少し暗い顔で、納得したように言う。

《どういう事?》

「アリシアさんに会う前に、"強力な魔術を使った後、記憶が一部無くなるかもしれない"と言っていたので……」

《え……?》

 またも身に覚えがない、いや、"話した記憶がない"。

 なら、一体、私はどこからどこまで記憶しているというのだろうか。

 ミケのいる階層まで、降りてきた方法も、この体にどう乗り移ったのかも、今は思い出せない。

 ただ、やらなければいけない事は思い出せる。

 頂上で待つ、アカーシャを……倒してこの事件を終わらせ……ん?

 他の人に見えてないミケを、どうやって英雄に仕立て上げる……?

「どうしたんですか……?話した事も忘れてしまったんですか?」

 私はなんで、人に見えないミケを連れて行こうと思ったんだろ……?

《いや、大丈夫……ところで、ここは?》

 辺りを見ると、海中のような空間で、壁はガラスのように透け、フレームだけの廻廊が続いている。

「……ここはアリシアさんがいた場所から、暫く登った先です」

《一人で大丈夫だったの?》

「罠は僕に反応しません、あそこから10階程登ったので、この階層の出口は多分すぐだと思います」

《え》


◆◇◆◆◆◆◇◆


 廻廊を抜けると、どこかで見たような、塩湖に転移した。

「……ヨォ?お前らが俺様の相手か?」

 濡れた地面に座っていたのは、金髪の青年。ジーパンにTシャツの、いかにも現代的な青い目の男だった。

《……誰?ミケ知ってる……?》

「見たことないです……先輩かな……?」

 ミケはかぶりを振る。

「一緒にするんじゃネェヨ、オレはクドゥリューのクソガキの最強眷属--」

《最強眷属……!?》

 ……そんなやつ居たっけ。

「ニコラスだ」

 そう言って立ち上がる青年は、分厚い本を広げた。

《…………誰?》

「デュラハンさん、僕たちの知らない先輩だっているはずですよ、眷属が自分の主人を、クソガキなんて言うわけないですし、多分そう言う"設定"なんですよ、察してあげましょう?」

 やたら早口で喋り始めるミケ。

《え、なんでミケそんな余裕そうなの?》

「だって、その人殺意ないですし……」

 当たり前のように言うミケの目線の先で、ニコラスとやらは、バツの悪そうな顔をしていた。

「……そっちのが、かかってくれば"言い訳"も立つんだがなァ、仕方ねェ……行けよ」

《え……?》

 話が早すぎてついていけない。

「ネーデル君の代打なんでね。それに"手抜きするように指示されてたら"、通さないと不味いだろうよ、《開け、虚空の門よ》」

 やる気なく座ったニコラスの背後に、彫刻された大きな石扉が現れる。

「巻きで行けよ。尺にはもうそれほど余裕がネェからよ」

《尺?え、なに、だから誰なの?》

「行きましょう、デュラハンさん」

 左手を引かれる。

《いや、順応し過ぎじゃない?》

「戦わなくて済むならなんでもいいじゃないですか」

《そ、そっか……?》

 なんだこれ、いくらなんでも手抜きすぎない?

《ね、ねぇ。本当に戦わなくていいの?》

「なに疑ってんダァ?さっさと行けよクソガキ共」

《いや、これは罠だね、戦闘もなしでフリーパスなんて絶対におかしい》

「え、別にいいんじゃないんですか?」

「そうだ、さっさと行けよ」

《さっきからミケ、何かおかしくない?そんな喋る子だったっけ?》

「なにを言ってるんですか?ぼくは前からおしゃべりのべりですよ?」

《……そうだっけ?ミケって、そんな感じだったっけ……?》

「忘れたんですか?最初からこんな感じですよ!ミケケッ!」

 そう言われるとそんな気もしてくる……私の記憶はあまり信用できないし……。

「ミケは本物ミケよ!」

 やたら本物を強調するミケ。

 そんなに疑われるのが嫌だったのかな?

《う、うん、そうだね本物だね》

「うへへ、本物……」

 何が嬉しいのか、ニヤニヤ笑っている。

 本当にこんなんだったっけ……?

「おい!ここは長居すれば消滅するから、早く行った方がお得だと思うがなァ!」

《じゃあニコラス君はなんで無事なの……?》

「……?どォいう意味だァ?」

 考えた事なかったような顔をする青年。

《長居したら消滅するなら、ここにずっといるニコラス君はとっくに消えてないとおかしくない?》

 というか、その情報ってネーデル寮長の嘘じゃなかったっけ……?

「……お、おれは最強眷属だからなァ!そんな簡単に消えねェンだよ!」

 絶対今思いついたでしょ、それ。

《じゃあ、最強眷属なのに戦わなくていいの?》

「真に強い存在は、戦う前に勝負が着くンだよォ!」

《……その扉、罠じゃないの?》

「ちげェよ!断じて罠じゃネェ!」

「あれだけ言うんですから、罠である確率はとても低いですね、ミケにはわかります、安心安全本物ミケ!」

 ちょっとは疑う心を持つべきだぞ、ミケよ。

《じゃあ、ニコラス君も一緒に行こうよ。手抜きしろって言われてるなら、サボっても大丈夫でしょ?》

「なっ……!」

「えっ……!」

 同じように動揺する2名、驚くなよ、もう少し頑張って隠してくれよ。

《なんでミケも驚いてるの?》

「や、その……あ、愛ゆえに!?」

《なぜそこで愛っ!?》

 いや、それならそれで。

《本物なら、行けるよね?》

「ほんもの……!い、いやミケが先行するミケ!」

 すごく嬉しそうなミケ。

《や、危ないから一人で行くのは……》

「ミケケケッ!」

 止める声も聞かず、直ぐに走り出した。

「おい馬鹿やめろォ!」

 叫ぶニコラス。

「な、なんだミ、ミケェェェ!?」

 石扉が開くと、黒い手のようなものがミケを掴み、中へ引き摺り込んで直ぐに閉じた。

《み、ミケ!?よくもミケをっ!》

「嘘だろおィ、マジで信じてんのかよ……」

《ミケをどこにやった!》

「安心しろよ、アレは本物じゃねぇからよォ」

《ミケに偽物も本物もあるか!早くミケを返せ!》

「話がこじれンだよ!いいから聞けよ!」

《聞いたら返すのか!》

「チッ!わかった、わかった!《開け!》」

 扉から排出されるように、コロンとミケが転がり出てきた。

「……し、死ぬかと思ったミケ」

《ミケぇぇ!よかった無事だったぁ!》

「わっ!ちょっと、いくら本物ミケでも重いミケ!鎧で頬ずりは痛いミケ!」

「……バカ相手だと話が進まねェな」

 頭をかいて苛立った様子のニコラス。

《何をぉ!私だって今の状況くらいわかるね!》

「……はァ?言ってみろよォ!」

《お前を倒したら全部解決って事でしょ!》

「流石デュラハンさんミケ!略してさすデュラミケね!」

「ククッ!なら"仕方がない"よなァ!テメエが望んでるんだからなぁ!吐いた言葉を後悔させてやンよォォォォ!!」

 ニコラスの周囲に電流が走り、水が沸き立った。
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