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虚空塔攻略戦:中編

似たような名前に風習

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「くぅ、なんて屈辱でしょうか!」

聖女候補の少女は、虚空塔の一室でフーカの古代語を翻訳していた。

せめてもの反逆として、前に書いた"手紙"では自分の居所が分かるように書いた物を送らせたつもりだった。

頭の固いお偉方でも、預言書に記された事態ならば対応せざるを得ないだろうと、脅迫状に偽装した状況報告を書き続ける。

「永い間封印されていたのは間違いありませんね……」

教会で叩き込まれた筈の知識を持ってしても、彼女の書く言葉は断片的にしか理解できなかった。つまり人族が知るより遥か昔の人物なのだろうと睨んでいた。

「それにしても……古代語ってだけでも、危険だと言うのに……」

《魔術語》よりも古い《力のある言葉》であるそれは、彼女にとって爆発物と遜色ない。

「必ずや裏をかいて、あのフーカのとか言う魔人をぉ……!!」

「呼んだ??」

扉を勢いよく開けて現れたのはフーカ。不倶戴天の敵である。

「よ、呼んでませんよ!」

「えー、折角洗脳されてないんだからお話ししようよー」

露骨に残念そうな顔をする魔人。

「な、何の用でしょうか!?」

「用がなかったら遊びに来ちゃダメなの?」

本気でわからないという顔をする。

フーカとか言う魔人は魔力光の悍ましさに反して、子供染みた振る舞いをするのが余計に不気味さを引き立たせていた。

「クドゥリューさま、お話しなら私がします……」

「え、あ、そうじゃなくてね、肉塊ちゃん」

何処からか攫ってきたらしい幼女まで洗脳して引き連れて、一体何をしようと言うだろうか。疑問は尽きなかった。

「厄災の忌子、言われた通り、今日の分の挑戦状(?)は書き終わりました」

塔内部の情報や幽閉されている人員を一目では分からないように書いた文章だが、人族の言葉が読めないこの二人にはバレる要素はない。

「ご苦労さま!よし、肉塊ちゃん戻ろう」

肉塊と呼ばれる幼女を見る。その名は奴隷商で聞いた"使い物にならない商品"の呼び方と同じだった。

彼女はそれが我慢ならなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


部屋を出ようとした時、聖女ちゃんは少し強い口調で一言口にした。

「……流石に肉塊はどうかと!」

言った後でしまった、というような表情を浮かべながら。

正直なぜ怒ってるのかあまりわからない。なんか聖女ちゃんを怒らせるような要素あるのな?

「うん?」

「私の名前が聞かれもしないのはこの際置いておいて、その子の名前が肉塊なんて酷すぎます!」

「人間の分際でクドゥリュー様に意見をするとは」

キッと聖女ちゃんを睨む肉塊ちゃん。

「あなたはそれでもいいの?」

「私はただの管理端末です、端末としての機能以外に求める事はありません」

「んー、じゃあ、肉塊からとってニクとかは?」

「ふ、ふざけないでください!」

凄みを感じる。何が彼女をそこまで突き動かすのだろうか。

「……はい」

「いいですか!知ってると思いますけど名前というのは大事なんです!」

「……そう」

「クドゥリュー様だって、教会で名を授けられているでしょう?」

あ、これ不味いんじゃないのか?私のこの国事情は知らんし。

《今更だな。魔族と思われているなら関係あるまい》

イヴは鼻で笑うように呟いた。

「……同じ風習だとでも?」

これなら通るだろう。

「え、あ……とにかく名前はまともなのをつけてあげましょう!」

「じゃあどんなの?」

「そうですね……シルフィとかどうでしょうか?」

「肉塊ちゃん?どう?」

「いいえ」

「じゃあ、ユエとか」

「いいえ」

「じゃあ、レムとか」

「いいえ」

「んー、じゃあアルファ」

「いいえ」

「うーん、ラフタリアでは?」

「いいえ」

聖女ちゃんの案は須らく否定されていく。

「肉塊ちゃん、聖女ちゃんが言ってるから拒否してるだけじゃないの?」

「……どれもいい名前ですが、何か違います」

それにしても……どれも何処かで聞いたような名前だなぁ。

「小説投稿サイトから名前を持ってくるのはやめた方がいいよ」

「なんですかそれ?」

聖女ちゃんは全くわからなさそうな顔だ。……気のせいか。流石に転生者みたいなのが何人もいたら面倒とかそういうレベルじゃないし。

《お前みたいなのが他にも居てたまるか》

私だって嫌だわ。主人公の座が危うくなるし、メアリー・スーとか絶対にやばいわ。

「私は……肉塊でも良いです」

肉塊ちゃんは俯きながら言う。

「そう言われると私は逆に考えたくなるな、何か書く物出してくれない?」

「どうぞこちらに」

候補やらなんやらを紙にまとめていく。

名前というと、字画とか文字とかも大事だよなぁ、妙な漢字使ったり、ペットにつけるような名前を子供に付けてる人とかのニュースを見て衝撃を受けたし。

何がキラキラな名前だよ。光らせるなよ。光る宙とか書いてピカピカさせるな。お前の自慢の息子はポケットのモンスターだと自慢したいのか?

まあ、幸いファンタジー世界ならそんな事あまり気にしなくても良さそうだ。少なくともこちらの俗語で変な意味にならなければ。

漢字で書けた方がいいよな。私が読めないし……というか字画とかわかんないわ。この際漢字ならなんでもいいか。

虚空塔……虚空……確かインドの言葉だとアーカーシャ……阿迦奢か。長母音が二回あると読みにくいな。一つ削って読めないこともないか。

よし、そうしよう。漢字は元のままで読み方は……。

「よし出来た!」

書いた紙を見せる。

「なんと読むのですか?」

「メキシコに吹く熱風という意味でサンタナと!」

「メキ……シコ……サンタナ?」

 やはり転生者じゃないな。

「ごめん嘘、"阿迦奢"と書いてアカーシャと読む!」

《……お前が批判していたのと何が違うのだ?》

ちゃんと虚空から取ってるし変な意味じゃない。

「それがいいです」

「早っ!私のは却下だったのに!」

「クドゥリューさまから名をいただくことに、意味があるのです」

喜んでくれて何よりだ。

《……何とかせねばならん相手にわざわざ名をつけるとはな》

いいじゃん名前くらい。別に名持ちになったからって強化されたり眷属になったりするわけじゃないでしょ?ラノベじゃあるまいし。

《……教会とやらで人族が命名されているのにはそれなりに理由があると思うがな》

え?どゆこと?

《名を持つという事は自立した個の存在となるという事だ。まして我々の文字を使いそれを与えるという事は》

「感謝します、クドゥリュー様」

文字が風に舞う花のように宙へ浮き上がり、幼女の体の中へ吸い込まれていく。

そしてその体は光りはじめた。

「わっ!な、なんで!なんですかこれ!」

後ずさる聖女ちゃん。

え?なんで光ってるの?そんなに名前キラキラしてた?もしかして進化しちゃう?

《お前の想像通りだ》

え、あかんやん、せっかく弱体化してくれたのに!ダメダメ、Bボタンを連打しなきゃ!どこだ、Bボタンは!

《お前の言っておる事はわからんが、そのままの姿が良いならそう念じろ》

キャンセルだ!進化キャンセル!進化したら可愛くなくなる奴なんて山程いるんだ!君はそのままの君が素敵さぁ!

『出てこいよBボタンとかぁ!』

思わず口にした瞬間、手のひらに絵に描いたようなボタンが現れる。

「え、何これ」

《お前の想像したモノだ、好きに使え》

押せば止まるんだな!5億年経ったりしないよな!?

《知らん》

「うぉおおおおお!」

押すとボタンは消滅し、アカーシャの光は緩やかに収まっていった。

よかった。アガジャロンとか、メガアカーシャとかにならなくて。

《相変わらず何を言っているのか分からんな》

「……?これは……?」

なんともなかったような顔をしているアカーシャ。

……結局名付けには何の意味があるんだ?

《我輩の時代では、個を定義し、より強固な存在にした。我々の文字を用いない人族の命名は猿真似か何かだろう》


◆◆◆◆◆◆◆◆


「そんな……馬鹿な……」

とんでもないものを見てしまったと、聖女候補の少女は愕然としていた。

前にそれを見たのは教皇領で騎士長が任命された時の事。

それは騎士長に新たな名を与える儀式。

子供が受ける命名の儀式とは別に行われたそれは、人に強力な魔力光を宿させるものだった。

古代語を熟知し、方法を知る教皇のみが可能な秘術。もっと言えば魔力の為に何人もの補助が必要な大儀式だ。

魔人が古代語を熟知しているだけでも信じられない事だったが、それを凌駕する出来事が起きてしまった。

その少女が、幼女を洗脳した挙句、新たな名を与えて魔力光を変えてしまったのだ。

あっさりと秘術を行い、しかも魔力による変成も止めてしまった。

半身が異形と化した騎士長を思い出す少女。周囲には褒め称えられていたが、少女には異様にしか映らなかった。

故に、魔人は教皇を優に超える魔力を持ち、さらに術を制御する力を持つという事を示す。

少女は考えた。いつでもできた命名をわざわざ自分の目の前でそれをした意味を。

確かに、自分がまともな名前をつけろと言ったのはそうであるが、まさか教皇と同じ秘術が使えると知っていたわけではない。

元の意味を考えれば、教皇の儀式は威を示す役割も兼ねている。

ならば、魔人を威を示す為にそれをしたのだろうか、とその考えに至った瞬間、別の言葉を思い出し、少女はさらなる恐怖を抱いた。

"同じ風習だとでも?"

この言葉の意味に"気がついて"しまったからである。

そう、魔人は人族の風習と一緒にされる事に腹を立てたのではなく。

ーー人族が魔族と同じように儀式をしている事を訝しんでいたのだと。

少女の疑念は膨れ上がるばかりだった。
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